157話 オプティマス帝国
「それでお姉様。何か私にご用だったのでは?」
「あらいけない!忘れてたわ。今日午後2時にジェームスの部屋に来てちょうだい。出かけちゃダメよ」
「承知しました」
どうやら昨日の反省具合を見に来るついでに、伝言しに来たらしい。
エリカお姉様はエミーちゃんを残して一人で帰って行った。
早い昼食も済んだし、2時までどうしよう。
そうだ、ライムをルクスに紹介しなきゃ。
「エミーちゃん。これ新しい仲間のライムだよ。よろしくね」
ライムがピョンとエミーちゃんの膝に飛び乗り、ピョンピョンと跳ねる。
「うわー、スライム!可愛い!私、エミー!よろしく!」
小さなスライムのライムはエミーちゃんも気に入ってくれたようだ。
ライムって何食べるんだろうな?さっきチーズフォンデュ食べてたけど。精霊って言うんだから何食べても大丈夫かもね。
「エミーちゃん、ルクスのところに行こうか」
「行くー!」
やっぱりエミーちゃんはルクスが一番だね。目の輝きが違う。
俺はエミーちゃんと手を繋いでルクスの厩舎に行く。
シャトルとライムも一緒だ。
真司は部屋に戻って魔術の勉強をするらしい。ああ見えてアイツも努力してるんだ。
厩舎に近づくと、エミーちゃんが俺の手を振り切って走って行った。
ルクスも俺たちが近づいているのを察して興奮している。
あぁあ、エミーちゃん、ベロベロに顔を舐められてるよ。
「ルクス、あんまりベロベロに舐めるなよ」
俺がルクスに近寄ってそう言うと、今度は俺の顔を舐めてきた。
人の話し聞いてないな。
シャトルは、パッとルクスの背中に飛び乗って尻尾を振っている。
「ルクス、新しい仲間だ。スライムのライム。仲良くしてね」
俺の手のひらの上でピョンピョン跳ねるライムをルクスに見せる。
ルクスはブルルと鼻を鳴らして頷いた。うん、大丈夫そうだね。
ライムはピョーンと跳ねると、ルクスの頭の上に飛び乗った。
え?スライムってこんなに跳躍あるの?
エミーちゃんはさっそくルクスに乗って庭の散歩だ。本当に仲良しだね。
シャトルとライムもルクスの背中に乗っている。
俺は学院祭のときから考えていたことの実行だ。
俺の屋敷の無駄に広い庭に、ミニ子供公園を作るんだ。
俺は貴族の当主ではないので、自前で騎士団など持つ必要もない。なので、騎士の訓練用のスペースは不用なんだよね。
以前から、使用人の子供たちのために、子供が元気に遊べる場所を作りたかったのだ。
学院祭で一度作っているので要領はわかっている。
ブランコ、シーソー、滑り台、鉄棒、登り棒、雲梯、ジャングルジム、飛び石、砂場などを次々と作っていく。これで子供たちが遊びながら身体を鍛えてくれたらいいな。
「ユーキお兄様!ここにも作ってくれたの!?」
エミーちゃんがルクスを走らせて、戻って来た。随分乗馬が上手くなったな。
「そうだよ。皆んなで遊んでね」
「うん!皆んなに教えてくる!」
エミーちゃんはルクスに乗ったまま、ランカスターの屋敷の方に駆けていった。
シャトルはライムを頭に乗せたまま、ルクスから飛び降りて、遊具で遊び始めた。
オシッコかけてマーキングするなよ!
