第168話 ウキウキの新学年
「もういい加減出て行ってくれよ」
「嫌です!出ていきません!」
「ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
「だから私は関係者です!」
さっきからこの繰り返しだ。
4月に入り、時折り肌寒い日もあるが、王都は春の花が咲き乱れ、陽射しも柔らかになってきた。学院には今年も初々しい新入生が入学してきて、校内にもウキウキした気分が溢れている。
学生会も新体制でスタートを切ったのだが、その学生会室で今バトルが繰り広げられている。
「お兄様!私を学生会に入れて下さい!」
「だめだと言ってるだろう。学生会は原則として2年生、3年生がメンバーだ」
「去年は1年生も入ってたじゃないですか!」
「去年は特別だ。彼らは十分すぎる実力があった」
「私だって金袖です!」
「・・・、ギリギリの4位じゃないか」
リッキー殿下が心底困ったように溜息をついた。
俺たちはそっと顔を横に背ける。あ、俺とケビンとイアンね。
お察しのとおり、リッキー殿下と対峙しているのは、殿下の妹、第二王女のマグノリア様だ。
マグノリア様の実母はリッキー殿下と同じ第三王妃で、実の兄妹だ。どうやら、マグノリア様は大好きな兄であるリッキー殿下と一緒の学生会に入りたくて、苦手な勉強を頑張って学院に入学してきたらしい。しかし、奮闘及ばず結果は4位。ちなみに今年の首席入学は隣国から留学してきた第三王子だ。
「とにかくお前を学生会に入れることはない!」
「ひどいです、お兄様!アリシア様もシルビア様も何とか言って下さい!」
「えっ?あ、ああ・・・」
突然振られたアリシアさんもシルビアちゃんも目を泳がせて困っている。
マグノリア様は王族特有の美しい金髪に、透き通るようなブルーの瞳。小さなピンクの唇で、まあ簡単に言うとめちゃくちゃ可愛い。
しかし、新メンバーにアリシアさん、シルビアちゃん、ルックちゃんという美女三人が加わり、今もマグノリア様が押しかけてきている。前年度の男だけの学生会と違って、この部屋も一気に華やかになったな。あまりの格差に思わず笑みがこぼれる。
「何がおかしいんですか!」
「ゴメンナサイ・・・」
マグノリア様に怒られた・・・。
2年Aクラスは全員がクラス落ちを回避し、同じメンバーでスタートを切った。皆んなが手を取り合って喜んでいた。上位貴族にとってAクラス維持は至上命題らしい。Bクラス以下では結構な数のクラス移動があったらしい。レーナちゃんも、見事にCクラスまで上がっていた。
担任の先生は、持ち上がりで法律学のカール・シンプソン先生。その意味ではあまり変わり映えしないが、授業に関しては、多くの学生が必修科目の大半を取り終え、選択科目中心の時間割となる。実技科目はそのまま次の段階に進む。
俺は去年から選択科目中心だった。今年は、錬金術や薬学、医学が実践授業になるので楽しみだ。法律試験に合格したので終了のつもりだったが、カール先生に助手として参加するように強制された。理解を深める意味もあるのでまあいいだろう。
その他、新たに行政、領地経営、経済と土木・建築を選んだ。土木・建築は、今回は座学で、合格すれば翌年実践に進める。
実技の料理はケビンと一緒に継続だ。そしてイアンも、去年の学院祭の手伝いをきっかけに参加することになった。これで男三人だ。
必修の実技のうち、武術と魔術については、俺は助手扱いだ。剣術はケビンも助手だけどね。
一般学生とはそれほど差がついている。と言って安穏としていられない。実は、エドと真司は毎日のようにコーザさんと剣術の訓練をしており、メキメキ実力が上がっているのだ。学院にいる俺は、互角の訓練相手がおらず自主練に勤しむしかない。このため、週末にエドと対戦すると7割がた負けてしまう。真司にはまだ余裕で勝てるが、そう安心できる状況でもない。
この状況は如何ともし難く、できるだけケビンとの訓練を工夫することで凌いでいる。
また、新規魔術の開発、習得の訓練も真剣にやっている。特に懸案のプラズマシールドはもう一息だ。すでに狭い範囲でならシールドを張れる。これをできるだけ広範囲に拡げたい。
