第166話 司法試験
2月に入り、司法試験が法務院で行われた。
受験者は毎年100名くらい。学院生で受験するのはせいぜい二十人。あとは、大学の法律経済学に進んだ学生や、何年も受験を継続している浪人生だ。合格者は二十人程度。年度によって違う。
王国では法曹一元制度、つまり裁判官も弁護士も、日本の検察官に当たる訴追官も、同じ試験を受ける。また、特殊なのは弁護士にも刑事訴追権がある。ただし捜査権はないので、よほど証拠がしっかりしていないと弁護士訴追は難しい。
司法試験に合格すると、法務専門官なる資格が与えられ、地位として子爵相当、つまりすべての面で貴族として扱われる。なので平民や家を継げない次男以下にとっては何年かけても欲しい資格なのだ。
この資格をもって、裁判官、訴追官、弁護士のいずれかの道を選ぶのだが、裁判官に採用されるのは、通常弁護士や訴追官として一定の経験を経た者である。
学院からの受験生は全員3年生だったので、俺が試験場に現れたら驚かれてしまった。
試験は各科目とも知識試験と論文試験。
俺自身は、1年生の受験ということで驚かれるが、日本とアメリカの司法試験に合格しており、法律が異なると言っても押さえるべきポイントさえ理解してしまえば特に困難はない。特に、アメリカは王国と同様判例法の国だったので、簡単に馴染めた。
ということで、知識問題は8割は取れたし、論文も十分な出来だった。
「で、なんで皆さん、ここにおられるのでしょう?」
「あら、大事な弟の合格発表だもの。見に来るのは当然でしょう?」
「ユーキお兄様、受かってたらすごい!」
「いやあ、異世界の合格発表なんて滅多に見れないっすから」
「親友の合格発表だ、気になるさ」
「ユーキ落ちろ。錬金やるべき」
「ワン!」
今日は司法試験の合格発表なんんだが、なぜかそれを聞きつけたエリカお姉様、エミーちゃん、真司、エド、それに出不精のルーカス兄上までがついて来てしまった。あ、シャトルも。
こんなヤツ他にいないだろう。絶対冷やかしか記念受験にしか見えないよ!
それでも来てしまったものは仕方がない。
俺はオマケをぞろぞろと引き連れて、法務院に入って行く。
皆んな、キョロキョロ辺りを見回している。こんなところ入るなんて滅多にないからね。
1階ロビーで人だかりがしているところがある。あそこだな。
うわぁ、飛び上がって喜んでる人もいるけど、泣いてる人もいるよ。というか、項垂れてる人の方が当然多い。あそこにこの集団連れて行くのか?行きづれぇ・・・。
「あそこが発表みたいね。さあ見に行きましょう!」
エリカお姉様が颯爽と皆んなを先導する。
なんか足が重くなって、俺は一番後ろからついて行く。俺の合格発表だよね。
「ありましたー!ユーキお兄様の名前、一番上に書いてある!」
エミーちゃんが大声で叫んで、俺に飛びついて来た。
うわぁ、周囲の視線が一斉にこっち向いた!
「あらホント。これ成績順なのかしら?とにかくユーキおめでとう!」
エリカお姉様も周囲なんて気にしない。
俺も一応自分の目で発表の掲示板を確かめる。一番上に名前があるので、人垣の後ろからでも見えた。ユーキ・カムラ・シェフィールド。間違いないな。よし!合格だ!
なんであれ合格は嬉しい!
エドも真司も祝福してくれる横で、ルーカス兄上が舌打ちをしていた。
俺は皆んなに待ってもらって、一人で2階のオフィスに行き、合格証書と法務専門官の身分証を受け取り、ついでに金貨1枚を払ってさっさと弁護士登録まで済ませた。弁護士登録をすると、その場で弁護士の身分証を作ってくれて、弁護士徽章を渡された。日本では弁護士登録をしなかったので、初めての弁護士バッジだ。なんか嬉しい。
オフィスを出たところで、ばったり3年生の先輩に出会った。
「おっ、ユーキ、君も合格だったね。しかも首席合格とは恐れ入った」
「先輩も合格なんですね。おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。今年の学院からの合格は10人だ。かなり優秀な年になったな」
「例年はどのくらいなんですか?」
「4、5人だね。今年は君たちがいたから、1年には負けられないって皆んな気合いが入ってたからね。でも、負けちゃったな」
「順位は関係ないでしょう。資格試験なんだから、合格がすべてです」
「まあそうだね。君はもう登録したの?」
「はい、今弁護士登録してきました」
「そうか、俺もこれから弁護士登録する。お互いこれからも頑張ろう」
そう言って、先輩は嬉しそうにオフィスに入って行った。
名前なんだっけ?教室の議論でも鋭い人だったな。きっと優秀な弁護士になるだろう。
1階に戻ると、エリカお姉様を中心に、昼食を食べながらお祝いをしようということになり、川沿いの洒落た高級レストランに連れて行かれた。
案内された個室は、全面ガラス張りで外が見えるようになっている。
冬の景色だが、美しい川を運搬船や庶民向けの移動船が行き交う様が情緒を誘う。
季節毎にここからの眺めを見ながら食事するのは素敵だね。
また来ようと思うけど、俺なんか入れてもらえるのかな?
