第112話 前期の終わり
休暇期間の1週間がすぎ、再び学院生活が始まった。と言っても夏休みまであと2週間ほどしかない。そのうちの1週間は学期末試験だ。
登校すると、学院の警備の他、衛兵が何人か警備に加わっていたが、それ以外大きな変化は見られない。
授業も平常と変わらず行われた。
放課後は招集により学生会室に集まった。そこで会長からこの1週間の学院の動きについて、情報共有がなされた。
まず謎の仮面男ラクリマが入れ替わっていた2年生のアッサムについては行方不明のまま。アッサムは王都に実家があったため、休日には実家に帰っていた。なので学院外で入れ替わる機会はいくらでもあった。ただ、アッサムの変化が見られたのは演武会の直前のようなので、入れ替わったのはその頃だろうと推測されている。
逃走したラクリマについては、衛兵により王都を出たことは確認されていた。しかし、転移もできれば変装もできる男だ。いつ王都に戻って来ていても不思議ではない。でも今回の仕込みの大きさからすれば、とりあえず、今回の件はおしまい、すぐに王都に戻ってくることはないのではなかろうか。
古代獣を呼んだ仕掛けは、闘技台の魔術残滓などを調査した結果、おそらくは召喚陣ではなく転移陣ではないかとのことだった。ということは、この世界のどこかには古代獣が現存しているということになる。これはヤバいね。王国としても戦力強化の検討に入ったらしい。
学院の警備体制は、当面は国の衛兵に要員を融通してもらってしのぐが、順次採用を増やして強化することになった。また魔術的防御についても強化されるらしいが、これは秘密保持のため聞かされていないそうだ。
在学中の王族の警護については、新たに騎士が二名護衛につくことになったらしい。
リッキー殿下の方を見ると、うんざりした顔で首を横に振る。
どうやら全力で拒否したらしい。
学生会室を出ると、リッキー殿下にカフェに誘われた。
獣人の子供の誘拐事件のことだろう。
殿下の側付きのベンさんも交えて個室に入り注文が揃うと、リッキー殿下が事件の顛末をおしえてくれた。
王都で捜索願いが出されていた獣人の子供は100人以上に及んでいたらしい。しかし、そのどれもが衛兵本部にはエスカレーションされていなかった。コーバンから報告される情報の管理をする担当責任者が、獣人の子供の捜索願いを握り潰していたらしい。そして、その責任者は死体で発見された。
また、孤児院については、王都にある10カ所の内、5カ所の孤児院で獣人の子供の連れ去りが行われていた。その5箇所は約1年前に担当する貴族が代わっていた。プラード子爵家というスタンリー公爵家の寄子の貴族が、それまで担当していた貴族に金銭を持参して交代を申し出た。後継がいないので、財産をすべて孤児院に使いたいとの名目だったらしい。その後、プラード子爵家の用人を名乗る人物が孤児院に乗り込み、獣人の子供の里親が見つかったとして強引に子供を連れ去った。どこの孤児院の院長も、里親も現れず、養子縁組の書類もないことから、不審に思い抵抗したそうだが、貴族の権威と援助打ち切りで脅されて抵抗できずにいた。
そのプラード子爵家は、そんな話はまったく知らないと主張しているようだ。
獅子の咆哮については、不在だった数人を除き全員を逮捕した。抵抗はあったらしいが、多少の負傷者を出しただけで作戦は成功した。
過去に連れ去られた獣人の子供たちの行方は未だ明らかになっていない。獅子の咆哮の連中の取り調べでは、王都を出た後、その時々の指定場所で別のグループに引き渡していたが、相手が誰かは知らないということだった。
「結局ね、中途半端なまま。バックの想像はついていても、今のところ踏み込めない。王家の権威も大したことないよね。孤児院の子も含めれば200人近い子供を守れず、その行方もわからない。本当の黒幕の責任も追及できない」
「それでも今回七人の子供は救えましたし、今後の被害拡大も防げました」
「それも君たちのおかげだけどね」
「王家の後ろ盾があってのことです」
「僕は今回の件の指揮を執ったということで、一応功績となるらしい。何にもしてないのに」
「ということは、殿下に目に見える功績が必要ということですか?」
「さすが察しがいいね。これまではマックス兄上のスペアはアルフレッド兄上だったけど、あの調子だからね。僕も急いでスペア候補に格上げが必要ってこと。馬鹿馬鹿しい」
「いや、必要なことでしょう」
「いいの?君。僕が浮上したら君は僕の側近候補になってるみたいだよ」
「まさか」
「マックス兄上の側近にという声も出始めてるんだから」
「いやいや、勘弁して下さい。僕はバリバリの平民で孤児院育ちですよ。そんなどこの馬の骨とも知れないヤツを王族の側近になんて無茶ですよ」
