第175話 この世界に足りないもの/そうだ、プールを作ろう!
日中の日差しは日々強くなり、夏が近づいてきたことを感じさせる。
7月になれば、去年多くの死亡者を出した演武会が開催される。もちろん中止などという意見は一つもなく、より一層警戒体制を強化して例年どおり開催される。学生会でも順調に準備を進めているところだ。
一方、馬鹿王子たちの動きについては進展がない。
真司も精力的に調査してくれているが、不機嫌な表情で、いつもピリついた雰囲気の馬鹿王子一行が、学院内でますます孤立している以外に、有力な情報は何もなかった。レーナちゃんは、いつも明るく気さくな態度で、貴族の令嬢の対極とも言える振舞いに関わらず、裏表のない性格も認知され、下級貴族や平民の男子からは結構な人気を得ている。
このまま何も起こらなければ良いのだが、司法試験の合格発表の後に目にしたスタンリー公爵のエリカお姉様を見る目つきを思い出すと、やはり何を仕掛けてくるかわからない。シルビアちゃんに何があっても、命さえあれば必ず俺が治す。最低限、即死だけ回避してくれれば何とかなる。もちろん事前に防ぐのが最善だけどね。
ところで、俺は現在、王都民に新しい娯楽を提供しようと画策中なのだ。
学院祭で評判だった子供公園は、リッキー殿下が強力に推し進めて、あっという間に王都のあらゆる公園の一画に設置され、子供たちに大人気の遊び場になった。ランカスター領や、前会長のマクニーリー領、その他の領でも王城の指導を仰いで設置が推進されたと聞く。子供たちにもお金のかからない娯楽は必要だよね。
そしてこの世界は演劇や音楽などはあるが、娯楽としてのスポーツがない。
俺もこの世界で生きていく覚悟はとうに決まっているので、自分の楽しみも欲しいのだ。
なければ作ればよい。
そして、夏の娯楽とスポーツを兼ね備えたもの。そうだ、プールを作ろう!
昨年の野外実習で、レーナちゃんが川に落ちたのを助けたとき、多くの者が泳げないことを知った。一部の田舎の領では子供たちが川遊びをしたり、騎士団が水練をしたりしているようであるが、野外の魔獣の危険などのせいで、王国全体では一般的ではない。
なので、プールを作ったとして水泳が流行るかは疑問だが、夏にプールで水に浸かるだけでも気持ち良いのだ。
俺は、このことをリッキー殿下に力説して、セントラル広場の一画にプールを作る許可を国から取り付けた。こういうとき、王政は決定が早くていいね。
プールの建設なんて魔術があれば簡単だ。しっかりした高層建築や橋梁の建設は、構造設計や強度計算など、高度な専門技術と知識が必要だが、プールなんて掘ればよい。
借り受けた土地の周囲に高い壁を設置して中が見えないようにして、外には『夏の娯楽!プール建設予定地』という看板を出した。見た人は意味がわからず、ポカンとしているが、何かできるらしいと評判にだけはなっている。
中で集まって作業しているのは、王都プール設置委員会のメンバー。そんな委員会ないけどね。
ともかく俺が集めたメンバーだ。
俺のパーティーメンバーのエド、コーザさん、真司、ケビン。学院からはリッキー殿下、もれなくついて来るベンさん、イアン、シルビアちゃん、ルックちゃん。押しかけ組が、学生会メンバーのアリシアさんと、どこでも顔を突っ込みたいマグノリア様。
あとは『コーザお掃除本舗』からの手伝いの人と、公園設置をやった業者の人たちだ。
プール自体は三つ。小さい子供用の浅いプール。短い滑り台付きだ。大人の遊び用のプール。ここは周りが流れるプールになっており、ウォータースライダーと言うと大袈裟だが、滑り台もついている。最後が泳げる人向けの水練用プール。飛び込み台付きだ。
プールの周囲もタイル仕様に仕上げ、更衣室の建物や植栽、休憩スペースも設置した。
プールの水は、配管業者さんを入れて、運河の水を引いてくる。光魔術を使った魔石の浄化槽もあるので、水質も王都の水道と同レベルの安全性を誇る。
塗装も完了して、今日はプールのお試しの日を迎えたのだ!
