↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/12

第九話 狙われたカミュライさん

「えっ!? カミュライさんが狙われている!?」


思わず大声を出してしまい、応接間に俺の声が響いた。目の前に座る領主のウォルトン様は、いつもの爽やかな笑顔を消し、少し険しい顔で頷いた。


「まだ、そうと決まったわけではない。ただ、可能性はかなり高いと思っている」

「一体どういうことです?」


そもそも今日、領主館へ来た目的はまったくの別件だった。「馬車の乗り心地改善プロジェクト」の進捗報告である。ウォルトン様は大事なスポンサー様なので、最近は定期的に顔を出していた。


出資してくれた相手に、

「貴方のお金は今こう使われております!」

「ちゃんと研究しております!」

「遊んでません!」

と、こまめに報告するのは非常に重要だ。特に将来、研究費が足りなくなった時に、

「もうちょっとお願いできません?」

と言いやすくするためにも。


『最後の理由が台無しですね』

「(大事な資金調達戦略です)」


今日もアインと試作している板バネについて、「厚さを変えてみました」「熱処理を変えて試験しています」「何回曲げたら壊れるか耐久試験を始めました」などと報告を終え、さて帰ろうと思って席を立とうとした俺を、ウォルトン様が呼び止めたのである。


「あ、希楽くん。ちょっといいかい?」


その一言を聞いた瞬間、俺の社畜センサーが反応した。

会社員時代にも何度も経験している。偉い人からの「あ、ちょっといい?」は、大抵の場合ちょっとではない。


「伊幸くん、ちょっといい?」

「はい」

「このシステムなんだけど、ちょっと変更できない?」

「どのような変更でしょうか?」

「この入力画面に項目を三つ追加して、承認ルートを部署ごとに変えて、月末には集計表を自動で出したいんだけど」

「それ、ちょっとじゃないですよね?」


懐かしい。いや、思い出したくもない。そして異世界でも、偉い人の「ちょっと」は同じだったらしい。


「実はね。数日前、衛兵隊が街の外れにあった小規模な盗賊団のアジトを摘発したんだ」

「盗賊?」

「大した規模ではない。街道を通る旅人や、小さな商隊を狙っていた連中だよ。ただ、押収した荷物の中に少し気になる物があってね」


ウォルトン様は机の上へ、一束の紙を置いた。

「商人のカミュライくんについて、かなり詳細に調べられた資料が出てきた」

背筋が冷えた。


「カミュライさんの?」

「本人だけじゃない。家族、店、取引先。そういう情報までだ」

「それって……」

嫌な想像が頭をよぎる。


カミュライさんは、言葉すら通じなかった俺を見捨てず、アネスまで連れてきてくれた恩人だ。俺が今こうして飯を食っていられるのも、間違いなくあの人のおかげだ。

そんなカミュライさんが、誰かに狙われている?


「どうしてカミュライさんが……」

「幾つか可能性はある」

ウォルトン様が指を一本立てた。


「まず一つ。盗賊団の単独犯。ただ単純に、金を持っていそうな商人として目を付けられた」

「一番単純で、一番ありそうな理由ですね」


最近のカミュライさんは、すごろくでかなり儲かっているはずだ。

街を歩いていても、木製のすごろく盤を抱えた子供を見掛けることがある。酒場にも置かれているし、宿屋でも暇潰し用として買うところが増えているらしい。

売れている。つまり、儲かっている。強盗にとっては分かりやすい標的だろう。


「次に、競合する商会や商人から依頼された可能性」

「ライバルからの妨害……ですか?」

「あるいは、スゴロクの利益そのものを狙っているかだね」

「それは困りますね……」

「実は、衛兵隊ではこちらの可能性を少し高く見ている」


俺は眉をひそめた。

商売が上手くいって儲かれば、妬む奴が出る。当たり前といえば当たり前だ。

地球にも「あいつの店ばっかり儲かりやがって」「あの会社の技術が欲しい」「あの商品を潰したい」なんて話はいくらでもあった。異世界だからといって、人間の感情まで別世界になるわけではない。


