第102話 ルクスの成長
ランカスター家のタウンハウスに着くと、すぐにジェームス様に呼ばれてしまった。
早く髪の毛を何とかしたいのに・・・。
ジェームス様の執務室に行くと、そこにはジェームス様の他にエリカお姉様、家令のアダムさん、フレッド団長、そしてエドがソファに揃っていた。
「あらユーキさん、随分素敵な髪型ね」
俺を見たエリカお姉様がクスクス笑いながら早速いじってくる。早くこの頭何とかしたい。
「ユーキ、座ってくれ。エリカもからかうのはやめなさい。昨日は本当にご苦労だった。陛下も感謝しておられた。君に礼を言っておいてくれと言われたよ」
「いえ、陛下にお礼を言われるようなことは何も」
「いや、君とカイン殿の進言で陛下は防護壁を強化された。近衛の連中は進言を聞かずにあのザマだ。あのとき防護壁を強化してなかったら陛下も無事では済まなかったかもしれない」
「お役に立てたのなら光栄です」
「それにしても、よくヤツが転移できると気づけたね」
「はい、初日と二日目の戦い方が妙な感じでした。私はすぐ近くで見ていたにも関わらず、ヤツが一瞬消えてしまい別の場所に現れるのです。最初は高速移動かと思いましたが、魔力が高まった次の瞬間に消えるので、もしかしたら転移魔術かと。転移できる距離まではわかりませんでしたが、万が一陛下のところに転移されたら危険だと思いました」
「君の予想通りだったわけだ。最後に消えたのも転移かな?」
「はい、気配察知で確認したところ、闘技場の外に転移して走って逃げていました。なので、転移可能距離は数百メートル、せいぜい1キロ以内だと思います」
「そこまで確認していたのか。さすがだな」
「推測ですが、長距離転移の後は転移を連続して使えないかもしれません。私の探知範囲を出るまで走っていましたから」
「かなり魔力量を要するということかな」
「ちょっと考えられないくらいの魔術ですので」
魔素を他の物質に変換させるのとはレベルが違う。事象改変の程度が段違いなのだ。魔力量は半端じゃないはずだ。原理も想像がつかない。
「そうか。いずれにしても厄介な魔術だね。それと古代獣の討伐もよくやってくれた。おかげで王都に被害が一切出なかった。古代獣は陛下が国で買い取ると言っておられた。討伐の報奨とともに買取代金ももらえると思うよ」
「私は特にいらないのですが」
「そういうわけにはいかないよ。国のために働いたのならそれに報いなければ誰も国のために働こうとは思わなくなる。国が欲しい物を無償で召し上げたら人心は離れる」
「そうですね。わかりました。でも古代獣はフレッド団長のおかげで倒せたようなものです」
俺がそう言うと、フレッドさんが否定する。
「いや、アレは相当強かった。ユーキの魔術、カイン殿やエド全員の力がなければ、仮に倒せたとしても王都に被害なしでは済まなかったと思う」
「そういうことだ、ユーキ。素直に報奨を受け取るんだね」
その後、昨日の王城の動きを教えてもらった。
ラクリマという仮面の男の所在は当然のように判らないまま。
いつどうやって学院に入り込んだかもこれからの調査だ。古代獣を召喚した魔法陣の設置や、ラクリマの行動の動機などもこれから調べる。
まあ昨日の今日だからね。
問題は陛下が近衛騎士団に強い不信感を持ち、現在の近衛騎士団は解体、他の騎士団から選抜して再編成するということになったらしい。プライドだけの騎士団では王族を護れないと、陛下はかなりお怒りだったらしい。
近衛騎士団の今の団長はスタンリー公爵家の縁戚の伯爵家の人物で、団員の多くも何がしかスタンリー公爵家と関わりのある者が多かったようだ。そのため、スタンリー公爵家は王城内での重要な勢力を失うことになる。
「それでもう一つあってね。陛下はこの際何かと動きの怪しいスタンリー公爵家を何とかしたいとお考えなのだ。現在のスタンリー公爵は前王の兄上に当たる。そのためスタンリー公爵は、本来なら自分が国王だったはずだという意識が強い。どこまでお考えかわからないが、何とか王国の実権を握りたいという思いは強そうだ。一方で、ここ最近は、各地での魔獣の増加、スタンピードの発生、今回の陛下暗殺未遂や古代獣による王都の攻撃、それに君たちがダンジョンで遭遇したゴブリンの大群など、きわめて不穏な情勢にある。まさに内憂外患の状況だ。外患の実態は未だ不明。これからどんな事態なるかもわからない。なので、せめて内憂の方は早目にけりをつけたいというのが陛下のお考えだ」
「もっともなお考えだと思います」
「そしてスタンリー公爵家の内偵を仰せつかったよ」
「ジェームス様がですか?」
「そうだね」
「それはまた大変なお役目を」
「ああ、場合によってはスタンリーと事を構えることにもなりかねない」
「陛下はそれも?」
「うん、最悪スタンリーを潰すおつもりだ」
これは荒れそうだな。腐っても公爵家。従う貴族はそれなりにいそうだ。
「そういうわけで、君には申し訳ないが学院ではシルビアのことを頼みたい」
「承知しました。一緒に行動できる範囲は限られていますが、できるだけ注意しておきます」
「ごめんなさいね、ユーキさん。学院の中だとどうしても私たちが打てる手も限られてしまうから。それからその髪、早目に何とかしてね」
エリカお姉様にクスクス笑われた。
話しが終わり部屋に戻ると、嬉しいことにケイトさんが待っていてくれたので、早速髪のカットをお願いした。
ケイトさんも事情を聞いていたらしく、俺の頭を笑うどころかとても心配してくれた。エラい娘や!
