第124話 亡国
俺たちは晴天の農村に立っていた。
何だ、これは?
その農村では、人々が明るく笑い合い、平和そのものだった。
楽しげに話し合う農夫。井戸の周りで笑い合う女性たち。ニワトリを追いかけて遊ぶ子供たち。エルフだけではない。普通の人族や獣人もいる。
突然風景が変わる。
先ほどより少し大きな農村。似たような平和な風景だ。
そして次に街。
「おい、これって」
エドも気づいたね。
「ああ、俺たちがダンジョンで通ってきた場所だろうな」
場面が切り替わる。
俺たちは、おそらくはエルフの国ユグドラシル王国の王都に立っていた。
明るく降り注ぐ太陽。
賑やかな街並み。
笑顔が溢れる人々。エルフも、人間も、獣人も、そしてあれはドワーフか?
この都市のどこからでも見えるであろう大樹は、美しい緑の煌めきを見せている。
商店はどこも賑わっている。
家族連れが手を繋いで楽しそうに商品を見ている。
水路には、交通機関と思われる船が、満員の乗客を乗せて行き交っている。
この都市がいかに治安が良く、人々が安心して暮らしているのかが一目でわかる。
平和。希望に溢れた平和な都市だった。
この後の展開が予測できるだけに、胸が痛くなってくる。
場面が変わり森の中の広場。
ここはコーザさんが骸骨騎士と戦ったところか。
そこでは音楽が鳴り響き、歌い、踊り、飲んで、食べて、皆が楽しんでいる。
祭りだ。
リルカ様やマリス様などの王族も、国民と一緒になって踊っている。
子供たちがリルカ様に群がっている。あらゆる人種の子供たちが。
平和と自由と平等。素晴らしい国だったんだな。
また別の光景。
泉のほとりで、咲き乱れる花の中、美しいエルフの女性たちが竪琴や笛を吹いている。
右手には俺たちがリルカ様と謁見した建物が見える。
近くにこんな泉があるのか。
泉の上や周辺で、女性たちの奏でる調べに合わせて、精霊たちが舞っている。
神秘的な光景だ。
この泉の雰囲気、どこかで見たような・・・。
あ、シェフィールドでルクスと出会った泉だ!
同じではないが、精霊たちが集う様がよく似ている。
そして。
風景は一変した。
俺たちは外壁の上に立っていた。
眼前には、街道を埋め尽くし、外壁を取り囲む数十万人、いや数百万の敵兵。
掲げられた数多の旗。
「帝国だな」
「帝国?」
「ああ、あの旗は間違いない。オプティマス帝国だ」
オプティマス帝国。
かつて大陸の大半を侵略し大帝国を築いた国。
しかし、その支配範囲の拡大が裏目に出て、各地で反乱が起こり、多くの独立国家が生まれた。アルタイル王国も、オプティマス帝国から独立した国の一つだ。
「最前線の兵の士気が低いように見えますが」
「おそらく征服した国から動員した連中だろう。最前線に立たせてこちらの攻撃の的にされる。ほとんどが生きて帰れないだろう」
「何ということを・・・」
外壁の上にエルフの弓兵や魔術師と思われる兵士たちが配備され、内側には、多数の兵士たちが戦闘に備えている。
しかし、数は一万くらいだろうか。
打って出るのは無謀。しかし籠城戦を行うにしても、数が違いすぎる。
帝国軍から銅鑼の音が響いた。戦闘が始まった。
エルフの兵士たちは弓や魔術で応戦している。
魔術はかなり大規模なもので、前線の部隊に大ダメージを与えていた。
しかし帝国軍から空が黒く見えるほどの矢が降り注ぐ。
外壁の上の兵士たちが次々に倒れていく。
なぜ?この時代に魔装やマギシールドはないのか?
帝国軍の前線にどれだけダメージを与えても、数百万人の軍にとって誤差でしかない。
破城槌が突っ込み、とうとう門が破られた。
敵兵が、門を破り都市の中に次々と雪崩れ込む。
30分も保たなかった。
そこから始まるのは一方的な蹂躙。
家屋に火がつけられ、都市のあちらこちらで炎が上がる。
家の中に隠れていた人々が飛び出してくると、帝国兵は容赦なく襲いかかる。
絶え間ない悲鳴、泣き叫ぶ子供の声。
民間人であっても殺戮の対象。
そして下卑た笑いを浮かべた帝国兵に犯される女性。
引きずり回されて玩具がわりに弄ばれる子供。
何という光景。
元の世界でもいくつかの戦争を見てきた。犠牲になる民間人も。
しかし、目の前で繰り広げられるているのは戦争ではない。
侵略。征服。残酷な殺戮ショー。
都市の中央に見えた大樹が轟音を立てて倒れて行く。
切り倒されたのか・・・。
俺たち3人はギリギリと音が出るほど歯を食いしばり、握った拳をブルブルと震わせる。
これは過去の記憶。俺たちにできることは何もない。
だからこそ、何もできないからこそのもどかしさ。
都市に上がる炎の数はますます増えていく。
大樹が倒された辺りからも炎が上がった。あの大樹も燃やされたのか。
戦いに、いや蹂躙の興奮で目を血走らせた帝国兵たちは、家屋や店舗からの強奪を始め、女性を見つけると集団で犯す。
あの平和だった都市の面影はどこにもなく、まさに地獄と呼ぶべき光景がそこにはあった。
また場面が変わった。
先ほど皆んなが祭りを楽しんでいた広場に、帝国兵が雪崩れ込んで来た。
それを迎え討つエルフの騎士団。
さすがに騎士団は強い!
