第165話 雪
年が明け、学院の授業始まった。
貴族社会では、王城を中心に社交界が活発だ。
交通手段、通信手段が限られるこの世界では、年に一度、新年の始まりの儀式のために王城への登城義務があるこの季節に、領間の関係構築、多数派形成、国からの助成金獲得、猟官活動、交易、婚姻など、様々な目的で社交が繰り広げられる。つまり、俺にはまったく関係ない。
庶民の新年の行事は、神殿参拝など大神殿を中心に行われるようだが、俺はルーカス兄上と電話製作に熱中していたため、どこへも行かなかった。ちょっと見に行けばよかったと後悔した。
学院では、3年生はほとんどおまけ授業のようなもので、半数以上は任官試験や資格試験、大学入試などの勉強や受験、その他の就職活動に勤しんでいる。
自身の領の仕事に就くことが決まっている人も、帰領してしまう者と、王都に残り、王宮とのコミュニケーションの任に就く者に分かれる。
ブライソン会長は、将来のマクニーリー侯爵を継ぐ人だが、修行のために卒業後は王宮騎士団に入ることが決まった。どこの騎士団になるんだろうね。卒業したら当分会えないと思っていたけど、王都にいるなら会う機会もありそうだ。
俺は授業以外の時間は、せっせと司法試験の勉強中だ。学院の法律科目の試験は終わっていないが、司法試験の受験資格には学院の法律科目を合格していることという要件がなかったので、今年の2月に受験する予定だ。担任のカール先生は、学院の試験が終わるのが2月末なので、学院生で受験する者は法律科目に合格しないまま受験になるんだよ、と教えてくれた。そうか、司法試験の方が早いのか。
次期学生会会長にはリッキー殿下が決定し、公表された。
会長選挙なんて行われない。当たり前だ。この世界に選挙なんて概念がないのだから。
会長が次期会長を指名して決定する。学院も異議を挟めない。
そして、次期会長発表と共に、リッキー殿下が第三王子であることも明かされた。
王宮に戻って2年。もはや公然の秘密だったので、この発表に驚いている者の方がむしろ驚かれていたくらいだった。
「ユーキ、ここ教えてくれよ」
イアンが数学の問題集を俺の方に示してくる。
俺とケビンとイアンは、今寮の2階ロビーで後期試験のために勉強中だ。
このロビーは、現在、同じく勉強中の学生たちで満席状態だった。
イアンも1年生の数学は最初に合格しているので、2年生用の数学だね。
さらさらと、考え方から解説する。
「あーあ、お前もケビンも数学得意でいいよな」
「イアンは父上からの成績のプレッシャーが強いんじゃないの?」
「それもうなくなった」
「そうなの?」
「うん、入学したときは何が何でも1番になれって言ってたけど、お前たちの噂聞いて諦めたらしい。入った年が悪かったな、だってさ」
「ははは」
「だから金袖落ちなきゃ大丈夫。その分実務とか剣術が厳しくなったよ。自分なんて剣術からっきしなんだぜ」
「イアンは卒業したら官僚か?」
「ああ、家は兄上が継ぐけど、俺は次男だからさ、一応何かあったときのためのスペアとして官僚決定。お前たちは卒業したらどうするの?」
「俺は・・・どうするんだろうな?シェフィールドの兄上からは領政手伝えって言われてるけど、面倒くさい。そうだな、できれば世界中を旅したい」
「旅?」
「感謝祭のときに大陸中を移動してる商隊の人と知り合ってさ。その人の話し聞いてたら、見とことない場所が一杯でね。ヤマトの国とかも行ってみたいし」
俺は、テーブルに置かれた海苔付きおにぎりの山を示す。
このおにぎり、俺たちの間では意外に好評なのだ。
「それ面白そうだな。俺もユーキと一緒に行こうかな」
ケビンがそう言っておにぎりをパクリとかじる。
ケビンも卒業後は当てなしだからな。以前、成人と同時にスタンリー家から離籍するつもりだと言っていた。
「なんかお前らお気楽でいいな。よし、俺はせめて学院生の間だけでも自由を謳歌しよう!」
「し過ぎだろう!」
こういう何気ない会話も楽しいもんだ。
最初は『僕、私、君』だったのが、いつの間にか『俺、お前』になったし。
「ところでユーキ、刑事法教えてよ」
「どこだ?」
「貴族の平民に対する防衛行為で、例外的に過剰防衛に当たることがあるってとこ。探しても判例が見つからないんだ」
「それかなりレアケースだぞ」
俺は自習用のノートを取り出して説明する。
1年生で法律を選択しているのは俺とケビンの二人だけだから、協力しないとね。
「なるほどね。かなり条件が限られてるな。そう言えばユーキは今年司法試験受けるんだよね。俺も来年受けとこうかな」
「受けろよ。手に職持ってると一応安心材料になるぞ」
「おい、お前ら、何の話ししてんだ?まだ1年だってこと忘れるな!お前らがやりすぎると俺が父上から怒られるんだからな!」
イアンからツッコミが入ってしまった。
朝、目が覚めて窓から外を見ると一面雪景色だった。
今週末は自分の屋敷に戻っている。部屋にこもって勉強しようと思っていたが、雪が積もっているとなると話が違う。
「シャトル!雪が積もってるよ!」
俺のベッドで一緒に寝ていたシャトルがピョコッと身体を起こす。
(ユーキ、なに?)
