第13話 キラキラネーム
3日後に侯爵領に向け出発することになった。
屋敷内は、帰領準備で大忙しだ。慣れてはいるようだが。
侯爵領の領都まで馬車と騎馬でおおよそ10日かかるらしい。
侯爵一家、メイド、従者、騎士団の総勢50人ほどの集団での移動になる。
毎回の慣れた旅程なので、決まったルートで街や村に寄りながら進む。
したがって、アクシデントがない限り野宿はない。
領主の屋敷、宿屋、教会などで宿泊する。
ただし騎士団の大半は、人数の都合で野営することが多いとのこと。
俺もこちらの組に入れてもらおうと思う。
俺は今回の旅で、ストレージ活用の実験しよう考えている。
ストレージの容量限界がまだわからない。
なので、エドと相談して、王都の街に繰り出し、屋台料理を片っ端から買い込んだ。
いくら買っても収納できるので調子に乗りすぎたかもしれない。
何食分になったのだろう。
酒屋に行き、エールとワインも樽で買い込んだ。
家具屋に行き、ベッドの収納を試したら、これも入るので、安いベッドと寝具を二人分買った。ついでに、テーブルと椅子も買った。
行けるところまで行こうということで、大型テントや食器類、コーヒー、紅茶、お菓子、果物、調理器具、ランプなどを買って周った。まだ収納限界はこない、というか、何となくまだ余裕で収納できることが感覚でわかる。
ここまでくると風呂が欲しいと、エドが言い出した。
ノリが良くていいね。
庶民向けの木製の樽型浴槽なら安かったので、これも購入。
魔石と風呂用品、風呂用のテントも買った。
侯爵から支給されたお金は、まだたっぷり残っている。
まあ、高級品は何も買ってないけどね。
2日かけてエドと準備したが、まるで遠足前の子供だったな。
侯爵領へ出発する日となった。
箱馬車4台、荷馬車1台に騎士10人、兵士30人。
騎士や兵士、使用人の一部は王都屋敷に残る。
俺は、馬車に乗ってはどうかという侯爵の提案を固辞し、馬を借りて騎士の列に加わった。
乗馬は当然できる。
侯爵の馬車はスレイプニルの二頭立てだ。
スレイプニルは近くで見ると迫力がすごい。おまえ本当に馬か?
午前6時、隊列を組んで貴族街を進んで行く。
今回は中央門ではなく、東門へのルートをとる。
しばらく進み東門を抜けると庶民街に入る。
こちらは既に朝の活動は始まっており、多くの人や馬車が行き交っている。
侯爵家の家紋が入った馬車と騎士たちの隊列に気づくと、皆が道をあけてくれる。
こりゃスムーズに進めるね。
1時間ほどで外壁の出場門に到着した。
側で見るとやはり10メートルの外壁は高い。
馬車が列をなして出場を待っている一般口を横目に、貴族専用門から出場する。
この世界に来て初めて壁に守られていない場所に出た。
人や馬車が往来する街道が続いている。
街道は未舗装のようだ。
青空と緑の濃い世界が広がっている。
捕らわれ、管理され、決められた人生から解放され、自分で未来を選択できる人生、そんなプレゼントのために誰かがこの世界に連れてきてくれたのかな・・・?
馬の手綱を握りしめ、隊列と共に進みながら、どこまでも広がる空を見上げた俺は、もしかしたら心の底から笑顔だったかもしれない。
領都への旅は順調だ。
王都の近郊で魔獣や野盗が出るはずもなく、のんびりと時が過ぎてゆく。
我々の後方には100メートルほど離れて、商隊や乗合馬車などが列をなしてついてきている。
侯爵家の戦力を宛てにしての安全対策だそうだ。
文句を言う者は誰もいない。民を助けるのは貴族として当然だそうだ。
すべての貴族がこういう考えなら、この世界も捨てたものじゃない。
2時間ほどして休憩となった。
街道の横にかなりの広さの休憩スペースがあり、一応簡易な柵で囲われている。
馬を休ませる必要がある。
後続の商隊や乗合馬車も休憩に入った。
兵士たちは早速馬に水や飼葉を与えている。
スレイプニルは何かの肉の塊に齧り付いていた。はあ、肉食なんだね。
俺も自分の馬に水を飲ませていたところに、侯爵様がお呼びと声がかかった。
馬を兵士に任せて侯爵のところへ赴く。
侯爵は野外用の簡易テーブルで1人でお茶を飲んでいた。
「ユーキ君、初めての旅はどうだい?」
「今のところ至って平和なので、この世界の景色を堪能しています」
「王都を離れた野外だ。潜んでいるネズミもいないだろう。少し君の耳に入れておきたいことがあってね」
ああ、やはり侯爵邸にはスパイがいるのか。
「ことさら君のことを探っているわけではないから安心してくれ。常に住み込んでいるやつだ。排除すると痛くもない腹を探られるから放し飼いにしている」
なるほど。平和に見えても多少は何かあるものだ。
「さて話しは殿下が召喚した聖女様のことだ。我々も色々なルートから調べてみた。まず、召喚の儀で少女が一人召喚されたのは間違いないようだ」
「そうですか」
「それで、その少女なのだが、目は黒眼なのだが、髪は黒髪ではなく金髪だ。ただ、本人はニホンから来たと言っているそうだ」
そう言えばあの子金髪だったな。思わず笑いそうになる。
「ジェームス様、多分その少女は日本人で間違いありません。髪は染めているだけで、その内黒に戻りますよ」
「染めている?わざわざ金髪に?」
「はい、日本では、特に若者にはファッションで髪を染める者がいます。その少女もその一人でしょう。以前お話しした、私が光に巻き込まれたとき側にいた少女も確か金髪でした。なので、そのときの少女に間違いないかと」
侯爵は、そうか、と頷きながら話しを続けた。
「それでその少女の魔術属性を調べたようなのだが、属性は全属性。ただし治癒以外は適性が高いとは言いがたく、それほど高度な魔術は使えないかも知れないとのことだ」
「適性の高さはどうやって?」
「君も使ったあの円盤だ。適性が高い属性は強く光る」
あの円盤の光り具合か。他の人を見たことがないからわからないが、俺、結構光ってたよね。
侯爵は俺の表情から察したのか、君のはすごい光り方だったよと言った。
まあ、適性があっても俺は魔力が身体から出ないので宝の持ち腐れだ。
「魔力量はまあまあだが、驚くほど多いというわけどもないらしい」
「魔力量は量れたんですね?」
それなら俺と違って魔力が出力できるということだ。まあ、何をさせられるか知らんが頑張ってくれ。
「問題は浄化の力がないかもしれないということだ」
え?どういうこと?
