第141話 ゴブリンの毒
「さて、今日は秋の魔獣討伐実習護衛の件だね」
「そうです」
そう答えて、俺は実施要領をエンシスさんに渡す。
「場所は例年通りだね。わかった。すぐに募集をかけておこう」
「前回のスタンリーの冒険者のような連中は困るんですが」
「ああ、でも、この依頼は一応国中のギルドに回すからね。それぞれの貴族家から依頼された冒険者の参加は断りづらいんだよね。2年生にアルフレッド殿下がおられるんだよね。スタンリーから来るのは間違いないかな」
「1年生の聖女様にもつけてくるかもしれません」
「そういうこともあるのか・・・。ユーキ君、問題起こさないでね」
「なんで俺に言うんですか!」
「だって君、この前は腕を斬り落としてたよね」
「ぐぅ・・・」
あれ、俺が悪いのか?過剰防衛と言われれば確かにそうかな?
旗色が悪い。話しを変えよう。
「そう言えば、例のモブはどうなりました?」
「彼は法務院に送られて、横領などで起訴された。裁判で有罪が確定して、終身鉱山労働だ。横領金返済や賠償については、コモーノ男爵家から支払われた。モブは、男爵家から離縁されたね」
この世界では、刑事裁判の中で、元の世界なら民事裁判が必要な賠償金なども、一括して判決される。しかも、貴族賠償は連座制で家が責任を負う。事後的に離縁して、貴族籍抜いても、犯行時に籍がある限り責任を免れない。コモーノ家はかなり痛手だっただろう。
「金の行き先は?」
「残念ながら解明できずだよ。モブの口が固いというよりも、勾留中になぜか本人が記憶障害になってしまってね。どうも手を打たれたみたいだね」
「ということは、法務院か留置所にも、どちらさんかの手の者がいるということですか?」
「そういうことになるかな」
はあ、こういうのも一応さすがというべきなのかな?
「そう言えば、話しは変わるけど、君、以前ゴブリンの報告してくれたよね」
「ああ、ありましたね」
すっかり忘れてたよ。あのときは元々その報告でギルドに寄ったんだった。
「それで調査したら、やっぱりゴブリンの集落があったんだ。ダンジョン以外でゴブリンが出るなんて、かなり珍しいことだ。しかも集落だからね」
「討伐は?」
「それは完了した。50匹くらいの集落だったけど、討伐団を派遣して被害が出る前に殲滅した」
「それは良かった」
「それがちょっと問題があってね。その討伐団の何人かが負傷したんだよ。怪我自体は治療できたんだが、その怪我の跡に黒ずんだシミのようなものができて、そのシミが段々広がってきたらしいんだよ。体調不良も訴えている。君、治癒魔術得意だったよね。彼らを見てもらうことはできるだろうか?」
「いいですよ。原因はわからないんですよね。そうなると治る保証はありませんが」
黒いシミというのが気になる。まさかね・・・。
俺の表情が曇ったのだろうか、リッキー殿下が俺に聞いてきた。
「ユーキ、何か思い当たることがあるのかい?」
「ちょっと気になることが。杞憂であればいいんですが」
「気になることって?」
「とりあえず症状を見てからですね。僕の勘違いなら、いたずらに騒がせることになりますから」
「君の懸念が何なのか、僕の立場的には知っておきたいところだね。僕も治療に同席してもいいかな?」
「それはもちろん構いませんが、時間は大丈夫ですか?」
「時間はいくらでも融通が利く。それよりも自分の直感を信じたいからね」
うん、この人は為政者に向いているのかもしれない。危機管理能力が高そうだ。
エンシスさんが職員を呼んで、症状の出ている冒険者を探しに行かせた。
結局、全員が俺の治療に付き合うというので、冒険者が見つかるまでの間、雑談をして過ごす。
話題が俺のギルドランクの件になった。
「そう言えばユーキ君も間もなくSランクだね。次の本部会議で決まるだろう」
冒険者ランクは、Aランクまでは各ギルドで決定できるが、Sランクになるには、Sランク冒険者と所属ギルドの推薦により、本部決裁で決定される。
エンシスさんの言葉に皆んなが驚く。
「しかも三人同時申請で、その内の二人がスタンピードの英雄、もう一人は元五剣。全員同じパーティって、君たちのパーティ強すぎない?」
「いえ、出来立ての弱小パーティですよ」
「何言ってるんだか。残りの二人もAとBでしょう?双翼とも五分の関係って聞くし」
「野心も何もないパーティですから、無視しといて下さい」
「変な心配はしてないさ。信用ランクは抜群だしね。むしろ期待の方が大きい」
貴族中心の珍しいパーティだからね。そういえば、ケビンもギルドランクが上がっていた。真司と二人で25階踏破だからな。
それからリッキー殿下が、最近公務を振られることが多いという愚痴をこぼしたいたら、職員が戻って来た。症状の出ている冒険者が二人見つかったらしい。治療室に待たせているということなので、全員で2階の治療室に向かう。
治癒室の中には、二人の男の冒険者と女性の治癒魔術師がいた。
ギルマスに率いられた学院の制服の集団を見て、ギョッとしている。
「あ、ユーキさん!」
治癒魔術師の女性が俺を見つけて嬉しそうに声を上げた。
ああ、ロミ君のときの人か!お久しぶりです、と応えて中に入った。
エンシスさんが、俺が優れた治癒魔術師であることと、周りは気にするなと伝える。この世界、元の世界に比べたら、基本的人権やプライバシーなどに対する配慮は薄いから、何となくこのまま治療することになった。
俺は、一人目の患者を椅子に座らせて、早速治療を開始する。顔色はかなり悪く、座っていても辛そうだ。
「じゃあ、まずシミのところを見せてもらえますか?」
俺の指示で、男は左腕の袖を捲り上げてこちらに見せてきた。
男の二の腕に直径10センチ位の大きな黒い楕円の斑点があり、その周囲に小さな斑点が広がっていた。
・・・瘴気だ!この独特の嫌な感じと症状。
間違いない!
