第122話 武士道
静かな森の中を慎重に進む。
鳥や動物はおろか、魔獣の影もない。
しかし、ときおり気配のないところから矢が射掛けられてくる。
その繰り返しだ。
最初のような大量の矢による必殺の意図のある攻撃ではない。まるで俺たちを別の方向に誘導したいかのように、一方向から攻撃がくるのだ。
俺たちが向かっている方向には、俺のサーチで確認できた何か大きな建造物がある。
敵の攻撃は、そこに俺たちを行かせたくないのではないかと思わせる。
不思議だ。
これまでダンジョンでは、魔獣もアンデッドも、侵入者と見れば無条件で攻撃してきた。しかし、このフロアでは、まるで正常な思考を持った人間のように、何らかの意図の元に敵が動いているように感じる。
しかし、敵の意図が誘導か妨害かにかかわらず、俺たちは進路を変えずに進み続けた。
2時間ほど進んだところで、俺たちは森の中にぽっかり開いたスペースに出た。学校のグラウンドくらいの広さがある。
その中程まで来たとき、シャトルとルクスが低く唸った。
(ユーキ!なんか来る!)
え?と思う間もなく俺たちは突然取り囲まれた。
そう、本当に突然。誰もいなかった場所に、いきなり1,000を超すと思われる骸骨兵士が現れたのだ!転移?いや、まるでそこに湧いたように。
シャトルとルクスは何でわかったんだ?
兵士たちはこちらに向けて槍や剣を構えているが、一向に攻撃してこない。
罠に嵌めれれた?違うな。こちらに来るなと警告されていたのに、俺たちが来たんだった。
すると、俺たちの正面から、一人の身なりの違う男が前に出てきた。男?骸骨だから男か女かわからん。やはり両耳のところに突起があるな。
その骸骨は、薄緑色の絹のような質感の上下を着て、茶色のなめし皮のブーツ、胸には鮮やかな青い金属の胸当て、そして真紅のマントを翻していた。カッコいいんですけど。
骸骨は俺たちの10メートルほど前で立ち止まると、静かに俺たちの後方を指差した。
カタカタと骸骨の歯が音を立てる。
帰れと言っているのだろうか?
思わずコーザさんとエドと顔を見合わせる。
どうしよう。まさかダンジョンでこんな展開になるなんて。
しかし困ったな。俺たちとしては先に進まなければダンジョンを踏破できない。ここで素直に帰るわけにもいかない。
「申し訳ないが、何を言っているのかわからない。帰れということなんだろうが、俺たちは先に進みたい。ここを通してもらえないだろうか?」
俺は骸骨に向かってそう言ってみた。言葉通じるかな?
すると骸骨はスルリと腰の剣を抜いた。
おっと、帰らないなら殺すということか?殺意があるのかないのか、気配がないのでわからない。それにしても美しい剣だ。見たことのない金属だ。柄の拵えも素晴らしい。
骸骨は右手持った剣を俺たちに向けて一歩前に進み出た。
ビッ!
剣先から殺気が迸る!
何だよ!感情あるのかよ!
やむを得ない。浄化で消えてもらおう。おれがそう思ったときコーザさんが一歩前に出た。
「待て、ユーキ。相手は多分この死者の国の騎士だろう。ならばこちらも騎士として礼を尽くしたい」
そう言うとコーザさんが背中の大剣を抜いた。
「アルタイル王国元近衛騎士団副団長コーザ・ハーマンという。貴殿らにとって我らは侵入者かもしれん。しかしここはダンジョン。我らも先に進まねばならん。ここを通してもらえんのなら、俺が相手をさせてもらう」
コーザさんの落ち着いた低音が響く。やはりこの人は騎士だ。
骸骨の歯がまたカタカタと鳴った。
名乗りを上げたのか?
(トーダ、何て言ってるかわかる?)
(わからん。なんや感情も意思も遮断されとるわ。幽霊でも感情わかるんやけどな)
(そうか、ここがダンジョンだからかな?)
(知らん。まあ、倒しゃええだけの話しや)
確かに。31階以降どうも調子が狂う。そうだよ、ここはダンジョンだ。それを忘れるな。
コーザさんと骸骨騎士の間の緊張が高まる。
次の瞬間。
ガキィンと剣のぶつかる音がして骸骨騎士が吹き飛んだ。いや、自分から後ろに跳んだのか。
後方に跳んだ骸骨騎士がすぐさまコーザさんに迫る。すごいスピードだ。どうやって筋肉なしの骨だけであんなスピードが出せるんだよ!
骸骨騎士はコーザさんの直前で横にステップする。そしてまたステップを踏み、剣を横一閃する。
コーザさんの腕から血飛沫が上がった!魔装が易々と切り裂かれた。
しかしコーザさんは落ち着いている。
俺とエドは黙って勝負を見守る。
骸骨騎士はときに細かく、ときに大きくコーザさんの周りでステップを踏みながら剣を振るう。見たことのない剣技だ。
パワーではコーザさんに分がありそうだが、スピードで圧倒されている。
致命傷は避けているがコーザさんの傷が徐々に増えていく。
5分以上攻め続けた骸骨騎士が一旦間合いをとった。
コーザさんは、相手を睨みながら魔力を高めた。
魔術を使うのか?
そう思ったときコーザさんの大剣が赤く輝き始め、剣先からチロチロと炎が揺らぎ始めた。
何だこれ?
それを見た骸骨騎士も魔力を高める。
え?魔力なんて今までヤツから感じなかったぞ。どこから魔力を?