「もう一つ。カミュライくんが持っている、何か特定の物を盗もうとしていた可能性」

「特定の物?」

「新しい商品の製造方法、設計図、試作品……そういうものだね」

「ああ……それなら、多分大丈夫です」

「というと?」

「新商品の案は、まだ俺の頭の中にしかありませんから」

ウォルトン様の目が輝いた。あ、しまった。


「新商品の案があるのかい?」

「ええ、まあ」

「どんなもの?」

「ご家庭で楽しめる『遊び』とか、テッカヴァで楽しめる『遊び』とか、色々と――」


『ンン゛ッ……! ンン゛ッ……!』


「――考えてはいますけど、まだ案の段階です。実現するには色々と算段が必要そうですねぇ!」

危ない危ない。咳払い助かるわ、相棒。


「そうか。それは楽しみにしているよ」

ウォルトン様は爽やかに笑った。


「個人的には、特にテッカヴァの新しい遊びをね!」

「ですよねぇー!」

「いや、もちろん新商品が売れれば、それはそれで税収になるんだけどね」

今、一瞬だけ目の奥がキラッとした。この人、善良な領主なんだけど、お金とか税金の話になると時々俺と同じ目をするんだよなぁ。


「(相棒)」

『はい』

「(俺の『恩返し』が、ちょっと悪い方向に出ちゃってるよなぁ……)」

『可能性としては以前から考えられましたが、いよいよ現実に問題が発生し始めましたね』

「(すごろくをプレゼントしたら儲かって、儲かったら狙われるとか、難しすぎない?)」

『新しい価値を生み出せば、それを欲しがる者が現れます』

「(出る杭は打たれるの、異世界でも一緒かぁ……)」

俺は椅子へ座り直した。


「領主様。例えばですが、怪しい商会とかに心当たりはありますか?」

「噂レベルで良ければ、一つある」

ウォルトン様が少し嫌そうな顔をした。


「街の北側にある、ティエゴ商会だ」

「ティエゴ商会?」

聞いたことはない。


「この街では、あまり評判が良くない。特に資金繰りの苦しい商人へ高い利率で金を貸し、返済できなくなれば店や土地を借金の代わりに取り上げることで有名だ」

「うわぁ……」

地球で聞いても嫌なタイプだ。


「さらに噂では、借金を返せそうになった商人へ盗賊をけしかけることまであるらしい」

「え?」

「以前、返済目前まで立て直した商人が、盗賊に店を襲われたことがある。現金と在庫を奪われ、結局借金を返せなくなった」

「偶然では?」

「もちろん、その可能性もある。証拠はない」

なるほど。だから放置されているのか。


「借金を返せなくなった商人はどうなるんです?」

「ティエゴ商会で雇われる者も多いね」

「……え、優しい?」

「表向きはね、破産した商人を雇用して助ける、人格者」

ウォルトン様が苦笑した。


借金を返せなくなった。でも奴隷にはしない。むしろ借金を諦めて仕事まで与える。そこだけ切り取れば、確かに人格者だ。ただし……


「給料は?」

「かなり安いと聞いている」

「ですよねー」


予想通りである。しかも反抗的な者は、遠隔地との交易へ回されて重労働。それでも揉める者は旅先で不幸な事故に遭った、あるいは「脱走して行方不明になった(棒読み)」という話まであるらしい。


「真っ黒じゃないですか!」

「噂だけならね」

「あー……」

噂。そこが大事だ。証拠がない。


「相棒」

『はい』

「(怪しいと思う?)」

『怪しいという印象はあります。ただし、現時点では印象以上ではありません』

「(ですよね)」

『先入観を持って調査することは推奨しません』

「(分かってるって)」


危ない。俺、敵と判断した相手には割と容赦しない自覚がある。だからこそ、間違って敵認定するのは一番やってはいけない。


「領主様。もう一つ聞いていいです?」

「もちろん」

「この街の大商人って、稼いだお金をどこへ預けてるんです?」

「預ける?」

「例えば、金貨何百枚、何千枚って持つようになった商会は、全部自分の店に置いてるんですか?」

「基本的にはそうだね」

「マジですか」

「立派な金庫部屋を持つようになると、『あの商会も成功したな』という見方をされるくらいだよ」

「なるほど……」


「(相棒)」

『はい』

「(銀行、ないな)」

『なさそうですね。少なくとも、これまで街中でそれに相当する施設は確認していません』

だよなぁ。


「じゃあ、商売を大きくするために金を借りたい時は?」

「資金を持っている大商人などへ個別に相談する」

「金利の上限とか、貸付条件の規制は?」

「特にないね。どんな契約を結ぶかは両者の自由だ」

「おおう……」

なかなかワイルドな金融市場である。


「もちろん、返せないから命を取るとか、奴隷にするのは禁止だよ」

「奴隷制度は無いんですか?」

「昔はあったらしい。数百年前だけどね」

ウォルトン様は少し表情を柔らかくした。


「女神様の神託によって禁止された、と伝えられている」

「女神様の神託……」

頭の中に、以前教会で読んだ絵本が浮かんだ。「やさしいめがみさま」だ。


「(相棒。やっぱり……)」

『はい。これまで収集した情報とも整合します。この世界を管理する女神様は、人間の苦痛を減らそうとする傾向が非常に強いように見受けられます』

「(あの絵本、案外史実ベースだったりするのかも?)」

『可能性はあります』


それにしても、金融制度はかなり未発達。

銀行なし、預金制度なし、大口融資も個人間、金利規制なし、信用情報も当然ない。


「(色々見えてきたな。この世界の金融事情)」

『貨幣の信用創造が、ほとんど行われていないように見えます。金貨・銀貨・銅貨という現物の量に経済活動が強く依存しています』

「(経済規模、大きくしづらそう)」

『流動性も低いでしょう。成長企業が資金を必要としても、貸し手との個人的な関係に左右されます』


俺は腕を組んだ。生活魔法のおかげで、生存そのものは比較的安定している。衛生も悪くなく、大規模な疫病も起きにくい。魔物もいない。何百年も、わりと平和。人口の急な増減も無さそうな印象だ。程よく生まれて、程よく死んでいく。


「(だからかな。この世界って全体的に、『今のままで困ってないなら変えなくてもいい』って空気が強いよな)」

『良く言えば安定しています』

「(悪く言えば?)」

『停滞しています』


やっぱりそう見えるか。

俺が持ち込んだすごろく、テッカヴァ、ソース、福引き。どれも別に超技術ではない。それでも大受けしたのは、単純に新しいからだ。

刺激が少なかった世界へ、ぽんと変なものを放り込んでしまった。そりゃ波紋も広がる。


「(まあ、金融については今すぐどうこうする話じゃないな)」

『はい。社会への影響が非常に大きい分野です』

「(時間を掛けて算段しよう)」


俺はウォルトン様へ向き直った。

「貴重な情報、ありがとうございました」

「何か思いついたかい?」

「まだです。でも色々調べてみます。カミュライさんは俺の恩人なので、危害が及ばないように配慮していただけると助かります」

「もちろんだよ」

ウォルトン様は頷いた。


「私としても、善良で、しかもしっかり納税してくれる領民は大切にしたい」

しっかり納税。また目が光った。気のせいか? いや、多分気のせいじゃない。


「本人には、すでに事情を説明してある。衛兵隊にも注意させているよ」

「ありがとうございます。俺も何か策を考えてみます」

「算段屋の知恵、期待しているよ」

「少し時間をください」


こうして領主館を後にした俺は、算段屋へ戻ると、その日の夜まで相棒と議論を続けた。

そして翌日、久しぶりにカミュライさんの店を訪れた。


◇


「こんにちは! カミュライさん、いらっしゃいますかー!」

「あ……希楽さん……」

店の奥から出てきたカミュライさんを見た瞬間、俺は絶句した。


「その節はどうも……おかげ様で儲かっていますよ……それはもう……ハハハ……」


誰だ。誰がこの人をこんな目に。

以前は、三十代前半の爽やかな商人だった。それが今は、目の下には大きな隈があり、頬はこけ、顔色は土気色。髪も少し乱れ、笑顔に力がない。

疲労。圧倒的疲労。誰だ。誰がカミュライさんにこんなむごい事を!許せねぇ……ティエゴ商会!


