第106話 コーザ
「こりゃあ随分と怖い貴族様が来なさったもんだ。こんな暮らしだぁ、失礼はご容赦願いやす。へい、あっしがコーザでやす」
「コーザさんに伺いたいことがあって参りました」
「あっしに?ここの連中は社会の落ちこぼれだが、静かに暮らしてやす。物騒はごめんですぜ」
「いえ。ここに住んでいると思われる獣人の子供を探しています」
「・・・目的は?」
「保護です」
「保護?」
「はい」
「…事情を聞きやしょう」
「今日、冒険者ギルドでミロという獣人の少年が、ゴロツキの冒険者共にいたぶられて大怪我を負いました」
「何だと!」
「大丈夫です。ミロ君の怪我は治しました。今はギルドの治療室で寝かせています」
コーザさんがホッとしたように溜め息をついた。
「それでその冒険者共は?」
「全員捕まえています。何人かは腕を斬り飛ばしましたし、顎も砕いています。余程の治癒師に会わなければ、この先まともに食事はとれません」
「・・・それはダンナが?」
「はい」
「それはまた」
コーザさんが面白そうに笑う。
「それで、ミロ君はしばらくの間休ませた方が良いので、私の方で保護しようと思ったのですが、聞くところによると妹さんがいるということで。それで妹さんの方も一緒に保護しようと思いこちらに参りました」
「そういうことですかい」
「それにまだ憶測ですが、このところ獣人の子供が攫われているのではないかとの噂も」
コーザさんが小さく頷いた。
「あっしも耳にしていやす。失礼ですが、ダンナ、何か身分を証明するものは?」
この人相当な人物だな。
俺はストレージから貴族証とギルドカードを取り出して見せた。
コーザさんが2枚のカードをじっくりと見る。
「確かに。失礼の段お赦し下さい」
「いえ、当然の措置かと」
「後ろのお嬢さん方は?」
「ミロ君たち兄妹と同じ孤児院出身の冒険者です。私一人では妹さんに信用されないかもしれませんので」
「なるほど道理だ。しかしなぜダンナはそんな面倒に首を突っ込みなさる」
「私も孤児院育ちですので」
「なんと・・・そうでしたか。わかりやした。ミロのヤサに案内させやしょう。おい!」
コーザさんが声をかけると一人の男が駆け寄って来た。
「このダンナ方をミロのヤサにご案内しろ。メグが一人でいるはずだ。保護して下さるそうだ」
「へい」
俺はストレージから金貨10枚を取り出すとコーザさんの前に置く。
「ありがとうございます。これは少ないですがお礼です」
「いけません、ダンナ。ウチの仲間を保護して下さる方からお礼は受け取れません」
きっぱりと断られた。さすがだね。
俺は金貨をストレージに戻す。
「それでは代わりにささやかですが。そのアイパッチを外していただけますか?」
「え?」
「少々治癒魔術を嗜みますので」
「いや、この目は」
「まあ、騙されたと思って」
コーザさんが渋々アイパッチをはずす。
これは剣で斬られた跡か。深い斬り傷と共に瞼が塞がっている。
俺は傷跡に強く再生修復の治癒魔術をかける。
失明の修復は経験済みだ。何てことはない。
白く柔らかな光が収まっていく。
「ゆっくり目を開けて下さい」
コーザさんは恐る恐るといった風情で目を開き、パチパチと瞬きをする。そして・・・
「う、嘘だろう・・・目が・・・見える・・・」
「上手くいったようですね。じゃあ次は右脚もいきましょう」
「え?」
隠しているつもりだろうがコーザさんの右脚は義足だ。
俺はコーザさんの足元にひざまづき、強引に右脚を取り、粗末な義足を外す。
戸惑うコーザさんを無視して俺は右脚に治癒魔術をかけた。
そして白い光が収まった後には、再生された右脚が存在した
呆然と自分の右脚を見つめるコーザさん。
そしてこの様子を見ていた店の客も、ハルジオンの女の子たちもあんぐりと口を開けて身じろぎもしない。
「最初は慣れないでしょうが、訓練すれば右脚は普通に動きますから」
「あ、あ…」
言葉が出ないようだ。しかし、やがてコーザさんの目に涙が浮かんできた。
そしてコーザさんがいきなり俺の前にひざまづく。
「せ、聖女様!」
その声をきっかけに、店中の客がひざまづいた。
おい、ハルジオン!なんで君たちまでひざまづいてるんだ!
それに、俺は男だ!
