第101話 学園長
ホームルームでは、今日から1週間休校になることが告げられた。
今回の事件を調査、検証するためだ。
学院に学生に成り変わった正体不明の人物が紛れ込み、大量殺人を犯した。学院の設備に魔法陣を仕込み、古代獣を召喚して学院や王都の破壊を目論んだ。学院の警備の根本が問われる問題である。王国の衛兵組織とも協力して徹底的に調べるということだ。
その前に、学生全員の人定調査が行われる。他に成り変わっている者がいないとも限らないからね。人定調査が終わった者は通常の休み同様に自由行動だが、まだなにがあるかわからないので十分注意するようにとのことであった。そのとおりだろうが、ラクリマと名乗った男、ヤツはもう王都にはいないだろう。
レクシャールのダンジョンに現れた仮面の男、ラクリマと名乗る仮面の男、それにランカスターとシェフィールドのスタンピードにもヤツらが関係しているとすると、ヤツらのやり方は事だけ起こしてさっさといなくなる。何となくだが、ヤツらはまだ本格的な行動に至っていないような気がする。いずれの事件も、もし食い止めることに失敗していたら甚大な被害が発生していた。しかし中途半端だ。もし本気で攻める気があるのなら、もっと連続して攻勢をかけてきてもおかしくない。今のところ、いずれの事件も単発だ。
揺さぶり?実験をしている?もしくはこちらの戦力を測っている?
ヤツらの動機も目的もわからない。それでも、ヤツらが次の行動を起こしたとき、あるいは総力戦を仕掛けてきたとき、俺はそれを防げるだけの力をつけておきたい。
この世界に来たとき、俺は自分が生きるための力を欲した。しかし、この世界で暮らすうちに、今は護りたいものができた。
随分変わったもんだね。少しだけ笑顔になった。
人定調査は一人づつ面談室に呼ばれて行われるが、俺は担任のシンプソン先生から、学院長室に行くように指示された。事件の聴き取りも兼ねるらしい。
学院長室は教務棟の最上階、7階にあるという。
え?学院長ってあの歳で毎日7階まで登ってるの?
教務棟は尖塔がいくつか並ぶ城のような建物だ。教務塔なのか?
入口で衛兵に学生証を示し、学院長に呼ばれていることを告げると、話が通っており、ロビーの先の昇降機で7階に行くように言われた。
昇降機?エレベーターがあるのかよ!
どんな仕組みなんだろう?これも魔道具なんだろうか?
昇降機の扉の前に立つが、これどうやって呼ぶの?
ボタンも現在位置を表示する機能も何もないんだけど・・・。
衛兵さんに聞いてみると、扉の右側の壁にある凹み部分に学生証を当てるらしい。
言われた通りに学生証を当てると扉が開いた。
中で行きたい階の数字の部分に学生証を当てると、その階に行けるらしい。
ボタン型ではなくカード接触式なのね。
実際7階に学生証を当てると、昇降機は音もなく上昇し始めた。
やはり機械式ではなさそうだ。
おっと、いきなり扉が開いた。
現在位置の表示がないのでびっくりする。
元の世界と似た物だと、仕様の違いで戸惑ってしまうな。
昇降機を出ると、目の前にシックな木の扉があった。他に部屋はなさそうなのでここが学院長の部屋なんだろう。
ノックをするとすぐに扉が開く。
「入れ」と言う年配の女性の声に従い中に入ると、そこはソファと執務机がある応接室のような部屋だった。扉の横に男性の使用人らしき人がいた。この人が扉を開けてくれたらしい。
「ユーキ・シェフィールド君か。悪いがそこに座ってコーヒーでも飲んでいてくれ。すぐに終わる」
学院長は執務机からそう言うと、書類に目を落とした。
隣の部屋からメイドさんがコーヒーを持ってきてくれたので、ソファに座ってコーヒーを飲みながら学院長を待った。
学院長と近くで接するのは初めてだ。学院長をさりげなく観察すると、やはり魔力の流れに違和感を感じる。入学式でも感じた違和感だ。そして昨日も・・・、ラクリマと名乗る仮面の男に感じた違和感に似ている。
どういうことだ?学院長は偽装している?少し警戒した方がよいかな?
