第109話 榊原真司
午前10時前にミラジが訪ねて来た。さすが日本の公務員。時間厳守だね。
ケイトさんに案内されて部屋に入って来たミラジを見て驚いた。
「なんだよ、その姿!」
そこには怪しい雰囲気のミラジはおらず、長かった髪を短く切り、愛嬌のある顔を丸出しにして、こざっぱりとした服を着た、そして髪の色は黒になった榊原真司がいた。
「おはようございます、雄輝さん。いや、今日貴族街に来るし、これから雄輝さんと組みたいから、もうあのキャラやめようかなと思って。結構無理してたんすよ、あのキャラ」
あはは、と笑う真司。
「その姿ならすぐ真司ってわかったよ。髪は染めたの?」
「いえ、これ光魔術っス。でも常時魔力使うんで今度染めます」
「上手いもんだな。全然わかんないよ。まあ、座ってくれ」
ケイトさんがコーヒーをサーブしてくれる。
「綺麗なメイドさんっすね。なんか雄輝さんめちゃくちゃいい暮らししてません?」
「日頃の行いの差だね」
「雄輝さん、いつこっちに来たんですか?」
「去年の4月」
「え?マジすか!」
「ああ、不思議だよな。お前5年前なんだろう?」
「そうです。じゃあ同じ日に飛ばされても違う時に転移か・・・。なんか小説みたいっすね」
「そうだな。でも俺と同じときにこっちに来た子もいる」
「ああ聖女様でしょう?野外実習のときの。本当に聖女様なんですか?」
「いや、普通のギャルの女子高生」
「あちゃー、やっぱり。スタンリーじゃ本物の聖女様が現れたって評判なんですよ。実習のとき見てて、なんか変だなと思ってたんすよね」
「まあ普通にいい子だけどね。可哀想だよ、あの歳で家族や友達と引き離されて」
「そうっすよね。雄輝さんはご家族は?」
「言ってなかったっけ?俺とハルは天涯孤独の孤児院育ち。日本に家族も親戚もいない」
「え、そうだったんですね」
「お前は?」
「俺は田舎に両親がいますけど、兄貴夫婦が一緒に住んでるんで大丈夫っす。俺も仕事が仕事だったから、何年も実家に帰ってなかったし」
「まあ公安の外事じゃな」
「ハルさんは元気ですか?」
「・・・ハルは中東の難民救護の作戦で、爆撃に巻き込まれて死んだ・・・」
「え?嘘でしょ?」
「いや、本当だ。強烈な爆撃で死体も見つからなかったけどね」
「マジすか・・・」
「まあその話はいいだろう。それよりこれまでのことを教えてくれよ」
そこで語られた真司の話はとんでもない苦労だった。
彼は気がつくと森の中で裸で倒れていたらしい。
見知らぬ森の中をさまよううちに、見たこともない魔獣に追いかけられ逃げ回るうちに、どうもここは地球ではないのではないかと気づいたらしい。web小説を読む彼は「異世界キター」と叫んで、ステータスオープンとかファイヤボールとか、思いつくまま叫んだが何も起こらず。木の実で飢えを凌ぎながらさまよううちに冒険者の死体を見つけて、手を合わせて衣服や装備、金などを拝借して裸族を卒業した。
「あのときせめて拳銃でもあれば楽だったんすけどね」
「持ってなかったの?」
「日本にいるときは持ってたっす。外事は潜入任務のとき以外は常時携帯が義務でしたから」
「真司、ストレージは?」
「ありますよ、結構でかいヤツ。こっち来て1年くらいして気づきました」
俺はもしかしてと思い、ストレージからグロックを出して見せる。
「うおっ、グロックじゃないっすか!どうやって持って来たんですか?」
「いや、俺もこっちに来たとき素っ裸だったけど、日本にいたときの服から持ち物まで全部ストレージに勝手に入ってたぞ」
「マジすか!」
「真司のストレージにも入ってるんじゃないか?」
「まさか・・・」
