第158話 誘拐
マルコさんが帰ってから、コーザさんに王宮からの呼び出しについて聞いてみた。
予想通り、近衛騎士団への復帰要請だった。
「良かったね、コーザさん。これでコーザさんの力を存分に王国のために使えるね」
「いや、断った」
「え?なぜ?」
「言ったはずだ。俺は今後の人生はユーキ尽くす」
「そんな必要ないよ!コーザさんは自分の人生を歩むべきだよ!」
「ユーキを護るのが俺の選ぶ人生だ」
「俺なんかより陛下を護るべきだよ」
「いや、陛下も納得されている」
「え?」
「ユーキが持つ力はこの世界を救う力だと聞いた。唯一無二の。だから陛下は命懸けでお前を護れと俺に命じられた」
「そんな・・・」
ジェームス様もダメを押す。
「ユーキ、陛下はね、自分の替えはいてもユーキの替えはいない、王国は君を失うわけにはいかないと仰っている」
・・・女神様の浄化の力か・・・。
えらい責任を負っちゃったな。
それでも、元の世界と違って、誰も俺に命令も強制もしない。
ならば余計に自ら動くしかない。
俺に本当にできるのかは未だにわからないが、それでもできることはやるしかない。
これは俺が自分の意思でやることだ。そして、周囲はそんな俺を支えようとしてくれる。
ならばそれに甘えよう。
俺は、すべてを自分一人でできるなんて自惚はない。
この国を護るのも、その思いを持つ人たち皆んなでやることだ。
なんだかコーザさんの人生を曲げてしまったような気もするが、それもコーザさんの意思だと思って感謝しよう。それに正直言えば、コーザさんが仲間でいてくれるのは嬉しいからね。
俺は笑ってコーザさんに「ありがとう」と小さな声で言った。
12月に入り、冬の気配が強くなってきた。
学院内の並木もその葉を落とし、冬の雰囲気を醸し出している。
王都は、年明けからの社交シーズンのために、各領地にいた貴族がポツポツと入り始めている。シェフィールドの父上や母上も今年は来るのかな?
12月の行事は学院舞踏会だが、この準備はほとんどやることがない。
楽団と料理の手配をするだけだ。楽団は学院お抱えのものがあるし、料理は学院の上級食堂が担当する。俺たちはその確認をするだけ。
舞踏会は制服での参加も可だが、ほとんどの学生はドレスアップして参加するらしい。特に女子は気合が入っている。この日のために、家でもちゃんと家格に合ったドレスを持たせていたり、成長期で体型が変わった者はサイズ直しをしたり、裕福な者はドレスを新調したりする。
最近の女子の話題はもっぱらドレスみたいだね。
俺は制服参加一択!面倒くさい貴族の豪華な服などごめんだ。
ただ、身長がまた伸びてきたので、学院内の仕立屋でサイズ直しだけはしておいた。
ダンス実習の授業は熱が入ってきた。
もっともAクラスでダンスに問題がある学生は一人もいない。俺を除いて、幼少期からしっかりダンス教育を受けてきた上級貴族の子女ばかりだからね。
俺も、全然問題ない。前期試験も上位の成績なのだ。舐めてもらっては困る。
かくして、舞踏会にカケラの興味もない俺は、ひたすら勉強に集中している。
特に法律科目は1年で完璧に終わらせて、年明け3月に実施される司法試験に受かりたい。
担任のシンプソン先生も、今の調子なら王国最年少合格が可能かもと言ってくれている。
それと、錬金関係の魔法陣をできるだけ多く習得する。俺の場合、魔術のゴリ押しで錬金類似のこともできるが、なんと言っても効率が段違いだし、その後の量産可能性は錬金術でなければできない。2年生からの錬金術実習に備えて、ひたすら勉強中だ。
早朝と夜の訓練は当然続けている。
攻撃魔術は学院で行うのは難しいが、防御魔術、特に課題のプラズマシールドはまだ実用に至っていない。なんかイメージが難しいんだよね。しかしこの魔術は何としても完成させる必要がある。なぜかそういう予感がするんだ。
週末は屋敷に戻って、コーザさんと剣術の訓練をしている。
純粋な剣技では、コーザさんにはまだ敵わない。少しでも近づきたいのだが、コーザさんと毎日訓練しているエドと真司の剣技が急速に伸びている。非常にヤバい状況だ。エドはともかく、真司に抜かれるわけにはいかない。はあ、学院に訓練相手がいればなぁ。
真司と言えば、二人の努力でカツ丼と親子丼が完成した。
ちょっと違う気がするが、まずまずの出来だ。
これはジェームス様たちにも好評だった。
もちろん大量に作り置きをしておいた。
鑑定をお願いしていたアミュレットタイプのタリスマンは、やはり毒消しの効果のあるタリスマンだった。何個もあるので、全部ジェームス様に渡そうとしたが、どうやら既に持っているようで、俺たちのパーティで使えと戻された。ただし、あの強力なミイラの神官が持っていたタリスマンだけは、効果が段違いと思われるので、陛下に献上することにした。
ついでにあのミイラの騎士団の魔術を無効化する盾や鎧、そして魔術を増幅すると思われる杖もまとめて献上して、王国の研究所で研究してもらうことにした。
王国の防衛力の強化は急務だ。もし量産できればかなりの戦力アップになる。
あの火吹きトカゲ、オオサンショウウオの皮も防具にできないか研究してもらっている。
俺はあの皮でトランポリンを作ろうとしてるけど。ボールも作れないかな。