しかし、なぜ?
「これなんだけど、治りますか?」
「あ、うん、大丈夫。治りますよ、安心して下さい。まず話しを聞かせてもらえますか?これは、いつからこうなったんですか?」
「あのう、前にゴブリンの集落の殲滅依頼があって、そのときゴブリンに噛み付かれたんです。その傷はすぐ治してもらえたんですけど、二、三日したら、噛まれた辺りに小さな黒い斑点がいくつかできて、それがどんどん広がってきてこんな感じになっちゃって・・・」
男は不安そうに自分の腕を見る。
「体調は?」
「最近は怠かったり、吐き気がしたり、かなり調子が悪いです」
「痛みは?」
「痛みはないですね」
その後、俺は日数の経過と症状の変化などを詳しく聞いて、治癒魔術師の女性に記録してもらった。症状の絵も描いてもらう。
「わかりました。じゃあ、これから治療しますね」
そう言って、俺は男の腕に浄化をかける。
うっすらと光が男の腕を包む。同時に俺の中に入ってくる瘴気。
オエッ!
込み上げてくる吐き気を悟られないように我慢する。
もう、これ何とかならないかな!全然慣れないんだけど!女神さーん!
光が収まると、男の腕から黒い斑点は綺麗に消えていた。
「うわっ!治った!体調もすごくいい!あ、ありがとうございます!」
男は飛び上がって喜んだ。
治療の後の喜びと感謝は、いつでもいいもんだね。嬉しくなるよ。
「これなんだったんですか?ゴブリンの毒とか?」
「まあ、そんなものかな」
とりあえず曖昧にしておこう。
治療費はギルド依頼の件での治療なのでギルド持ちと聞き、男は喜んで部屋を出て行った。
二人目は腹部だった。戦闘中に革鎧が外れたところに、ゴブリンから爪で引っ掻かれたということ。同じように、症状、経過などを聞いてからさっさと治療を済ませた。
二人目の男が出て行った後、部屋がしんと静まり返る。
皆んなが俺が話し出すのを待っている。
さてどうしよう。
これ、全員に話していいのかな?
エンシスさんが、俺の様子を見て声を上げた。
「とりあえず僕の部屋に戻ろうか。話しはそれからだ」
エンシスさんの部屋に戻ってからも、俺は中々決断ができないでいた。
どうしよう・・・。まさか、本当に瘴気だったとは・・・。
迷っている俺を見て、リッキー殿下が話し出した。
「ユーキ、かなり悩ましい話しみたいだね。それは僕にも話しづらいことかな?」
「いえ、殿下にはむしろ聞いていただく必要があることです」
俺が殿下と言ったので、治癒魔術師のお姉さんの目がまん丸になった。
「ではギルマスには?」
「今後の対応もあるので、私としては情報共有をしておいた方が良いとは思います」
「なるほど。ならば三人で、と言いたいところだが、それでは他の者も釈然としないだろう」
一つ頷いて、リッキー殿下が立ち上がった。
「リッキー・アルタイルの名において、この場にいる者に命ずる!」
全員がバッと跪く!
