第127話 三つの尖塔
翌朝俺たちはダンジョン攻略に戻るため、リルカ様たちの森を出た。
大量の食料をリルカ様のストレージに移し、ベッドや椅子なども置いてきた。
プリンを渡すときトーダが泣きそうな顔をしていたけど、リルカ様たちの境遇を慮ってか、駄目だとは言わなかった。エライぞ、トーダ!
次の階段への道はリルカ様たちも知らなかったが、何となく森の木の枝の揺れなどから導かれているような気がして、勘に従って進んでみた。攻撃は一切ない。そうするうちに、進行方向の先に次の階段があるのを、俺のサーチで感知できた。精霊が教えてくれてるのかな?
結局、このフロアは精霊の力で作り出された森のようだ。リルカ様たちのいる王宮は、このフロアの隠し部屋のようなものかな。
2時間ほど歩くと、あっさり35階への階段に到達した。
「森の中の散歩みたいだったな」
エドの感想どおりだ。ルクスもシャトルも警戒無しにご機嫌に歩いていた。
この階段の休憩エリアでは、誰も疲れていなかったので、コーヒーを飲んで15分ほど休憩したら先に進もうということになった。
「コーザさん。クリスさんて強かったですね」
お、エドがクリスさんの話題を振ってやがる。
「ああ、優れた武人だ」
「メチャクチャ綺麗な人でしたね」
「そ、そうだな。う、美しい人だった」
やばっ、コーザさん真っ赤になったよ。
「またあの人たちの所に行きましょうね」
「あ、ああ、そうだな」
「あの人たちの身体って、精霊の力で元に戻せないのかな?」
元に戻す、か。それは俺も考えた。
魂はまだ存在している。あの骨って、本人たちの本物かな?そうであればDNAがあるよね。
それなら・・・。
いや、失敗してがっかりさせるのは余計に酷だ。確信が持てるくらいに俺の魔術が上達してから考えよう。
俺は、リルカ様からいただいた日本刀を撫でながら、そんなことを思った。
35階に入った。
再び襲ってくる強烈な腐敗臭!
そして夜だ。月明かりだけの暗闇。
シャトルが慌てて俺の中に逃亡した。
闇魔術で臭覚を麻痺させることも考えたが、戦闘においてはあらゆる感覚を動員して行動する。五感の一つを封印することは躊躇われた。我慢しよう。すまん、ルクス。
「視力を強化しておいた方がいいな」
コーザさんが辺りを見回しながら言った。
少し進んだところで、全員がパッと飛び退った!
地面からボコっと何かが出てくる。
うわっ、泥だらけの手だ!キモッ!
コイツ、俺たちの足を掴もうとしやがった。
土の中に身体があるのかな?それとも手だけ?
そこら中で土から出た手がウニョウニョと動いている。
珍しさと怖い物見たさで、しばらく眺めてしまったが、もういいや。
「消えろ!」
俺は浄化の魔術を周辺全体に放った。
光の粒子が立ち昇る。臭いが少しましになった。
はあ、また浄化しながら歩き続けるのか。戦闘としては楽なんだけど、訓練にならないしな。早くこの階を終わらせよう。いや、浄化の訓練にはなってるのかな?そういえば、浄化しても吐き気がだいぶ楽になったきた。これ、光魔術の浄化?それとも女神の力の浄化?よくわからないが、繰り返せば力も増してくるだろう。考えるのは後にして、今は実践の繰り返しだ。
しばらく進むと、前方で大型の狼らしき群れが、地面を掘り出して何かガツガツと食べている。
「おい、あれ狼のゾンビが地面掘り返して人間のゾンビ食べてるんじゃないか?」
「エド、怖いこと言うなよ」
「いや、エドの言う通りのようだ」
見ると、狼のゾンビが人の腕を咥えて、人間のゾンビを地面から引きずり出したところだった。ヒエー!
ダンジョンでは魔獣同士は争わないのかと思ってたけど、違うんだな。
あ、狼の群れが俺たちに気づいた!
グルルと唸り声をあげてこちらを向く。
面倒だからさっさと浄化しよう。
「ほれ、浄化!」
光の粒子が空に昇る。と同時に狼の群れがこちらに疾走してきた!
「消えない!」
エドがファイヤボールを群れに向かって放つ。しかし、狼の群れは巧みに躱す。すごい反射神経だ!
ルクスが、口を大きく開き、ブレスを放った!煙の輪っかの列が漂った・・・。
大丈夫だよルクス。まだ練習中なんだから。
怒ったルクスが飛び出して、大きくジャンプすると、先頭を走っていた狼を踏み潰した!
強っ!
続けて近くの狼を次々に蹴り殺していく。
ルクスから逃げた狼たちが俺たちに向かって殺到して来る。
速いな。あっという間に目の前だ。
俺たちはそれぞれ剣を抜き、迎撃する。
よし、丁度いいから日本刀の試し斬りだ!
