第125話 最後の王
「君たちには嫌なものを見せてしまったね。申し訳ない。ただ知っておいて欲しかった。過去にどうしてエルフが滅んだのかを。特に狭間の旅人の君には」
「私にですか?」
「君にはこの世界に瘴気が蔓延するのを防いでもらわないといけないからね」
「なぜ亡くなられた後までこの世界のことを?」
「私たちエルフは女神ユリス様の代理人としてこの世界に生み出されたからだよ」
「ならばユリス様がもう一度エルフを復活させれば」
「一度完成してしまった世界に直接干渉はできないそうだ。影響が大きすぎてこの世界そのものが破壊される。もう一度ゼロからやり直しだ」
「ならばなぜリルカ様は!自爆を選ばずに逃げることも!先手を打って帝国の侵略を防ぐことも!」
言ってはならないことを言ってしまった!歴史も事情も何も知らない自分が、結果だけを見て批判する。馬鹿な発言だ。あまりに凄惨な光景を見せられて、感情がコントロールできなくなっていた。
「申し訳ありません・・・」
「いや構わない。だから私は、エルフで最も愚かな最後の王となってしまった」
「そういうつもりでは!」
「わかっているよ。結局は私たちの驕りだったのだ。私たちエルフは神に選ばれた種族。人族や獣人族、ドワーフ族などを教え導く存在。なので、エルフの王国に刃が向けられることはないと思い込んでいた。エルフの王国というが、元々はユグドラシル、あの大樹を護るために我々はここに住み着いた。そこに、多くの種族が我々を頼り、慕って集まって来た。そうやってできたのがユグドラシル王国だ」
「エルフの人口は少ないんですね」
「種族としての繁殖能力は著しく低い。他の種族より優れた種族の繁殖能力が高ければ、その種族の独裁になるだろう。ユリス様のバランス感覚かな」
「過去にエルフが戦争になったことは?」
「一度もなかった。我々は平和国家だ。他国の戦争にも一度も関与せず、領土拡大のための侵略も行わない。完全な独立中立国家だった」
「防衛力の強化は行わなかったんですか?」
「それも我々の驕りだった。エルフは強い。エルフの騎士一人で千人でも相手にできる。それほどの魔力や魔術を持っている。だから、エルフを慕って集まった国民はエルフが護る。そしてそれが可能だと信じ込んでいたんだ」
「それが数の力に・・・」
「そうだね。今となっては愚かだったと思うよ。防衛力を強化していれば抑止力にもなったかもしれない」
「最後の魔術を国の外で使うことはできなかったのでしょうか?」
「あの魔術は精霊の力が集まり続けたこの場所でしかできない。ここにはユグドラシルがあり、そのため精霊が集まった。そして精霊の泉ができた。集まった精霊たちの力が蓄積してできたのがこの場所なんだ。精霊たちにも申し訳ないことをしたよ」
そういうことだったのか。
もしかしたら、精霊たちが作ったこの森を、帝国に好き勝手にされたくないというのもあったのかな?
「帝国はなぜ神の代理人であるエルフの王国を侵略したのでしょうか?」
エドが聞く。
「元々帝国は大陸の北の民族だ。作物も育ちにくく、畜産にも不向きだ。それで軍事国家となり、西や南に肥沃な土地を求めて侵攻を続けた。平和国家の多くはなす術なく侵略され、帝国の領土はどんどん拡大して行った。だから我々への侵略も、一つは彼らの拡大思考の延長かもしれない。なんといっても、ここは精霊の住まう地。農作物は育つし、家畜も育つからね」
「他にも原因が?」
「連戦連勝の帝国の皇帝は、自身こそが女神の代理人だと言い出した。そして女神の秘宝は帝国が持つべきだと言って、譲渡を要求してきたんだ」
「女神の秘宝?」
「さっき言った境界を修復する道具のことだよ。彼らにとっては何の価値もない。それと、エルフが溜め込んでいる財宝も一緒に寄越せと言ってきた」
「エルフにはそんなに財宝が?」
「ないよ。我々は物欲のない種族なんだ。だから、金貨もなければ宝石もない。我々が身につけているのは、外交上最低限の品位を保つため。他にあるのは、他国からのいくつかの献上品くらいだ。それも全部吹き飛んだけどね」