真司が真剣な顔で黙ると、目の前にアタッシュケースが現れた。
「ウソだろ・・・」
続けてスーツや靴などが。
真司がアタッシュケースを開けるとそこには拳銃があった。
拳銃を手に取る真司。ベレッタか。
「あの苦労なんだったんだよ・・・」
ソファで崩れ落ちる真司。笑えない話だけど笑えてくる。
「はあ、まあいいや。ベレッタ手に入ったし。お、ポテチ入ってた。これ食えんのか?雄輝さん食います?」
「ストレージのヤツだから食えるだろう。久しぶりだ、食おうぜ」
立ち直りの早いヤツだ。そう言えば、この能天気さが作戦のときも随分チームをリラックスさせたな。
ところでポテチ、これならこっちでも作れそうだ。あとで作ってみよう。
俺はポテチをポリポリかじりながらその後の真司の話しを聞いた。
森をさまようこと1週間余り、ようやく抜け出して辿り着いたのがスタンリー領の端の農村だった。そこで「こんな異世界転移はいやだぁ」と叫びながら、農業を手伝うこと1年。やって来た行商人のストレージを見て自分も使えることがわかり、行商人に同行してスタンリーの領都に移動。今度は冒険者登録をしつつ、ストレージを活かして商人の手伝いをするなどしてそこそこ稼げるようになった。魔術の存在も知ったので、教会で適性を調べたら光、闇、火、風の4属性。
そこから図書館で勉強したり、冒険者の魔術師に教わるなどして魔術を磨いたらしい。
元々警視庁の外事課の優秀な人間だ。光学迷彩など、元の世界の知識の応用で姿を消す術を会得した。そこからはメキメキと頭角を表してランクもAになったらしい。そこで獅子の咆哮の目にとまりクランに誘われたが、あまりいい噂のないクランなので加入は拒否、ただ揉めるのもまずいので客分という名目で相互不可侵の協力関係を作り、たまにクエストに参加したり、他のクランとの抗争の手伝いなんかをしていたらしい。ミラジと名乗り出したのもその頃からだそうだ。
「真司、あの変なキャラ何だよ」
「俺って素がこれじゃないっすか。結構ナメられやすいんすよ。それでずっとソロでやってたから、ほら、ナメられないようにちょっとミステリアスな感じで行こうかと」
「あれミステリアスって言うのか?どっちかというと不気味だろう。それにあの喋り方」
「あれは日本でヤクザとか外国のマフィアとかに潜入するときのやつっす」
「それでその指つめたのか」
真司は左手の小指と薬指が欠けていた。
「イヤだなぁ、勘弁して下さいよ!つめてませんって。これは冒険者になりたてのころ、ウルフに持っていかれたやつっす」
「なんだそうか。つまらん。よし、ちょっと手を出せ」
真司に左手を出させて治癒魔術をかける。
白い光が収まると、欠損していた真司の指が復活していた。
「うおっ、何したんすか!指が戻った!」
「ただの治癒魔術だ」
「すげぇ!魔法みたいっすね!」
「いやだから治癒魔術だよ!」
コイツこの調子でよくあんなキャラ続けられたな。
「雄輝さん、ありがとうございます!一生ついて行きます!」
「ウザいからやめてくれ」
ふざけているけど目には薄っすら涙が滲んでいる。嬉しかったんだろうな。
それから今度は俺の話を聞かせた。
トーダに聞いても、真司の話に嘘はないということだったので、ある程度詳しく話した。
特に第二王子の聖女召喚との関係で、俺が転移して来た日本人であることは秘密にしていることも。その点では真司も日本人であることは明かしていないらしい。
ちょうど昼食の時間になったので、二人分の食事を用意してもらい話しを続けた。
スタンリー領の様子を聞くと、かなり王都とは違うらしい。
基本的に貴族は高圧的で、平民はかなり抑圧されている。