飛びかかってきた狼を半身で躱し、その首に刀を振り下ろす!
スッと刃が通り、頭と身体が切り離された。
すごい斬れ味だ!何の抵抗もなく刃が通った。
周囲の狼も立て続けに斬り伏せる。やはり凄まじい斬れ味!骨さえも抵抗なく斬り裂く。
数分で戦闘が終了した。
「コイツらゾンビじゃない。生身だ。ブラックウルフか?それにしてはデカいな」
コーザさんが狼の死体を検分しながらそう言った。
「上位種ですかね?しかし、そうなると、ここはアンデッドと普通の魔獣が共存するエリアということなのかな」
「それならそれで構わん。役目がないと退屈だからな」
コーザさんがニヤリと笑った。頼もしいね。
ルクスがフンフンと鼻を鳴らしながら、俺に頭を擦り付けてくる。
「ルクスもありがとう。強くなったね」
ブルルル、と嬉しそうだ。本当に強くなった。泉の辺りで死にそうだった仔馬が。
頼りにしてるぞ、ルクス!
それから俺たちは警戒を一層強めて進んだ。
やはりこのフロアはアンデッドと生きた魔獣が共存していた。しかも、魔獣のゾンビやスケルトンも出るのだ。骨の鳥が飛んできたときは驚いた。どうやって飛んでるんだよ!
ここは丘陵地帯で、目標物が何もない。
とりあえず、こまめにサーチで調べながら適当な方向に進むしかない。
魔獣の強さは30階までよりもかなり上がっている。
だが、今回はコーザさんとルクスが加わった。
コーザさんが盾役で敵を引きつけてくれるので、戦闘は飛躍的に楽になった。
それとヤマトの斬れ味。どうやら意図しなくても勝手に俺から魔力を吸収している。それがあの斬れ味になっているようだ。魔剣の一種なのだろうか。魔力の少ない人間が使ったら双刃の剣だな。
広大な暗闇の丘陵地帯で、地図もなく次の階への階段を探すのは中々困難だ。
最悪はまったく反対方向に進んでいるおそれもある。
それでも俺たちは運良く5時間ほど歩いたところで、このフロアのセイフティーエリアに辿り着いた。
「ふう、この中は腐敗臭はしないのか。助かった」
コーザさんがほっとしたように言った。いくら浄化しながらでも、あの臭いはかなり堪えるもんな。
「とりあえず昼飯にしましょう」
俺は、テーブルと椅子を取り出して、昼食の準備を始めた。
「いやあ、久しぶりに進む方向がまったくわからないと、やっぱり精神的に疲れるね」
「本当にな。前のときはすでにボロボロになってたからそれよりはマシだけど」
エドの言葉に、前回の瀕死状態を思い出した。
でも、あのおかげで危機察知能力や限界を超えた能力を引き出せたんだよなぁ。今回は、まだそこまではできていない。今の力を磨いているレベルだ。
昼食を食べながら、コーザさんに前回のダンジョン訓練の様子を聞かせたら、さすがに驚いていた。過酷だったもんね。
生野菜のサラダに塩を振って食べていると、無性にマヨネーズが欲しくなってきた。
そういえば、何でこの世界にマヨネーズがないんだよ!
一旦そう思うと止まらない。よし、帰ったらマヨネーズ作ってやる!
シャトルは、セイフティーエリアに入ると、俺から飛び出してきた。ご飯を食べ終わって、ルクスと遊んでいる。少し身体が大きくなってきたような気がする。
さて、サーチで何かないか探してみよう。
俺はコーヒーを飲みながら、方向を絞って、順にできるだけ探知距離を延ばしてみる。
何度目かの探知で引っかかった。
「こっちの方向に何か建物がある!」
コーザさんとエドが振り向く。
「何かわかるか?」
「ちょっと待って。・・・、これは、お城?いや教会・・・か、聖堂みたいな、結構大きいな」
「どのくらい先なの?」
「よくわからないな。今の俺の探知距離がどのくらいなのか。多分10キロ以上はあるかな」
「ともかく、当てもなく進むよりはましだろう。何かあるなら行ってみよう」
コーザさんが締めくくる。もう、コーザさんがリーダーで良くね?元々俺って、作戦リーダーやったことないし。
手早く片付けて、セイフティーエリアを出る。
シャトルがクーンと鳴いて、俺の中に入ってきた。お帰り!
途中魔獣やゾンビを倒しながらでも、俺たちの進行速度は速い。1時間くらいで、建物が見えてきた。月明かりの中に浮かぶ三つの尖塔を持つ黒い影。かなり大きい。
俺たちは立ち止まって観察する。
そのとき、建物にパッと灯りが灯った。やはり聖堂か?左右にステンドグラスが見える。
建物の方から、何かの集団が走ってくる音。馬か?