「浄化の力の有無はどうやって調べるのですか?」
「それが、正確にはわからないんだ。浄化はこの世界の人間にはない力だ。なので、正確には瘴気を実際に浄化してみるしかない。しかし、大神殿に、聖女様にしか反応しなかったという魔石があるそうだ。今回はそれを試したところ反応がなかったということらしい」
「随分と曖昧な話しですね。その魔石が浄化の力を測れるものかも不明だし、適性の高さや魔力量も、これから伸びるかもしれない」
「そうだね。殿下たちは同じようなことを言って、全属性持ちなのだから聖女様に間違いないとおっしゃっているそうだ。ただ、大神殿は、今回の召喚を快く思っていない。神託もないのに公爵寄りの神官と魔術師で無理矢理行った召喚の儀だ。正しく召喚が行われたのか、召喚の魔法陣に影響が出ていないか、世界に何らかの影響を及ぼしていないか、など、大神殿では今調査に大わらわだそうだ」
なるほど。この世界と地球の関係はよくわからない。しかし、次元なのか時空なのかわからないが、それを歪めて人を呼び寄せる技術だ。世界に影響があってもおかしくはないな。
「それで大神殿側は未だ聖女認定を拒んでいるようだ」
「聖女認定?聖女は大神殿が認定するのですか?」
「慣例ではそうらしい。過去に偽聖女や偽勇者が現れたことが何度かある。なので大神殿の認定は重要なんだ」
どこの世界にも詐欺師はいるんだな。
「大神殿が拒否したこともあって、殿下たちは意地になっている。召喚された少女を囲いこんで、王宮に部屋を与え、公爵派閥を挙げて持ち上げている」
見も知らぬ他人だが、同じ日本から無理矢理この世界に連れて来られた少女だ。理不尽な目に遭っているようであれば何か考えなければならないか。いや、おそらく何もしない。
「その少女の様子はどうなのでしょう」
「わからない。何しろ殿下が聖女様だと舞い上がって、今のところ自分たちの側から離さないからね」
「そうですか。何をすると言うわけではありませんが、また何か分かりましたら教えてください」
「わかった。何かわかれば知らせよう。そう言えば、その少女の名前は『レーナ』様というらしい。君の知り合いではないね?かつての聖女様のお名前が『ルーナ』様だったので、殿下たちは名前も似ていると喜んでいるらしい」
レーナ?麗奈とかかな?少なくとも知り合いではない。
聖女様の名前がルーナ?日本人のはずだよね。キラキラネームか?
俺と侯爵との話しが終わったところで休憩は終了となり、旅の再開だ。
他の商隊たちもやはりついて来る。
馬に揺られながら、俺は召喚された少女のことを考える。
第二王子の身勝手な思惑で、訳のわからない世界に突然、無理矢理連れてこられた。そして自分の知らないところで、聖女だ、聖女じゃないなどと争われる。
迷惑な話しだ。
俺と違って家族もいただろうし、恋人や友人もいただろう。それが突然奪われた。
泣き叫びたいかもしれない。死にたくなるかもしれない。
同情はする。
しかし、それだけ。
同情すべき者たちはいくらでも見てきた。非道な目に遭っている者も何度も見てきた。
目の前の者だけを助けることは、俺たちならできたかもしれない。
しかしすべてを救うことはできない。
そして、同情でとった行動が作戦に支障をきたすかもしれない。作戦が失敗するかもしれない。仲間に危険及ぶかもしれない。部隊が全滅するかもしれない。その結果、作戦により救えたはずの多くの人命が失われるかもしれない。想定外の新たな危機を引き起こすかもしれない。
かもしれない、かもしれない、かもしれない・・・。
俺たちは、あらゆる『かもしれない』リスクを避けるため、作戦外の行動は厳に禁止されてきた。同情でとった行動が惹起した過去の惨状を頭に叩き込まれた。
今は作戦行動中ではない。
それでも俺は何も動かないだろう。
同情しても、最後まで責任を持てないなら何もするな。
頼まれてもいないのに自分の価値観で勝手に同情するな。
今、俺は、元の世界の縛りから自由になった。これからの行動は自由だ。
俺の思考も自由になるのかな。自由になったら、違った考えになるのかな。
空を舞う鳥を見ながら、ぼんやりと思いを巡らせていた。
鳥・・・、鳥?
なんかでかくないか?
イノシシみたいなもの咥えてるぞ。
異世界は鳥もワイルドだった。