魔術の訓練の際は、闇魔術で不可視のカーテンを展開することで、外部からは見えないようにしている。そのおかげで、ケビンも思う存分魔術の訓練をしている。ケビンが魔術を使えるようになったことがスタンリーにバレたら、何をされるかわからない。
ケビンの魔術も、メイデン師匠方式の魔素直接操作だ。精霊に働きかける伝統的方式に比べて、圧倒的に発動速度が速く、威力も強い。
そのメイデン師匠に関しては、未だ目覚めたとの報告がない。状態は安定しているそうだが、さすがに心配になるよね。トーダは、そのうち目が覚めるというけど、式神のそのうちがどのくらいの時間基準かわからないので不安だよ。
ともかく、こんな感じで俺の学院2年目が始まった。
学院前期の最初の行事である野外実習は、まだ先の6月なのだが、今年は隣国の王子が1年生にいる。その警護につく冒険者については、隣国から派遣されるわけもないので、早目に高ランク冒険者、しかも貴族対応ができる冒険者を探しておかなければならない。
隣国、デネブ王国。この国は、実は我が国の第一王子であるマックス殿下の婚姻が進められている国なんだよ。
一方で、再び覇権主義を剥き出しにし始めたオプティマス帝国は、デネブ王国の東にある国に対して挑発を行っている。このため、デネブ王国は、援軍の派遣や軍事同盟締結の是非などを巡り、政治的に非常に混乱しており、マックス殿下の婚姻話しも一時停止状況にあるらしい。
それでも、順調にいけば将来の王妃になる方の国だ。そこの王子に万が一事故があっては国際問題になりかねない。面倒くさいので野外実習は不参加にして欲しいくらいだ。そうもいかないけどね。で、王族対応できる冒険者なんているのかね。
「貴族対応くらいならともかく王族なんて相手にできる冒険者がいると思う?」
王都の冒険者ギルドのギルドマスター、エンシスさんが苦笑しながらそう言う。
「一応騎士団からは護衛はつくんですけど、ほら、野外活動の指導役は冒険者がやるでしょう?差別もできないんで」
「今年はマグノリア様もいるんだから、そっちと一緒じゃダメなの?」
「班編成が男女別なんですよ」
「アルフレッド殿下の護衛は・・・、ああ、スタンリーから手配したのか」
「そうです。それにリッキー殿下は冒険者の手配なんていらない人だったから」
「マックス殿下のときはどうしたんだろう?」
「さあ?」
俺とエンシスさんは頭を抱える。
「いっそのこと君がやればいいじゃないか」
「俺は学生会で全体を見なきゃいけないから」
「そうだ!ランカスターのザックは?一応伯爵家だし、君のお兄さんだろう?」
「本気で言ってます?誰が相手でも腕力でケリつけようとする人ですよ」
「そうだよなぁ・・・」
答えは出ない。
ともかくエンシスさんの方で、王都ギルド以外にも範囲を広げて適任者を探してもらうことにした。期待薄だけどね。考えてみると、冒険者なんて自由が好きでやっている連中だ。元々、礼儀作法を求める方が間違っている。最悪俺とケビンで面倒見ることも覚悟しよう。
エンシスさんとの話しの後、ギルドの治療室に行って、欠損や重傷の治療だ。
これは俺に時間があるときに時々行っている。
1回に五、六人。
俺はマスクとフードで顔を隠して治療に当たる。結構バレているみたいだけど一応ね。
噂が拡がりすぎると面倒なので予防策だ。冒険者たちも、義理堅く知らん顔をしてくれている。こういうところは、意外と仲間意識が強いんだよね。
治療費はギルドが徴収して、俺の口座に入れてくれている。
この日も六人の治療をさっさと終えた。こうやって欠損の修復再生治療の数をこなしていると、確実に技量が上がっていることが実感できる。だがまだだ。もっと技量を上げたい。
ギルドでの治療を終えた俺は、久しぶりにスラムに向かった。
コーザさんに時間があれば来て欲しいと言われていたからだ。何かあったのかな?
今日はエミーちゃんにルクスを取られたので、歩きで来ている。
いつもの道を通ってスラム街に行くつもりが、様子がおかしい。
スラム街のはずが、豪華ではないが新しい建物が立ち並ぶ通りに来てしまった。あれ?こんな通りあったっけ?
