第177話 聖女暗殺
校舎に着くと大勢の学生たちが密集していた。
レーナちゃんを取り囲んでいる。
中から「レーナ!しっかりしろ!」という馬鹿王子の叫びが聞こえる!
シルビアちゃんも気になるがまずはレーナちゃんだ!
「通してくれ!学生会だ!」
俺が軽い威圧を込めて言うと、人垣がスッと開いた。
人垣の中央に血溜まりがあり、意識のないレーナちゃんが血塗れで横たわっている。学院の治癒師が必死で治癒魔術をかけている。その側で、馬鹿王子が泣きながらオロオロしていた。
くそっ、本当にとんでもないことしやがって!
「どいて下さい。俺がやります」
「あ、君は!」
学院の治癒師とは演武会で顔見知りだ。明らかにホッとした表情に変わった。
「貴様!レーナに何をする!」
面倒くさい!黙れ馬鹿王子!
「黙れ!助けたかったら邪魔するな!」
俺の怒声に馬鹿王子が怯んだ。
構ってられない。すぐにレーナちゃんの状態を魔力視でスキャンする。
頭蓋骨骨折、腕と足も骨折。脳に損傷はあるのだろうか?わからないけど、一気に治療だ。
頭部裂傷。この血溜まりは頭からだな。頭部が切れるとびっくりするくらい血が出るからな。
よし、まずは頭だ。
俺は、脳も含めて頭部に一気に治癒魔術かける。外傷も塞ぐ。
OK!問題ない。
続けて腕や足の骨折、その他全身打撲もあるので、上半身から順に治癒していく。
最後に造血の魔術。
血溜まりを見るとびっくりするけど、このくらいなら問題ないな。輸血もいらないくらいだ。
でも、危なかった。頭部の外科手術がないこの世界だと死んでたぞ!
改めて、この所業を行った連中に対する怒りが湧いてきた!
「・・・う、うーん・・・」
お、レーナちゃん、気がついたみたいだ。
「レーナ!」
レーナちゃんに飛びつこうする馬鹿王子を抑える。
「は、放せ!」
「駄目です。彼女は気がついたばかりです。治癒は終わりましたが、少し安静にさせて下さい」
「うっ、そ、そうか・・・」
俺はストレージから出した手持ちのタオルを水魔術で濡らして、レーナちゃんの顔の血を拭いてやる。
「治癒は完璧だと思いますが、しばらく治癒室で休ませて下さい」
俺は側にいた治癒師の人にそう勧めた。
「ああ、そうしよう。助かったよ。本当に君の治癒はすごいな」
治癒師の人が嬉しそうに言う。
「・・・あ、ユーちん。あれ?私・・・」
「お、気がついた?何があったかわかる?」
「・・・ああ、私階段から落ちちゃったんだ・・・」
よし、記憶障害はないようだ。
「違う!突き落とされたんだ、あの女に!」
「黙って!」
その話は後だ。少し黙ってろ、馬鹿王子!
「レーナちゃん、どこか痛いところとか変なところある?」
「ん?別に何ともないかな?」
レーナちゃんが身体を起こしながら答える。
「うわー、あれ私の血?私死んじゃうの?」
「大丈夫だよ。怪我は治したし、頭の血はびっくりするぐらいたくさん出るけど、全然平気だから。造血もしといたから、少し休めば大丈夫!」
「ユーちん、治してくれたんだ!ありがとう!」
「どういたしまして。それで、どうして階段から落ちたか覚えてるかな?」
「うん、ビアちゃんに落し物届けて、階段降りようとしたとき、誰かに背中押された感じだったんだよね」
シルビアちゃんに落し物を届ける?
「やっぱりあの女が!」
「だから黙ってろ!」
威圧で馬鹿王子を黙らせる。そこで震えてろ!