しばらくすると、メイドさんに付き添われて、子供たちがわらわらとやって来た。
もちろんエミーちゃんも一緒に。
遊具の使い方を教えてやると、皆んな喜んで遊び始める。
皆んな楽しそうで何よりだ。
早く王都や他の領でも、子供たちの遊び場が増えてくれるといいな。
午後2時、エリカお姉様の言いつけに従い、メイドさんに案内されてジェームス様の応接室に伺う。
部屋に入ると、ジェームス様の他に、エリカお姉様、家令のアダムさん、騎士団長のフレッドさん、そしてコーザさんともう一人意外な人物が待っていた。
「ユーキ様、またお会いできましたね」
「マルコさん!」
ニッコリ笑って差し出された右手をしっかりと握って握手する。
なるほど、ランカスター家もマルコさんの客の一人というわけか。
「ユーキ、座ってくれ。せっかくマルコ殿を君に紹介しようと思ったのに、もう昨日会っていたようだね」
「はい。偶然ですが昨日セントラル広場のマルコさんのお店で探していたものを売っていただきました」
「ああ、マルコ殿から聞いたよ。随分と豪快な買い物をしたようだが」
「いえ、むしろ安かったくらいです。マルコさんからしか手に入らない品です。自分でヤマトまで行くことを考えたら、数倍の値段を言われても仕方ないかと思います」
「それだけ貴重な品ということか。食べ物なんだろう?私も食べさせてもらえるのかな?」
「もちろんです。ただ好みの分かれる品かと思いますが」
マルコさんが楽しそうに俺を見る。
「ユーキ様は米の調理方法をご存知なのですよね」
「はい、さっそく今朝いただきました。そうだ、皆さん試食してみますか」
俺は、皿を出して、その上に人数分のおにぎりを置いた。
「これは米という穀物を炊いて、それを丸めて携帯できるようにした物です。少し塩味をつけています。巻いてある黒い物は、海苔と言って海藻から作られた物です。行儀が悪いと思われるかもしれませんが、直接手に取って食べて下さい」
マルコさんが、良くご存知だ、と呟いた。やっぱりヤマトでもおにぎりがあるんだね。
皆んなが興味深そうにおにぎりを手に取って口にする。
「ほう、面白い食感だね。美味いと言えば美味いが、どちらかというと珍しいという感じかな」
ジェームス様の素直な感想だ。
他の人も特に感動した様子はない。
俺はついでに味噌汁を配る。
「これは、同じ米から作った味噌という物のスープです」
皆んなが湯気を立てている味噌汁を飲む。
「これも不思議な味だね。でも妙に落ち着く味だし、おにぎりと良く合う」
そうなんだよ、ジェームス様。ご飯と味噌汁は相性抜群なんだ。
「実は、お米はパンのような役割で、他の料理と一緒に食べる物なんです。だから、お米だけで食べるとちょっと物足りないかもしれません。あとは、お米を炊いたものの上に色々な具材を乗せて食べるやり方もあります。皆さんにはその方が合うかもしれません。合ってますか、マルコさん?」
「ヤマトの食べ物なのに本当良くご存知だ。おっしゃる通りです。慣れるとパンよりも米の方が美味いくらいです。特にウナギを乗せた鰻丼や天ぷらというものを乗せた天丼などは、私の大好物ですよ」
おお、鰻丼も天丼もあるんだな!本当にヤマトにはいつか行ってみたい!
「ユーキは作れるのかい?」
「今度挑戦してみるつもりではいます」
「じゃあそのときは食べさせてもらおうか。そうだ、もしかしてユーキはこれも知っているかな?」
ジェームス様はそう言って、部屋の隅に置かれていた数々の品物の中から、一抱えもある箱を持って来て、蓋を開けた。
「わあ!お茶ですね!」
「やっぱり知っていたか。使い方も?」
「はい。ヤマトには専用の茶器があるかもしれませんが、基本的には紅茶と同じです。お湯で濾して飲むだけですから。そうですよね、マルコさん」
「はい、その通りです。しかしユーキ様は一体どこでそのような知識を?」
「学院の図書館にあった書物です。片っ端から本を読むのが趣味なんです」
「いやはやお見それしました」
お茶はジェームス様があとで分けてくれることになった。ラッキー!
「さて、二人の紹介は無駄になったが、これからマルコ殿には他国の情勢などを教えてもらうつもりだ。ユーキも一緒に聞いておいて欲しい」
そこから語られたマルコさんの話しは、俺たちの危機感を募らせるに十分な内容だった。
マルコさんの今回の旅は大陸を東に移動して戻って来るものだった。陸路で大陸を横断して、海を渡りヤマト国まで行き、アルタイル王国に戻って来た。まさにシルクロードだな。
マルコさんが紙に書きながら説明してくれた内容によれば、大陸の東、中国、朝鮮半島に当たるエリアには大国があり、ほとんどの地域を支配している。
東南アジアに当たるエリアは高い山脈と森に遮られて、実態がわからない。また、そこの森はかなり強力な魔獣の生息地帯で、商隊として挑むにはかなりリスクが大きい。いつかは行くつもりらしいが。
そして、元の世界でいうと中国北部からモンゴル、そしてロシア南部当たりから東欧辺りまでの広大な領土を支配下においているのが、例のオプティマス帝国だ。
オプティマス帝国は、国境付近で東の大国とは小競り合い程度を繰り返しているが、現在のその野心は西に向いているという。
帝国北部は寒冷地帯で、いくつかの部族を中心とした小国が乱立しているが、帝国として戦力を投じて征服するメリットを感じていないようだ。
彼らの狙いは、1000年以上前に征服し、肥沃な穀倉地帯と魔石資源が豊富な西のエリア、元の世界で言えば西ヨーロッパ当たりに相当する地域を、もう一度征服することらしい。
帝国の論理では、奪われた自分たちの領土を取り返すということだ。ふざけるなと言いたい。
しかし、現にここ数年で、三つの国が帝国に侵略されて滅亡しているとのこと。
これ、学院でもっと国際情勢を教える必要があるんじゃないか?