気づかれないようにそっと視線を窓に向ける。窓の外は抜けるような青空だった。
「待たせたな」
そう言いながら学院長がソファに腰を下ろす。
「さて、君とは一度話したいと思っていたが、まずは昨日の事件のことだ。君は一昨日からアッサム、ではなくラクリマだったか、ヤツに気づいて我々に注意を促してきたな。その辺りのことから話してくれないか?」
男性みたいな話し方だな。態度は極めて友好的だ。
俺はラクリマの戦い方や表情から、何か企んでいるのではないかと思ったあたりから、昨日の古代獣との戦いまでを簡潔に報告した。
「わかりやすい報告だ。随分と報告慣れしているな」
「ありがとうございます」
いかん。つい癖で16歳らしくない報告をしてしまった。
「君たちのせっかくの忠告も近衛のくだらんプライドで生かしきれなかったがな」
「近衛の方が?」
「ああ、近衛の団長が、たかが学生に何を怯えていると言ってな。カインは第二騎士団を配備するよう進言したが一蹴された」
そうだったのか。たらればになるが、第二騎士団を配備していれば少なくとも衛兵の犠牲は減らせたかもしれない。どこの世界にも肥大したプライドで、下の者に犠牲を出す馬鹿がいる。
「君はアッサム君が別人だと気づいていたのか?」
「いえ、アッサムさんを知らないので、まったく気づきませんでした」
本当はおかしいと思ってたけど、ここは惚けておこう。
「それにしては学生相手に随分な警戒だったようだが」
「圧倒的な強さを隠してましたし、表情も怪しかったので。それにカインさんが同じ意見でしたので」
「そうかい?まあそういうことにしておこうか」
何か引っかかっているようだ。
「ところで君は精霊と契約しているのか?」
「精霊?どういうことでしょう?」
一瞬どきりとした。トーダに気づかれた?見えるのか?
しかし表情は崩さない。外交の現場で鍛えたポーカーフェイスだ。簡単には剥がれない。
「古代獣との戦いのとき君の魔力が爆発的に上がった。あれは精霊の力ではないのか?」
よし、見えているわけではないな。
「いえ。わかりません。自分では追い込まれたせいで、力が出たのかと思っていました」
「気づいてないのか。多分君には精霊がついている。これまでにそういう経験は?」
「さあ、そういう風に考えたことがなかったので」
「そうか。あの威力の上がり方は普通じゃない。今後は意識しておくといい」
「はい」
(トーダ、気づかれてないか?)
(大丈夫や。ワイがこの程度の相手に気づかれるかいな)
「ん?今何か魔力が動いたな」
おっと、この人思った以上に感知能力が高そうだ。
とりあえず首でも捻っておこう。
「気のせいか・・・。それで君はどこで教育を受けたんだ?学力も戦闘力も」
「ランカスター侯爵家です」
「ランカスター?君はシェフィールド伯爵家の養子だったな?」
「はい、でも育ったのはランカスターの孤児院です。そこで魔力量と適性属性が多いということでランカスター家で面倒をみてもらいました。武術は騎士団で訓練を受けて、魔術はメイデン先生に教わりました」
「メイデン様か!それであの実力か!」
「師匠をご存知なのですか?」
「ああよく知っている。お元気だろうか?」
「はい。厳しく鍛えられましたので」
師匠の行方不明も惚けておく。
まだ学院長を信用するほどこの人のことを知らない。
「それでランカスターで面倒をみてもらった君がなぜシェフィールド家に?」
「侯爵夫人の紹介です。シェフィールド家の長男を補佐する者が必要ということで」
「ああ、エリカ嬢はシェフィールド家だったな。ははは、あそこの兄弟というとルーカスにザックか。確かに領の運営にはまったく役に立たないな。二人とも才能はすごいが」
この学院長はいつから学院にいるんだろう。卒業生はほとんど覚えているんだろうか?
「なるほど、よくわかった。君と話せて良かったよ。そう言えば君の血液型は?」
「血液型?すみません、何のことでしょうか?」
「いや、判らないなら結構だ」
コイツ、引っ掛けにきやがった!俺を日本人だと疑っているようだ。
この世界に血液型の概念はない。輸血もないしね。
ここでうっかり答えたら、異世界人だとバレるわけだ。
いずれバレることは覚悟の上だが、今のところは隠しておいた方が良いとの判断だ。
しかしこの学院長何者だ?なぜ血液型なんて知っている?
念のため警戒しておいて正解だったかな。
「ああそれからもう一つ」
まだ何かあるのか?
「その頭、早目にどうにかした方がいいぞ。申し訳ないが笑いそうになる」
いけね!チリチリのままだった・・・。
とりあえず学院長との面談は終わり、俺の人定調査は問題なしということになった。
こちらから学院長に色々聞くのは控えておいた。妙に勘ぐられても面白くないし、どうせ同じ情報はブライソン会長やジェームス様からでも入手できるはずだ。
教室に戻るとシルビアちゃんも人定調査は終わっていた。今日から1週間学院は休校になるので、ランカスター家のタウンハウスに帰るため迎えの馬車を呼んだらしい。俺も護衛がてらその馬車に同乗して行くことにした。
王都にタウンハウスのある学生はほとんどが帰宅するようだが、ケビンは寮に残ると言う。スタンリーはケビンにとって居心地の良い場所ではないらしい。やはり面倒くさい貴族もいるんだな。養子なのに良くしてもらっている俺は恵まれている。