問題は水着、特に女性の水着をどうするかだった。
男は上半身裸でハーフパンツを履けばよいが、女性はどうしようかと悩んだ。
いきなりビキニは無理だし、元の世界のワンピースの水着でも、この世界では露出が多すぎる。
結局、上はノースリーブで、下は膝くらいまでのワンピースに、膝上のスカートのような物を巻いたものが出来上がった。俺の感覚からするとダサいのだが、職人さんが色やデザインを工夫して、何とか女性陣が納得するものができた。プールが認知されさえすれば、女性用水着もきっと進化していくだろう。元の世界でも、そうだったし。もっとも、現状の社会で、貴族の女性がこんな所に遊びに来るのかはなはだ疑問だけどね。
あとは、俺が図を描いて説明し、ルーカス兄上の研究所で作ってもらった浮き輪にビーチボール。魔獣の皮を使っているそうだが、元の世界のビニールに近い物ができた。
ともかく、まずは試してからだ。
男性陣はさっさと水着に着替えてプールに突入する。
俺と真司は当然泳げるので、真っ先に水練用プールに飛び込んだ。
おお!久しぶりのプール!気持ちいい!
約25メートルのプールで、真司と競泳だ。真司のくせに結構上手い。
シャトルも飛び出してきて、犬掻きで一生懸命に泳いでいる。
おっ、ライムは水面をスーと移動しているが、どうやってるんだ?
他の人たちは水泳自体が初めてなので、大人用プールに入り水をパチャパチャやっている。
最初は何をしていいか分からずにいたが、そのうち水を掛け合ったり、ウォータースライダーで滑ったり、浮き輪やビーチボールを使って流れるプールを漂ったりして、勝手に楽しみ出した。
「ユーキ、このプールというやつは気持ちいいな!」
リッキー殿下が水練用プールにやって来て、満面の笑顔で話しかけてきた。
「でしょう?夏はやっぱりプールです!壁外は魔獣の危険があって水遊びができないんで、壁内に水遊びの施設を作ってしまえばいいんですよ」
「うん、これは実際にやってみないとこの気持ちよさはわからないな!」
「ぜひ王都民の夏の娯楽として普及させて下さい」
「そのつもりだ。でも、どうやって民に知らせる?誰も遊び方を知らないし、水着も持っていないぞ」
「新聞に書かせましょう。水着は最初はここに売り場を作って、販売するしかないですね」
「皆んな買ってくれるかな?」
「まあ、古着を着て遊んでもらってもいいんじゃないですか?欲しい人は買うということで。サクラを何人か仕込んで、水着でうろつかせたら、そのうち買う人も増えると思いますよ」
「そうだな。まずはプールの楽しさを知ってもらうところからだな」
「はい。ゆっくり普及させましょう。それにしても女性陣は遅いですね」
「多分恥ずかしがってるんじゃないか?ドレス以外で人前に出るなんてまずないからね」
リッキー殿下の予想は当たっていたようで、それからしばらくして女性陣が恥ずかしそうに身を縮めながら、4人で一緒に現れた。
「ユ、ユーキお兄様、これおかしくないでしょうか?」
「全然おかしくないよ。とても可愛いよ」
シルビアちゃんは顔が真っ赤だ。いや、全然露出してないけどね。
「とりあえず皆んなでプールに入っておいでよ。すぐに慣れるから」
そう言って、俺は四人を無理矢理大人用プールに連れて行った。
ちょうどコーザさんが浮き輪を使って流れてきた。シュールな絵面だ・・・。
「ほら、あんな感じで水に流されるだけでもいいし、滑り台で滑ってもいい。皆んな好きに遊んでよ」
俺は四人に浮き輪を渡して使い方を説明した。
モジモジしながら受け取った女性たちは、それでもようやくプールに入っていった。恐る恐るだけどね。
「キャッ!冷たい!」
そう、それが気持ち良くなるのだよ。
四人が浮き輪を使って流されて行く。段々笑い声が上がり始めた。そうなればこっちのものだ。
