第11話 コーバン
今は俺の部屋で王都の地図を広げながらエドから説明を受けている。ケイトさんも一緒だ。
お土産にケーキを買ってきたからね。そう、ケーキもあったよ。
ケイトさんは、流行りのカフェとかアクセサリー、ファッション関係の店に詳しかった。滅多にいく時間がないそうだけど。
エドから地図を見せてもらってわかった。これは1日、2日で周れる広さではない。
発達した交通網のない中で、東京23区を周るようなものだ。
王城、貴族街を囲む堀の外に、広大な外円が広がっており、そこが今日行った商業地区を含む庶民の生活エリアだ。そして、大まかに、行政、商業、工業などのエリアに分かれている。それぞれのエリアにも、生活を支えるための商店街はあるらしい。
この全体が高さ10メートルの外壁で囲まれている。この外壁は、戦争目的というより魔獣の侵入を防止するためのものらしい。
農業エリアは、王都の南エリアの外壁の外に、広大な農地、牧場がある。この農業エリアも更に外壁で囲まれて魔獣の侵入を防いでいる。王都の穀倉地帯だ。
王都内の交通は、今日見た路線馬車のほか、王国を流れるレーヌ川から計画的に引き込まれた運河があり、主に貨物輸送を担う水運網があるらしい。
本当に、感心するくらいの計画都市だ。
「そう言えばエド、街の中に衛兵がいた円柱の建物ってなんだ?何ヶ所か同じものがあったよね」
「ああ、あれはコーバンといって、衛兵が一日中交代で詰めていて、庶民が困ったときにすぐ駆け込めるところだよ」
「コーバン?」
「そう、名前の意味はわからないけど、聖女様が王妃になられた後に、街の治安改善のため考えられた仕組みだ」
コーバン・・・交番だよな?
「今の王都の街の構造も、路線馬車とか運河とかも聖女様の発案で何年もかけて作られた仕組みなんだ。今日話した奴隷や差別の廃止とか、庶民の教育とかもね」
「あと、今の食事のレシピとかお菓子のレシピも聖女様が考えられたんですよね」
ケイトさんも楽しそうに話す。
「今の王国は、庶民もある程度生活に困らなくなって、貧困層も減ってきた。それで、食事や衣服、娯楽なんかを楽しむ余裕ができた。その礎を築いたのが聖女様だ。もちろん、凶暴化した魔獣を討伐して周り、世界中で瘴気を浄化したことはすごいことだ。世界を救ったんだからね。でも、その後、国民のために、庶民の生活のために様々なことをやってくれた。だから聖女様は今でも王国で圧倒的に人気があるんだ」
日本からの召喚者。日本人の知識で、この世界で改革を進めた。
だから、俺も最初から違和感なく食事ができた。
今日見た王都の都市インフラも馴染みのもの。
この世界の技術力で、できるだけの生活環境を作り出している。
聖女様すげぇ!
じゃなくて!
聖女様って200年前の召喚者だよな。
江戸時代から召喚されたんじゃないの?
やってることはどう考えても現代の日本人だ。
時間軸が合わない。
どうなってんの?
また一つ、考えても答えの出ない疑問が増えた。
世界地図も見せてもらったが、とても世界地図と呼べる代物ではない。
王国が存在する大陸以外はほとんど不明だ。
形からするとユーラシア大陸に見えなくもないが、その形状がいい加減だ。
仮にここがユーラシア大陸だとすると、王国の場所はヨーロッパのドイツ、オーストリア辺りだろうか。周辺にもいくつもの国があり、北東には広大な領土を持つ国もある。ロシアやモンゴル、中国辺りになるかな?いや、つい元の世界の感覚で考えてしまう。特徴的なのは随所に大きな森林地帯があることだ。山岳地帯だけでなく、森林地帯も交通を阻む要素になっている。広大な大陸だが、海の先はわからない。アメリカとかアフリカとか南米とかあるのだろうか?
森林地帯も海も魔獣が多数生息しているため、容易に調査できないそうだ。
別の大陸がありそうだ、という予想程度だ。交易は近隣諸国とは活発だけど、遠方は大規模の商隊などが行っている程度だそうだ。魔獣を排除できる実力がなければ交易もできない。
うん、魔獣はやっかいだね。
翌日から、午前は騎士団の訓練、午後は書庫から借りた本でこの世界のことを勉強したり、エドから借りた王立学院の教科書で勉強したりした。
貴族街の商業エリアにも行ってみたが、高級感はあっても活気がなくてつまらなかった。
そもそもショウウインドウもなく、玄関のガラス扉から中が少し見えるだけなので、中に入らないと商品が見えない。
なので、庶民街の商業地区にももう一度、今度はケイトさんも連れて出かけた。
ケイトさんの反対を押し切って、庶民向けの服や靴を仕入れた。
ケイトさんの不満は、流行りのオシャレなカフェのスイーツで解消された。
魔道具店にも行ってみた。面白いけど、俺が使えるものは一つもなかった。魔力出ないから。
魔装との戦闘は、繰り返しボコられているうちに、目と感覚でだいぶ捉えられるようになってきた。なにより、俺は、どういう訳か他人の魔力を視覚や感覚で捉えることができるようだった。魔装の斬撃が見えたのもそうらしい。気配察知も、元の世界にいた頃とは比べ物にならないくらいはっきりと可能になった。理由がわからん。
しかし、相手の攻撃が見えても、こちらの身体の反応速度が追いつかない。
その結果、来る!とわかって、その通りにボコられるという恐怖体験を毎日繰り返している。
なお、魔装を使ったエドと一度模擬戦をやったら楽勝だった。エドの魔装は、上級者と比べると練度が低く遅い。俺でもギリギリ攻撃を避けることができた。そして、5分くらいで魔装が解けて一気に動けなくなる。そこで勝負は終了。
エドもショックを受け、やる気を出していた。毎日ボロボロだけどね。
訓練の帰りに、冥土の婆さんにも偶然会った。
「あ、婆さん!」と言ったらやはり頭をはたかれた。
なぜだかこの婆さんの攻撃が避けられない。
俺の魔力問題についてだが、王城の書庫にあった文献に、人間を含め生物には魔力が体内を巡る魔力回路のようなものがあるという仮説があったそうだ。
しかし、解剖しても物理的にそのような回路がみつかることはなく、結局仮説の域を出ない。
それに、その仮説が正しいとして、回路の正常、異常の判別も、異常の治し方もわからない。
俺が一人で風呂に入れる日は遠いようだ。
婆さんは、「今度解剖させい。なに、すぐ治してやる」などと、とんでもないことを言い出したので、お礼だけ言って逃げた。




