第110話 スラムの倉庫
外出する際、ケイトさんとアニカさんに金貨10枚を渡し、ミロ君とメグちゃんの衣類やおもちゃなどを買ってあげて欲しいと頼んだ。ランカスター家で用意しますと言われたが、それ以外にも他の子供と同じくらいにはね。なんだか親になった気分だね。
それとは別に、ケイトさんとアニカさんに金貨1枚ずつお小遣い。遠慮していたが嬉しそうだった。外出する際には必ず護衛を連れて行くよう注意する。二人とも当然承知していた。
今日の外出には馬車を使う。昨日ルクスを黙って連れ出してエミーちゃんを泣かせたしね。
冒険者ギルドまで送ってもらい馬車を帰す。
昨日の受付嬢がいたのでギルマスとの面会をお願いすると、すぐにギルマスの部屋に案内された。お、ロビーから2、3、嫌な視線を感じるね。
部屋に入るとギルマスのエンシスさんが愛想良く迎えてくれた。
「やあ、よく来てくれたね、ユーキ君。そちらはランカスターのエド君で・・・、えっと君は?」
「シンジといいます。昨日までミラジって名前で通してたっす」
「ミラジ君・・・どこかで聞いたような・・・」
「多分獅子の咆哮絡みじゃないっすか?以前ちょっと関係してたんで」
「ああそうだ。でもミラジ君って、白髪の・・・、えっ?君なの?」
「はい、イメチェンってヤツっすかね」
「いや別人すぎるでしょう。どっちが本当なの?」
「こっちっす。今後はシンジでお願いします。登録も元々シンジなんで」
「はあ、全然わかんないね。それでなんで君がユーキ君たちと一緒に?」
「ユーキさんは、昔お世話になった方なんす」
俺も横で頷いた。
「そう、まあいいや。君は獅子の咆哮と一緒に行動してたわけじゃないしね」
エンシスさんに勧められて皆がソファに座る。
「最初にご報告しておきます。昨日の獣人のミロ君ですが、あの後妹さんも無事保護しました。二人は今後ランカスター家で預かることになりました」
「それはありがとう。ミロ君は多分年齢無視の見習い登録だったからね。こちらとしても責任を感じてたんだ。ジェームス様には益々頭が上がらなくなるね」
「それならもう少し早く彼を助けて欲しかったですね」
「申し訳ない。外出してて、戻ったときはちょうど君が助けたところだったんだ」
本当かよ。ちょっと胡散臭いけど、まあいいか。
「それで連中は以前から獣人の子供を?」
「いや、獣人の冒険者に絡んだりはしていたけど、子供をいたぶるのは初めてだ。そもそもここは討伐系のギルドだからね。おつかいクエスト中心のギルドは別にある。見習いの子供自体が珍しいんだよ」
なるほど。ミロ君はスラムから近いからここに来たのかな?