すると骸骨騎士の剣は緑色に輝く!
骸骨騎士が笑ったように感じた。
コーザさんも笑っている。
骸骨騎士が最初の一歩を踏み出した瞬間コーザさんが大剣を振る!そこに炎が踊った!
骸骨騎士はそれをかろうじて回避し、コーザさんに襲いかかる。
剣速がさらに速くなった!風の魔力だ!
コーザさんは大剣を旋回させ、炎の防壁を作る。炎はすぐ消えるが骸骨騎士も最後の踏み込みができない。
また骸骨騎士の魔力が高まる。
次の瞬間、骸骨騎士は空中を駆け上がった!天駆だ!
骸骨騎士は空中を縦横無尽に動き回り、コーザさんを攻めたてる。
コーザさんはそれをギリギリで防御する。天駆の訓練で散々やったが、骸骨騎士の速度は俺たちより速い。本当にギリギリだ。
一度着地した骸骨騎士が、今度はすごい勢いではるか上空に駆け上がった。
そして剣先を向けながら落下してきた!
それを見たコーザさんが天駆だ駆け上がる!
骸骨騎士が驚いたようにコーザさんを見た。
その二人が交差し、上下が入れ替わる瞬間、下から振り上げられたコーザさんの炎の剣が骸骨騎士を両断していた!
ドサリと2つに分かれて落下する骸骨騎士。
その骨は、コーザさんの剣による火でブスブスと侵食されていく。
やがて骸骨騎士は灰になってしまった。
すごい、骨まで焼き尽くすのか・・・。最後に骸骨騎士が笑ったような気がした。
しばしの沈黙。
そして、誰かの合図で、俺たちを取り囲んでいた骸骨の兵士たちが、こちらに向かって一気に押し寄せて来た!
「散れ!」
俺は360度全方位に風魔術を放ち、すべての骸骨兵士を吹き飛ばす。
「コーザさん、消していいですか?」
「ああ、やってくれ」
俺はぐるりと回りながら、浄化の魔術を放つ。
すべての骸骨兵士が光の粒となって消滅した。
「傷を治します」
俺は治癒魔術を使いながらコーザさんに話しかけた。
「強かったですね」
「ああ、俺の全盛期で五分くらいか」
エドが驚いて声を上げる。
「それほどですか?」
「こちらが天駆を使ったことで、相手が驚いて一瞬隙ができた。あそこしか勝機はなかった」
「・・・」
「それに天駆の訓練をしてなかったら、あれでやられていたな。助かったよ。二人ともありがとう」
俺は気になっていたことを聞く。
「コーザさんの剣は魔剣ですか?」
「そうだ。陛下より下賜された。騎士団を辞めるときに返上しようとしたが、それはお前の物だと言って下さった」
「そうでしたか。斬ったところから燃え続けるんですね」
「ああ、擦り傷でもつけば、そこから相手を燃やし尽くす」
「怖っ!」
思わず漏れた俺の声に笑いが起きる。
「そういえば、相手の剣も魔剣なの?緑に光ってたけど」
エドも感じていたようだ。
「多分風の魔剣だね。剣速が上がると思うよ」
俺は灰になった骸骨騎士に近づき、供養の意味を込めて浄化の魔術を使った。
灰が光の粒となって消えていった。
俺は残った剣と胸当て、マントなどを拾い、コーザさんとエドのところに戻る。シャトルは尻尾を振りながらずっと俺についてきてるけど。可愛い。
「これもらっちゃっていいんですかね?」
「いいんじゃないか。考えようによってはダンジョンのドロップ品だ。戦利品と考えてもいい」
「じゃあコーザさん、どうぞ」
「いや、俺にはこの剣がある。それに俺の風の適性は低い。お前たちが使ってくれ」
「いいんですか?ありがとうございます。じゃあエドが使ってくれ」
「ユーキは使わないのか?」
「俺はこのタイプの剣は使い慣れてないからね」
そう言ってククリ刀を掲げて見せる。
「俺はこれか、もう一つ別のヤツを考えてる。できるかどうかわからないけど」
そう。俺は日本刀が欲しいのだ。しかも大剣と斬り結んでも折れないような。無理かな?
エドは俺から骸骨騎士の剣を受け取り、魔力を込めて振ってみた。
「すごい!剣速が段違いだ!是非使わせてもらうよ。コーザさん、ありがとうございます!」
エドは大喜びだった。
それから、虹色に輝く胸当てやマントなどを調べる。しかし、誰も見たことのない物だった。
何だか魔力を感じるんだよね。これはストレージに保管しておこう。
1時間ほど休憩をとり、俺たちは先に進んだ。
森の中の道幅が徐々に広くなっていく。
そして、1キロほど歩いた後、森を抜けたところにそれは不意に現れた。
白木の木造の巨大な建物。
この世界の西洋風の城とは全く違う。
木造のピラミッド?
それもエジプトのような四角錐ではなく、アステカのように段重ねになった。
そして、中央には頂点に向かって真っ直ぐな階段が延びている。頂上には社のようなものがある。想像で語られる出雲古代神殿のような。
高さは4、50メートルはあるだろう。
俺たちは唖然としてこの建物を見上げていた。
豪華な飾りはなくとも、荘厳で神聖、そして美しい。
深い緑に囲まれた真っ白な神殿。
ワン!
シャトルが小さく吠えた。
ふと前を見ると、この建物の前に、さっきの骸骨騎士と似たような騎士たちがずらりと整列していた。ただしマントの色は白だった。
また気配もなしに現れた!