エリカお姉様は常連のようだけど。
食事はランチ用のコースだ。
ワインで乾杯をして優雅な食事が始まる。あ、エミーちゃんはジュースね。
「ところでユーキは本当に弁護士やりたいの?」
エリカお姉様か痛いところを突く質問が飛んで来た。
「いえ、弁護士を中心に活動する気はありません」
「だったらなぜこんな難しい試験を受けたのかしら?」
「そうですね・・・。自分や自分の周りの大切な人が不条理な攻撃を受けた場合、その攻撃が武力、暴力であった場合、対抗するにはこちらにも相応の武力が要ります。だけど、その攻撃が武力以外の場合、例えば何らかの奸計をめぐらせてきたり、詐欺的な行いをしてきた場合、反撃に暴力を用いることは逆にこちらが不利になる場合があります。アルタイル王国の主権は国王陛下にありますが、国の統治は法律によって行われる、つまり法治主義の国です。相手の攻撃に対して、法律に反する反撃はできません。相手の非暴力の攻撃に対して対抗する手段は法律か経済力になります。だから、弁護士資格を持つということは、相手の攻撃に対する反撃手段を持つということ、要は武力を増強することと同じだと思うんです」
「経済力ってどういうこと?あなたもだいぶお金持ちだけど」
「僕なんかの個人の資産のことじゃなくて、例えば他国と戦争になったとして、敵国に物資を流通させないとか、資源を輸出させないとか、経済そのものをコントロールする力です」
「なるほどね。あなた、そんなこと考えて司法試験受けたの?」
「まあ、そうですね。僕がいた日本では、たとえ身内が殺されても、その復讐で相手を殺すと自分が罪に問われます」
「そんな馬鹿な!」とエドが驚く。
「本当だよ。その代わりに、被害者の代わりに犯人を捕まえて、裁判によって罰を受けさせる。そうやって、復讐の連鎖を防ぎ、全体の治安を維持してるんだ。その犯人を捕まえる組織、こっちでは衛兵みたいなところで働いてたのが真司だよ」
「そんな方法で被害者の家族とか納得するのか?」
「価値観は色々だと思う。国民全体の教育水準の問題もあるし、国が国民を護る体制の充実度もある。日本でも敵討ちがむしろ称賛された時代だってあるから」
「こっちだと、やられてやり返さない貴族は腰抜け呼ばわりされるぞ」
「そうだね。だから価値観は様々なんだ。今のこの国の環境の中で、法律は一つの武器になる、そう思ったから試験を受けたんだよ」
そのとき、横に座っていたルーカス兄上が俺をツンツンと突ついた。
「つまらない・・・。錬金の話ししよう」
その言葉に皆んなが一瞬沈黙し、そして爆笑した。
そこからは、ルーカス兄上の今の仕事の話しや、子供時代の話し、真司の日本話しなどで盛り上がって、楽しいランチを終えた。デザートのケーキも美味しかった。
俺たちが個室を出たちょうどそのとき、廊下の向こうから偉そうな態度の連中が歩いて来た。
エリカお姉様が立ち止まり黙って頭を下げたので、俺たちもこれに倣った。
誰だろう?
上目遣いでそっと様子を窺う。
先頭のでっぷりと太り、頭の耳の上にわずかに金髪の名残りが見えるハゲ頭が、エリカお姉様を横目で一瞥すると、フンと鼻を鳴らして通りすぎた。後に続く腰巾着ズも、馬鹿にしたようなニヤけヅラで歩いて行った。
連中が奥の個室に入ったらしい音を確認して、下げていた頭を戻す。
「エリカお姉様、どなたですか?」
「アレが今のスタンリー公爵よ。別名オーク公爵ね」
一瞬間が空いて、俺は吹き出しそうになった。なるほどピッタリだ。
アレがスタンリー公爵か。見かけだけで悪役確定じゃん。わかりやすくて助かるよ。
あれじゃあケビンも大変だな。
「もう、せっかくの美味しいランチが台無しね。帰って夜もお祝いのやり直しするわよ。あなた、どうせ良い食材溜め込んでるんでしょう?出しなさい!」
あ、はい。俺のお祝いだよね・・・?