この世界の国際関係は、魔獣などの危険によって人の交流が気安くできないため、せいぜい周辺国との同盟や協調に留まっている。なので、正確な国際情勢などは独自の諜報機関や商人などの情報を総合して推測するしかないという、極めて頼りない状況だ。
元の世界での職業柄、不安で仕方ないよ。
マルコさんの話しだと、あと二、三カ国侵略すれば、もう王国に到達するのだ。
ランカスターは東の防衛の最前線だ。軍備拡張や隣国との同盟強化など考える時期なのかもしれない。そう言えば王国東部にはスタンリー公爵領もあるな。内輪揉めなんてしてる場合じゃないぞ。
あと、オプティマス帝国では身分制度と人種差別がひどく、征服された国の人間は下層階級となり、特に獣人は亜人と呼ばれ奴隷として扱われているそうだ。
奴隷は労働奴隷の他に戦闘奴隷がおり、獣人の戦闘奴隷は最前線で戦わされる。
また、帝国はあちこちから獣人の子供を集めており、何かの実験をしているという噂もある。
獣人の子供!嫌な予感がするね。
ジェームス様の眉間にも皺が寄った。
まさか帝国とスタンリーに繋がりはないだろうな・・・。
帝国の軍事力は、総兵力数百万!精強な騎馬隊と、大規模魔術を操る魔術部隊が脅威だということだ。
帝国の皇都は、アルタイル王国の王都ロマリアの数倍の規模で、多くの研究機関もあり、魔導技術の研究も盛んらしい。まあ、軍事技術の研究だろうな。
その辺りを探ると一発で拘束されるので、マルコさんたちも商売人に徹して、そこには近づかないようにしているそうだ。
現在の皇帝は30代半ばの男で、自ら戦場に出たがるほどの好戦的な人物らしいが、先代皇帝が平和主義で領土拡張に消極的だったため、むしろ現皇帝の方が英雄的扱いで国民人気が高いという。嫌な国柄だな。
国教は驚いたことにユリス教ではなく、女神サマトを奉じる真神教という宗教が昔から信仰されている。
マジか!堕神サマトのことだよな!いつからだよ!
ああもう、この世界、情報が貧弱すぎる!
昔からということは、いつの時代かにサマトが暗躍したということだろう。侵略思考もそのせいなのか?インターネットが欲しいよ。
もう一つきな臭い情報は、足元のスタンリー公爵領では、武器の流通量が増え、領兵が増強されているという噂があるらしい。内戦でも起こす気なのか、防衛のためなのか。もっとも、その情報は多分ジェームス様の方が詳しいだろう。
瘴気の情報がないか聞いてみたが、マルコさんは聞いたことがないということだった。
一安心だ。ただ、魔獣に関しては、やはり大陸中でどこに行っても、増加や凶暴化、生息域の変化などが見られるようだ。これは全体的な傾向ということだ。
感謝祭で浮かれていたが、少し目を覚まされた。
今の平和はいつまで続くのだろう。
帝国が迫ってくるまでの猶予は何年だ?瘴気が世界に蔓延するのはいつだ?
謎の仮面の連中のこともある。こちらは正体も目的もわからない。
そんなときにスタンリーの不穏な動き。
まさに内憂外患だな。
今日マルコさんの話しを聞けたことは良かった。
俺はもはや王国民だ。王国貴族だ。
だから王国のために動く。王国を、その国民と領土を護るために働く。
感謝祭で見た人々の笑顔を護りたい。子供たちの未来を壊したくない。
そのためにできる努力は惜しまずにやっておこうと、改めて心に誓った。




