第178話 シルビアちゃん救出作戦
衛兵本部に到着すると、すぐに本部長と面会することができた。
これはリッキー殿下と学院長がいる効果だね。これでスムーズに釈放されるかと思ったが、やはり一筋縄ではいかなかった。
「なぜすぐに釈放しない。学院内の事件の一次調査権および処分権は学院にあるはずだ」
リッキー殿下が正論を述べるが、衛兵本部長は申し訳なさそうな表情を見せながらも首を縦に振らなかった。
「殿下のおっしゃることは十分承知しておりますし、私も釈然としないのですが・・・」
「ではなぜ応じない!」
「二つ理由がございます。まず1点目は学院の一次調査権の例外である重大事件の現行犯逮捕という理由です」
そうきたか。これは、たまたま国の衛兵などが学院内に居合わせたときに、殺人や強盗などの重大犯罪に遭遇し、現行犯逮捕した場合には、犯人の逃走などを防止するため、そのまま国に所管が移るという例外規定である。今回の場合、学院警護に国の衛兵の支援を受けていたことが裏目に出た。
「そんな例外があるのか?」
リッキー殿下が俺の方を向いて聞いてきた。
「はい。ただし、その現行犯逮捕は、衛兵が犯行の実行を現認した場合に限られるはずですが」
俺は衛兵本部長にそう告げる。
「その通りですが、何か疑問がおありでしょうか?」
「私が聞いたところによると、他の目撃者がいて、それを根拠に誰かに指示された衛兵が逮捕に及んだと聞いております。この場合、目撃証言の信憑性が問題になりますので、例外規定の現行犯逮捕には該当しないと思いますが」
「それは初耳です。単に現行犯逮捕とだけ聞いておりました」
そう言う衛兵本部長の顔が厳しく歪む。
「それでもう一つの理由は?」
「はい。実はシルビア・ランカスター嬢について、先ほど弁護士起訴がなされました。なので、衛兵本部には既に起訴権も捜査権もなく、代理勾留している状態なのです」
今度こそ衛兵本部長は苦り切った顔で、申し訳なさそうにそう告げた。
ふざけやがって!完全にシナリオが出来上がっているじゃないか!
日本では起訴独占主義が採られており、刑事事件の起訴は検察官のみが行える。しかし、この国では私人起訴、つまり検察官以外の者が弁護士を使って刑事事件の起訴を行えるのである。これを弁護士起訴と称している。衛兵本部に属する訴追官(検察官)に圧力がかかって、不起訴になるような弊害を回避する制度だ。ただし、弁護士起訴をした場合、衛兵本部は捜査権を失うので、起訴した当事者が自分で事件証拠などを集める必要がある。
そして代理勾留とは、弁護士起訴がなされた場合に、被告人の逃走を防ぐために衛兵本部が起訴した当事者に代わって勾留を行う仕組みだ。
「弁護士起訴をしたのは誰だ?」
リッキー殿下の声も厳しくなる。
「スタンリー公爵です」
予想通りの答えであった。
俺たちは一旦衛兵本部を離れ、王城に向かった。
陛下とジェームス様に報告するためだ。ジェームス様、王城にいるかな?
リッキー殿下と一緒なので、王城内はフリーパスだ。
殿下を先頭に険しい顔をした集団の急ぐ姿に、廊下を歩く人たちは思わず道を開ける。
一旦リッキー殿下の執務室に入り、陛下への至急の面会要請を伝えた。
幸い15分ほど待っただけで、陛下との面会許可が下りた。
陛下の執務室に入ると、運良くジェームス様も同室していた。最近のジェームス様は完全に宰相ポジションだな。
「どうしたリッキー。随分と珍しいメンバーだな。学院で何かあったのか?」
「はい。学院でシルビア・ランカスター嬢が衛兵に逮捕されました」
「何!どういうことだ!」
陛下も声を荒げるが、ジェームス様も鬼の形相になる。
「スタンリー公爵の策略かと思います。ユーキ、説明を頼む」
俺は、リッキー殿下に促されて、学院で起こったことと、現在の状況を事実ベースで報告した。
「ジェームス様、申し訳ありません。まさか聖女様を犠牲にしてシルビアちゃんを攻めてくるとは予想していませんでした。私のミスでお詫びの申し上げようもございません」
これは本当に俺のミスだ。シルビアちゃんへの直接攻撃ばかりに頭がいっていた。
「いや、これは私も予想できなかった。君のせいではない」
ジェームス様はそう言ってくれるが、俺の後悔する気持ちは晴れない。それとレーナちゃんを犠牲にしたやり口も合わせて、怒りが収まらない。
「悔やんでも仕方あるまい。現状を整理しよう。まずシルビアは衛兵本部に勾留されているんだな?」
陛下が話を進めてくれる。
「はい。衛兵本部の貴族牢に収監されているとのことです」と、学院長が答える。
