第107話 もう一人の転移者
「お久しぶりです、神村特務官殿!」
何だと!
俺は一気に威圧を放った。
「貴様、何者だ!」
ミラジが俺の威圧で崩れ落ちそうになる。
「ぐっ・・・、威圧を・・・話せません・・・」
俺は威圧を少し弱めてやる。
「うう、まだきつい・・・」
「まず名乗れ!」
「はっ!警視庁公安部外事第二課、榊原真司であります!」
外事第二課だと?他にも転移した日本人がいたのか・・・。
しかも榊原真司・・・
かつて日本の土地取得規制の甘さをつかれ、某県の離島の半分がC国の個人に所有された。
その土地にはいつの間にか個人宅とは思えない大型の建造物が建築され、そこがC国製造の合成麻薬の保管、製造、他国への輸出中継拠点として運用されていた。
その拠点を壊滅させるべく、海上自衛隊、内閣調査室特務部隊、警視庁公安部外事第二課の合同で秘密作戦が遂行された。そのメンバーの一人が榊原真司。
そのときが初対面で、その作戦以来会っていない。
一つ年下で作戦中は気の合うヤツだったが。
俺を騙すにしても特殊すぎる名前。作戦メンバー以外に俺たちの繋がりを知る者はいない。
「本当に真司なのか?」
「雄輝さん、威圧解いてくださいよ。喋りづらくて」
俺は威圧を解いた。仮に罠でも負ける相手ではない。
「ああ、ホッとした。これでどうすか?」
そう言ってミラジは顔の大半を覆っていた白髪を掻き上げた。
そこには確かに、かつて作戦を共に遂行した榊原真司の顔があった。しかし・・・
「なんか老けてないか?」
「そうすか?髪のせいすかね・・・。こっちの世界に来たときなぜか髪が真っ白になっちゃって」
「マジか・・・」
「雄輝さん若返ってますよね。最初見たときわかんなかったっす」
「いつこの世界に来たんだ?」
「5年前っす」
「5年前?日本の日付は?」
「2027年4月1日の午前10時くらいっす」
俺と同じ日だ。
「場所は?」
「日比谷通りの帝国ホテル前あたりですかね。警視庁行く途中だったんで」
場所も同じ。あのときコイツも巻き込まれたのか。
「天の叢雲」
「八咫烏」
あの作戦時の合言葉。
「本物か・・・」
「やだなぁ。まだ疑ってたんすか?」
「すまん。なんせこっちは魔術なんてわけのわからんものがある世界だ」
「そうっすね。俺も最初びっくりしましたよ」
「しかしよく俺がわかったな」
「最初どこかで見た顔だなと思ったんすけど、名前と、あと戦闘中の雰囲気っすね」
「雰囲気?」
「はい。感情のブレがまったくなしに冷静にやるべきことをやる。あの作戦のときもカッコよかったもんなぁ。一つしか違わないのに憧れたっすよ雄輝さんとハルさんには」
そうだ。ハルもあの作戦にいたんだった。懐かしい。
「わかった。すまんが今日は時間がない。明日午前10時ランカスター家を訪ねてくれ。これを渡しておく」
俺はそう言って貴族門の通行証を真司に渡しておいた。
真司と別れてから俺はルクスに乗りエドの馬車を追いかけた。
だいぶ時間が経ってしまったな。
(トーダ、さっきのヤツどうだった?)