『おそらくですが』

「(なに!)」

『希楽さんの恩返しのせいです』

「(やめて!)」

『すごろくが売れすぎた結果と思われます』

「(今ちょうどティエゴ商会のせいにして、俺の中の正義感を燃え上がらせたところなの!)」

『現実逃避ですね』

「(うるさい!)」


俺は恐る恐る尋ねた。

「ひょっとして……めちゃくちゃ忙しいです?」


カミュライさんは、力なく微笑んだ。

「おかげ様で、大繁盛です……!」

「やっぱり!」

「今は街中の木工職人や細工職人へ発注しています。それでも追いつきません。入荷すれば売れ、また注文し、でき上がったと思えば売れ……」

「そんなに!?」

すごろく、そんな売れてんの?


「特に大変なのは、サイコロですね」

「サイコロ?」

「はい」

カミュライさんが、店の奥から小さな木製のサイコロを一つ持ってきた。

「スゴロク用だけでしたら、多少の誤差は大きな問題になりません。しかし今では、テッカヴァでも使われますから」

「あっ」

嫌な予感。


「重心が偏っていては困ります。そこで製造したサイコロを厳密に測定し、何度も振り、できの良い物だけを選別しています」

「何回くらい?」

「数え切れません」

「Oh……」


『希楽さんが酔った勢いで丁半とチンチロリンを普及させたためですね』

「(ギャフン!)」


検品まで増えてる。

「できの良い順に分けています。重心に狂いが無く、目の出方が限りなく均等に近い最上級品はテッカヴァへ。良品はサイコロ単品として販売。並品はすごろくの付属品です」

「じゃあ悪いやつは?」

「薪の焚きつけです」

厳しい。サイコロ界にも格差社会があった。


「とはいえ、私も商人のはしくれです」

疲労困憊の顔で、それでもカミュライさんは笑った。


「機を見て儲けざるは商人の恥、とも言います。いずれ模倣品は出回るでしょう。ならば流行している今が、頑張り時です」

「カミュライさん……」

「希楽さんの恩返し、本当に素晴らしい恩返しになっていますよ。ありがとうございます」

「……!」


ちょっと、いや、かなり嬉しかった。

あの日、言葉も通じなかった俺を助けてくれた人へ、ほんの少しでも返せた。ただ、儲けさせる代わりに過労死寸前みたいな顔にしてしまっているのがちょっと…いや、だいぶ気になるけど。


そこから俺は、盗賊団の件についてカミュライさんと話し合った。現金については最近、かなり良い金庫を購入したらしい。


「商人仲間にも、『立派な金庫を持つようになったな』と言われまして」

ちょっと嬉しそうだった。

この世界、持ってる金庫のグレードで商人の格がわかるのか。面白いな。


「じゃあ、普通の強盗ならかなり防げます?」

「そうですね。ただ、妻や子供を人質に取られて、私自身に金庫を開けろと言われたら困りますが」

「それ!」


一番怖いやつ。

ただ、そこもウォルトン様がかなり警戒してくれているらしい。

最近は衛兵が店の前を通る回数も増え、時々店内へ顔を出している。さらに家族を人質に取られている時や、脅されている時に衛兵が来た場合に出す、秘密の合図まで決めてあるそうだ。


「領主様、本気だなぁ」

『治安維持は領主の重要な責務ですからね』


カミュライさんにも、ティエゴ商会について尋ねてみた。

「評判は良くありませんね」

「やっぱり?」

「安い商品が多いのですが、質はそれなりです。働いている人たちの待遇も、良い話は聞きません」

「商品を盗んだり、新商品のアイディアを奪って先に売ったりとかは?」

「うーん……」

カミュライさんは少し考えた。


「私は、そういう商会ではないと思います」

「え?」

意外だった。


「少なくとも私の知る限りでは。確かに商売のやり方は好きではありませんが、他人の商品、アイディアや試作品を盗んで、自分の商品だと言い張るような商会ではないと思いますよ」

「でも悪徳なんですよね?」

「悪徳……という評判はあります」

曖昧だな。でも、カミュライさんらしい。嫌いな相手だからといって、やってもいない罪まで押し付けない。


「(優しいなぁ、この人)」

『人格者ですね』

「(なら、俺が代わりにティエゴ商会の真の姿を暴いて、成敗してくれるわ!)」

『先ほどから何度か申し上げていますが』

「(うん?)」

『決めつけて捜査するのは良くありません』

「(分かってるって! 冤罪事件とか洒落にならないから真面目にやるよ)」


『キャメヤマくん……おっと、希楽くんはしょうがないですねぇ~』

「(ウキョさん!?)」

突然、相棒の声が妙に上品になった。

「(なんでお前がウキョさん側なの!?)」

『先入観を持って暴走する。君の悪いクセ』

「(ぐう……)」

否定できねぇ!