「ならば俺の命令で釈放させるか」
その陛下の発言に俺とシンプソン先生が目を見合わせた。シンプソン先生が俺に促すので、俺が異議を唱える。
「陛下。ありがたいお言葉ですが、それは悪手かと」
「なぜだ?一刻も早くシルビアを助けねばならないだろう?」
「はい。それはその通りですが、ここで王命を使うのは相手に攻撃材料を与えるばかりかと」
「どういうことだ?」
「王国の主権者は陛下ですが、王国は法治国家です。今回のシルビア嬢の拘束は、建前上は法に則って行われております。目的は、シルビア嬢に聖女様殺害ないしは殺人未遂の罪を負わせることにより、ランカスター侯爵家の権威を失墜させ、排除すること。恩赦、特赦などには特別の要件が必要になります。正当な理由なしにシルビア嬢を王命で釈放した場合、スタンリー公爵はこれを恣意的な権力の行使と非難し、またランカスター家との癒着であると糾弾してくると推測いたします」
「くっ、カールも同じ見解か?」
「はい。ユーキ君の言う通りかと存じます」
シンプソン先生も俺に同意する。
「ではどうする?」
「方法は二つ。一つは勾留の正当性を争って釈放させることです。今回の事件は学院内で起こっておりますので、本来は学院に調査、処分権があります。例外は今回あちらが主張している、衛兵の現行犯逮捕です。この現行犯逮捕は衛兵による事件の現認が必要ですが、今回は誰とも知れぬ者の目撃証言により逮捕勾留されておりますので、例外の要件を満たしません。この点を主張して裁判所に申し立てをすれば、釈放の可能性は高いものと思います。ただし、問題は、この手続きに入れば、裁判が開かれるのが明日以降となり、それまでシルビア嬢が拘束されたままとなることです」
「もう一つは何だ?」
「簡単です。保釈金を積んで釈放させることです。通常、平民や下位貴族の場合、殺人などの重大事件に関しては保釈は行われんませんが、高位貴族の場合には、逃亡のおそれがないことと、逃亡した場合にはその貴族家に降爵などの処分が課されるために、保釈が認められております」
「なるほど。カール、他には何かあるか?」
「いえ、私もこの二つかと考えます。1点目の論点は、本番の裁判でも争うべき点かと思います」
「ジェームス!保釈を申請することでよいか?」
「はい。すぐに顧問弁護士に手続きをとらせます」
これから顧問弁護士に依頼か・・・。俺がやった方が早いかな。
「ジェームス様。差し出がましいとは思いますが、私に委任状を出していただければすぐに手続きを行いますが」
「そうか!君も既に弁護士資格を取っていたんだな。わかった、すぐに頼もう」
俺はストレージから委任状の書式を出して、その場でジェームス様サインをもらった。
「ちょっと待て。ユーキはいつの間に弁護士資格取っていたんだ?」
陛下が驚いたように聞いてくる。
「今年の試験で合格しました」
「おいカール、我が国の司法試験は学院1年生で合格できるレベルなのか?」
「いえ、学院3年生で数名、あとは大学や浪人で何年かかけて合格するのが普通です。彼は史上最年少合格ですね」
陛下があきれたように俺を見る。
「ユーキは弁護士になりたかったのか?」
「いえ、何かの役に立つかもと思って取っただけです。早速役に立ったようで、勉強した甲斐がありました。それより、ここで保釈申請書を作ってよろしいですか?」
「構わん。用紙は王家の透かしが入った物を使え。そのくらい良いであろう」
俺は、用意してもらった用紙を使って、侍従の机を借りて一人で保釈申請書の作成を行なった。この世界に来て、すっかり手書きに慣れたな。
1時間もかからずに出来上がったので、シンプソン先生にも目を通してもらう。
「先生、これでどうでしょうか?」
シンプソン先生が保釈申請書に素早く目を走らせる。
「うん、完璧だ。逮捕手続きに疑義があることも入れたんだな」
「はい。保釈金の減額要素にもなるかと思いまして」
「そうだな。これでいいと思うよ」
よし、じゃあこれから早速シルビアちゃんを救いに行くか!
俺が立ち上がったところでジェームス様が声をかけてくる。
「ユーキ、保釈金はいくらぐらいだ?すぐに用意させる」
「過去の例から考えると金貨1,000枚くらいかと思います。あとは交渉ですが、手持ちがありますので立て替えておきます」
「すまん。いくらかかってもいいから必ず連れ出してきてくれ」
「承知しました。では行ってきます」
俺はそう言って陛下の執務室を真司と二人で出た。




