第123話 女神ユリス/神々の世界/俺が聖女だった件
思わず俺たちに緊張が走る。
しかし、騎士たちは腰の剣にまったく手をかけようとしない。
何が起きてるんだ?
すると一人の騎士がこちらに歩み寄ってきて、歯をカタカタと鳴らしながら、手で階段の方を指し示した。
階段を登れということか。
危険な感じはしない。勘だけどね。
でも、こんな神聖な雰囲気の場所に俺たちが入っていいのかな?
コーザさんを見ると軽く頷いた。
よし、行くか!
あ、ルクスどうしよう?
騎士に向かってルクスを指差し首を傾げて見せる。騎士は頷いて、再び手を階段に向けた。
連れて行っていいらしい。
ならいいか。怒られたら全力で騎士のせいにしよう。
俺たちは全員無言で白木の階段を登る。カツン、カツンと階段を登る音が響く。
振り向くと、緑豊かな静かな森がどこまでも続いていた。
何段登っただろう。数えておけばよかった。
最後の一段を登る。
目の前には一枚板に大樹と蔦を彫刻された大きな両開きの扉があった。
その扉が音もなく左右に開く。中は真っ暗だ。
ここまで来たら入るしかない。
俺たちは魔装を強化して部屋の中に足を運んだ。
俺たちが全員入ると後ろで扉が閉まる気配がした。
そして真っ暗だった部屋がすーっと明るくなっていった。
眼前には素晴らしくこった意匠の施された椅子に座る、純白の衣と真紅のマントを纏い、頭に宝石の散りばめられた冠をかぶる骸骨がいた。その骸骨には輝くような緑の髪の毛が肩まで伸びていた。隣には、同じ椅子に座る薄緑のドレスを着た骸骨。同じく輝くような緑のロングヘア。そこにエメラルドと思われる宝石が散りばめられたティアラがあった。
俺たちは咄嗟に片膝をつき、頭を垂れた。
王と王妃だ!
相手が骸骨であろうと関係ない。溢れ出る気品と圧倒的な威厳。
この建物は王宮だったのだ!
シャトルもちゃんとお座りをし、ルクスも頭を垂れる。偉いぞ!
王妃の隣にはピンクのドレスと可愛いティアラをつけた緑の髪の少女の骸骨、そしてそれよりも小さい薄いブルーの衣を纏った緑の髪の少年の骸骨が仲良く立っている。
その後方の左右に、5人ずつ骸骨騎士が並んでいた。
俺たちは静かに待った。
「よく来てくれたね。さあ頭を上げてくれ」
話せるのか!
穏やかで優しい声が聞こえる。
俺たちはゆっくりと頭を上げた。
そこには骸骨ではなく、とても言葉では表せないほどの美しい王と王妃、そして作り物のように可愛い王女と王子が、微笑みながらこちらを見ていた。
俺たちは全員が息を呑んだ。
「皆よい顔をしている。改めて歓迎しよう。神獣ペガサスと神獣フェンリル、そして最高位精霊を引き連れし狭間の旅人とその仲間たち。と言っても、もてなす料理も酒もないがね」
王が柔らかく笑う。
ちょっと待って。狭間の旅人とは俺のことか?最高位精霊はトーダか。この人にはわかるんだ。ところでフェンリルってなんだ?神話の狼?シャトルのことか?柴犬なんだけど・・・。
「名を聞かせてくれるかな?」
「はっ!アルタイル王国シェフィールド伯爵家四男ユーキ・カムラ・シェフィールドと申します」
「同じくアルタイル王国ハーマン子爵家三男コーザ・ハーマンと申します」
「同じくアルタイル王国プライス家二男エドワード・プライスと申します」
ブヒヒン!
ワン!
と、ルクスとシャトルも挨拶をする。
王女と王子の目が釘付けで、興味津々のようだ。
「トーダや。よろしゅう頼むわ」
俺の頭の上からトーダの声がして、コーザさんとエドがギョッとする。
後で説明しよう。
「私はユグドラシル王国の国王リルカだ。これから少し話しをしたいが、その前に我が娘と息子は君の神獣に夢中のようだ。よかったら遊ばせてやってくれないか?」
(シャトル、あの子たちと遊んでくれる?)
(いいよ。ルクス、行こう!)