すると、以前スラムに来たときに案内してくれたお兄さんが現れた。
「ユーキさん、お待ちしておりました。ご案内いたします」
「ああ、久しぶり。やっぱりここスラム街だったところだよね?」
「そうです。コーザさんが説明すると思いますので」
なるほど、そういうことか。
俺は、案内のお兄さんについて行く。ここの住人の服も以前と比べて小綺麗になっている。
案内されたのは、初めてコーザさんと会った飲み屋だった。
この店もすっかりリニューアルされていた。
コーザさんは以前と同じ一番奥の席にいた。
「コーザさん!」
「どうだ、ユーキ?」
「驚いたよ。すっかり様変わりして。こんなことやってたんだね」
「誰かのせいで過分な金が入ってしまったからな」
そう言ってコーザさんが楽しそうに笑う。
俺は席に座ってエールを注文した。
「この区画の土地の権利ってどうなってるの?」
「ああ、以前から治安が悪くなってスラム化しただろう?それで誰も欲しがらない土地になって、国が安く買い上げていたんだ。それを俺が全部買い取った」
「この区画全部?」
「おう、陛下から格安にしてもらったからな」
「大地主じゃん!」
「ここの再建が上手くいったら陛下に返すよ」
またこの人は無欲なことを。
「それでユーキ。頼みと相談があるんだが」
「なに?」
「まず頼みは、ここの住人で欠損のある者を治してくれないか?治療費は俺が払う」
「ああそんなこと。いいよ。治療費もいらない」
「そういうわけにはいかん」
「コーザさんの仲間でしょう?だったら俺の仲間でもあるよね。仲間からは金は取れないよ」
コーザさんはしばらく黙り込んだ。
「すまんな、ユーキ。結構多いぞ」
「何人ぐらい?」
「小さい欠損や機能障害も入れれば五、六十人はいる」
「結構多いね。1日では無理だから何回かに分けてやろう」
「本当にすまない。元々、ここには欠損やどこか身体が動かなくなって、働けなくなって落ちてきたヤツが多いんだ」
「了解。問題ないよ。今日から始めよう。それで相談っていうのは?」
「ああ、今の話しにも関係するんだが、ここの連中にちゃんとした仕事をさせたいんだが、何かいい考えがないかユーキに相談したかったんだ」
そういうことか。
いつまでもコーザさんが面倒を見ることはできないからな。
そこで、かつてコーザさんの補佐役だった人にも参加してもらって、スラム再生会議の開催だ。
話しによると、欠損のある人たちには結構職人さんがいるようだ。鍛治とか大工、左官、料理人など。この人たちには欠損修復後、希望すればその腕をこの街で振るってもらおうということになった。
その他の人たち。
このスラム街の住人は200人くらい。ここに落ちてきた理由は様々だが、特殊技能を持った人はそういない。うーん、どうしよう。
冒険者登録もあるけど、他には・・・。
俺はこの世界に来て最初に冒険者になってやった仕事を思い出す。
街の雑用の中でもやり手が少なかった仕事。
「ねえ、汚れ仕事になるけど、下水とか街の掃除をやるのはどうかな?」
「冒険者の街仕事か?」
「そう。あれやりたがる人が少なくてギルドでも困ってるんだよね。それを、掃除専門の商会を作ってやるんだ」
「掃除専門の商会?」
「うん。ちゃんと作業用の制服も作ってさ。それに、水魔術とかも教えて、専用の掃除道具も揃えて、ちゃんと掃除技術も身につける。ここに頼めば掃除の仕上げも完璧っていうのを売りにするんだ」
「なるほど、面白そうだな」
俺は紙を取り出して、ツナギの制服やモップなどの絵を描いて説明する。
「王都の施設管理局とか、下水道局に売り込みに行けば、安定的な仕事が取れるんじゃないかな。結構ギルドに仕事きてるよね。評判になれば商会とか、町会とかからも発注くると思うよ。皆んながやりたがらない仕事だから。間違いなく人の役に立つ仕事だ。でも、下に見られないように、制服はカッコよく、清掃技術をアピールする」
「うん、これはいいな!全員が同じ制服着てるだけで、何かいい商会に思える」
こうして『コーザお掃除本舗』が起動し始めた。
ついでに俺は野外実習の王子の指導役の冒険者を見つけた。
考えてみればコーザさんとエドがいるじゃん。灯台下暗しだったよ。元近衛の冒険者なんて、これ以上の適役いないじゃないか!