そう言ってリルカ様が苦笑した。
「そして何よりも大きな理由。おそらく帝国の裏には、サマトがいたのだと思う帝国兵は人間にしては異常に強く凶暴だった。これもサマトの影響なら納得がいく。それに境界修復の道具を要求してきたことも。あれはサマトにとって邪魔だからね」
なるほど。帝国を操っていたのはサマト・・・・考え得る話しだ。
その後も色々な会話が続いた。
転移陣で逃した国民は3割くらい。転移陣の行使には膨大な魔力が必要らしく、全国民という訳にはいかなかったという。また、国民の多くが、エルフと共にここに残ることを選んだらしい。それもあって、エルフの人たちは、ここに残って最後まで戦うことを選んだ。
赤マントの女性の騎士は、なんとリルカ様の妹さんだった。王女様だったんだ!綺麗な人だったな。実際に会ってみたかったよ。
転移陣で逃したエルフの人たちの行方はわからないらしい。転送先はユグドラシル王国のはるか北西の海岸沿いの洞窟に設置されていた。その後彼らがどうなったのか、どこか他国に逃れて無事に生き抜いたか不明のままだと言う。
精霊たちに聞いてみてもわからない。
「君は精霊の言葉が聞けるかい?」
「なんとなくですが」
「だったらわかると思うけど、精霊たちの言葉は曖昧だったり、妙な描写だったりで、はっきりわからないんだよね」
「エルフの方でもそうなんですね」
ホント何言ってるかよくわからない。
「生き延びたエルフの方がいるといいですね」
「そう願っているよ」
「エルフの王国を再興して帝国に復讐するとかはないんでしょうか?」
「・・・もちろん私自身は帝国に恨みがないとは言わない。それでも、自分たちの驕りで国民を死なせた悔いの方が大きい。それにね、今を生きる者が、過去の恨みで行動してはいけないよ。今の帝国は過去の帝国ではないんだから。もっとも今の帝国がどうなのかは知らないけどねね」
そう言うリルカ様の笑顔に嘘はなさそうだった。
俺はいつか帝国に制裁を加えてやろうかと思った自分を反省した。
そして、話は最初に戻った。
「私たちは滅亡した。そこで問題はユリス様から託された境界修復のための道具だ。さっき説明したように、本来は私たちが代々受け継ぎ、問題が生じた際には聖女様に同行して境界の修復を行うはずだった。しかし、それができなくなった。転移させた一族に持たせることも考えたが、彼らが生き延びることができるのか、また帝国に奪われないか、そう考えると一族に持たせることは危険に思えた。そこで大精霊に頼んで、この世に魂を繋ぎ止めてもらい、この道具を受け継ぐべき者が現れるのを待つことにした」
「すごい力ですね、精霊は」
「魂がこの世に留まることはしばしばある。しかし、留まった魂が正常を保つことが難しい。大概は正常を保てずに、ゾンビやグール、スケルトン、ゴースト、リッチなどと呼ばれるアンデッドになって、人々に害をもたらすんだ」
「そういうことだったんですね」
「そこで私たちは大精霊と相談して、ダンジョンの中で存在を保つことにしたんだ。ダンジョンは、この世界の現実とは隔絶された異空間だ。故に現実世界の理が及ばない。逆に言えば、私たちはこの場所から移動できないということでもある」
「ダンジョンだと色んな人間が入ってきませんか?」
「大丈夫だよ。この森は精霊が作った森なんだ。資格のある者しかこの場所には到達できない。資格とは精霊の友であることだ。資格のない者は、森の中をさまよいながら、運が良ければ下への階段に行き着くことになる」
「精霊の友・・・」
「精霊と友になれるのはエルフか、もしくはユリス様の力を与えられた者だね」
トーダ、やっぱり精霊扱いなんだ。
「そして私たちは千年の間待ち続けた。しかし誰もここには現れなかった。200年ほど前、精霊から聖女が現れたと聞いた。期待して待っていたが、聖女は結局来なかった」
ルーナ様のことか。ルーナ様はこのダンジョンには入らなかったのかな?