「落し物って?」
「ビアちゃんのノート」
「レーナちゃんが拾ったの?」
「違う。頼まれたんだよ、渡してくれって」
「誰に?」
「知らない男子」
なるほど、そうやってレーナちゃんをシルビアちゃんに近づけたのか。
「そうか、わかった。うん、じゃあ少し治癒室で横になった方がいいよ。それで何ともなければもう大丈夫。異常があったらすぐに俺に連絡してね」
「うん、ありがとう。また助けられちゃったね」
「気にすんな。ゆっくり休んでね」
俺はそう言って立ち上がる。次はシルビアちゃんだ。
状況を固唾を飲んで見守っていた人垣に、ホッとしたような空気が流れた。
まず、状況確認だ。
「真司!いるか?」
「はい」
「シルビアちゃんはどこかわかるか?」
「いや、近くにいた衛兵に押さえられたとこまで見て、すぐに雄輝さんに知らせに走ったんで、その後はわかんないす」
「なんでシルビアちゃんが押さえられたんだ?」
「レーナちゃんが階段から落ちたとき、誰か女の子が、レーナちゃんを指差して、その子が突き落としたって叫んだんす」
「衛兵は誰が呼んだんだ?」
「たまたま近くにいたみたいっす」
チッ、そんな偶然あるかよ!
「それビアちゃんじゃないよ。ビアちゃんが私にそんなことするわけないじゃん。それに、私の背中押したの絶対男の人だよ。手が大きかったもん」
ちょうど立ち上がったレーナちゃんがそう言った。
「ありがとうレーナちゃん。今は休んだ方がいい。なんかあったら話し聞かせてね」
「ガッテンだ」
いつの時代の返事だよ!
「殿下。あとはお任せいたします」
「あ、ああ。わかった。・・・よくレーナを救ってくれた。礼を言う」
「もったいないお言葉です。ではよろしくお願いいたします」
俺と真司は人垣を抜けて、学院の衛兵本部に向かった。
学院には留置場みたいな施設はないので、シルビアちゃんも衛兵本部にいると思う。
衛兵本部に着くと、何やら中から怒鳴り声が聞こえる。
俺はドアをノックして返事も待たずに部屋に押し入った。
すると、中では学院長とカール先生が、困りきった表情の衛兵と対峙していた。
側に泣き顔のルックちゃんもいる。
「あ、ユーキお兄様!」
俺に気がついたルックちゃんが声を上げる。
俺、君のお兄様じゃないからね。
「先生、レーナちゃんは?」
俺は、難しい顔をしたカール先生に問いかける。
「ああ、それがどうやら王城の衛兵本部に連れて行かれたようなんだ」
「え?なぜですか?学院内の事件の一時的処理権限は学院にあるのでは?」
学院には高度な学院自治が認められており、学院内で起きた事件については、処分決定に関する司法権まで学院が行うのが原則だ。国の警察権限である衛兵が介入するのは、原則として学院から要請があった場合に限られる。
「その通りだ。なのに勝手に王城に連れて行かれたので、今抗議を申し入れているところだ」
それであの怒鳴り声か。
「でも一体なぜ?学院の衛兵であれば当然知っているルールでしょう」
「それが、去年の事件以来強化した警備で、国から応援に来ている衛兵だったようなんだよ」
くそっ、そっちに手を回したのか!
これは一筋縄ではいかなくなったぞ。
「学院長、先生、衛兵本部にシルビアちゃんの引き取りに行きましょう」
「そうだな。すぐに動いた方が良さそうだ」
「レーナちゃんは、自分を階段から落としたのは男の手だったと言っています」
「レーナ君は助かったのか!?」
「はい、今は治癒室で休んでると思いますが、問題ありません」
学院長が俺を見て驚いたように言う。
「君が治したのかい?」
「はい」
「そうか。それは良かった。治癒師からは助からないだろうと報告があったんだよ。随分優秀だ」
学院長もホッとしたようだ。それは学院で聖女様を死なせたなんてことになったらそれこそ大問題だもんね。
とりあえず、シルビアちゃんの釈放を要求しに王城の衛兵本部へ向かおうとしたところに、リッキー殿下がベンさんを伴って駆けつけて来た。
事情を話すとリッキー殿下は苦い顔をして、自分も一緒に行こう言ってくれた。これは心強い。
心配そうなルックちゃんを宥めて寮に帰し、俺たちは学院の馬車で王城の衛兵本部に向かった。