しかも、脳内にティーカップの画像まで生成するな。白いティーカップ、紅茶、そして高い位置から注がれる紅茶。


「やめろぉぉぉ!」

「希楽さん?」

「あ、いえ! 何でもありません!」

危ない。完全に一人で叫んでる怪しい人だ。


その後、俺はティエゴ商会について実地調査を始めた。まずは買い物である。


「いらっしゃいませー……」

店員。目が死んでいる。

「これ、いくらです?」

「銅貨六枚ですー……」


安い。確かに安い。

街の他の店なら銅貨八枚か九枚くらい取られそうな商品が、六枚。ただし買って使ってみると――。


「……まあ、一応使える」

『はい』

「でもこれ、多分すぐ壊れるな」

『接合部の加工が粗いですね』

「値段考えたら、こんなもんか?」


食料品も試した。

安い。

食べる。


「……まずくはない」

『はい』

「美味くもない」

『はい』

「でもこの値段なら、まあアリ。返品したりクレーム付けたりとは思わないギリギリのライン」

何店舗か見て回って、俺の中で少し印象が変わった。


「相棒」

『はい』

「これ、もしかして……ただの激安店では?」

『私も同様の印象を持ち始めています』

地球で言えば、百円ショップ、激安スーパー、格安衣料品店。品質は最低限でも、とにかく安い。


「金がない人にはありがたい店でもあるよな」

『はい』

「耐久性を承知で買うなら悪くない」

『その通りです』


ただし、人件費については噂通りらしい。

「いらっしゃいませー……」

死んだ目。


別店舗でも、

「ありがとうございましたー……」

死んだ目。


「全店員の目が死んでない?」

『労働条件についての噂は、かなり信憑性がありそうです』

ブラック企業、異世界支店爆誕。


「ティエゴ商会の商会長って、借金返せなかった人だけ狙って虐めてるのかなと思ったけど」

『現状の観察では』

「うん」

『従業員全員を平等に搾取しているように見えます』

「平等の使い方ぁ!」


ある意味、差別はしていない。全員安く使う。辞めないギリギリ、独立できないギリギリ、生活できるギリギリ。仕事量は多め。でも、犯罪の証拠はない。


俺はさらに商会長本人について調べるため、彼の住居周辺にある酒場へ通い始めた。

商売人、希楽ではない。遊び人、キラさんである。


「おやっさーん! 酒もう一杯!」

「兄ちゃん、また来たのか!」

「暇なんだよ!」

飲む。食う。雑談する。


「あそこのデカい屋敷って誰住んでるの?」

「ティエゴ商会の旦那だよ」

「へぇ~。金持ち?」

「そりゃあなぁ」

「どんな人?」

「あんまり好かれちゃいねぇな。ケチだから」


別の酒場。

「ティエゴさん? 商売は上手いよ。俺は働きたくねぇけどな!」

「何で?」

「給料安いもん」


別の日。

「人殺しとか?」

「知らねぇよ。そんな話聞いたことねぇ」


また別の店。

「盗賊と繋がってる?」

「誰がそんなこと言ってんだ?」


何日か続けて調べるうちに、俺はだんだん首を傾げ始めた。


「なあ相棒」

『はい』

「思ってたほど、極悪非道な話が出ない」

『そうですね』

「評判が悪いのは間違いない。でも内容を聞くと、『ケチ』『給料が安い』『仕事がキツい』『商品が安かろう悪かろう』ばっかり」

『地球で言うところの、ブラック企業経営者に近い印象です』


「借金を返せない人を雇うのも、『借金返せなかった弱みがあるから辞められない』『辞めても商売の才能が無くて行く所が無い』みたいな人を安く囲い込むため?」

『そのように見えます』


「違法行為については?」

『確度の高い情報は得られていません』

「借金返せなかった人を虐めてるんじゃなくて」

『従業員をまんべんなく搾取しています』

「やっぱブラック企業じゃねぇか!」


でも、犯罪者とは限らない。高利貸し、安月給、ギリギリ品質の商品。褒められた経営ではないし、俺なら働きたくない。でも、それだけで盗賊を使ったと決めつけるわけにはいかない。


「……行き詰まったな」

その夜、算段屋の机に突っ伏しながら、俺は相棒へ相談した。


「何か見落としてるかな」

『可能性があります』

「何?」

『盗賊団から押収された資料を、直接確認してはいかがでしょうか』

俺は顔を上げた。

「……あ」

確かに。今まで領主様から聞いた話だけだった。


「最初から見せてもらえばよかった」

『捜査資料ですので、開示可能かどうかは領主様の判断になりますが』

「聞いてみる!」


翌日、ウォルトン様へ頼んだところ、条件付きで見せてもらえることになった。持ち出し禁止。内容を無関係な人間へ話さない。当然である。

俺は相棒と一緒に、押収資料を一枚ずつ確認していった。


「うわー……」

想像以上だった。

カミュライさんの店、自宅、使用している金庫、取引先、出入りする職人、奥さんの行動時間、子供の外出時間、仕入れ、納品。


「引くわー……」

『かなり綿密です』

「これ、完全に家族人質ルートまで調べてるじゃん」

『その可能性はあります』

怖い。俺なら、自分の家族の生活パターンをこんな紙にまとめられていたら眠れなくなる。


「他には……」

一枚めくる。

「木工工房」

また一枚。

「細工職人工房」

さらにめくる。

「倉庫……」

そして。

「テッカヴァへの納品……」

俺の手が止まった。


『……』

「相棒?」

返事がない。珍しく、相棒が少し長く考えている。

「どう?」

『希楽さん。少々気になる点があります』

「何?」


『この資料には、カミュライさんやご家族の予定だけでなく、工房の倉庫からテッカヴァへ商品を搬送する曜日と時間帯まで記載されています』

「……うん」

言われてみれば変だ。

「金を盗むなら……これ、必要か?」

『不要とは言い切れません』

「でも、かなり優先度低いよな」

『はい。金品強奪を主目的とした調査としては、不自然です』


俺は資料へ顔を近づけた。工房から倉庫へ。倉庫からテッカヴァへ運搬される商品。すごろく? 違う。テッカヴァですごろくを使う必要はない。テッカヴァへ納品される、カミュライさんの商品。


「……サイコロ」

『はい』


ぞくっとした。

「最高級品のサイコロ……!」

『犯人の目的は、おそらくそれです』


「家でも最高級品を使いたくなっちゃった!」


『違います』

「............」

『違います』

「……ごめん。ちょっと怖くなったからボケてみた」

『お気持ちは分かります』


カミュライさんのサイコロ。しかもテッカヴァへ納める物は、何度も検品された最高級品で、重心の偏りがない。


つまり逆に考える。それと瓜二つの、重心の偏ったサイコロを作ったら?

「イカサマ賽……」

『その可能性が高いと思われます』


賭博場、大金、サイコロ、イカサマ。全て繋がった。

盗賊団に狙わせたかったのは現金ではない。正規の最高級サイコロを盗む、あるいは納品時に何かして、正規品とイカサマ賽を入れ替える。


「でも、賽を入れ替えるだけじゃ勝てないよな」

『はい』

「どの目が出やすいのか知ってる奴が必要」

『そして、自分に有利なタイミングで使用する必要があります』

「誰が入れ替える?」


ここからが本番だった。俺はテッカヴァへ通った。もちろん仕事である。仕事、調査。決して遊びではない。……ホ、ホントだよ?


「丁!」

「半!」

「ああああ! また外れた!」


『調査ですね』

「(そう!)」


「チンチロリーン!」

ころころころ。

「ピンゾロォォォォ!」

「うおおおお!」


『とても楽しそうですね』

「(仕事なの!)」


遊びながら見る。サイコロはどこから出てくる? 誰が保管する? ゲームとゲームの間に誰が触る? 高レート卓では? 一般卓では? 交換はいつ? 何セットある?

