第162話 学院舞踏会
この世界にも一応新聞のようなものはある。都市部だけではあるが。
ただ、現代の新聞のように言論、表現の自由に裏打ちされた政治批判や経済問題、国際情勢などを報じるものではない。あくまで、庶民の関心事を不定期に伝える、言わば江戸時代の瓦版のようなものだ。
例えば、国王の交代や立太子、婚姻、国が行う催事、新しい演劇の宣伝、流行りの店、新しい交通機関、その他庶民にとって興味のあることに絞った内容が記事になる。貴族の情報なんて庶民には何の興味もないので滅多に記事にならない。
そんな新聞に、カノッサファミリーの壊滅は大きなニュースとして取り上げられた。
カノッサファミリーって有名だったんだね。全然知らなかった。俺の知識には未だに偏りがあるみたいだ。
カノッサファミリーは、王都の裏社会を牛耳ってきた存在として誰もが一度は耳にしたことがある存在、そんな組織が一夜にして壊滅した。それが衛兵本部による大捕物ではなく、どうやら『謎の五人組』によって成されたらしいというのが新聞記事だった。
クラスメイトの一人が新聞を手に入れてきて、ワイワイ噂しているのを聞いて冷や汗が出た。
なぜなら俺はすでに2回新聞記事になっているらしいのだ。スタンピードの鎮圧と、古代獣の討伐で。庶民はヒーロー、ヒロイン話しが大好物だ。ときにそのような話しが演劇の新作になったりもする。なのでこれ以上目立つのは勘弁願いたい。
新聞の取材能力は高が知れているので、事件の背景やこれ以上の情報が明るみに出ることはないと思うが、言動には気をつけよう。
カノッサファミリーの件でもう一つ面食らったのは、連中が溜め込んでいたお金が金貨10万枚以上あり、それが俺たちの物になるという連絡を受けたことだ。
日本円に換算すると大雑把に100億円以上・・・。
通常であれば衛兵本部が壊滅させて、資産を押さえたのであれば国庫帰属。貴族家の廃絶などの場合もその資産は国庫帰属。一方で、盗賊団などを冒険者が討伐したときは、原則として冒険者帰属。出所の明らかな盗品などは、半額で元の所有者が買取可能などの法律がある。
今回の場合、およそ私人で可能とは想定されていない大規模組織の壊滅劇であり、その資産も莫大であるという初めてのケースで、国の法務院でも検討されたようだが、法の原理に従えば実行者帰属の原則に従うべし、との結論となり、俺たちがもらえることになったらしい。
法が厳正に適用されることは好ましいが、短期間のうちに大金を手にし過ぎな俺たちは、戸惑うばかりだった。
とりあえず拒否もできないので、五等分した。
地下に閉じ込められていた獣人の子供たちは、今回はほとんどが親のいる子供だったようで、すでに衛兵へ提出されていた捜索願いとの照合で、スムーズに家に帰ることができた。孤児院の子供も二人いたが、こちらも孤児院から捜索願いが出されていたので、元の孤児院に戻ることができた。衛兵本部の改革はちゃんとなされていたようで安心した。
カノッサファミリーを利用していた貴族、商会などの捜査や処罰は今後鋭意進められていくそうだが、これまでのところスタンリー家自体の関与を示す証拠は出てきていない。エミーちゃんの事件についても、残念ながら物証は発見されなかった。
そして、一番心配だったエミーちゃんの心理的問題だが、側付きのメイドさんが生きていたことや、ルクスのおかげで元気にやっている。特にルクスは、屋敷の敷地内で低空ではあるが、エミーちゃんを乗せて空を飛んだり、メイドさんを無理矢理一緒に乗せて怖がらせたりと、エミーちゃんの回復に欠かせない存在になっている。
右手を斬り落とされたことも、回復までが比較的短時間だったことや、実際に右手を失くした不自由を味合わなかったこともあって、目に見える影響はないようだ。斬られたときの恐怖は残っていると思うけど。
更に朗報は、シルビアちゃんが馬鹿王子の婚約者候補から正式に解放された!