「孤児と言っても、シェフィールドとランカスターのお墨付きだしね。それに短期間で功績が大きいから」
「功績?なんかありましたっけ?」
「馬鹿なの?スタンピードの鎮圧、演武会で古代獣を倒して王都の被害を未然に防いだ、そして今回の獣人誘拐事件の解決。報奨で爵位と領地もらえるかもね」
「絶対いりません!根回しよろしくお願いします!」
「まあ、そんなんで、王城で君はかなり注目の人物なんだ」
注目されるのは構わない。
俺はどういうわけか、こちらの世界に来て望外の力を得た。そしてこちらの世界で暮らし、多くの素晴らしい人たちと出会うことで、自分の力を自分の信じることのために使いたいと思うようになった。組織の命令という束縛のない中で。自己満足かも知れないが、所詮人生は自己満足を追い求める連続だろう。だから無用な自制も自粛もするつもりはない。
だけど領地はだめだ。ジェームス様を見てもシェフィールドの父上を見ても、またブライソン会長を見ても、俺に領主は務まらないと思う。あれは生粋の貴族の血だ。俺は領主の器ではない。
「まあ、僕も王位なんてカケラも興味はないから、お互いせいぜいマックス兄上を盛り立てようじゃないか」
「承知しました。ただ領地はいりません」
「わかったよ。気にかけておこう」
そう言ってリッキー殿下は、ようやく明るく笑った。
休み明けからは落ち着いた日々が続いた。
落ち着いたと言っても、俺にとってという意味で、1年生の学生たちの多くは初めての試験に焦りと緊張の日々を過ごしたようだ。
この学院の学生は、ほとんどの者が真剣に勉強する。貴族は家名を背負っているし、卒業後の進路にも影響する。平民はせっかく手に入れたチャンスを逃すまいと頑張る。
俺は日本の中学、高校には行けなかったので比較はできないが、皆よく頑張っていると思う。
俺は元々勉強が苦にならなかったし、この世界特有の科目はむしろ興味深かったので、進んで勉強したと思う。
成績は、前期末は総合順位は出ずに、各科目毎に発表される。
各学生のとっている科目が異なるためだ。ただし、学年末には判定会議を開いて総合順位をつけ、翌年の金袖が決められる。
俺の結果は、錬金術、薬学、医学、法律3科目はすべて1位でS評価、実技は武術、魔術が1位でS評価、音楽5位、美術3位、ダンス6位、料理2位でいずれもA評価だった。料理は貴族の女性や良家の平民のお嬢様はあまり得意ではなかったようで、俺の方がマシだった。芸術系やダンスは、やはり貴族にはすごいヤツがいるね。俺のレベルでは健闘した方だ。
A組の金袖は軒並み高成績だったようで、シルビアちゃんもSとAで固めていた。
ケビンには、上級生に混じって1位かよ、と揶揄われたが、これでも元は大学を出て留学も経験している28歳だ。これくらいは勘弁してくれ。
夏休み前の最終日の授業では各科目から宿題や練習課題が出される。
その中で魔術実技の授業に関しては、魔術演習場に集合させられた。A組だけだそうだ。
何事かと思ったら、なんと召喚術の実践だった。
シルビアちゃんが俺を呼び出してしまい、トラウマになったやつだ。誰だって、血だらけの裸の男が召喚されたらトラウマになるだろう。
もっとも召喚術はそう簡単な魔術ではなく、A組のメンバーといえども今日の1回で召喚が成功する確率は極めて低い、場合によっては一人も召喚できない可能性もあるということだった。また、仮に召喚できても、ほんの小さな幻獣種で、戦闘や何かの役に立つようなものが出てくることはないと言われた。さらに召喚できた召喚獣と関係を築く、『契約』というらしいが、それができることも滅多にないらしい。過去には強力な召喚獣と契約して戦闘をした人もいるらしいが、多くは物語の世界の話だ。
成功すれば可愛いペットが手に入るくらいに考えておきなさいとのことだった。
ただ、召喚を成功させるには魔力量、繊細な魔力制御、魔術的想像力、精霊への干渉力などが要求されるため、魔術訓練としては非常に適している。また、幻獣種の実態やどこから来るのかなど不明点も多く、研究的には成功例を増やしたいとのニーズから、夏休み前のお遊び要素も含めて、1年A組の恒例行事となっているらしい。3年生は、契約には至らなくとも、召喚までの実力は要求される。
あ、シルビアちゃんの顔色が蒼白だ。俺はすかさずシルビアちゃんの元に歩み寄った。
「大丈夫だよ。あれは聖女召喚と干渉して起きた事故で、二度と起きないから」
「はい・・・、わかってるんですけど・・・」
「万が一裸の男が出てきたらすぐに目を閉じてね。変なモノは僕がすぐに隠すから」
シルビアちゃんがプッと吹き出す。
「もう!ユーキお兄様ったら!」
おっ、顔が赤くなった。
「なんか思い出した?」
「やめて下さい!」
ヤバッ、セクハラだったな。でも、これでシルビアちゃんも少しリラックスできたかな。