相棒と相談しながら、一つずつ潰していった。そして、一つの穴が見つかった。


高レート卓。通常より大きな金額が動く特別テーブルでは、不正防止のためにディーラーが道具を管理する。親から子へ、子から親へサイコロを渡す。器を確認する。卓上を整理する。つまりゲーム中、唯一何度もサイコロへ自然に触れられる人間がいる。ディーラーだ。


「もしディーラーと客がグルなら?」

『サイコロの受け渡しや卓上整理のタイミングで、正規品とイカサマ賽をすり替えられる可能性があります』

「使い終わったら戻す」

『はい』

「正規品はそのまま店に残るから、在庫確認でも分からない」

『その通りです』

「……なるほどねぇ」


そこから過去の勤務表、高レート卓の担当者、怪しい客の来店記録、サイコロ納品日に接触できる人間、調査資料の情報を知り得る可能性を一つずつ照らし合わせた。


完全な犯人特定まではできない。

でも、条件を満たすテッカヴァ従業員は三名まで絞れた。


「三人」

『はい』


そして数日後、馬車プロジェクトの定例報告日。

俺はいつも通り領主館を訪れ、板バネの話、試作品の話、アインが嬉々として鉄を壊している話をして報告を終えた。

俺は書類をまとめた。そしておもむろに――


「あ、」

ウォルトン様が顔を上げる。

「最後に別件、ちょっと宜しいでしょうか」


言った。ついにやった!これ、一度言ってみたかったんだよ!


会社員時代、偉い人が会議の最後に「あ、最後に一件だけ」と言った瞬間に、全社員の帰宅時刻が一時間伸びるやつ。俺も今、偉い人にやってる!


『喜ぶところでしょうか』

「(ちょっと楽しい)」


ウォルトン様の顔つきが変わった。

「先日のアレかい?」

「はい」

俺は少し勿体ぶった。


「単純な金目当てでもありませんでした」

「ほう」

「カミュライさん個人への嫌がらせでもないと思います」

「では?」

俺は机の上へ、一枚の紙を置いた。


「狙われていたのは、サイコロです」

「……サイコロ?」

「正確には、テッカヴァへ納品される最上級品」

ウォルトン様の目が細くなった。

「まさか……」

「はい」

俺は頷いた。


「重心の偏ったイカサマ賽へすり替えて、不正に儲けようとしている奴がいます」

「……やはり出たか」

ウォルトン様は深くため息をついた。


「賭博場を始めた時から、いつかは出ると思っていた。でも、想像より早かったね」

「人間、悪知恵だけは早いですねぇ」


『希楽さんが言いますか』

「(俺は良い悪知恵!)」

『その分類は初めて聞きました』


「心当たりは?」

「調査した結果、内部の人間で、条件を満たせるのは三名まで絞れました」

紙を渡す。

ウォルトン様が目を通した。


「なるほど……こいつらか」

「ただ、今のところ状況証拠だけです」

「捕まえるには弱いね」

「なので」

俺は笑った。


「現行犯で捕まえましょう」

「どうやって?」

「それはですね――」


◇


一週間後、俺はテッカヴァにいた。

今日の俺は算段屋の希楽ではない。遊び人のキラさんである。


設定は、どこかの大商会のボンボン。実家は金持ち。本人は遊んで暮らしている。賭博は好きだが大して強くない。お金は親からもらっているので、銀貨を何枚失っても気にしない。たまに勝てば大喜び。基本負ける。賭場から見れば、とても良いカモ。


