第117話 夏休みの課題3 過去との対峙
「もうすぐセーフティエリアがある。そこで一旦休憩をとるよ」
俺のこの言葉がいけなかった。
セーフティエリアが近いと聞き、一瞬気の緩んだケビンに森の陰から現れたギガントマンティスの鎌のような腕が振り下ろされた。
ケビンは咄嗟にその攻撃を回避したが、間に合わなかった左腕が切断され、ボトリと地面に落ちる。
「何するニャ!」
ミューがギガントマンティスに飛び掛かる。
同時に俺が縮地で距離を詰め、ギガントマンティスの首を撥ね飛ばした。
俺は、急いでケビンの血止めをし、斬り落とされた腕を拾ってストレージにしまう。
「大丈夫かケビン」
「すまん。油断した」
「腕は俺が繋ぐから大丈夫だ。急いでセーフティエリアに行こう!」
それから俺たちはケビンを真ん中に配置して、パーティ体制で移動した。
セーフティエリアには誰もおらず俺たちの貸切りだった。
「皆んなごめん。セーフティエリアと聞いて気が弛んだ」
「魔装は?」
「一瞬解いてしまった・・・」
「そうか。今後は絶対に解くな。命にかかわるぞ」
「すまん。反省している」
ミューが泣きそうな顔をしている。
「ケビン大丈夫かニャ。腕はどうするニャ」
シャトルも心配そうにクーンと鳴いている。
「心配するな、ミュー。俺がすぐ繋いでやる。ケビン、袖を捲って腕を出してくれる?」
ケビンが言われたとおり腕を出す。
俺はストレージから斬り落とされた腕を取り出し、一緒に斬られた袖を取り払った。
「・・・ケビン、この刺青みたいなヤツは?」
ケビンの腕の手首近くには、青黒い線で描かれた魔法陣のような紋様がぐるりと一周して描かれていた。
「・・・ああ、見られちゃったね。それが俺が魔術を使えない理由さ」
「どういうこと?話せるかな?」
「もう見られちゃったからいいか。それは俺が産まれたときに、俺の魔術を封じるために親につけられた魔封じの刺青だ」
「・・・どういうことだ?」
俺の声が低くなる。
「皆んな、他言はしないでくれるかな?」
全員が無言で頷く。
「実は俺の母親はスタンリー家の侍女なんだ」
そこからケビンが話した内容は、胸糞の悪くなる話しだった。
ケビンの実の母親は、スタンリー公爵家の寄子の子爵家の娘で、スタンリー公爵家に行儀見習いで侍女として働いていた。ケビンの母親は大変美しく、既に婚約者もおり、行儀見習いが終わればすぐに結婚することになっていた。
ところが、物語などではよくある話しと言おうか、スタンリー公爵がケビンの母の美貌に目が眩み、無理矢理関係を持たされてしまった。
その結果産まれたのがケビンというわけだ。
出産に至るまでどのようなやり取りがあったのかはケビンは知らないと言う。
実際に母親と会ったこともないので、話を聞くこともできない。
ただ、ケビンが中絶もされず、産まれたときに殺されもしなかったのは、母親が必死に護ってくれたようだと、他の侍女に聞いたらしい。
また、王国では側室を持てるのは国王のみで、それ以外はたとえ高位貴族でも一夫一婦制が厳格に適用されている。このため、ケビンを側室の子とするわけにもいかない。外に出して、この醜聞を吹聴されても困る。結果、ケビンは実子として公爵家の内部に囲われることになった。
そして、ケビンが産まれたとき、その魔力量が膨大なことに周囲が気づいた。
さらに魔術属性を調べると、火だけではなく、なんと水、土、風、光の五属性があることがわかった。これは公爵家のどの子供よりもはるかに優れた才能だった。そうなると、家督争いの種になりかねず、そうでなくとも評判が不義の子に集まってしまいかねない。
その結果公爵家が出した結論は、ケビンの魔術を封じること。
産まれたばかりの赤ん坊に、公爵家の魔術師により魔封じの刺青が施された。
この刺青は、犯罪者やかつての奴隷に施されたものだ。
「こうしてスタンリーの欠陥品のできあがりってわけさ」
その後のケビンの生活は、公爵家の体面を保つため、一応の教育は受けさせられたが、満足に家族扱いもされず、兄弟たちからはいじめを受け続ける毎日だったようだ。
「この話は、公爵家の中では公然の秘密ってやつだね。小さいころは、俺がなぜ両親に冷たくされるのかわからなかったけど、あるとき兄上に教えられてね。それから色々話を聞いて、兄上の言うことが真実だとわかってからは、できるだけ家族と関係を持たないように生きてきたよ」
絵に描いたようなクソ貴族だな。
「なんてひどい話っすか!貴族ってそんなヤツばっかなんすか!」
真司が激しく憤る。
「いや、俺が会った貴族はほとんどが素晴らしい人たちだ。結局どこに行っても、いい人もいれば碌でもないヤツもいるってことだね」
ミューも目に涙を溜めて怒りを抑えている。
しかし、産まれたての赤ん坊に、犯罪者や奴隷に施す魔封じの刺青。
自分の血が繋がった子供だろうが!無性に腹が立つ!
全員が無言の中に怒りと悲しみをたたえていた。
よし!
