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第12話 ランカスターの美女たち

 10日ほどたったころ、侯爵の部屋に呼ばれた。


「ユーキ君、生活には慣れたかい?」

「おかげさまで楽しく生活できています。いずれご恩を返せるようにと思っております」

「それは気にしなくていい。それよりも、君は外交官だと聞いていたが、戦闘能力も随分と高いそうだね」

「いえ、毎日ボロボロになっております」

「魔装か。上位の魔装使いはそう多くはない」

「いえ、もし対峙した者が上位者だったらなす術なしというのは困りますので、何とか対処できるよう頑張ります」

「良い心掛けだ。それに学問の方も優秀と聞く。王立学院の教科書は、数日で終わらせたみたいだね」

「数学や物理などの基礎学問は元の世界と似ていましたから、学生レベルは大丈夫でした。魔法学や薬草学などは興味深いのですが、ちゃんと理解できたか怪しいところです。錬金もおもしろいのですが、なにせ魔力が出ないので実践できず残念です」

「なるほど。法律や行政については、専門すぎる質問をされてついていけないとエドが嘆いていたよ」

「まあ、そのあたりはむしろ私の方が専門ですので。外交官試験は、法律、行政が必須ですし、国内外の弁護士資格も持っておりました」

「そうだったのか。それはエドでは対応できないな。もし専門書が必要なら、言ってくれれば調達しよう」

「ありがとうございます。とりあえずは屋敷の蔵書で足りております。そもそも、どのような書籍が世の中に存在するかの情報がないので」

「確かに。正確な出版情報があればありがたいね。ところで今日の夕食は予定はあるかい?」

「いえ、ありません」

「では、今日は私たちの晩餐に参加してくれないか。妻と娘を紹介したい。今王都は社交シーズンでね。私もだが、妻も連日お茶会やパーティーに招かれていた。娘も来年は王立学院なので、今年から昼の茶会には同伴させていた。それもそろそろ終わりそうだ」

「お忙しかったんですね。そんな中、私のことでご迷惑をおかけし申し訳ありません」

「何度も言うけどそれは気にしないでくれ。むしろこちらが責任を感じているんだから。それじゃあ今日の晩餐は共にということで、メイドには言っておく。時間になったら迎えに行かせる」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 部屋に戻るとエドが魔法学の専門書を睨みながらうめいていた。俺が聞いた質問を考えているらしい。魔術は魔力を使った個々の技術。魔法学は、その魔術を可能とする原理や法則、体系などを研究する学問だ。ご苦労。

 ケイトさんが二人分のコーヒーを持ってきてくれる。


「エド、今日の晩飯はジェームス様に呼ばれて奥様とお嬢様とご一緒することになった」

「そうか」

「奥様とお嬢様ってどんな人?」

「奥様は綺麗な人。お嬢様は可愛い人」


 エドは専門書から顔を上げずに面倒そうに答える。

 この野郎、俺様のファイヤボールをお見舞いしてやる!


「うん?何やってんの?」

「エドが冷たいから、ファイヤボールをお見舞いしようかと」

「出るの?」

「出ないな」


 エドは専門書をベッドに放り投げた。


「まったく、君がわけのわかんない質問するから。で、奥様とお嬢様だっけ?」

「ああ、一応事前調査。俺は女性に失礼を働きたくない。冥土の婆さん以外には」

「メイデン先生はいいのかよ」

「女性にカウントしてない」

「恐れ知らずだな。それで、まず奥様はエリカ様。うちと同じ派閥のシェフィールド伯爵家のお姫様。辺境貴族の一つだけど、建国以来の名門貴族で、魔獣被害の少ない穀倉地帯を持つ裕福な家。さっぱりした明るい性格の超絶美人さん」