イメージは、古典落語に出てくる若旦那。親父に勘当されそうになりながら、吉原とか酒とか遊びにじゃぶじゃぶ金を使っているアレ。


「はい、チンチロリーン!」

ころころころ。

「……あーっ! くっそ! 目無しか!」

「ガハハハハ! ついてねぇな、兄ちゃん!」

隣のおっさんが爆笑する。

「もう一回!」


『希楽さん』

「(何?)」

『かなり自然です』

「(演技力高いっしょ?)」

『日頃との違いがあまりありません』

「(おい)」

ちゃんと演技だ。多分。


俺は予定通りほどほどに負け、時々勝って喜び、また負ける。そして夕方。


「あああああ! 今日負けすぎだろぉ!」

俺はテッカヴァ内のバーへ入り、酒を煽った。


「おい! 酒のお代わり!」

店員が申し訳なさそうな顔をする。

「お客様。かなり酔われております。本日の酒類提供上限に達しておりますので、これ以上はお出しできません」

「何だよ!」

「お茶か果汁はいかがでしょうか」

うん、ちゃんとルール守ってる。偉い。俺が作った仕組みだけど。


「こんな負けたまま帰れるかよ! 最後にデカい勝負やらせろ! 一発で今日の負け全部取り返してやっからよぉ!」


来い、来い。

店員が少し考えた後、別の従業員へ目配せした。ディーラーが来る。候補者の一人。当たり。


「お客様。高レートの特別テーブルをご案内することは可能です」

「おっ!」

「最低銀貨十枚。最大金貨一枚相当まで。高レートを希望する他のお客様と一対一で、親三回、子三回の計六勝負となります」

「やる!」

俺は即答した。


「それで今日の負け全部取り戻して帰る!」

『典型的な負ける人の発言ですね』

「(演技!)」


案内された特別テーブルの向かい側には、色黒で無口そうな男が座っていた。俺より年上で、四十前後か。こちらを一瞥しただけで何も言わない。

こいつも調査で何度か見た顔だ。ディーラーと接触している可能性が高い男。


「それでは親決めを行います」

ディーラーがサイコロを一つずつ配る。

「それぞれ一投してください」

俺、五。相手、二。


「こちらのお客様が先親です。親を三回行った後、交代します。途中でチップがなくなり、補充資金もない場合は終了。それでは、子のお客様からベットをお願いします」

相手の男が無言で、銀貨十枚分のチップを置いた。


「それでは親のお客様。サイコロを振ってください」

ディーラーから器と三つのサイコロを受け取る。

俺は軽薄そうに笑った。

「はいよっ! それ、チンチロリーン!」

ころころころ。

一投目は目無し。

二投目で四、四、六。

「おっ!」

「親の目、六」

ディーラーが宣言する。

「良い目出たじゃん! 今日の流れ変わってきたかぁ?」

相手は無言。


「それでは子のお客様」

サイコロが相手へ渡る。ちなみに、本来の日本ルールでは親が六を出したらその場で勝ちなのだが、あっけなさすぎてつまらないので、子も振れるようにしている。


ころころ。

一投、二投、三投目で一、二、三。


「うわっ!」

俺は大げさに笑った。

「ヒフミじゃん! ついてねーなおっさん!」

「子のお客様から親のお客様へ、倍付け。銀貨二十枚分の支払いです」


そこからは一進一退。俺が負ける。相手が負ける。わざとではない。サイコロなので、本当に運だ。二戦して親が交代した。今度は俺が子。


「どうするかねぇ……」

チップを弄ぶ。

「まだ今日の負け取り返してねぇんだよなぁ」

俺は銀貨三十枚分を置いた。


「これで!勝負だ!」


結果は俺の負け。

「あああああああ!」

机へ突っ伏す。

「なんだよぉ! また負けかよぉ!」


『楽しそうですね』

「(演技!)」


俺は勢いよく身体を起こして言った。

「もういい!」

金貨一枚分。俺の感覚では百万円相当。それを、ダンッ! とテーブルへ置いた。

「虎の子の金貨一枚! これで最後だぁ!」


周囲が少しざわつく。

どうだ。ギャンブルに熱くなった馬鹿ボンボン。完璧だろ?


『本当に演技ですか?』

「(演技です)」

『一応、記録しておきます』

「(何のために!?)」


「それでは、親のお客様」

ディーラーが器を取る。

サイコロを三つ。

その瞬間、手が一瞬だけ袖口へ近づいた。


『警告』

相棒の声が鋭くなる。

『サイコロのすり替えを検知しました』


来た。来た来た来た来た。

『木目が、それまで使用されていた物と微妙に異なります』


ディーラーは何食わぬ顔で、相手の男へ器を差し出した。

「親のお客様、どうぞ」

男が受け取る。

「……チンチロリーン」


さぁ、どんな目が出るのか?心臓の鼓動がドキドキと激しくなる。観察力と集中力を全動員し、少し世界がゆっくりになった感じすら覚える。


ころ……ころ……ころ……

止まった。目は、六、六、六。


「親、六のゾロ目。三倍付け――」

「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


俺は立ち上がった。

「イカサマだろ、これぇぇぇぇぇ!」

「お客様!?」

器を奪い、サイコロも確保して抱え込む。証拠確保!


「何するんですか! お客様!」

「触んな! このサイコロ、絶対おかしい!」

「落ち着いてください!」

「金貨三枚相当だぞ!? こんなイカサマに払えるかぁ!」

その時。


「全員、その場から動くな!」

店内へ、よく通る声が響いた。来た。ウォルトン様だ。いつもの爽やかな領主様ではない。後ろには、黒い服を着たテッカヴァの警備担当者たち。


「二人一組で、このテーブルの関係者全員に付け。一切動かすな」

「ハッ!」

一瞬で、俺、相手の男、ディーラー、それぞれの隣へ警備員が付いた。

「さて」


ウォルトン様が歩いてくる。

「これは一体何事だい?」

ディーラーが答える。


「こちらのお客様が、大きな勝負に負けられて、混乱しておられるようです」

上手い。イカサマ疑惑には触れず、ただの負け客として処理しようとしている。

ウォルトン様は俺を見る。


「勝負に負けたのなら、素直に払いたまえ」

「嫌ですね!」

俺はサイコロを抱えたまま睨み返した。


「ちゃんとした勝負で負けたんなら払いますよ。でもイカサマ賽を使われちゃ話が別だ!」

「イカサマ?」

ウォルトン様が眉を上げる。演技、上手い。


「そこまで言うなら、確信があるんだろうね」

「もちろん!」

「分かった。私が直接調べよう」

ウォルトン様は手を差し出した。


「私はテッカヴァのオーナーであり、この地の領主でもある。悪いようにはしない。公平に裁定すると、君とここにいる皆に誓おう。だから、道具を渡してもらえるかな」

「……分かりました」

俺は渋々という演技をしながら、器とサイコロを渡した。


「警備!」

「ハッ!」

「事務室から、アレを持ってきなさい」


少しして運ばれてきたのは、小型の測定器だった。天秤にも似ているが、物の重さを測るための物ではない。


「テッカヴァで使用するサイコロは、重心に偏りのない最高級品を指定して発注している」

ウォルトン様が周囲の客へ聞こえるように説明する。

「これは、その重心を確認するための器具だ。製造元でも同様の物を使用している」

サイコロを測定機に載せる。

「正常な物なら、針はほぼ中央へ止まる」


針がすぅーっと動いて止まった。中央ではない。大きく偏っている。

ざわっ、と店内が騒めいた。

二個目も同じ。三個目も同じ。全て重心が偏っている。


「おやおや」

ウォルトン様の声が低くなった。

「おかしいね」

ディーラーの顔色が変わった。


「全員の持ち物を調べなさい」

「ハッ!」

俺も身体を調べられ、相手も、そしてディーラーも身体を探られる。


「領主様」

警備員が何かを差し出した。三つのサイコロ。

「ディーラーの袖の内側から出てきました」


ウォルトン様が受け取り、測定器へ載せる。一つ目は中央。二つ目も中央。三つ目も中央。

「なるほど」


さらに、最初の不正サイコロを何度か転がす。

六、六、四、六、六、六。

偶然では説明しづらいほど、六が出る。


「さて」

ウォルトン様がディーラーを見る。目は全く笑っていない。

「まず、サイコロをすり替えたのは君だね」

「…………」

「正直に話してくれれば、情状は考慮しよう。領地からの追放だけで勘弁してやる」

ディーラーの額から汗が流れる。


「だが、ここでまだ隠し立てをして、さらなる犯罪まで発覚した場合は重い罪になる。拷問してでも全てを吐いてもらうぞ。関係者、動機、これまでに行ったこと。全部話してもらう」

「…………」

「今、決めなさい」


しばらく男の肩が震えていた。

そして。

「……話します」

崩れるように俯いた。


そこから分かったことは、ある意味思ったより単純だった。


ディーラーと、向かいに座っていた寡黙な男は以前からの知り合い。ディーラーがテッカヴァへ就職したと知った男が、話を持ち掛けた。高レート卓へ金持ちが来た時、ここぞという場面だけイカサマ賽へ交換する。