「連中の処分は?」
「昨日のうちに査問会で決定した。ギルド所有の魔石鉱山で終身労働だ。なぜか欠損者が多いから役に立つかなぁ」
皮肉かよ。俺もとぼけておく。
「ああ、それと連中の所持品は没収してミロ君の賠償金にあてる。人数が多かったから、およそ金貨53枚。これミロ君に渡しといて」
俺は受取証にサインして皮袋と明細を受け取った。
「それから君の治療代なんだけど」
「不要です」
「助かるよ。いくらになるか検討もつかなかったから。しかしすごい腕だね。たまにギルドに協力してもらえたら助かるけど」
「時間があるときならいいですよ」
「え?本当?ダメ元で言ったんだけど。あんまり高額は払えないけど」
「構いませんよ。ただし真っ当な冒険者だけでお願いします」
それから話はサブマスのモブ・コモーノの件に移った。
現在ギリギリ締め上げているようだ。
推定被害額は日本円で数十億に上る。
王国法では貴族家の者の賠償については、家が連帯責任を負う。それだけ貴族の家の名誉が重んじられているのだ。男爵家程度だと破産かもね。
賠償責任の確定とギルドでの身分剥奪はギルド自治の範囲で行えるが、それ以外の刑事罰や貴族身分の剥奪などは、相手が貴族なので王国裁判所の権限となる。ギルドとしては、事件として王国法務院に送致することになる。
気になるのは横領金の行方だが、どこまで追及できるかは怪しい。予想される相手は公爵家だ。そう簡単に行くとは思えない。まあ期待せずに結果を待とう。
エンシスさんとの話しを終えて、スラムに向かう。
ギルドを出る際、受付嬢に「獅子の咆哮の人たちがユーキさんを探しているみたいです。気をつけて下さい」と囁かれた。王都にはまだ50人ほどメンバーがいるらしい。今もご苦労なことに後をつけてきている。
さてどうしよう。放っておくという手もあるが、ああいう連中は野放しにすると俺以外を攻めるという搦手を使うことも想定される。害が俺以外に及ぶのは望ましくない。早目に潰すに限る。とりあえずスラムの後に考えよう。
スラム街に入るとすぐに一人の男が近寄って来た。
「ユーキさんですね。コーザさんのところにご案内します」と、丁寧に対応してくれる。
「うわ、雄輝さん、スラムでも顔っすか!」
馬鹿は無視しよう。
今日はコーザさんは酒を飲んでおらず、案内されたのは昨日の店の裏庭だった。
そこでコーザさんは大剣で素振りをしていた。
ジュッ!という風切音。空気が焼けた?
すごい剣筋だ。やはり只者ではない。
コーザさんがゆっくり振り向き、照れたように少し笑った。
「お見苦しいものをお見せしました」
コーザさんが軽く頭を下げる。
「流石の剣筋ですね」
「いえ、すっかり鈍ってます。しかしせっかくユーキ様にいただいた身体です。遊ばせておくわけにはいきません。ユーキ様、本当にありがとうございました」
「様はやめて下さい。元王国五剣に敬われるような者ではありません」
互いに目を合わせてニッコリ笑う。
それから店の隣にあるコーザさんの家、と言ってもあばら屋だが、そこで話しをすることになった。
狭い部屋の朽ちかけたテーブルに座る。
まずエドと真司を紹介し、昨日の顛末を話す。
「ミロ君とメグちゃんですが、今後はランカスター家で預かって育てることになりました」
「そうですか。本当にありがとうございました。二人は元気にしてますか?」
「はい。ミロ君の怪我も大丈夫だと思います」
「良かった。ジェームス閣下に感謝をお伝え下さい」
「そのジェームス様から伝言です。一度コーザさんにお会いしたいと」
コーザさんの瞳が一瞬揺らいだ。ジェームス様の意図は察しただろう。
「いえ、私はもう一度人生を諦めた男ですから」
「ではもう一度始めましょう」
「え?」
「別に何回諦めたってまた始めればいいじゃないですか。ただそれだけです。一度諦めたら復活は禁止なんて道理はない」
「・・・私は陽の当たる生き方をしていい人間ではない」
「亡くなられた部下の皆様のことでしょうか?」
「聞かれましたか・・・」
「陳腐な言い方ですが、部下の皆様は今のコーザさんの生き方をお望みでしょうか?」
「望んでいないでしょう。むしろ私の情けない姿に怒っているかもしれません」
気持ちの問題だろう。理屈でわかっていても気持ちが動かないことはある。
「それに私の身体もああでしたから・・・」
確かに。