「おお、さすが家令見習い!」

「茶化すなよ。お嬢様はシルビア様。14歳。将来美人間違いなし。性格も優しく、優秀で、領民にも人気の領地のお姫様。魔術適性も複数属性持ち」

「素晴らしい!」

「ただ問題が一つ」

「え?」

「第二王子殿下の婚約者候補」

「マジか」

「陛下の要望らしい。スタンリー公爵家の影響を減らしたいとの思惑だ」

「はあ、ジェームス様は?」

「始めから乗り気ではないね。細かいことは俺も知らないけど、陛下のお願いだとねぇ」

「まあ、俺たちにどうこうできる話しではないし。それに決定ではないんだよね」

「うん、あくまで候補と聞いてる」


 なんだかもやもやした気分になった。


 夕刻、メイドさんの案内で侯爵家との晩餐に赴く。

 ケイトさんが俺を貴族もどきに仕上げてくれた。

 今日は家族用のダイニングルームだそうだ。

 そう言えば、気楽に過ごしていたせいで、この世界のマナーを覚えるのを忘れてたわ。

 まあ、いいか、貴族じゃないし。


 ダイニングルームに入る。まだ侯爵家はいないので、起立したまま待つ。

 しばらくすると、ジェームス様が奥様とお嬢様をエスコートしながら入ってきた。


「ユーキ君、待たせたかな」

「いえ、私も今参ったところです」

「今日は家族だけだ。気楽にいこう。まずは紹介しよう。妻のエリカと娘のシルビアだ」


 おお、本当に二人とも美人だ。微笑む表情にも嫌味がない。シルビアちゃんは硬い表情だね。


 俺はボウアンドスクレープをして挨拶をする。


「美しい貴婦人お二人にお目にかかれて大変光栄です。ユーキ・カムラと申します。ご承知のとおり私は異国の者ですので礼を失する場合はお許し下さい。この度は、私の不慮の事故に際し、閣下を始め侯爵家の皆様にはひとかたならぬお世話になり心より御礼申し上げます。また、本日はこのような素晴らしい場に臨席させていただくこと深く感謝申し上げます」


 エリカ様はにっこり笑う。


「あらあら、素敵な紳士からの丁寧なあいさつ、嬉しく思います。早くお会いしたかったのだけど、都合がつかなくて今日になりました。私もお会いできて嬉しいわ」


 シルビアちゃんはカーテシーに似たような所作でドレスを少しつまみ会釈をした。緊張してます?


「カムラ様。ランカスター家が長女シルビアと申します。お目にかかれて光栄です。あの・・・、この度は私のせいでカムラ様を突然の召喚に巻き込んでしまい申し訳ありません。私、本当にどうすればいいか・・・」


 ありゃ、泣き出しそう。俺がしゃべってもいいかと言う意味を込めて侯爵を見ると、侯爵はにこりと頷いた。

 よし!


「シルビア嬢、お顔をお上げ下さい。今回の件はシルビア嬢のせいではまったくありません。ただの事故です。もしシルビア嬢が召喚術をされてなくても、多分私はこの世界のどこかに召喚されていたと思います。そのときは、森の中の魔獣の群れの前に召喚されたかもしれません。今頃は、泣きながら木に登って助けを呼んでいたかもしれませんね。そう考えると、私はシルビア嬢が召喚術の練習をされていてとても幸運だったと思います。なぜなら、ここに召喚されたおかげで、こんな素晴らしい屋敷で親切に介抱してもらい、面倒を見ていただいておりますし、今日もこんな素敵なレディにお会いできました。ね」

 ニッコリ笑いかける。

 はい、泣くのはやめようね。


 シルビアちゃんも何とか笑顔を作ってくれた。


「ユーキ君、ありがとう。さあ席に着いてくれ。食事にしよう」


 侯爵が雰囲気を変えるように明るく声をかける。


 ワインを飲みながらフルコースを堪能した。

 食事中の会話は軽い話題。社交界でなんとかさんが、かんとかした、とか。

 うん、さっぱりわからんから日本人の微笑みだ。


 食後は部屋を変えてデザートとコーヒー。

 エリカ様はかなり気さくな方だ。


「ユーキさん、あなたこれからどうしたいか考えた?ああ、ゆっくりで良いんだけど、もし何か考えたら、決める前に必ず私に相談するのよ」

「ありがとうございます。侯爵領に行きましたら、色々見せていただいて、できるだけ早く自活するようにいたします」

「何か考えてることがありそうね。正直に言いなさい」


 やっぱ女性は鋭いね。


「はい、侯爵領の冒険者ギルドに行ってみて、やれそうであれば冒険者にでもなろうかと」

「ほら見なさい、あなた!こういうタイプはほっとくとすぐ馬鹿なことを考えるのよ。早くどこかの養子にして、しっかり手綱を握っておきなさい」


 ギョッとすること言わないで欲しい。

 侯爵もタジタジだ。


「もちろん、そういうことも考えている。ただ、ユーキ君も突然こちらの世界にきて、まだ二週間もたっていない。もう少し時間をかけて慣れてもらいたい」

「もう、本当にのん気ね。ユーキさんに逃げられたらあなたの責任ですからね!」


 なんか妙に俺の評価高くないか?