「金持ちから少しくらい取ったっていいだろう」


最初は迷った。だがしかし、ディーラーは手先が器用だった。

サイコロを入れ替える練習を、袖、手のひら、器を取る時、置く時、渡す時と何度も繰り返し、やがて誰にも見破られないと自信を持つようになった。


納品予定や運搬日程を相棒の男へ教えたのもディーラー。盗賊団へカミュライさん周辺を調査させたのは、正規品の搬送経路を知るため。


盗賊団が摘発されたため、結局そちらの計画は実行できなかったが、つい最近、テッカヴァの事務室にたまたま放置されていた書類に納品予定や配送予定が書かれているのを見て、内容を寡黙な男に伝え、男が別の盗賊に頼んで納品前夜に正規品とのすりかえに成功。後は、テッカヴァの倉庫から自分が持ち出し、卓上で入れ替えた。テッカヴァは不正対策のため、ディーラーも客も荷物検査や中に持ち込める物の制限が厳しいので、普通には持ち込めないが、この方法ならすり替えが可能だった。

今日、俺という見るからに馬鹿そうで、金を持っていそうで、しかも大負けして熱くなっている客が現れた。絶好のカモだと思った。


……だそうだ。そしてこの男達は引っ掛かった。俺と相棒とカミュライさんと領主様の仕掛けた罠に、まんまと。書類を放置したのもわざとだし、前夜の警備を緩くして倉庫に侵入しやすくしたのもこちら側のお膳立てだ。


ウォルトン様が、今度は寡黙な男を見る。

「そこの君」

「……」

「どうして、こんなことを?」

「……」

「黙っていては分からないよ」

長い沈黙のあと、男が口を開いた。


「俺は……早い段階から、野良のチンチロで稼いでた」

俺の眉が動く。

「イカサマ賽か?」

ウォルトン様が尋ねる。

「……そうだ」

「続けて」

「でも、ルールが変わった」

あ。


「野良じゃ、食事一回分くらいしか賭けられねぇ。そんな小銭じゃ意味がねぇ」

全部、俺が作ったルールだ。

「だからテッカヴァへ?」

「金持ちがいる」

男が俺を見る。

「馬鹿そうな金持ちなら、多少取っても困らねぇ」


『馬鹿そうな金持ち(笑)』

「(演技だってば!)」

『非常に高く評価されています。良かったですね』

「(褒められてねぇ!)」


ウォルトン様の声が冷たくなる。

「勝手な言い分だね」

「……」

「野良の賭け金を制限したのは、君のような者から生活費まで奪われる市民を守るためだ」

男は何も言わない。


「金が欲しいなら働きなさい。努力しなさい。工夫しなさい」

「……無駄だ」

「何?」

「頑張ったって、何も変わらねぇよ」


一瞬、俺は黙った。男の言葉は、何とも言えない言葉だった。

この世界は安定している。同時に停滞している。頑張っても、工夫しても、何も変わらない。そう感じている人間が実際にいるのかもしれない。実際に、頭の柔軟なアインが鍛冶師の親方と対立してクビになる現場を俺はこの目で見ている。


でも、ウォルトン様は男を真っ直ぐ見た。

「そうか」

「……」

「君にとっては、そうなんだろう」

少し間を置く。

「君にとってはね」

そして警備員へ命じた。

「二人を連れていきなさい」

「ハッ!」


ディーラーと寡黙な男は、警備員に囲まれて別室へ連行された。これで一件落着。……まだ俺は、遊び人のキラさんだけど。


ウォルトン様が俺へ頭を下げた。

「お客様」

「ん?」

「この度は、当店の従業員が大変失礼をした」

おお。まだ芝居続けるんですね。


「今日の負け分は全額補償する。当然、今回の不正勝負についても支払い義務はない」

「マジで!? 負け分返ってくるの!?」

「さらに、ご迷惑をお掛けしたお詫びもしたい。事務室で少し話を聞かせてもらえないだろうか」

「え! ラッキー! 行く行く!」

俺、最後まで軽薄。完璧な演技。役者魂。


事務室の扉が閉じた瞬間。

「いやぁ、希楽くん!」

ウォルトン様が満面の笑顔になった。

「助かったよ!」

「どうでした!?」

俺も即座に素へ戻る。


「遊び人のキラさん!」

「完璧だったよ。完全に役へ入り込んでいた!」

「やった!」


『演技であることを祈ります』

「(うっさい!)」


俺は胸を張りつつ笑顔で答えた。

「領主様も良いタイミングでしたよ!」

「いやいや。希楽くんがサイコロを確保してくれたからだ。あそこで証拠を持ち逃げされたり、すり替え直されたりしたら面倒だった」


『えっへん』


「ま、まあ、俺、こういうところ目ざといんで!」


『私の成果です』

「(後で褒めるから!)」

『メモリに記録しました』


「今回の成功報酬については、また改めて相談しよう」

「ありがとうございます!」

「それより」

ウォルトン様が微笑んだ。

「カミュライくんへ、解決したことを伝えてきてあげたらどうかな」

「……!」

嬉しい配慮だった。


「行ってきます!」

俺は領主館……じゃない、テッカヴァの事務室を飛び出し、そのままカミュライさんの店まで走る。


「カミュライさぁぁぁぁん!」

「えっ!?」

店へ飛び込む。

「解決しましたよぉぉぉぉ!」

カミュライさんの顔が、ぱあっと明るくなった。


「希楽さん! 本当ですか!」

「はい!」

盗賊団、サイコロ、イカサマ、テッカヴァ従業員。一通り説明する。もちろん捜査上話して良い範囲だけ。


「これでひとまず安心です!」

「良かった……」

カミュライさんが、心の底から安堵したように息を吐いた。

「じゃあ!」

俺は両手を広げた。


「またこれからジャンジャン儲けてください!」

「あ」

カミュライさんが、少し困ったように笑った。

「それなのですが」

「はい?」

「申し訳ありませんが、すごろくもサイコロも、しばらく生産を縮小しようと思っています」

「えっ」

頭が真っ白になった。


「もしかして……」

嫌な考えが浮かぶ。

「俺が余計なものを持ち込んで……ご家族まで危険に巻き込んだからですか?」


『その可能性は否定できません』

「(今は黙ってて相棒!)」


俯きながら内省する。俺が「恩返しだ!」なんて言ってすごろくを持ち込み、それが売れ、サイコロが広まり、賭博まで広がり、ついには犯罪まで起きた。良かれと思ったことがどんどん大きくなって、俺の恩人と、その家族まで危険にした。