「なあケビン。この腕いる?」
「え?」
「こんなわけのわかんない刺青のある腕なんて必要ないだろう」
「いや、しかし・・・」
エドが気づいた。
「ああ、そういうことか。確かにそんな腕いらないな」
「なるほど!確かにそんな腕必要ないっすね!」
真司も俺の意図がわかったようだ。
コーザさんも頷いている。
「皆んな何を言って・・・」
「まあいいから腕を出せ」
戸惑うケビンの左腕を取り、俺は治癒魔術をかける。
強く白い光が眩しい。
そして光が収まると、そこには綺麗な傷一つない腕があった。
「ニャッ!!」
ミューが驚いて飛び上がった。おもしろ。
「これは・・・」
ケビンは俺がブライソン会長の腕を繋げたのは知っていたが、欠損を修復できることは知らなかったよね。
「まあそういうことだ。怪我の功名だな」
「君は一体・・・」
「どうだ、優秀な治癒魔術師だろう?」
「優秀なんてもんじゃないだろう」
「で、右腕にもあるのか?」
「あ、ああ」
「じゃあ出せ」
「何をするんだ?」
「決まってるだろう。斬り落とす!」
「ヒッ!」
ケビンが後ろに飛び退った。
「大丈夫、一瞬だ。綺麗に斬り落としてやるから」
「怖いこと言わないでくれ!」
「そんな刺青抱えて一生すごしたいのか?」
「いや・・・。それは・・・。わかった。やってくれ!」
おお覚悟したか。いいんだよ、そんな刺青なんかさっさとおさらばだ!
「じゃあ俺が麻酔かけるっす」
「麻酔?そんなことできんの?」
「闇魔術っす。なんでも、斬られても痛がらない無敵の戦士を作る魔術らしいっす」
「え?お前、そんなことやってたの?」
「やるわけないじゃないすか!図書館で勉強したんすよ。俺痛いの嫌いだから覚えとこうと思って」
「おお、それは素晴らしい!効くのか?」
「やったことないからわからないっす」
「なんだよそれ!」
どっと笑いが起こる。
真司はいいな。ムードメーカーだ。場が一気に和んだ。
まあやってみるっす、とか言って真司が麻酔の魔術をかける。
「ケビン、右腕を出してくれ。それで怖かったら目を瞑ってろ」
ケビンが右腕の袖を捲り、恐る恐る差し出した。
右腕の手首近くに同じ刺青がある。まったく本当にひどいことしやがる。
ケビンは目を開けている。いい覚悟だ。
「行くぞ!」
俺は魔刃で一瞬のうちに腕を斬り落とし、素早く血止めの魔術をかけた。
「痛みは?」
「いや全然痛くない」
「俺の斬り方がいいんだな」
「違うっす!俺の麻酔っす!」
そうだろうな。冗談だよ。
「じゃあ次行くよ」
俺は続けて再生の治癒魔術をかける。
そして無事刺青のない右腕が誕生した。
「どうだ?」
ケビンは両手を握ったり開いたりしてじっと見つめている。
「ああ、何ともない。普通だよ」
「握力とか、しばらくは鍛える必要があるけどね。で、魔術は使えそうかい?」
「あ、ああ、やってみる」
ケビンが身体に魔力を流す。
「うわっ、魔力の流れが全然違う!」
「魔装やってみて」
ケビンが魔装を纏う。これまでよりずっとスムーズで、強固な魔装だ。
「すごい!何だか身体の支えが取れたみたいだ!」
「じゃあ次は火魔術。勉強はしたんだろう?」
「うん。死ぬほど試したからね」
ケビンが呪文を唱える。
するとケビンの手から炎が立ち昇った!
「で、できた!」
「ああ、できたな」
「俺が、俺が魔術を使えた!」
「良かったな!」
ケビンの目にブワッと涙が溢れる。
「俺が魔術を・・・」
ケビンは人目も憚らず号泣した。
これまで辛かったんだろう。
小さいころから家族や兄弟に虐められ、周囲から欠陥品と蔑まれ、どれほど我慢してきたんだろうか。その呪いから解放されたんだ。いくらでも泣けばいい。
ミューがケビンに抱きついて一緒に泣いている。いいヤツだな。
シャトルが心配そうにウロウロしている。大丈夫だよ、嬉し泣きだから。
しばらくしてケビンの号泣は収まった。
「ユーキ、ありがとう。何とお礼を言えばいいか」
「礼なんていらないよ。魔術が使えるようになって本当に良かったよ」
「いや、俺は一生かけても君に礼をする。これは貴族としての義務だ」
「暑苦しいこと言うなよ。俺は貴族の君を助けたんじゃない。友達だからだ。だから貴族の義務なんて関係ない」
「しかし」
するとコーザさんが声をかけてきた。
「ケビン、俺は片目を失明し、片脚を無くしていた。それをユーキに治してもらった」
「え?」
「つい最近のことだ。しかしユーキは礼は受け取ってくれない。だから俺はこれから何があろうとユーキの助けになろうと決めた」
「そんなことが・・・」
「俺は無くした指2本治してもらったっす。俺も雄輝さんについて行くっす」
真司が手をヒラヒラさせながら笑う。
「皆んなも・・・」
「そう。だから気にするな。それよりこれから魔術の特訓だぞ」
「ああ、それは必死でやる。早く皆んなに追いつけるように頑張るよ」
「公爵家には知られない方がいいんだろうな」
「そうだね。俺が公爵家を出るまでは知られるわけにはいかないな。学院でも使えない」
「特訓は俺たちとすればいいさ」
「そうだね。頼む。それと改めてユーキ、ありがとう。会長の真似をするわけじゃないが、俺もユーキにこの先の人生で君に一生の信義を誓う。俺は決して君を裏切らないし、いかなるときも君の助けになる。俺では力不足かもしれないが、これは貴族としての誓いだ」
「わかったよ。ありがとう。暑苦しいのはいらないんだけどね」
再び皆んなの笑いが起こった。とても温かい笑いが。




