第140話 夏の終わり
9月になり、学院の後期が始まった。
俺もまた学生生活だ。
Aクラスは全員が揃って元気な顔を見せた。
いや、一人だけげっそりやつれた奴がいるね。
「イアン、何かあったのか?随分やつれて見えるけど」
俺とケビンが心配してイアンに声をかけると、イアンは深いため息をついた。
「はあ、やっとここに戻って来れた。聞いてくれ!俺の夏休みは地獄だったんだ!」
イアンの話しでは、前期の野外実習や演武会の事件、また国際情勢や魔獣の活動が変化していることなど、今後王国を支える貴族の役割がこれまで以上に重要になると予測される中で、学生会で最弱のイアンを憂いた父親が、イアンの再教育に乗り出したとか。
この結果、イアンは、日中は再編成された近衛騎士団に参加させられ、新人騎士と同じ訓練をこなし、夜は父親から国内政治や外交問題などを徹底的に仕込まれたと言う。
「俺、1日も休みなしだったんだぞ!どこにも遊びに行けなかったし、女の子とも一回も会えなかったんだ!」
「なんだよ、そんなことか。心配して損したよ」
「そんなこととはなんだ!1日も休みなしだぞ!君たちは思い切り夏休みを楽しんだんだろう!?」
俺とケビンは目を合わせて苦笑する。
「ケビン、楽しかったか?」
「どうだろう、考えようによっては楽しんだとも言えるのかな」
「君たち一緒だったのか!ずるいぞ!なんで俺を誘ってくれなかったんだよ!」
「誘って欲しかった?」
「当たり前だろう!何やってたんだよ!」
「ダンジョンだよ」
「え?」
「夏休みのほとんどをレクシャールのダンジョンの中で過ごした」
「嘘だろう・・・」
「本当だよ。おかげでケビンなんて何十回も死にかけた」
ケビンがにっこりと頷く。
「ダンジョンから戻った日は、ゾンビみたいな有様で、ギルドの冒険者が全員逃げ出したくらいだ」
「あれは驚いたね。そんなに酷かったかな?」
「酷かった。特に臭いが。ギルド中に臭いが拡がったからね」
思い出してもうんざりする臭さだったな。
「ユーキもダンジョン?」
「そうだよ。途中までケビンと一緒で、その後別行動だけど、ずっとダンジョンで訓練してた。俺も何度も命の危険があったよ」
「・・・なんか、俺の方がマシなような・・・」
「どうだろうな。考え方次第だろう。いずれにしても、ケビンの成長には驚くと思うよ。武術の授業で確かめるといい」
「マジかよ。俺、騎士団の訓練でユーキやケビンに追いついたと思ってたのに・・・」
「こっちは命懸けの実戦だったからね」
ケビンがニヤリと笑ってダメ押しをする。ガックリと項垂れるイアンが哀れだった。
放課後、三人で学生会室に行くと、すでに上級生メンバーは揃っていた。
全員で応接テーブルに座って、夏休みの出来事を話す。こんなところは学生っぽいね。
ただ、話しの内容はやはり元の世界の高校生とはまったく違う。
皆んなが高位貴族の子供だ。
夏休みの家族旅行など夢物語。
実家に戻り、領政を手伝わされたり、夏に増えた魔獣討伐に駆り出されたり、領地の各町村を回って領民の陳情を聞いて回ったり、親が避暑に行っている間の代理をさせられたり。たまの社交は、友好貴族との関係強化の政治の場だ。
子供のころの楽しかった夏とは大違いだと、皆んなが嘆いていた。
そう、学院生はもはや大人の一歩手前。特に学生会メンバーは、領地を継ぐ者も継がない者も、全員が王国の次の担い手として期待されている。このため、どの家も、彼らを少しでも成長させようと動いていた。
「良かったな、イアン。君だけじゃなかったみたいだぞ」
「そうみたいだね。俺もまだまだまだ考えが甘かったってことか」
イアンは夏休みを楽しめなかったのが自分だけじゃなかったことを知って愕然としていた。学生会メンバーの話しとクラスメイトの話しが違いすぎたからね。クラスでは、皆んなが楽しかった夏休みの話題で盛り上がっていたのだ。
「さて、後期の行事の話しに移ろうか」
ブライソン会長が話題を変える。
「9月はなし。10月は各学年毎に魔獣討伐実習。11月は王都の感謝祭に合わせて学院祭。12月は学院舞踏会。3月が卒院式だ」
魔獣討伐は、学年毎に行く場所が異なる。実力が違うからね。1年生は、前期の野外実習に毛が生えた程度だが、3年生は、冬前に行われる騎士団の魔獣の間引きに同行して、本格的な討伐を行う。従って、 武力に劣る学生は除外される。男子でこの討伐実習から除外されることは不名誉とされているので、皆、結構必死に武力向上に務めるそうだ。
学院祭は、クラブの成果発表が中心のようだ。王都の感謝祭で大勢の人が集まる中で、学院も開放されて人気のイベントらしい。わからないけど、高校の学園祭みたいなもの?
