第170話 デネブ王国の王子様
従者は授業にも参加できる。もちろん試験などは受けないし、教室の後方に立っているだけの従者もいるが、有料で教科書を買って、一緒に勉強してもよいことになっている。
真司にはもちろん教科書を渡したので、一緒に授業を受けている。
真司は、ケビンとは元々ダンジョンで二人で活動した仲だし、持ち前の社交性でイアンや他のクラスメイトともすぐに馴染んでいた。
「雄輝さん、この世界の勉強ナメてたっす。メチャクチャ難しいんすね」
「そうだね。結構難しいよな」
「なんか小説とか読むと、数学なんて四則演算だけで勉強無双とかあるから、そんなもんかと思ってたっす」
「馬鹿言うなよ。地球だって数学とかエジプト文明から発達してるし、中世ヨーロッパだってすごい進んでるんだぞ。日本も江戸時代から和算で微積分なんてやってるんだから。この世界の数学も、大体日本の高校レベルだね」
「そうなんすね。俺、勉強無双は無理そうっす」
「この世界が中途半端なのは、なまじ魔術なんて便利なものがあるせいで、科学の発展をかえって阻害した感じかな。でも、魔道具なんて魔素をエネルギーにした工業製品だけどね」
あとは魔獣の存在だな。このせいで、人間の住む領域が狭められ、自由な人、物、情報の流通が阻害されている。これがこの世界の発展のボトルネックになっている。ただし、考え方次第だ。高度に科学技術が発達した世界よりも、この世界の方が幸せだという考えもある。少なくとも王都やランカスター、シェフィールドを見る限り、多くの人々が平和に暮らしている。
今その平和にいくつかの陰が落ちそうなのだが。
それからの日々、真司にはときに姿を消して馬鹿王子の周辺を探ってもらったり、サリーさんというシルビアちゃんの侍女とも情報共有をしながら色々検討したが、相手の目論見はさっぱりつかめなかった。でも、こういう調査は持久戦になることもしばしばだ。むしろ成果が上がらないことの方が普通なのだ。その点で、元公安の真司とランカスターの諜報のサリーさんは適役だった。成果のない仕事でも、そこに不満も焦りもなかった。
レーナちゃんは、言っていたとおり、1年生のときに比べてはるかに自由に行動しており、馬鹿王子が側に付き纏っていることもだいぶ減っている。そのせいでシルビアちゃんともよく話している。もっとも、レーナちゃんの交友関係の中心は下位クラスの女子たちで、不自然にシルビアちゃんに接触するようなことはなかった。
一方で馬鹿王子の方は何しろ圧倒的に暗い!陰気!
おかげで学院ではますます孤立し、取り巻き以外誰も近づかないという確固たる地位を築き上げている。いいのか、これ?王族だぞ。
こんな状態なので、これは考え過ぎか、と思うこともあるが、この種のリスクは考え過ぎくらいでちょうどいいのだ。何もなければラッキー、何か起きたときの後悔はしたくない。
シルビアちゃんの問題と共に神経を尖らせなければならないのが、デネブ王国の王子の野外実習での警護だ。名前はマリウス・デネブ。第三王子だ。デネブ王国としては、王子の留学は、帝国との戦争の危険が顕在化してきたことによる緊急避難なのかもしれない。
「デネブ王国側は、マリウス殿下の従者の方以外に、三名の近衛騎士の随行ということでよろしいですね」
リッキー殿下がデネブ王国の文官に最終確認を取る。
現在学院の学生会室で、来週に迫った野外実習でのマリウス王子の警護体制の最終調整を行なっている。
「はい、それで結構です」
「こちらからは第二騎士団から五名を護衛につけます。それから、指導担当の冒険者には元近衛騎士団副団長のコーザ・ハーマン含め三名が当たらせていただきます」
「コーザ・ハーマン様と言えば、王国五剣の!」
「元ですね。今は近衛を退きましたので」
「ありがとうございます!なんと心強い!」
コーザさんて外国でも有名なんだね。文官さんが感激しているよ。
「リッキー殿下。私のために過分なご配慮痛み入ります」
同席しているマリウス殿下も軽く頭を下げる。
この人も輝くような金髪だ。瞳はエメラルドグリーン。今年の1年生女子の人気を独り占めしそうなイケメンだ。ただし、武闘派ではなさそうだ。身長は平均的だが華奢だね。魔術は得意と聞いているけど、どちらかというと護ってやりたいタイプかな。
「失礼ですが、リッキー殿下の護衛体制はどのようにされているのですか?」
マリウス殿下が素朴な疑問を口にする。
そうだよね。説明では、学生会が全体の統制と警護をすると言ってるんだから。
「ああ、僕は警護は不要なんだよ。自分でなんとかできるし、学生会メンバーはかなり優秀なんだ」
「そうです!お兄様に警護なんて必要ありませんわ。ご自分で魔獣を狩りに行かれる方ですもの」
「うるさい!大体なんでお前はここにいるんだ!」
なぜかいつも学生会室に出入りしているマグノリア王女とリッキー殿下の日常会話が始まった。
「私が学生会メンバーだからに決まっているじゃありませんか」
「お前を学生会に入れた覚えはない!」
「いいえ!入りました!」
これはマグノリア様の粘り勝ちになりそうだね。
マリウス殿下がクスッと笑う。
「仲がよろしいんですね」
「申し訳ない。我儘な妹で手を焼いてるんだ」
「妹が可愛くて仕方ないの間違いでしょ!」
ゴツッ!
あ、マグノリア様がゲンコツを落とされた。
涙目になっているね。
それから、細かい打ち合わせを終えて、デネブ王国の文官たちは帰って行った。
マリウス殿下と従者はそのまま残っている。
「リッキー殿下、アルタイル王国の学院は楽しいですね」
「ああ、学院では殿下はなしでいいよ。それで、デネブ王国の学院は違うの?」
「兄や姉からはもっと学院側が管理していると聞いています。こちらは授業も自分で選択する科目が多いし、実技科目も色々あります。クラブ活動も楽しそうですし、学生会みたいなものがあるとは知りませんでした」
「そうなんだ。うちの学院は自主性が重んじられている。学院行事はほとんど学生会が仕切る。将来の訓練の意味もあるんだけどね」
「学生会はどうやったら入れるんですか?」
「基本的に2年生、3年生の金袖がメンバーだ。君も来年入ることになるんじゃないかな」
「本当ですか!それは楽しみです!」
「アドバイスとしては、もう少し武術にも力を入れておいた方がいいね。学生会の男子メンバーは、力が必要とされることも多いし、今のメンバーは騎士団にも引けを取らないくらい強いからね」
「騎士団に引けを取らない!」
「そこにいるユーキなんて、今でも王国最強戦力って言われてるし、ケビンもすでにAランク冒険者だ」
「すごい!」
こらこら、こっちに話し振らないでもらえますかね。それに王国最強なんてなった覚えないぞ!
「わかりました!僕も精一杯頑張ってみます!」
目をキラキラさせるマリウス王子。すごく大切にされて、素直に育った感じだ。文官さんたちも温かい目で見ていたし、デネブ王国にとって大事な王子なんだろう。
「脳筋集団・・・」
ボソッと呟いたマグノリア様が再びゲンコツを喰らって、学生会室は大笑いになった。