「この場でユーキ・シェフィールドが話す内容の一切の口外を禁じる!例え相手が主人、親兄弟であっても、私の許可なしに口外をしてはならない!これに反した者は王家に対する反意あるものとする!」
「はっ!」
うへぇ、さすが王族。いざとなったときの威厳は半端ない。治癒魔術師のお姉さんなんて震えて泣きそうだよ。王家に反意ありとされたら死罪だからね。
「これでどうかな、ユーキ?」
「わかりました。お話しします」
全員が改めてソファに座る。
では覚悟を決めて話しますか。
「先ほどの黒いシミというか、斑点は瘴気です」
「しょうき?」
皆んなの頭の上にハテナマークが浮かぶ。
が、リッキー殿下が気がついた。
「しょうき?瘴気ってまさか!」
「そうです。200年前に世界を滅ぼしかけて、召喚された聖女様が浄化したという瘴気です」
俺の言葉に全員の目が見開かれる。
聖女様の話しは皆んなが知っている伝説だ。瘴気という言葉も耳にしたことはあるはずだ。
「ユーキ・・・。それは間違いないのかい?」
「まず間違いないかと」
「君はなぜあれが瘴気だとわかるんだ?」
「これは信じていただくしかないのですが、僕は精霊の言葉が聞けます」
「精霊の言葉!」
ちょっとパフォーマンスでもやるかな。
「トーダ、姿を見せて」
俺がトーダに頼むと、トーダは心得たもので、俺の頭の上に姿を現すと、軽く威圧を放った。
トーダの威圧を受けた皆んなは、一瞬で身体が硬直してしまった。
「もういいよ。ありがとう」
俺が言うとトーダが姿を消す。
「今のが僕の家族のような大精霊です。信じていただけますでしょうか?」
全員がガクガクと首を縦に振る。まあ、トーダの存在感は圧倒的だからね。
「話しを続けます。僕は以前、二度ほど瘴気の浄化をやったことがあります。そのときに、それが瘴気であることを精霊から教わりました。今回のよりももっと酷い状態のやつです。ただ、瘴気の特徴はまったく同じです。今回のヤツも間違いなく瘴気です」
リッキー殿下がハッとした表情になる。
「待てユーキ。ということは・・・君は瘴気の浄化ができるということか?」
「はい」
「浄化は聖女様の力では?」
「そう聞いております」
「ではなぜ君が?」
「・・・陛下から何か聞いておられませんか?」
「いや、何も。父上はご存知なのか?」
「おそらくは。確かではありませんが」
「そうか。では、これ以上聞くのはやめておこう。しかし、まさか瘴気とは・・・」
リッキー殿下が俯いて考え込む。
「エンシス、他に同じ症状の出ている者は何人だ?」
「はっ、あと三人おります」
「至急探し出し、ユーキの治療受けさせよ。ただし瘴気の件は伏せておけ」
「承知しました」
「それから、ユーキ、エンシス、これから私と共に王城に参れ。陛下に奏上する」
「はっ」
「僕もですか?」
「当たり前だろう。君が来ないで誰がどう説明するんだよ」
はあ、まあ仕方ないか。
「しかし、瘴気か・・・。アルフレッド兄上が召喚した聖女様は浄化ができないと聞いているが・・・」
そう呟いて俺を見たリッキー殿下が、あっ、と小さく声を出した。
どうやら気づいたみたいだね。本当、優秀な王子様だこと。頭良すぎると嫌われるぞ。
それから俺とエンシスさんは、リッキー殿下に無理矢理王城へと連れて行かれた。側近のベンさんも一緒だ。
前回王城に来たときは衛兵本部だったからね。城に入るのは初めてだ。
ランカスター城もでかいけど、ここはもっとでかい。
リッキー殿下と一緒なので城門は素通りだ。それにしても人通りが多いね。
城内に入ってからも二つの門を潜り、本丸に到着する。あれ?西洋でも本丸って言うのかな?
城の正面の大扉は開放されており、騎士が警備をしている。
正面前のロータリーには高級馬車が次々に停車して、高位貴族とおぼしき人たちが城に入って行く。そうだよね。このお城は観光施設ではなくて、現役で動いている行政の総本山だもんね。
俺たちはリッキー殿下の連れなので、身分証を見せるだけの簡単な確認で城内に入った。
1階はロビーがあり、奥には色々な部署が入っているようで、多くの人が忙しそうに動き回っている。ここだけ見ると、お役所に来た感じがするよ。
リッキー殿下はまっすぐに中央の柱に向かって進んで行く。
その柱には扉らしき物がついている。
おお、エレベーターだね。ここにもあったか!
「ユーキは昇降機は初めてかな?」
「いえ、学院で一度」
「何だ、せっかく驚かせようと思ったのに」
「それは申し訳ありません」
「まず僕の執務室に行こう。それから陛下に面会申請する」
そう言いながらリッキー殿下が身分証か何かを扉の横に押し付ける。
しばらく待つと扉が開いた。
中で5階のボタンを押すと、エレベーターが上昇を始めた。音もなく非常にスムーズな動きだ。
どういう原理なんだろうね。
5階に着くと自動的に扉が開く。
「5階は王族専用のフロアだよ。僕の部屋はこっちだ。覚えておいて」
え?俺が一人で来ることなんてないから。・・・ないよね。
リッキー殿下の案内で、執務室に入る。
広い部屋だ。中にはリッキー殿下の部下と思われる男性文官五人や、侍女数名がいた。
文官のうちの一人にリッキー殿下が指示を出す。
「陛下に至急の面会申請を頼む。同行はユーキ・シェフィールド、王都西地区ギルドマスターのエンシス。レベルは特Aだ」
「はっ」