舞踏会は言わずもがなだが、卒院後の社交界本格デビューの前の予行演習らしい。
「少し早いが、来年の学生会長はスティング、お前にやってもらう。いつもなら年末に決定するが、2年生がお前たち二人だから、今決めても変わらん。来年も1年生からメンバーを補充するか、7人でやるかは任せる」
「わかりました」
スティングさん、というか、王子と側近じゃ、さすがに側近が上に立つわけにはいかないよね。
「1年生、2年生の魔獣討伐実習は、また冒険者に応援を依頼する。手配はユーキに頼んでいいか?」
「了解です」
「例年だと、3年生の魔獣討伐実習には、3年生の学生会メンバーだけが参加するが、ユーキも来るか?」
「僕がですか?どうして?」
「一緒に行くのは第二騎士団だ」
「ああ、カインさんのところでしたか。でも、遠慮しておきます。勉強の方もありますし」
「勉強は問題ないだろう。まあ、いい。では、ギルドの方は頼んだぞ」
「はい」
ギルドには早目に行っておこう。いい冒険者を集めたいからね。
ギルドの方でも例年の行事なのでわかっているとは思うけど。
ちなみにギルドに行くときは、スティングさんも連れて行って欲しいとお願いされた。
王都の冒険者ギルドには行ったことがないので興味があるらしい。でも、立場を考えれば、ギルマスと顔をつないでおいた方がいいかもね。ということで、冒険者ギルドには、1、2年生五人で行くことになった。
学院の担当教師との打ち合わせを経て、土曜日の午後、五人で冒険者ギルドに依頼に行った。
今日は冒険者としてではなく、学院としての訪問のため、学院の制服だ。
前回の獣人の子供ミロ君の事件のときの受付嬢がいたので、声をかけて訪問意図を告げる。ついでに、俺の現在地変更も申告しておく。
学院の魔獣討伐実習の依頼は毎年のことなので、話しはスムーズに進み、ギルドマスター室に通された。
スティングさんというか、リッキー殿下が物珍しげにキョロキョロと見ているので、変なやつに絡まれないか心配になったが、学院の制服五人組なので貴族とわかるのか、誰も絡んでこなかった。むしろ、女性冒険者が顔を赤く染めてこちらをチラチラ見てるくらいだった。殿下とケビンはザ・貴族だもんね。
ギルドマスター室に入ると、久しぶりのエンシスさんが執務机で書類仕事中だった。
俺たちを見ると、エンシスさんはすぐに仕事を中断し、立ち上がったところでリッキー殿下に気づいたらしく、慌てて駆け寄ってきて跪いた。なんだよ、殿下の顔知ってたのか。
案内してくれた受付嬢の方が戸惑っている。
「ああ、今日はただの学院生だからそういうのはやめてくれるかな。それに今日の責任者はユーキだ。とりあえず立ってくれるかな」
リッキー殿下が穏やかに言う。
その言葉を受け、静かに立ち上がったエンシスさんが、俺の方を恨めしそうに見る。
「ユーキ君、心臓に悪い人連れて来ないでよ」
「いや、こちらは学院の先輩のスティングさん、ということになってますんで。でもよくわかりましたね」
「これでも一応ギルマスだからね。王城に上がる機会もそこそこあるんだよ」
「そうなんですね。でも、今日はスティングさんということで頼みます」
エンシスさんは、事情がわからずオロオロしている受付嬢に、コーヒーを用意するように指示してから、俺たちにソファを勧めた。