流れるプールには、途中4か所に中央の大プールに渡るためのアーチ状の橋がかかっている。
二つ目の橋をくぐる頃には、キャッキャとはしゃぎ声が聞こえ始めた。
流れるプールで漂う者、ビーチボールで遊ぶ者、ウォータースライダーで滑る者、皆んな夢中で遊び始めた。いつの間にかシャトルもライムと一緒に流されている。
俺は一安心して、プールサイドのテーブルで冷えたジュースを飲んでいる。プール流行ってくれたらいいな。この世界の人も、色々楽しみが増えた方がいいよね。入場料は、誰でも入れるようにできるだけ安くして欲しい。そんなことを考えていると、遊び疲れた皆んながプールから上がってきたので、飲み物を配る。
「皆んな、プールはどうだった?」
「楽しい!」
真っ先にマグノリア様が声を上げる。
「これはいいな。夏の暑さが一気に吹き飛ぶ」
「水遊びがこんなに気持ちいいと思わなかったよ」
「ここで軽く何か食べられたらいいな」
「エールも欲しいぞ」
「酒は危なくないか?」
色々な感想が出てくるが、ともかくプールは大好評だった。
この後、意見交換で、周りに軽食の屋台をいくつか出すこと、テーブルに日除けのパラソルを立てること、植栽を増やして外から見えなくすることなどが決められた。また、監視員を含む運営スタッフは、『コーザお掃除本舗』が請け負い、開業日までに訓練することになった。もうお掃除本舗は名前変えた方がいいよね。
では、2週間後を開業日として、あとは国の生活管理部門に引き継ごうとなったところで、アリシアさんから疑問が投げかけられた。
「私たちはどこに行けばいいんですの?」
「え?」
「さすがに貴族の女性が平民の皆様の前で、この格好では楽しめませんわ」
それはそうか。確かに不味いよね。
シルビアちゃんたちも頷いている。
「私はプールで遊びたいです!」と、マグノリア様も主張する。
どうしよう?貴族街にそんな場所あるか?
「普通、お金持ちは自宅にプール作るんじゃないっすか?」
真司がもっともなことを言う。確かに大金持ちは、自宅にプール持ってるよね。
「それです!お兄様!お城にプールを作って下さい!」
マグノリア様が真司の言に乗ってきた。
あちゃー、どうしよう・・・。
シルビアちゃんも俺の方をじっと見ている。
結局、この件はリッキー殿下が持ち帰って、陛下と相談することになった。
王都のプールは、この後陛下の視察を経て正式オープンされ、一大ブームとなった。
少しづつお客が増えればいいなと思っていたのが、新聞の煽り記事や物珍しさもあって、あっという間に大人気となり、入場制限をかける始末であった。
水着もすぐに普及して、色々な衣料品店がオリジナルの水着を発売して、人気を争った。
水練用プールは、なぜか冒険者で水泳ができる者が現れて、水泳教室のようなものを始めたので、結構混雑していた。
気になるのは、軽食コーナーに『パーラーカムラ』なる店が出店し、ハンバーガーセットとプリンとカステラを販売していたことだ。これエリカお姉様だよね?ちなみに一番人気の店だった。
貴族向けプールの問題は、陛下がいたくプールを気に入って、王城のガーデンパーティーのエリアにプールを設置して王都にいる貴族にお披露目したため、貴族、特に高位貴族の間でプール設置が流行してしまった。ただ、業者の手が足りず、順番待ち状態になっている。
ランカスター家は真っ先にプールを設置した。まあ、作ったのは俺だけど。もちろん子供用プールもね。子供たちが元気にプールで遊んでいる姿を見ると、作った甲斐があるというものだ。
そして、学院には水練用プールの設置と、水練を教科として採用することが検討されている。俺は作らないから勝手にやって欲しい。俺は、この世界に娯楽を一つ増やしたかっただけなんだから。