俺はシャトルを抱き抱えて窓からの景色を見せる。
「雪だよ、雪!ほら、めちゃ積もってる!」
(雪!ユーキ、ユーキ、お外行こう!)
「ちょっと待って。すぐ着替えるから」
シャトルを下ろすと、我慢できなくてグルグル走り回っている。
シャトルは雪が大好きだもんね。
何の素材か知らないが、やたらと軽い皮のコートを着て、ニット帽と皮の手袋で完全防備。
「よし、行くよ!」
部屋のドアを開けるとシャトルが飛び出して行った。
階段を降りて行くとシャトルが庭に出るドア前でジタバタしていて。
(ユーキ!ユーキ!早く開けて!開けて!)
「わかってるよ」
ドアを開けると冷たい空気が一気に入ってきた。
「寒っ!」
思わず身を縮める。
シャトルは寒さなど構わず、外に飛び出して行った。
おお、一面銀世界だ!
アルタイル王国も時々雪は降るが、ここまで積もるのは初めてだ。
2、30センチは積もっている。
誰も歩いていない雪の上を、小さな足跡を残しながらシャトルが駆け回っている。ライムはシャトルの頭の上で跳ねている。
しかし、よく雪に足を取られないな。
おっ、ジャンプした!
ズボッ!
あぁあ、頭から雪に突っ込んじゃったよ。
雪の中からピョコッと顔を出す。可愛い!ライムが頭の上でピョンと跳ねた。
そしてまた走り出した。
そんな姿を見ていると、ハルやシャトルと雪の中で遊んだことを思い出すよな。
ハルがシャトルに雪玉を投げて、シャトルが逃げて周る。ハルがムキになってたな。
子犬のときは雪に潜ってばかりだったけどね。
ん?子犬のとき・・・?
「トーダ、起きてる?」
「・・・何やぁ、朝ごはんか?」
「まだだよ。トーダ、雪が積もってるよ」
「ん?おおホンマや!よう積もっとる」
「京の都も雪が多かったんじゃない?」
「せやな、よう降った。せやけど、雪が積もった都は綺麗やったで」
平安京の雪か。美しいだろうな。そうだ、後で街に出てみよう。王都の雪景色も美しそうだよね。
「ねえトーダ。聞きたいことがあるんだけど」
「なんや?」
「シャトルってずっと子犬のままなんだよね。元の世界だと、すぐに大きくなったんだけど、何か理由があるのかな?」
「え?大きゅうなっとるやないか」
「そう?ほとんど変わらないように見えるんだけど」
「目ぇにマナ集めてよう見てみぃ」
目にマナを集めて?魔力視か?
言われたとおりにしてシャトルを見る。
あれ?シャトルの周りがぼんやりするような。
もっとマナを集める。
えっ?何アレ!
柴犬の成犬どころか秋田犬くらいの大きさのシャトルが見える!
「アレがシャトル?」
「せやで、多分もっと大きゅうなるで」
もしかして身体のサイズを自分で変えられるのか?
「シャトル!」
シャトルが矢のように飛んで来る。
(ユーキ、ユーキ、なに?)
「シャトルは自分で身体を大きくしたりできるの?」
シャトルが首を傾げる。
(わかんない!)
そう言うと、また風のように去って行った。
「わかんないってさ」
「まだ自分で気づいとらんのやろう」
「なんで小さいままなのかな?」
「あの大きさのときが一番楽しかったんちゃうか?」
そうか。俺もハルも子供で無邪気に遊び回れた時代。
成長するにつれて、過酷な訓練が続いた。
トーダの言うとおりかもしれない。シャトルにとっても、あの子供時代が一番幸せだったのかも。そう思うと、なぜか涙がこぼれそうになった。
よし、あの頃のように。
俺はルクスも庭に放して、ライムを頭に乗せたシャトルとルクスを追いかけながら、無邪気に雪玉を投げ続けた。
時があの頃に戻ったかのように。思い切り笑いながら。
俺たちの雪合戦は、朝食に呼びに来たケイトさんによって終了した。
汗まみれの俺と、雪まみれのシャトルは、そのままお風呂に連れて行かれた。