「……ごめんなさい」

「希楽さん?」

「俺、恩返しするつもりだったのに」

ぎゅっと拳を握った。

「逆に、迷惑掛けましたよね」


少しの沈黙のあと、カミュライさんが優しく笑った。

「違いますよ、希楽さん」

「え?」

「商売をして、儲ける」

カミュライさんはゆっくり話した。

「そうすれば、妬む者も現れます。悪いことを考える人間だって出るでしょう」

「でも……」

「私は商人ですよ」

穏やかな顔。

「そんなことは、いつか経験するものです」

「……」


「今回、すごろくが売れなくても。別の商品で成功すれば、同じようなことが起きたかもしれません」

確かに。

「ですから、それが理由ではありません」

「じゃあ、何で縮小を?」

カミュライさんの笑顔が、少し疲れたものに変わった。


「……疲れました」

「えっ」

「私だけではありません」


店の奥を見ると、職人、店員、荷物を運ぶ人たちも確かに少し疲れている。

「木工職人も、細工職人も、店の者も。流行している今が稼ぎ時だと、ずっと無理を続けてしまいました」

「あっ……」

カミュライさん自身も、あの隈、あの頬、あの顔色だ。

「そこで話し合いまして」

少し照れたように笑った。


「まず一週間。完全に休むことにしました」

「完全に?」

「はい。店も工房もお休みです」

「思い切ったなぁ!」

「その後も、生産量を少し落とします」

「売れるのに?」

「売れるからこそです」

カミュライさんは、静かに言った。


「人生には、走らなければならない時もあると思います」

「はい」

「でも」

少し間を置く。

「永遠に走り続けることはできません」


その言葉が妙に胸に残った。

「お金を稼ぐことは大切です。でも、お金は使ってこそ意味があります」

「……そうですね」

「死んだ後まで金貨を持っていくことはできませんから」

「確かに」


そうだった。俺自身、楽をして楽しく暮らしたい。そのために頑張っている。なのに、儲かる、売れる、もっと作れとなって、人生そのものが辛くなったら完全に本末転倒だ。


「……俺」

少し笑った。

「カミュライさんに、ちゃんと恩返しできてます?」

「もちろん」

「ひょっとして!」

俺は期待を込めて身を乗り出した。


「もう一生分稼いじゃったとか!?」

「いえ」

即答。ですよね。


でも、カミュライさんは続けた。

「希楽さん」

「はい」

「私が襲われそうだと知って」

「はい」

「こうして、何日も走り回ってくださったでしょう」

「……はい」

「最初に希楽さんと会った日のことを、覚えていますか?」


忘れるわけがない。

「俺、逃げましたね」

「逃げましたね」

「言葉分かんなかったんで……」

「驚きました」

二人で少し笑った。


カミュライさんは懐かしそうに言った。

「あの日私は、道に迷った旅人が一人で歩いているのを見ました」

「はい」

「言葉も通じない」

「はい」

「荷物も持っていない」

「……はい」

「心配だったので、追いかけました」


そう。俺は逃げた。でも、カミュライさんは追いかけてきてくれた。怖いからではない。俺が心配だったから。


「そして今回」

カミュライさんが俺を見る。

「希楽さんは、私や家族が危ないと知って、一生懸命走ってくださいました」

「……」

「それは私が、あの日希楽さんへしたことと同じですよ」

優しく微笑むカミュライさんの顔を見て、胸の奥が、きゅっとなった。


「商売の種を頂いたことも、もちろん嬉しいです」

「はい」

「たくさん儲けさせてもらいました」

「はい!」

「少し働きすぎましたけど」

「ごめんなさい!」

「ははは」

カミュライさんが笑った。

「でも」

その顔が、少し真面目になる。


「私にとっては」

ゆっくり、一言ずつ。

「私や家族を心配して、一生懸命助けてくださったこと」

「……」

「それが何より嬉しい、恩返しです」

言葉が出なかった。


「希楽さん」

「はい」

「私たち一家を助けてくださって、ありがとうございました」

深々と頭を下げるカミュライさん。

「……こちらこそ」

俺も深く頭を下げた。

「本当に……こちらこそ、ありがとうございました」


胸の中へ、何か温かいものが流れ込んでくる。

俺はずっと、カミュライさんに恩返しをしたかった。金を稼がせる。商売を成功させる。豊かにする。それが恩返しだと思っていた。でも、違ったのかもしれない。


最初にカミュライさんが俺へくれたものは、お金じゃない。商品じゃない。知識でもない。

あの時、誰とも言葉が通じず、何も持たず、異世界で一人だった俺を心配してくれた。助けてくれた。だから俺も、危ないと聞いて心配になり、助けたかった。それだけだった。

たったそれだけ。でも、それで良かったんだ。


「……相棒」

『はい』

「(俺、ちゃんと恩返しできたかな)」

少し間があった。

『はい』

相棒の声は、いつもより少しだけ柔らかく聞こえた。

『できたと思います』

「(そっか)」


知識を持ち込めば生活が便利になり、新しい商品が売れ、街が豊かになる。そんな簡単な話ではない。


すごろくを一つ作れば、職人が忙しくなり、商人が儲かり、サイコロが生まれ、賭博が流行り、ルールが生まれ、賭博場ができる。そしてイカサマをする奴まで出てくる。

一個の小さな変化が、俺の手を離れてどんどん広がっていく。


多分これからも、俺の知識チートは何度も予想外の方向へ暴発するんだろう。そのたびに、「こんなはずじゃなかった!」って頭を抱える。でも……


「相棒」

『何でしょうか』

「これからも頼むな」

『はい』

即答だった。


「俺が暴走したら止めて」

『善処します』

「善処!?」

『希楽さんの場合、完全停止は困難と思われます』

「ひどくない?」

『過去の実績に基づく評価です』

すごろく、丁半、チンチロリン、手本引き、福引き。

……うん。反論できない。


「じゃあ」

俺は笑った。

「次は、もうちょっと上手くやろう」

『そうですね』


俺が異世界について知らないなら、相棒と一緒に学べばいい。地球の知識をそのまま使えないなら、現地の人と一緒に試せばいい。


失敗したら直せばいい。問題が起きたら算段すればいい。そして、大切な人が困っていたら、また助ければいい。

俺一人じゃなくて、こいつと一緒に。


「よろしくな、相棒!」

『はい、希楽さん』


俺は少し軽くなった足取りで、カミュライさんの店を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。