チリチリになった部分をカットしたら、後はそれに合わせて切ってもらった。鏡を見るとかなり短髪になった。結構伸びていたからちょうどいい。この世界の貴族は男性でも長髪が多いが、特に決まりがあるわけではない。俺としては特にこだわりはない。ケイトさんは、「ショートの髪型もお似合いです」と言ってくれたが、話半分に聞いておこう。ケイトさん、何でも褒めてくれるからな。
部屋で昼食を食べてから、久し振りにルクスに会いに行く。
このところ演武会のせいでほとんどルクスの相手をできなかったからね。
厩舎に行くとルクスは大喜びしてくれた。
鼻を擦り付け、ベロベロ顔を舐められた。なんだか元の世界で俺たちの仲間だった柴犬のシャトルを思い出してしまう。いつも顔中よだれだらけにされたな。
馬ってこんなに犬みたいに人を舐めたっけ?ルクスだからかな?
(トーダ、ルクスって大きくなってない?)
(そうか?やけど天馬やからもっと大きゅうなるで。なあ、ルクス!)
ブヒヒヒーン
いや絶対一回り大きくなったよな。でもそうか、もっと大きくなるのか。
良かったなルクス、本当に元気になって。ずっと一緒にいような!
俺の感情が伝わるのか、ルクスがまたベロベロ舐めてくる。
顔がベトベトだ。
これ浄化の魔術で何とかならないかな?
やってみると綺麗に涎が取れた!変な不快感もない!
すごい!これで普段の汚れも取れる。便利な魔術に気付けたぜ!
さて、今日は王都の外でルクスを思い切り走らせよう。多分エミーちゃんが運動させてるとは思うけど、思い切りは走れないもんね。
厩務員さんに伝えてお出かけだ。
王都の中をルクスに乗って進むと結構注目を浴びる。真っ白で綺麗な馬だ。体躯も普通の馬より大きい。ルクスは久しぶりの外出が嬉しくて意気揚々と歩いている。この子が親や仲間たちから追い出されたなんて信じられないよ。
王都の外壁を出て少し街道を進む。俺がこちらの世界に来て、ランカスターに向かうために初めて出た街道だ。あれから1年以上が経ったんだなと思うと感慨深い。
「よし、ルクス!草原を走るぞ!」
ヒヒーン!
大きく嘶くとルクスは草原を疾走する。
うわぁ速い!普通の馬とは段違いだ。
初夏の風が気持ちいい。
「ユーキ、マナ纏うときや」
「どうしたの?」
「ルクスにマナの使い方教えたる」
「マナの使い方?」
「ルクスはオカンおらんやろ。せやからワイが教えたるんや」
「そうか、トーダは優しいね」
「ルクスはワイの家族や。当たり前や」
そう言うとトーダがルクスの身体に溶けるように入って行った。
俺は慌てて魔装を纏う。
「うわぁっ!」
ルクスが一蹴りで10メートル以上跳び、振り落とされそうになる。
すごい!走ると言うより最早低空を飛んでいるようだ!
ルクスは喜びに溢れた様子で駆け回る。
(跳ぶで!)
ルクスが20メートルほどの高さまでジャンプする。
「ルクス!すごいぞ!」
ルクスも初めてマナを使って大はしゃぎだ。
(次は術を使うで!)
「え?」
次の瞬間、ルクスの口から猛烈な炎が吐き出された!
ブレスかよ!
続けて氷雪のようなブレス!
突風!
そして額の辺りに魔力が集まり、雷が放たれた!
「ルクス!すごい!すごい!」
俺はルクスの首に抱きついて思い切り感動を伝えた。
ルクスは自分の魔術に呆然としている。
トーダがルクスの身体からするりと現れた。
「よっしゃルクス、後は自分でできるように練習や」
「トーダ、今のはルクスの力なの?」
「せやで。ワイが手伝うたけど、ルクスの力や」
「ルクスにこんな力が・・・」
「天馬やけんな、もっともっと強うなるで」
「そうなんだ」
「ルクス、一人で術使うてみい」
ルクスが頷き、凛々しい目で前方を見据える。
魔力が集まり、開いた口からブレスが・・・。
あれ?
プスンと音がして、白い煙の輪っかがふわふわと浮かんでいる。
焦るルクス。
ワタワタとしながらもう一度挑戦するが、またしても白い輪っかがふわふわと・・・。
「ま、まあ、これから練習や!」
慌ててルクスを宥めるトーダ。
ルクスはしょんぼりと項垂れている。
可愛い!
俺は、ルクスから降りると、ルクスの前に回り顔を撫でる。
「ルクス。魔術は今日初めて教わったんだから、まだ上手くできなくて当たり前だよ。俺も最初はできなくて一生懸命練習したんだから。だからルクスもこれからトーダに教わって練習しようね」
ルクスがしきりに鼻を押し付けてくる。
「ただ、厩舎でやったらだめだよ。厩舎では魔力を纏う練習だけ。魔術は俺とトーダがいるときに練習しようね」
ブルル、とルクスが返事をする。
しかし、ルクスが魔術を使えるようになったらすごい戦力になりそうだ。でも、危険なところに連れて行きたくないな。まだ子供だし。でもルクスはついてくるだろうな。まあそのときになって考えよう。
それから2時間ほど、俺たちは魔装を纏ったルクスで走り回った。おかげでルクスの魔装はかなり上達した。ルクスはときどき口から煙の輪っかを吐き出しては首を傾げていた。なんか可愛い。トーダは俺の頭の上でプリンを食べていた。これも何だか可愛く見えてきた。
王都郊外は幸い上位の魔獣はいなかったが、そろそろ帰ろうとしたときに少し気になるヤツに遭遇した。
2匹のゴブリンだ。