シャトルがワン!と吠えてちょこちょこと王女たちの方に走って行った。ルクスはゆっくりと後を追う。
「君は心話ができるのか。では王妃とも話せるね」
(ユーキでいいかしら?私はマリス。よろしくね)
(お目にかかれて光栄です。ユーキ・カムラ・シェフィールドと申します)
涼やかな声が頭に響いた。
「さて、本題に入ろう。まず確認だ。君はこの世界の人間ではないね?」
「はい」
横でコーザさんが驚いている。これも後で説明だ。
「次に君は浄化の力が使えるね?」
「はい。おっしゃっている浄化の力と同じなのかわかりませんが」
「瘴気を消せる力のことだ」
「ならば使えます。力の程度は比較対象がないのでわかりません」
「浄化の力は女神ユリス様の力だ。なのでアンデッドを昇華させることもできる」
「なるほど。ただの光魔術ではなかったんですね」
「光魔術の浄化は単に殺菌や清浄をもたらすもので、アンデッド程度なら消せるが、瘴気を消せる力はない。君はユリス様から聞いていないのかい?」
「女神様にお目にかかったことはありません」
「どういうことだ?」
そこで、俺は、俺がこの世界に来た経緯をつぶさに説明した。召喚された聖女が浄化の力を使えないことも。
「そうだったのか。それは災難だったね。聖女召喚はこの世界に浄化の力が必要になったときに、ユリス様が適性を持つ人間を探して召喚の神託を下される。今回は予期せぬ召喚が行われたため、咄嗟に適性の高い君に無理矢理浄化の力を授けられたのだろう。女神の力は本来女性が受け継ぐ。しかし君は男性だ。そこに無理矢理力を授けたために、君の身体は不完全だったのだろう」
そういうことだったのか。なぜ俺が傷だらけだったのか、なぜ俺が魔術をまったく使えなかったのか、ようやくわかったような気がする。
「神殿に行ったことは?」
「一度もありません」
「ときには行ってみるといい。上手くいけばユリス様と話ができるかもしれない」
「わかりました」
いや、本当に女神様なんているんだ。そっちの方が驚きだ。
「さてここからは古い話だ」
そこで語られたのはまるで神話や小説のような驚くべきものだった。簡単に言うとこんなところだ。
はるか昔、神々の世界でのこと。
女神ユリスの美貌や名声に嫉妬した別の女神サマトは、ユリスに数々の嫌がらせをしたり、虚言を弄してユリスを失墜させようとした。これが原因でサマトは神々の世界から追放されることになった。これを察知したサマトは、逃れられないと知り、先手を打ってユリスが作ったこの世界に自ら降った。地上に降った神は、もはや神には戻れないし、神の力も持たない堕神と呼ばれる。サマトの目的は、どうせ堕神となるのなら、ユリスの作った世界に行って、そこを破壊してやろうというものだ。多分。
日本神話やギリシャ神話なんかを見ても、神様って人間と変わらないよね。持っている力がすごいだけで、暴力も振るえば浮気もする。神様の世界から追放も定番かな。
そしてサマトは実際に、この世界で殺戮を行ったり、魔獣を動かして破壊活動を行ったりを繰り返して、魔王と称されるようになる。
その度にユリスはサマトを封じ込める力を授けた異世界の人間を送り込み、サマトに対抗してきた。これがいわゆる勇者召喚ということらしい。
サマトは堕神となって神の力は失ったが、人間に比べれば絶大な力を持っている。勇者といえども完全に抹殺することは困難で、過去はいずれも封印するのが精一杯だった。このためサマトは数百年を経て復活し、また封印されるということを繰り返す。
そしてあるとき、サマトはとんでもないことを思いつく。あるいは偶然だったのか。
神々の作る世界はいわば神の力で囲われた結界の中の安全地帯で、その囲い、結界の外は生物が棲息できる環境にない。その囲いと外を隔てるものを境界と言う。この境界は神が作ったもの。破壊はいかにサマトでもできない。しかしそこに小さなヒビか傷をつけることで、境界の外の物質をこの世界に染み込ませる。これが瘴気と呼ばれるものだった。瘴気は無味無臭で目には見えないが、浸透することで植物を枯らしたり、魔獣を狂わせて凶暴化させたりする。人間が瘴気を摂取すると徐々に弱っていったり、狂人のようになったり、人によって症状は異なるが、いずれにしても早期に死に至る。この瘴気を中和して無害化する力は男神にはない女神固有の力だそうだ。瘴気の蔓延が危険水準に達すると、ユリスは異世界から適性のある女性にユリスの力を分け与え、瘴気に対処させた。これが聖女召喚による浄化だ。
強引に女神の力を植え付けられた俺は、史上初の男の聖女かよ。色んな人に聖女様と呼ばれて憤慨したが、合っていたらしい。ショックだ・・・。
それにしても、なんで地球から召喚するんだよ、と思ったが、この世界の人間には神の力を受け入れる適性がないらしい。最も適性が高いのは、宇宙環境や惑星としての成り立ちがほぼ同一の地球の人間ということだ。謎が解けた!とまでは理解できていないが、月や星の様子や、この世界の地球との類似はそういうことだったらしい。だとすると日本列島もあるのかな。あるなら行ってみたいな。
そして千数百年前、ユリスからリルカ様の父、この国の先王に、ある物が託された。それは境界の傷を根本的に補修し、瘴気の侵入を完全に防ぐための道具。
それを、この世界で最初の人類であり、長寿かつ最も善良なエルフの一族に受け継がせる。
エルフ!
そうか!この人たちはエルフだったのか!ファンタジー!
それで頭蓋骨の耳の部分に突起があったのか。
そういえば、リルカ様たちも長い髪に隠れてはいるが、そこから覗く耳は尖っている。
それはさておき、女神ユリスからエルフの一族が託されたこと。
それは召喚された聖女に同行し、境界の補修を行うこと、そしてこの話と道具を代々受け継ぎ、次に同様のことが起きたら、同じく聖女と行動を共にすること、だそうだ。
「そこでこのユリス様の道具を君に託したい」
「え?なぜ私に?仮に私が瘴気の浄化に向かうとしても、どなたか一族の方が同行して下さるという話では?」
「できれば私もそうしたい。君との旅は楽しそうだしね」
「ではどうして?」
「私たちは滅ぼされてしまったからだ」
「・・・。どういうことでしょう?」
「言葉のとおりだ。私たちは愚かな人間の欲望のせいで全滅した。もしかしたら転移陣で逃した者たちが、どこかで生き延びているかもしれないが。そうであれば嬉しいけどね」
「一体何があったのですか?」
「話すより見てもらう方が早いだろう。これから君たちに見せるのは私たちエルフの記憶だ」
リルカ様がそう言って手を振ると、俺たちの周りの景色が一変した。