ここ最近のスタンリーの暗躍ぶりに、さすがの陛下も馬鹿王子を諦めたようで、ジェームス様に謝罪の言葉と共に、シルビアちゃんを婚約者候補から外すと明言されたようだ。
一方で、スタンリーの調査を行なっているランカスター家としては、スタンリーからいかなる攻撃を受けるかわからないという点で、シルビアちゃんの警護はより重要になってきた。
まさか敵の攻撃がエミーちゃんに向くとは思いもしなかったからね。この点は、領地にも連絡が行き、双子のトム君の警護も強化されていると思う。
こうしたエミーちゃん誘拐事件の余波が続く中で、今日、今年最後の学院イベントの舞踏会が開催される。
懸案の衣装問題については、俺とケビンは初志貫徹、断固として制服で参加した。
実際に参加者を見てみると、平民の参加者にはチラホラと制服の参加者がおり、入場前には肩身が狭そうな様子だったが、俺たち学生会のメンバーが制服で堂々としているのを見て、ホッとしていた。そう、実は学生会メンバーは、会長始め全員が制服で参加したのだ。
これはまさに毎年高価な衣装を準備しなければならないのでは、という平民や裕福でない貴族のプレッシャーを無くすための措置なのだ。
所詮学院舞踏会は、将来社交界に出たときのための練習。将来も社交界に出る予定がない者にとっては、そんな練習は意味がない。それにせっせと社交界に出る家ならば、家庭でも教育がされる。
ならばせっかくの学院イベントだ。皆んなが楽しめるものにしよう、ということで、今年の舞踏会は前半が従来型の正式な舞踏会に準じた内容、後半は感謝祭で皆んなが踊るような集合ダンスや、流行の音楽に合わせた自由ダンスなど、オフィシャルなダンスが苦手な者でも楽しめるプログラムに変更したのだ。
ダンス教師に相談に行ったら、ひどく嫌な顔をされたね。「伝統ある学院舞踏会が」とかなんとか。だが学生会の権力は強いのだ!押し切ってやったぜ。でも、後半のプログラムを相談したら、意外とノリノリになってきて、どこの領のダンスが踊りやすいとか、流行の曲ならこれの方が自由が効くとか、とても参考になる意見をくれた。さすが専門家。というか本当にダンスが好きなんだなと感心した。
「シルビアちゃん、第二部に入ったらよろしくね」
俺はシルビアちゃんの腰に手を回して踊りながらお願いする。
「はい。任せて下さい。クラスの皆んなも楽しみにしてますから」
おお、シルビアちゃんが頼もしい。
実は、後半のプログラムに関しては事前告知なし、サプライズなのだ。このため、誰も踊りに出てくれなかったら地獄絵図になってしまう。なので、Aクラスにはこっそり積極参加をお願いしていたのだ。
「せっかくドレス新調したのに、優雅なダンスじゃなくてゴメンね」
「大丈夫ですよ。前半で十分踊れます。それに、ドレスで踊る感謝祭の踊りも面白そう!平民の方たちも楽しめた方が絶対良いと思います」
ランカスターの人たちは本当に良い人たちだなと思う。シルビアちゃんも、高位貴族なのに威張ったところがカケラもない。
おっ、1曲目が終わった。パートナーチェンジだ。
シルビアちゃんは早速次のお誘いを受けている。シルビアちゃんは人気だからね。
ダンスのお誘いは男性からするという決まりだ。
人気の女子には次々とお誘いがかかる。一方、人気がイマイチの女性は壁の花になりかねない。今回は、ダンスの授業で、空いている女性には、男性から積極的に声をかけるよう指導されている。声がけや応諾も練習だからだ。なので、そこそこパートナーができているが、声がかからない女子もポツポツいる。
さあ、俺たち学生会の出番だ。
特に地味目の子たちだな。皆んなそれなりに魅力的な子なんだけどね。
この世代の男子はどうしても煌びやかな見かけに惹かれてしまう。年齢がいけば内面重視に変わっていくと思うけど。それに、高位貴族の女子と踊る機会なんて学院時代しかないという心理もあるかもね。
俺は、地味でおとなしそうな子に声をかける。平民の子かな?
「失礼しますレディ。踊っていただけませんか?」
「え?あ、は、はい」
その子は俺の差し出した手を恥ずかしそうに取った。
うん、ケビンもイアンもやってるな。学生会の先輩たちも頑張っている。
会長に誘われた子、怯えてないか?脅迫じゃないからね。
曲が変わるたびに俺たちはせっせとパートナーのいない子に声をかけて回った。
皆んな素敵な子なのにね。
しかし、その内におかしな連中が現れ始めた。
男子の誘いを上手く避けながら、わざと壁際に立って、俺たちにさりげなく相手がいないアピールをする女子がいるのだ。
学生会は金袖、高位貴族、イケメンばかりだからね。女子が踊りたいと思ったら、こういう手しかないのかも。仕方ないので、俺たちもその思惑に乗るしかない。
2時間が経過したところで、強制的に音楽をストップして、休憩タイムに入る。
皆んな不思議そうな顔をしている。
本物の舞踏会ではこんなことはない。演奏はずっと継続され、休憩は自分の判断で取る。
だけど、今回はここから企画が変わるのだ。