 シルビアちゃんが話題を変えてきた。


「ユーキ様はニホンでは外交官をされていたんですよね。きっとご家族の皆様やお友達が心配されていますよね」


 ああ、シルビアちゃんはまだそこが気になるんだね。

 少し心配を軽減させてやるか。


「ご心配をありがとうございます。ただ、私は家族はおりませんので大丈夫です」

「えっ?」


 三人の驚愕の顔。


「それは失礼した。立ち入ったことを聞くがご家族はいつ?ああ、答えたくなければ無理に答えなくていい」


 ここらで少し情報開示しておくか。養子とか面倒な話しが出ないように出自も言っておこう。


「家族は最初からおりません。私はこの世界で言う孤児院で育ちました」

「なんと、そこから外交官にまで!」

「はい、ただ私の場合は、子供のうちから国の教育機関に入って、そこで学問も戦闘も高いレベルで教育を受けましたので」


 そう言って、穏やかな笑顔を見せておく。


「それは良い機会に恵まれたんだね。君が優秀だったからだろう」

 と、侯爵が頷きながら言う。


 良い機会か。

 強制だったけどね。

 二度と繰り返したくない日々。

『研修所』三期生の5人と1匹。

 既に1人と1匹はいない。

 ああ、俺も消えたことになるな。

 未練と言えばこの仲間たちだが、それだけだ。

 帰れる見込みが立たない以上、ここで生きることに全力を尽くす。

 死と隣り合わせが日常の俺たちにとって、生き残ることが俺たちの最大の義務だったよな!


「婚約者もいなかったのかしら?」


 エリカ様、踏み込んでくるね。

 チクリと胸が痛む。


「はい、おりませんでした」


 エリカ様は優しい笑顔を見せる。


「そう、色々プライベートなことを聞いてごめんなさいね」


 よし、話題を変えよう。

 ストレージからマカロンのパッケージを取り出す。


「これは元の世界のお菓子で、マカロンと言います。ご存知でしょうか?」

「あら、初めて聞く名前ね。そうそう、先日いただいたチョコレート、とっても美味しかったわ。お礼を言ってなかったわね。ありがとう」

「気に入っていただけて良かったです。こちらもご賞味いただけたら幸いです」

 と、言って包みを開ける。


「まあ、カラフルでとても可愛いお菓子ね」

「ストレージの扱いに慣れておらず、これを持っていたことを失念しておりました。ストレージは、確認しましたが、入れている物が一切劣化しません。試しにストレージにコーヒーを入れて三日後に出してみたら、淹れたての熱いままで驚きました。このお菓子も大丈夫だと思います。毒味は必要でしょうか?」

「そんなもの要らないわ」

 と言って、エリカ様が箱から一つつまんで一口食べた。


「あら、これも美味しい!」


 そして、メイドさんに皿に盛り付けてくるように指示した。

 持ってこられたマカロンは、真っ白な皿に上手く盛り付けられている。


「まあ、綺麗!思ったとおりだわ。お茶会にぴったりね」


 侯爵もシルビアちゃんも嬉しそうに食べている。


「ユーキさん、チョコレートやマカロンはこちらでも作れるかしら?」

「申し訳ありませんが、私は作れません」

「そう、残念ね。料理長に研究させましょう」


 料理は散々やらされたが、お菓子はあまり作ったことなかったな。

 やっておけば良かったよ。あっ、タブレットに入れてる実用百科にレシピあるかな?

 調べてみよう。


 こうしてエリカ様、シルビアちゃんとの顔合わせは無事終わった。

 エリカ様とは何となく打ち解けたかな。

 シルビアちゃんは、まあ今後特に絡むこともないからいいだろう。



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