特に赤いマントの緑の髪の美しい女性。
縦横無尽に空中を駆け回り、上空から魔術を放ち、剣を振る。
バタバタと倒れて行く帝国兵。
あの女性が、コーザさんと戦った骸骨騎士だ!あんな綺麗な人だったんだ。
他の騎士たちも強い!
皆が魔装を纏い、天駆を使い、マギシールドで攻撃を防ぐ。
帝国兵はこれに対抗できない。
そうか。この時代、魔装などはエルフの騎士団の秘術だったのかな。
何百人、何千人倒しただろう。
広場は帝国兵たちの死体の山だ。
場面が変わる。
広い室内で大勢の人たちが、不安そうな表情で並んでいる。
数十人ずつが、魔法陣の上に乗ると、魔法陣を囲んでいたエルフたちが呪文を唱える。
その中心はリルカ様だ。
すると魔法陣の上の人たちが一瞬で消えた。
転移の魔法陣!あったのか!
転移している人たちをよく見ると、エルフ以外の人たちだった。
床も壁も白木。もしかしてここは王宮の中なのか?
エルフが治める王国。そこに住まう国民はエルフの統治を信じて集まった人たち。
だから、エルフは少しでも多くの人たちを逃がそうとしているのか。
エルフの誇り。
一体どれくらいの人が逃げられたのだろう。
都市の中では、多くの民間人が殺されているのを目にした。
それでもリルカ様は、ここで少しでも多くの国民を助けようとしていたんだな。
そして最後の人たちを転移させた後、それぞれ赤ん坊を抱えたエルフの女性たちが20人ほど部屋に入って来た。その後に、護衛と思われる騎士たちが10人。
その人たちが魔法陣の上に乗る。
リルカ様は額に汗を流しながら、必死で呪文を唱える。
そして今度こそ最後の転移が終わった。がくりと膝をつくリルカ様。魔力切れか・・・。
場面が広場に戻る。
ますます増えた死体の山。
しかし、エルフの騎士の数もだいぶ減ったいた。
赤いマントの女性騎士も肩で息をしている。
そこに新たに現れた帝国兵の弓兵から放たれた矢が、空を真っ黒に覆うほどに降り注いだ。
5分か10分か、永遠に思えるほどの攻撃が終わった。
エルフの騎士たちが全滅した。
ただ一人、赤いマントの女性騎士は、全身に矢が刺さりながら、地面に刺した剣を杖にして、正面を睨んだまま仁王立ちをして事切れていた。弁慶の仁王立ち!
場面が変わり泉のほとり。
あの平和で美しい光景は悲劇的なものに変わっていた。
純白の衣に身を包んだエルフの女性たち数百人が、自らの心臓にナイフを刺して自害していた。
純白の衣に広がる赤い模様。
帝国兵に陵辱される恥を良しとしなかったのだろう。
エルフの誇り。
そこに現れた帝国兵たちは、この光景を見て悪態をつきながら、自害した女性たちを泉に突き落として回っている。
俺たちの怒りは沸点を超えていた。
先ほどから止まらない涙。
握りしめた拳から滴り落ちる血。
これは過去の出来事。
何もできない。
だから悔しい。だからもどかしい。だから・・・。
また場面が変わる。都市を蹂躙し尽くした帝国兵たちが続々と王宮のある森に侵入してくる。
しかし、王宮の手前で立ち止まり、先に進めずにいる。魔術による防御壁か。
一体どれほどの数の帝国兵が集まっているのか。
広大な森だ。侵略して来た帝国軍の大半が集まっていてもおかしくない。
そこに帝国兵の総大将と思われる豪華な鎧を身に纏った男が、帝国旗とともに御輿に担がれてやって来た。
総大将らしき男が何か喚いている。言葉は聞き取れない。下品な馬鹿面だ。
しばらくすると、俺たちが謁見した最上階の社の扉が開いた。
エルフの騎士たちが階段を降りてくる。
10人。
その後にリルカ様、マリス様、王女様、王子様が現れた。
長い階段の中程で止まる。
そして全員で呪文を唱え始めた。
森の上空が眩しく光り出した。
騒つく帝国軍。
何だ、これは?
空の光はやがてくっきりと輝く巨大な魔法陣となった。
次の瞬間、世界は真っ白になった。
世界が色を取り戻したとき、すべてが消えていた。
豊かな森も、白木の王宮も、帝国軍も、リルカ様たちも。
存在するのは、直径数キロに及ぶ巨大なクレーターだけだった。
「こうして私たちエルフの王国は滅亡した」
再び戻った謁見の間にリルカ様の静かな声が響く。
俺たちは声もなかった。