(アイツ日本人やな。嘘もついとらんかったで)
(そうか、良かったよ)
エドに追いついたのは貴族門近くだった。
「随分遅かったな」
「すまん。ちょっとびっくりすることがあってね」
「びっくりすること?」
「ああ、もう一人日本からこの世界に来たヤツがいた」
「本当か!?」
「ああ、俺の昔の知り合いだった。明日訪ねてくるから紹介するよ」
「いや、それはびっくりだな・・・」
それから俺はランカスター家に戻るまで、エドにミロ君たちのことを説明した。
エドもきな臭いなという感想だ。
屋敷に着くとケイトさんとアニカさんが出迎えてくれた。
獣人の子供を保護するという連絡はギルドから入っていたようで、ミロ君たちを怯えさせないように二人だけで出迎えてくれたようだ。
それでも馬車から降りた二人の兄妹は、初めて見る貴族屋敷にすっかり萎縮してしまい、メグちゃんはミロ君にしがみついたままだった。
よし、ここは必殺肩車だなと思ったとき、一人の少女が風のように走ってきた。
「ルクスー!」
エミーちゃんは半泣きでルクスに駆け寄る。
ヤバッ、エミーちゃんにルクスと出かけること言ってなかったな。
ルクスも駆け寄ってきたエミーちゃんに嬉しそうに鼻を擦り付けている。
「ルクス、ルクス、寂しかったよぉ」
この少女と馬の光景に、ミロ君メグちゃんの2人も萎縮を忘れて唖然としている。
「エミリア様、お客様ですよ」
ケイトさんが静かに嗜めると、エミーちゃんがハッとしたように我にかえった。
そして、こちらを見て顔を真っ赤にする。
「エミーちゃん、ただいま。ルクスを黙って連れて行ってごめんね。紹介するよ。ミロ君とメグちゃん。仲良くしてもらえると嬉しいな」
エミーちゃんは二人の兄妹を見ると小さく「可愛い」と呟いた。
そしてこちらに近寄るとお嬢様を取り戻した。
「ユーキお兄様、お帰りなさい」
そしてメグちゃんの手を取りながらお姉さんぶりを発揮した。
「ミロ君にメグちゃんね。私はエミリア。エミーお姉ちゃんって呼んでね」
「エミーお姉ちゃん?」
「そうよ、エミーお姉ちゃん!」
エミーちゃんは嬉しそうにメグちゃんを抱きしめる。初めてお姉ちゃんと呼ばれたからかな?
メグちゃんも、初めて見る貴族の綺麗なお姉さんに顔を赤らめていた。
エミーちゃんは本当にいい子だ。
こんなに汚れたボロボロの服の獣人の子供にも、まったく偏見なしにスキンシップが取れる。
ランカスター家の教育は素晴らしいね。
でもこれでミロ君とメグちゃんの緊張も解けたかな。
いやミロ君はエミーちゃんを見て顔が真っ赤だ。おもしろ!別の緊張かよ。
メグちゃんはエミーちゃんと手を取り合ってキャッキャとはしゃいでいる。
「ケイトさん、後は任せていいかな?」
「承知しました。ユーキ様のお食事はいかがいたしましょう」
「これからジェームス様に報告してから部屋でお願い。あ、エドも一緒にね」
「承知しました」
ミロ君たちはまずは入浴かな?二人とも可愛いからどのくらいピカピカになるか楽しみだね。
ルクスを厩舎に戻してから、エドと二人でジェームス様の執務室に向かった。
ジェームス様の部屋には、例によってエリカお姉様、家令のアダムさん、フレッド騎士団長がソファに揃っていた。
促されてソファに座るとコーヒーがサーブされる。
メイドさんが部屋を出るとジェームス様が切り出した。
「さてギルドのエンシスからも少し報告が来ているが、改めて話しを聞かせてくれるかな」
「はい。少々きな臭くなるかもしれません」
そして、俺はギルドでミロ君が冒険者たちにいたぶられていたこと、その冒険者たちがスタンリー領の獅子の咆哮であること、獅子の咆哮は学院の野外実習で馬鹿王子の護衛に付き、聖女ちゃんの溺れた事件でシルビアちゃんに罪を被せようとしたこと、また獅子の咆哮はランカスターのダンジョンでも問題を起こしていたこと、連中はミロ君を売り物と呼んでいたこと、そしてギルドにはコモーノ男爵家の者がサブマスとして入り込んで、獅子の咆哮の横暴を許していたらしいことを話した。ただし、ギルドの問題の詳細は俺にはわからない。