この後も続きそうな聖女騒ぎを無理矢理切り上げて、俺たちはメグちゃんの元に案内してもらった。
ミロ君たちの家は店から近い、街の中心のエリアの小さなバラック小屋だった。街の外縁部では目が届かなくて危険だということで、コーザさんの差配でこの小屋があてがわれたらしい。
「メグ、いるか?入るぞ」
男が崩れそうな扉を開けて中に入る。
俺たちも後に続く。中は真っ暗だ。
俺が照明の魔術で明るくすると、部屋の隅っこでボロボロのウサギのぬいぐるみを抱きしめた猫獣人の小さな女の子が蹲っていた。
「メグちゃん!」
ハルジオンの獣人の女の子が駆け寄る。
メグちゃんがゆっくりと顔を上げる。
「マリーお姉ちゃん!」
この子マリーちゃんていうのか。そう言えば名前聞いてなかったな。
メグちゃんの顔が大きく歪み、うわーんと泣き出した。
「お兄ちゃんが、お兄ちゃんが帰って来ないの!」
「大丈夫、大丈夫。ミロ君はギルドにいるから。迎えに来たんだよ」
「うわーん」
マリーちゃんがメグちゃんを抱きしめて、背中をなで続けている。
これはしばらく治らないな。よっぽど不安だったんだろうね。
無理もない。
こんな小さな子が孤児院を出て、こんな場所で小さな兄と二人暮らしだ。
着ている服もボロボロだし、寝床は藁を敷いただけだ。
これはここには置いておけないな。
世の中全部の不幸な子供を救えるわけではない。しかし、目の前の救える命は救いたい。
元の世界で俺たちは命令遂行のため何人もの小さな命を見殺しにしてきた。
ハルはいつも悔し涙を流していた。俺はいつしか感情を殺す術を覚えてしまった。
でも、この世界に来て、俺を縛る命令はない。だから俺の思うままに動こう。
ハル、それでいいよね。
とカッコつけても、またランカスター家にお世話になるんだよな。気が滅入る・・・。
案内してくれた男が先に帰ると言うので、皆んなの飲み代の足しにしてくれと、金貨を1枚渡しておいた。男は恐縮しながら帰って行った。
しばらくして、ようやくメグちゃんが泣き止んだ。
メグちゃんのお腹がクーと鳴った。相当お腹を空かせているようだ。
「メグちゃん、お腹空いてる?」
俺が聞くと、メグちゃんがこくんと頷いた。可愛い!
俺はストレージから買い置きの串肉とカップスープを取り出してメグちゃんに渡した。
メグちゃんは小さな口で一生懸命串肉を食べている。ピクピク動く猫耳がたまらん!
あれ?ハルジオンの皆さんの目が串肉に・・・。
「あの、良かったら皆んなも食べる?」
結局皆んなで串肉を食べ終わってから、マリーちゃんがメグちゃんに状況を説明して、ようやくギルドに向かうことになった。
串肉が効いたのか、メグちゃんはすぐに俺に懐いてくれて、今は俺が肩車をしている。
荷物も持って行こうと思ったが、メグちゃんたちの持ち物は古びた小さなリュックとボロボロのウサギのぬいぐるみだけだった。逃げるように孤児院を出て来たのかな。子供が不幸なのは辛い。
俺たちが帰っていると、一人の男がスッと現れて、ご案内いたしますと言って先導し始めた。
どうやら俺はスラム街のVIPになったらしい。喜んでいいのか?
男はスラム街の出口まで先導して、そっと頭を下げて去って行った。
メグちゃんは俺の肩の上でご機嫌だったが、いつの間にかはしゃぎ疲れて眠ってしまった。
ギルドに着くとランカスターの馬車が到着していた。
あれ?あの馬ノクスじゃないか?ということは御者は。
「やあ、今度は何事だ?」
エドが現れた。
その途端、ハルジオンの皆んなの目がハートになった。
やっぱりコイツは男の敵かもしれない。
「わざわざエド様が来てくれたのか。まあ帰りながら話すよ」
そう言って、ノクスの鼻を撫でてからギルドに入る。
治療室に行くとミロ君が起きていた。うん、顔色は悪くない。
「メグ!」
ミロ君の声にメグちゃんが目を覚ました。
寝ぼけた目をこすりながらミロ君を発見したメグちゃんが、大泣きし始めた。
メグちゃんをそっと肩から降ろしてミロ君のベッドに乗せてやると、二人は抱き合って泣き始めた。
こういう光景を見ると兄妹がいることがうらやましくなるね。
無事メグちゃんも保護できたことから、兄妹が落ち着いたところでランカスター家に移動することにした。
ギルドの前で二人を馬車に乗せるとき気になる『目』があった。
「エド、悪いけど先に行っててくれるか。すぐに追いつくから」
「・・・なるほど。了解。早くすませろよ。俺、この子たちの事情何も知らないんだから」
エドも気配に気づいたようだ。何だかエドの成長速度がすごい。最初はヘタレ気味だったのに、今では追い越されてないか心配になるよ。
エドが馬車を出したのを確認するとギルド脇の人目のない場所に移動する。
「さて何の用だ、ミラジ」
目の前の空間に歪みが生じ、そこにミラジが現れた。
「やっぱりダンナにはかなわねぇな。俺が見えるんですかい?」
「どうでもいい。用件を言え」
「つれねぇなぁ。わかりやした。率直に言わせてもらいやす。ダンナの元で働かせてもらいたいと思ってやす」
「なぜ?」
「憧れっていうヤツでしょうか」
「獅子の咆哮は?」
「あの後すぐに抜けやした。元々仮住まいでしたし」
「俺がお前を信用できると思うのか?」
「へい。同じ日本人として」
何だと?
「・・・どういう意味だ?」
するとミラジの雰囲気が一変し、背筋をピンと伸ばした直立の姿勢から日本の警察式の敬礼をした。




