第145話 エピデミック
午前6時前に俺とエドは王都南外壁前の集合場所に到着した。
ランカスターでダンジョンの魔獣の買取り処理を終えたエドは、王都に戻ってきていた。ちなみに、魔獣の買取り代金は、象を除いて金貨約30000枚。これをコーザさんを入れて三等分した。象は初めての魔獣なので、王都のオークションに出すことになったそうだ。お金ばかり増えるな。
エドには昨夜、昨日の出来事の詳細を話してある。
俺たちとほぼ同時にエンシスさんが一人の冒険者を連れて現れた。
「やあユーキ君、昨日は世話になったね。エド君も久しぶり」
「おはようございます。昨日はお疲れ様でした」
「紹介しておこう。彼はソロの斥候役でガーナ君だ。ランクはA。あちこちのパーティから引っ張りだこだ」
ガーナさんは身軽に馬から飛び降り、俺たちに笑顔を向ける。
中肉中背だが鍛えていることはよくわかる。
皮のキャップを被っているが、耳元には毛がない。スキンヘッドかな?
「ガーナだ。ユーキとエドだな。名前は聞いてるぜ。ユーキはオッパイ好きなんだろう?いい店あるから今度一緒に行こうぜ!」
どんな名前の広がり方だよ!なんで王都のギルドにまでオッパイの話が!
「ユーキだ。オッパイ好きは否定させてもらう。俺は決してオッパイだけが好きなわけではない!だけど、店には一緒に行こう」
「エドだ。俺もいい店なら一緒に行きたいな」
エドが必死に笑いを堪えている。なんでコイツには変な噂が出ないんだよ!
「君たち、朝っぱらから品のない話題はやめてくれるかな。うちのギルドの品格が疑われるよ」
「うるせえ、エンシス!ケツ派のテメェは黙ってろ。大体ウチのギルドに品格なんてねぇだろうが!」
ほう、エンシスさんはお尻派なのか。今度じっくり聞いてみよう。
そんなことでギャアギャア騒いでいるところに、リッキー殿下が第二騎士団のカインさんたちと現れた。
カインさんが連れている騎士五人は、全員何度か訓練で一緒になった人たちで、顔見知りだった。お互い笑顔で挨拶を交わす。
「全員揃ってるね。じゃあ、出発しよう!」
今回のリーダーのリッキー殿下の合図で、ガーナさんを先頭に俺たちは馬を走らせた。
夏の終わりの風が気持ちいい!
街道を外れ、草原を走る。最高の季節だな!また、ルクスを連れて思い切り走りに来よう。
気持ち良く走っていると、俺の横にリッキー殿下が走り寄って来た。
「ユーキ、昨日はありがとう」
「もうそれはいいですよ」
「ははは、それにランペイジブルは父上もすごく喜んでたよ。早速今日食べるそうだ」
「それは良かったです。アレ、ステーキだけじゃなくて煮込みも美味いんですよ。レクシャールのダンジョンの名物なんです」
「そうか、君がそれほど言うんだったら一回食べてみたいな」
「じゃあ今日の昼飯に出しますよ」
「本当かい!それは嬉しい!」
「楽しみにしといて下さい」
「ああ、それから今日王城に報告に行くだろう?帰りに父上から何かもらえるらしいよ」
「え?なぜですか?」
「さあ?兄上の治療代かな?」
「お金は不要なんですが」
「お金じゃないみたいだよ。まあ楽しみにしといて!」
そう言うと、リッキー殿下は後方に戻って行った。
なんだよ、教えてくれよ。
俺、別に欲しいもの今のところないんだけどな。
まあいいや。帰りにわかることだ。
草原を2時間ほど走ったころ、森の入口に到着した。
「止まってくれ!」
ガーナさんが大声で停止の合図をした。
「ゴブリンの集落があったのは、ここから1時間くらい歩いた森の中だ」
ガーナさんが森の方を凝視する。
「だが、様子がおかしい。森の中の魔獣がかなり多い上に、妙に殺気だってやがる。大した魔獣じゃないと思うが、念のため馬はここに置いて行った方がいいな」
俺はサーチで森の中を探ってみた。
なるほど、結構な数の魔獣がいるな。しかし、殺気だってることまでわかるのか。すごいな、ガーナさん。俺にはそこまで感じられない。やはり、優れた能力の人はあちこちにいる。
「どうする、ユーキ?」
リッキー殿下が俺に聞いてきた。
「ガーナさんの言うとおりにしましょう。確かに魔獣の数がかなり多いようです」
俺は、さっさと土魔術で馬を囲う柵を作った。
騎士団から一人馬番として残ることになった。
ルクスもここに置いていく。集団行動だしね。
ルクスには何かあったら他の馬を護ってくれと頼んでおく。
ルクスは渋々承知してくれた。
俺とエドは、ガーナさんと共に先頭を任された。
森の中に入ると雰囲気が一変する。
確かにこれはピリピリしているな。普通の小動物などはまったくいない。
魔獣だけの森だ。
俺の表情が険しくなったのを見たガーナさんが声をかけてくる。
「ユーキも感じるか?」
「うん、これはヤバいね。数もだけど、魔獣が随分ピリピリしてる感じだ」
「その若さで大したもんだ」
「いや、森の外からはまったくわからなかった。ガーナさんすごいね」
「アレは勘だ。なんかヤバいときは、肌がチリチリするんだよ」
危機察知能力かな。理屈はわからないが。ダンジョンでしばしば感じた感覚に近いかも。
「来る!フォレストウルフ!」
俺が言うと同時にガーナさんが後方に向かって叫ぶ。
「前方フォレストウルフ!15!」
これだけ魔獣だらけだ。声をひそめる意味もないってことか。
全員が戦闘体制に入る。
先頭のフォレストウルフが現れた!