大都市ではあるが、王都のような自由闊達さはないらしい。農民の税は7公3民。実に収穫の7割が徴収されている。商人の税はわからないが、一部の公爵家と関係の深い大商人は羽振りが良い。冒険者はなんと言っても獅子の咆哮が幅を利かせている。冒険者メンバーだけで1,000人くらいはいるそうだ。幹部は公爵家にしばしば呼ばれており、公爵家の手足となっている可能性がある。
「ところでスタンリーが獣人の子供を集めたり、さらったりしてるとか聞いたことないか?」
そう言って俺は昨日のあらましを聞かせた。
「いや聞いたことないっす。そう言えば、昨日の獣人の子供、売り物だとか言ってましたね」
「お前見てたんなら助けろよ」
「無茶言わないで下さいよ。雄輝さんじゃないんだから。俺一人で、クラン相手にできないっすよ」
「お前ならできるだろう」
「そりゃ一人づつ始末していけばある程度はいけますけど、幹部には結構強いヤツがいますよ。雄輝さんほどじゃありませんけど」
「俺の強さ知らないだろう」
「そのくらいわかりますよ。それに雄輝さん俺が姿消しても見えてますよね」
「ああ、俺魔力が見えるからね」
「ズリィ!適性は?」
「全部」
「チートじゃないっすか!その上伯爵家の養子で侯爵家が後ろ盾に綺麗なメイドさんとか不公平っす!」
「うるさい!こっちもガキに戻って苦労してんだぞ」
「そう言えばこっちじゃ俺の方が歳上っすね。雄輝って呼んでいいっすか?」
「誰も見たことないとこに旅してみるか?」
「戻ってこれますか?」
「戻ってきたやつは見たことないな」
「すいません、もう言いません」
なんか真司と話していると、昔を思い出して楽しいな。
「さっきの孤児院ちょっと調べましょうか?」
「大丈夫か?」
「姿消して張り込むだけっす。昔より楽な任務っす」
「じゃあ頼むわ。真司、今どこに住んでるんだ?」
「最近は雄輝さん探すんで仕事してなかったんで、ギルド近くの安宿です」
「だったらもっといい宿に移れ」
そう言って金貨50枚が入った皮袋をストレージから取り出して真司に渡す。
「これいくら入ってるんすか?」
「金貨50」
「すげぇ、貴族の小遣いっすか?」
「アホか!俺の稼ぎだ!」
午後からは顔合わせも兼ねて、エドを含めた三人で出かけることになった。
「エド、彼が真司だ。俺と同じ日本人だ。これからは仲間として行動したいと思うけど構わないかな」
「君が信用してるんだろう。だったら構わないさ」
こういう信頼を示してもらえるのは嬉しい。
「シンジ・サカキバラと申します。よろしくお願いします」
さすが元警察官。ちゃんとした態度もとれる。
「真司。早目に本性出しとかないと後がつらいぞ」
「え、貴族様ですよね。いいんすか?」
「エドだ。俺も気楽にいきたいから普通に接してくれ。シンジでいいか?」
「はい。じゃあ気楽にやらせてもらうっす。いやぁエドさん、イケメンっすね。モテまくりっすか?」
「コイツは男の敵だ」
イテッ!エドに殴られた。
「ちなみにエドの戦闘能力は大体俺と同じくらいだ」
「ヒエー、やばいっすね。そう言えば昨日ギルドの前でも俺に気づいてましたね」
「あれはやっぱり君か。ここで姿消してみせてくれる?」
「いいっすよ」
そういうと真司が目の前からスッと消えた。
「これはすごいな!この近さでもまったく見えない。気配が完全に消えたらやばいね」
真司がまたスッと現れる。
「エドさんクラスだと気配わかりますか。まだまだっすね」
真司がしょげ返るがこれは相当なものだろう。真司が加われば俺たちもかなり戦力アップだ。
ともかくエドと真司も上手くやっていけそうでホッとした。