「私の立場でコーザさんの人生に干渉することも、無理強いもするつもりはありません。ただ、最近の王国の状況はご存知でしょうか」
そう言って俺は、王国周辺の魔獣の変化、スタンピードの発生、謎の人物の学院襲撃、聖女召喚とスタンリーの思惑などを話した。驚くべきことに、コーザさんはそのほとんどを知っていた。
「スラムの連中は王都中でうろついて、日銭を稼いだりゴミを漁ったり、底辺冒険者として動いています。なので、情報だけは噂や虚偽も含めて集まるんですよ」
「そうなんですね。私としては、力のある人が民を守る側に加わっていただければと希望するだけです」
「・・・わかりました。ユーキさんに諦めていた身体を治していただいた恩もある。私ももう一度よく考えてみます」
それからはこのスラムの状況などの雑談になった。
本当に様々な種類の者がドロップアウトしてスラムに住み着いているようだ。身体欠損のある者も少なからずいるようだ。
「裏社会の連中はいないんですか?」と、真司が聞く。
「裏の連中はこんな汚いところには集まりません。使いっ走りをしてるヤツくらいですね。そう言えば裏の連中ではありませんが、1年くらい前から柄の悪い冒険者たちがスラムの端っこにある古い倉庫を占拠して、スラムの住人を遠ざけてるという話がありますね」
「住み着いているんですか?」
「いや、住んでるわけではないようです。入れ替わりで倉庫を見張っている感じです。気にはなっていたんですが」
「冒険者の身なりは?」
「そこそこいい装備をしているので、スラムに落ちてくるような連中ではないようです」
気になるね。
獅子の咆哮の連中の目的が獣人の子供を集めることだとすれば・・・。
「コーザさん、これからその倉庫を確認したいのですが、誰か案内を頼めませんか?」
「わかりました。私も一度確認しようと思っていましたので」
コーザさんが人を呼び、案内できる者を探しに行かせた。
「ユーキ、まさかとは思うが」
「わからん。しかし可能性はある。もしそうならエドも頼む」
「わかった。屋敷に知らせは?」
「倉庫を調べてからだな」
「雄輝さんといると面白いっすね。さっそくひと暴れっすか」
案内の男が現れて、俺たちはコーザさんとコーザさんの補佐のような人と共に件の倉庫に向かった。
倉庫は30分ほど歩いた川縁にあり、スラム街の中でも一段と寂れた場所にあった。
周囲に人はいないが倉庫の入り口の前にはだらしない格好で二人の冒険者らしき男が座っていた。
俺たちは建物の影から様子を窺った。見張りの男たちは下品な笑い声を上げて会話している。
緊張感のかけらもないな。
俺はサーチで中の様子を確認する。
なんだ?これは地下室かな?
地下と思しき場所に子供くらいの大きさの人間が七人いる。ビンゴかな。
「あの倉庫に地下室はありますか?」
「さあ、中に入ったことがないので」
案内の男がそう答える。
「多分地下室に子供が七人います」
「もしかして獣人の子供っすか?」
真司の問いを聞きコーザさんの顔が真剣になった。
「すまん。そこまではわからない」
「私も七人気配を感じます」
コーザさんも気配を読めるようだ。エドも頷いている。
「もしかして気配読めないの俺だけっすか?」
「真司も鍛えろよ。それより真司、中を確認できるか?」
「裏に侵入できる窓とかあれば。ちょっと見てきます」
そう言うと真司はスッと姿を消した。コーザさんたちが驚いている。
サーチで見ていると真司は川側の裏手に周り、倉庫の壁を登っている。窓があったようだ。
真司が無事侵入に成功した。さすが元公安だね。
10分ほどで真司が戻って来た。
「当たりっす。獣人の子供七人。手足を縛られてます」
「命の危険は?」
「弱ってはいるようですがそこまでは」
「エド、ジェームス様に連絡しよう。衛兵も連れて来てもらうように」
「わかった。子供の救出はそれまで待つのかい?」
「やればすぐ終わるんだけど、この場を衛兵に目撃させたい」
「そうだな。じゃあ俺が直接行った方が早いな」
エドは魔装を展開するとあっという間に走り去った。
子供たちにはもう少しだけ我慢してもらおう。すぐ助けるからね。
変化のない時間が過ぎていく。こうしていると元の世界の張り込みを思い出す。
そして1時間半が経過したころ、倉庫の裏手から急に冒険者風情の男が5人現れた。
どこから現れた?