そしてミロ君の状態からしばらく引き取った方が良いと判断し、こちらに連れて来たこと、さらに、ミロ君たちがどうやら孤児院を抜け出したらしいが、そこには最近獣人の子供が次々に貰われていっていることに不審な点があることが原因ではないかと、ハルジオンのメンバーの話を交えて説明した。
「そうか。よくわかったよ。ありがとう」
「ギルドでの問題はご存知だったのですか?」
「ああ、スタンリーが送り込んだ人物を使って資金を流させているおそれがあると報告を受けていた。ギルマスのエンシスが証拠を固めるから時間をくれと言っていたが、今回の件で早まったみたいだね」
ジェームス様が苦笑する。
「それから孤児院の件はどうしましょう」
「獣人の子供の件は初耳だ。至急こちらで調べてみよう。スタンリーの冒険者が洩らした言葉からすると、これも背後にスタンリーがいる可能性があるね」
「考えたくはありませんが人身売買の可能性も」
「そうだね」
全員の顔が暗くなる。
「スラムのまとめ役の人も、獣人の子供が攫われているという噂を耳にしていたようです」
「そうか」
「ミロ君とメグちゃんだったかしら。二人はスラムに逃げ込んでいたのね。スラムなんかにいて危険はなかったのかしら?」
エリカお姉様が心配そうに聞いてくる。
「多少の危険はあったと思いますが、まとめ役のコーザさんという方がかなり気を配ってくれていたようです」
「コーザ!?今コーザと言ったかい?」
「はい」
「どんな男だい?」
「特徴的なのは右目を斬られて失明しており、右脚も欠損して義足でした。身体つきはがっしりしており、濃いブラウンの髪、年齢は40半ばくらい、かなり強い方だと思います」
「間違いない。コーザ・ハーマンだ」
「ご存知なんですか」
「ああ、元近衛騎士団副団長だよ。スラムにいたのか・・・」
「元近衛の副団長ですか」
「スタンリーが近衛を掌握する前のことだ。集団模擬戦で部下数名が死亡、本人も右目、右脚を失い失脚した。それから行方不明だった」
「そんな事故が・・・」
「罠を疑う声もあったが証拠がなかった」
「そうですか」
「優秀な男だった。機会があれば会ってみたいが、そんな身体では自由はきかないか」
「ああ、目と脚は治しておきました」
「なんだと!」
「今回のお礼に治療してきました」
「良くやってくれた!」
ジェームス様が珍しく俺の手を取って喜んだ。
「コーザ殿には俺も会いたいぞ。なんせかつての王国五剣一人だ」
フレッド団長もか。
「わかりました。今度話しておきます」
王国五剣かぁ。どうりで俺の威圧がそよ風ほどの効果もないわけだ。
「それで、ミロ君とメグちゃんですが、今後どうしましょうか?」
「うちで育てるから大丈夫よ」
「よろしいんでしょうか。またご迷惑をかけますが」
「そのくらい平気よ。どうせあなたもそのつもりで保護したんでしょう?」
「スミマセン」
俺が頭を下げると笑いが起こった。
「それからもう一つご報告があります」
「なんだい」
「日本からこの世界に転移してきた者がもう一人いました」
「なんだと!」
全員が唖然とする。普段表情を変えないアダムさんも口が開いた。
「どうしたわかったんだい?」
「学院の野外実習のときに獅子の咆哮と行動を共にしていた男なんですが、その男が日本人でした。実は昔の知り合いで、向こうが私に気づいて接触してきました」
「獅子の咆哮のメンバーなのかい?」
「本人は客分で今は抜けたと言っています。実際野外実習のときも他の連中とは一線を引いていました」
「日本ではどんな知り合いだったんだい?」
「彼は警察といって、こちらの衛兵組織のような官僚の武官でした。私とは、日本の敵性国家が日本に作った麻薬の拠点を壊滅させる作戦で行動を共にしました」
「信用できそうかな?」
「まだわかりませんが多分。明日こちらに呼んでいますので、詳しく話しを聞きたいと思います。彼は私と一緒に働きたいと言っています」
「実力は?」
「彼は姿を消せます。なので敵にまわすとかなり厄介かと」
「姿を消せるのか」
「はい。光魔術か闇魔術だと思います」
「わかった。君に任せよう。信用できそうなら紹介してくれ」
「承知しました」