そして象のオークションは、王家が落札した。王家がいるなら言ってくれれば献上したのに、また俺たちに大金が入ってきてしまった。あの象の甲羅みたいなヤツも防具にできたら強力だよね。陛下から甲羅を1枚もらったので、何か作ってみようと思う。
「ユーキお兄様!聞いてますか!」
俺がぼんやり思考を巡らしていたらシルビアちゃんに怒られた。
「あ、ごめん。ぼんやりしてた。何だっけ?」
「だから舞踏会の衣装です!」
今日は寮の食堂で夕飯だ。学生は学院内の上級貴族用のレストランや、その他のカフェなどで食事を摂っても良いが、半数以上は寮の食堂を利用している。
俺も、特別のことがなければ寮の食堂派で、そのときのメンバーは大体俺とケビン、イアンの学生会組にシルビアちゃんの仲間三人の女子と一緒だ。シルビアちゃんの警護もあるからね。
今日もいつものメンバーで食べていたが、話題が舞踏会のドレスのことになり、俺やケビンが制服で参加すると聞いてシルビアちゃんがご立腹なのだ。
「私たちにとって初めての本格的な舞踏会なんですよ!成人して正式に社交界デビューするための勉強なんです!ちゃんとした衣装で参加しないと勉強になりません!」
そうよ、そうよと二人の女子も同調する。
「いや、でも制服での参加も認められてるから・・・」
「それは衣装を用意できない人のための措置です!お兄様はそうではないでしょ!」
「でも、ケビンも制服って言うし・・・」
「ケビン君もちゃんとして下さい!イアン君はタキシードで出るんですから!」
俺とケビンは目を見合わせて溜息をついた。
イアンだって親に強制されたんだよ。まあ、コイツは社交慣れしてるから貴族服も平気そうだけど。
「私たちだって、ちゃんとドレスアップした男性にエスコートされたいんです!」
そうよ、そうよの合唱が続く。
そう、なぜシルビアちゃんがこんなに俺たちの衣装にこだわっているかというと、俺たちは彼女たちのエスコート役なのだ。
「じゃあ誰かと交代するとか・・・」
「怒りますよ!」
「ごめんなさい・・・」
俺もケビンも舞踏会用の服なんて持ってない。
ケビンは家からの嫌がらせだし、俺はシェフィールド家で用意すると言うのを断った。
俺もケビンもお金はたっぷりあるから、作ろうと思えば作れるけど、二人とも成人してから社交界に出る気などさらさらないので気が乗らないのだ。
「もう!お母様に言いつけますよ!」
「え!いやそれは・・・」
エリカお姉様にチクるのはやめて欲しい。またコンコンと説教される。
そのとき、トーダが焦った声で叫んだ。
(ユーキ!ルクスがおかしい!)
(ルクスが?)
(すぐ戻った方がエエ!何や暴れとる!)
(ルクスが暴れてる?)
そんな馬鹿な。あの利口なルクスが意味もなく暴れるなんてあり得ない。
(早う!エミーが何ちゃらて言うて興奮しとる!)
(エミーちゃん?)
俺はガバッと立ち上がった!
「キャア!」
驚いてシルビアちゃんが悲鳴を上げた。
「あ、ごめん!ちょっと緊急事態みたい。俺ちょっと屋敷に戻る!」
「逃げるんですか?」
「違う!エミーちゃんに何かあったかもしれない」
「エミーに?」
「よくわからない。とにかく一度屋敷に行ってみる」
「私も!」
「いや、急ぐんで走って行くから。管理人さんに言っておいて!」
俺はダッシュで駆け出した。後ろでシルビアちゃんの呼ぶ声が聞こえるが、トーダが焦るほどだ。構ってられない。
校門の守衛にも緊急事態とだけ告げて走り去る。
俺は全力で走り、10分もかからずにランカスターの屋敷に到着した。
何だ、この怒気は!ルクスなのか?
俺は厩舎に直行する。
うわっ、厩舎が破壊されて、真司と厩務員さんたちが必死でルクスを押さえている!
「ルクス!!」
俺はルクスに駆け寄った。
「鎮まれルクス!何があった!?」
エミーが、エミーが、という激しい感情だけが伝わってくる。
「真司!これは?」
「わかんないっす!突然ルクスが暴れ出したみたいで、俺も今駆けつけたところっす!」
ルクスは激しく暴れ続ける。
(トーダ!ルクスを鎮めてくれ!)
(よっしゃ!)
「ジェームス様に聞いてくる!」
俺はルクスをトーダに任せて、屋敷に走って行く。
メイドさんにジェームス様の所在を聞くと執務室だと言うので、急いで向かった。
「ユーキです!ジェームス様いらっしゃいますか?」
俺がドア越しに声をかけると、すぐにドアが開かれた。
中には深刻な表情のジェームス様とエリカお姉様、アダムさんとフレッド団長がいた。
「ユーキ、一体どうした?」
「ルクスが暴れていると精霊から聞いて。エミーちゃんに何かあったんですか?」
「なぜエミーだと?」
「ルクスがエミーちゃんの名前を叫んでいます」
「ルクスが・・・」
ジェームス様は一旦視線を落として、再び俺を見る。
「失態だ。エミーが攫われた」
「攫われた!?」
「友人の茶会に行った帰りに襲われた。警護の二人と御者が殺された。メイドはかろうじて助かったが重傷だ」
「犯人は?」
「わからない。今全力で探している。そして先ほどこれが届いた」
ジェームス様がテーブルの上に置かれた箱を示す。
俺はそれを覗き込み、一気に全身の血が沸騰した。
そこには手首から切断された、小さな子供の右手が入っていた。
間違いない!エミーちゃんの手だ!