「私たちがこの姿を保てるのもあとわずかだ。君が間に合ってくれて良かったよ」
そうか。大精霊の力も永遠という訳ではないのか。リルカ様たちももうすぐ消える・・・。
しかし、千年もここでじっと待つなんて想像もできない。発狂しそうだ。
ところで根本的な問題がある。
「あの、その道具を私がお預かりしたとして、その後どうすればよいのでしょうか?」
「もし瘴気が溢れる事態になったら、君に頼みたい。同行はできないので申し訳ないが」
「それはまあ私しかできないんであればやりますけど。それよりも、私はそれを誰に託せばいいんでしょうか?」
「ユリス様に聞いて欲しい」
「は?」
俺、ユリス様と知り合いでもなんでもないんだけど。向こうも俺のこと知らないんじゃないかな?知ってるの?
「エルフはときにユリス様の神託を受けることがある。しかし、こちらから語りかけることはできないんだよ。だが、召喚された勇者や特に聖女は、ユリス様と話しができると聞いたことがある」
本当かよ!
まあ、でもリルカ様たちがもうすぐ消えてしまうのなら、とりあえず俺が預かるしかないのか。後のことは出たとこ勝負だな。
「わかりました。とりあえずお預かりします」
「そうか!ありがとう。これでこれまでこんな姿で存在してきた甲斐があったよ。マリスたちにも付き合わせてしまった」
リルカ様とマリス様が薄っすら涙ぐんでいる。これは大変な責任を負ってしまったかな。
リルカ様から渡された物は、10センチほどの小さな水晶のようなものだった。しかし膨大なエネルギーを感じる。仮に爆発すれば、この世界が消し飛んでしまうような。
俺は恐る恐るそれを預かり、ストレージに仕舞った。
「確かにお預かりしました」
「それと、君に受け取ってもらいたい物がある。国の宝物庫にあった物は全部消し飛んでしまったけど、私がストレージに持っていた物でね」
そう言って、リルカ様が取り出した物を見て驚いた。
なぜそんな物が!?
「これははるか東の海に浮かぶ島国のヤマト国からの献上品だ。なんでも、エルフの国と友誼を結べという神託があったらしく、1年以上の過酷な旅をして来てくれた。素晴らしく気品と格を備えた者たちだったよ。君と同じ黒い髪と黒い瞳だった。これはヤマト国の剣だそうだ」
「はい、知っています。私の国では日本刀と言います。そのヤマト国は私が元いた世界では、私の国だったところに相当すると思います」
「なんと!」
俺は日本刀、ここではヤマト刀かな?を両手で受け取る。
「抜いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。もし知っているなら使い方を見せてくれないか?」
「はい、承知しました」
俺は正座をして、静かに刀を抜いた。
素晴らしい刀だ!
コーザさんが、ほう、と小さく唸った。
次に俺は少し離れた場所に移動し、片膝立ち姿勢をとる。
そして、居合い抜きを一閃し、鞘に戻す。
続けて、俺は立ち上がり、剣の型を披露した。
肥前タイ捨流。新陰流を源流としたタイ捨流。その中でも、肥前鍋島藩で隆盛を極めた流儀だ。元の世界の研修所時代に同郷の教官から教わった。
次々と振るう刀の風を切る音だけが響く。
型を終え、俺は静かに刀を鞘に納め一礼した。
「なんとも見事な!ユーキ、素晴らしい剣技だったよ!」
「ありがとうございます」
元の場所に戻り、俺はもう一度リルカ様たちに礼をした。
「良いものを見せてもらった。それともう一つ。これは私がずっと愛読していた魔術書だ」
リルカ様から古い、しかし立派な装丁の本を渡された。
中を開いてみる。どこの文字なんだ?でも読める。不思議だね。
「読めるかい?」
「はい。なぜかわかりませんが、初めて見る文字なのに読めるようです」
「やはり君はユリス様の遣わされた聖女だね。その文字はエルフ語なんだよ。人族には読めないと思う。内容は、エルフの魔術や魔法薬のことが書いてある」
「これはエルフの秘伝では?」
「かつてはね」
「そんな貴重なものを私が受け取ってよいのでしょうか?」
「死蔵しても意味がない」
「魔術や魔法薬が他に知れても大丈夫ですか?」
「君の好きにすればいい。できれば民の役に立てて欲しい」
「それはもちろんです。ありがとうございます!しっかり勉強させていただきます!」
素晴らしい頂き物だ。日本刀は俺がククリ刀の代わりに欲しいと考えていたものだった。鍛冶屋を探して相談しようと思っていた。
魔術書も楽しみだ。エルフの魔術や魔法薬!考えただけでワクワクする。