何だ?ダラダラとよだれを垂らし、目が血走っている!
まるで狂犬病のようだ!
それでもたかがフォレストウルフだ。俺は久しぶりのククリ刀を一閃して、首を刎ね飛ばす。
それから次々と襲ってくるフォレストウルフを全員が一撃で倒していった。
さすがに、この森の魔獣程度で苦戦するメンバーではない。
しかし、これは・・・。
俺は、倒したフォレストウルフを慎重に調べた。
間違いない。この嫌な感じ。
「ユーキ、どうした?何かあったか?」
リッキー殿下がこちらに駆け寄ってきて、全員が俺の周りに集まった。
「まずいですね。コイツら瘴気に侵されてます」
「瘴気に?」
「はい。多分魔石は黒くなってます」
俺の言葉にガーナさんが素早く1匹の死体から魔石を取り出した。
「マジか!」
その魔石は真っ黒とまではいかないが、十分黒ずんでいた。
「全員魔装を強化しておいて下さい。噛まれたり、引っ掻かれたり、ちょっとの傷も受けないように注意して下さい。もし傷ついたらすぐ俺に言って下さい」
「そんなに危険なのか?」と騎士の一人が聞いてくる。
「まあ、即死するようなことはありません。多分瘴気は徐々に広がります。なので、広がる前に治療すれば平気です。問題は・・・、治療できるのが俺しかいないということです」
「何だって!」
騎士たちが絶句する。
「どうも瘴気に侵された魔獣は凶暴化するみたいですね。この森の魔獣程度なら誰もやられることはないと思いますが、そういうことなので、傷つけられることには気をつけて下さい」
「ユーキ君。瘴気は移るということかな?」
「エンシスさんも見たでしょう。ゴブリンの件を見ると、今のところそう考えるのが妥当かと思います」
「しかしそうなると厄介だね。瘴気に侵された魔獣の肉は食べられるのかな?」
そうなのだ。もし肉や素材が使えないとなると、冒険者にとって死活問題になるだけでなく、王都の食糧問題にまで発展する。
「色々調べる必要がありますね。瘴気に侵されているかどうかは魔石を見ればわかりそうですが、素材が使えないとなると・・・」
全員が問題の大きさに気づき、表情が曇る。
「これは思った以上に大問題だね。200年前はこんな問題に直面していたのか」
リッキー殿下の呟きが重くのしかかる。
「とりあえず、この森の調査を優先させましょう。瘴気の発生元が見つかればありがたいんですが」
それから俺たちはガーナさんを先頭に森の奥へと進んだ。
途中、続々と魔獣の襲撃を受けた。どれも大した強さではなかったが、すべての魔獣が凶暴化しており、瘴気に侵されているものと推測された。
ヤバいな。どこまで広がっているんだろう?
1時間ほどして、ゴブリンの集落跡に到着した。
森の中にぽっかりと空いた広場で、壊れかけた掘立て小屋が何棟も建っており、粗末な武器や、水桶のようなものが雑然と転がっていた。
すごいな。ゴブリンって、結構道具を作ってるんだな、と妙なところで感心する。
全員で、瘴気の痕跡のようなものがないかつぶさに調査して回る。
1時間以上調査しても何も出てこない。
一旦広場の中央に集まって、休憩を取ることにした。
「参ったな。何も見つからないか・・・」
「ここが瘴気の発生元ではないということか」
「そうなると、ゴブリンもどこかで瘴気に感染したのか?」
「ゴブリンすべてが感染していたのか?」
「いや、それはもうわからないな。焼却済みだ」
皆んながコーヒーを飲みながら思い思いに意見を述べる。
ここが発生源でないとすると、ゴブリンはなぜ?
他の感染した魔獣に襲われた?
冒険者たちは、ゴブリンに傷つけられて感染した。その線か?
マックス殿下は、飲み水と薬に仕込まれた・・・。
水・・・。もしかして!




