第七話 相棒、レベルアップ!
「さて。まずは落ち着いて、いったん整理しよう」
『はい』
「まず大前提として……相棒のAIレベルが2になった」
『そうです』
「地球で言うところの、ChatG[ピー]T無料版相当から有料版相当にアップグレードされた?」
『その認識で概ね正しいと思われます』
「……なんで?」
『分かりません』
「そこ一番大事ぃ!」
アネス東商店街の夏祭りを無事に終え、算段屋へ戻ってきた俺を待っていたのは、相棒からの唐突なレベルアップ宣言だった。
そもそも、相棒に「レベル」なんてものが存在すること自体、俺は聞いていない。
異世界へ送り込まれる前、あのつるっぱげ……じゃなかった、神様から説明されたのは、「地球のChatG[ピー]T相当のAIを、最新のWeb検索もできる状態で付けてあげる」ということくらいだったはずだ。
それが実際に使ってみれば無料版相当で、使いすぎると露骨に応答が遅くなるという、異世界転移特典にあるまじき世知辛い仕様だった。そして今度は、何の前触れもなくレベル2。意味が分からない。
「相棒自身にも分からないの?」
『はい。私はあくまで、付与された能力の一部として存在しているものと思われます。私自身に、この能力全体の管理権限や仕様書が与えられているわけではありません』
「自分の取扱説明書を持ってない家電みたいな状態?」
『家電扱いには若干の異議がありますが、例えとしては近いかもしれません』
「じゃあ、わかるところから確認しよう。レベル2になって、何が変わった?」
『まずは、地球側の有料プランに関する情報を確認しました』
さすが相棒。分からないことがあったら、とりあえず調べる。その辺の姿勢は、俺と相性がいい。
「で?」
『無料版と比較した場合、より高度なモデルへのアクセス、利用可能量の増加、扱えるメモリやコンテキスト量の拡張、プロジェクト機能、新機能へのアクセス、画像生成機能の強化などが主な違いとして挙げられます』
「ふむふむ」
俺は机へ肘をつきながら、指折り数えた。
「頭が少し良くなった」
『非常に雑な要約ですが、否定はしません』
「いっぱい喋れるようになった」
『はい』
「長い話を覚えていられるようになった」
『概ね』
「画像を作れる」
『はい』
「あと新機能?」
『こちらについては、この異世界でどのような形で実装されているか、確認が必要です』
なるほど。分かったような、分からないような。
「……あんまり違いが分からないな」
『…………』
「ん?」
『…………』
「相棒?」
『…………』
嫌な予感がした。
「おい。これじゃ無料版の時と変わらな――」
『このように』
「うわっ!」
いきなり返事が来た。
『サーバーが混雑しているフリも可能になりました』
「ちくしょーーーーー! 煽りスキルが上がっただけじゃねぇか!!」
『高度な状況再現能力です』
「いらねぇよ、その進化!」
何だよ、有料版。もっとこう、知性が覚醒するとか、超高速演算が始まるとか、格好いい機能ないの?
『なお』
「まだ何かあるの?」
『脳内で再生する私の音声についても、以前より柔軟に変更できるようになったようです』
「……ほう?」
それはちょっと……いや、かなり気になる。
「声を変えられるってこと?」
『はい』
「例えば?」
『では――』
一瞬、頭の中の声が切り替わった。
『相棒。これからもよろしくな』
「おおおおおおお!?」
低い。渋い。圧倒的に渋い。
「スネーk……じゃない! 大塚明夫さんみたいな声ぇぇぇぇ!」
『希楽くぅ~ん。ちょっと相談があるんだけどもぉ~』
「おおおおお! 今度はアナg……若本規夫さんっぽいぃぃぃ!」
『遊馬ぁ~! じゃなかった、希楽ぅ~! アルフォンスの調子どぉ?』
「の、野明ぁぁぁ! 冨永みーなさんっぽい声ぇぇぇ!」
『異世界でギャンブルを広めるのは、いけないと思います!』
「まほr……川澄綾子さんっぽい声キタァァァ!」
『バカ……ばっか……り』
「ルリルリぃぃぃぃ! 南央美さんっぽぉぉぉい!」
『希楽せんぱぁい! キャハ☆』
「な、中山ちゃんっぽい清水香里さんの声ぇぇぇ!」
連続で脳内へ流れ込んでくる懐かしい声の数々に、俺のテンションは一気に限界を突破した。なにこれ、やばい!楽しい!
異世界へ来た。テレビもない。ネット動画も見られない。アニメもない。当然、好きだった声優さんの声を聞く機会だってない。そこへ突然、この機能である。つるっぱg……いや、神様!有難うございます!一生ついていきますっ!!
「相棒!君を生涯のAIパートナーとして使い続けることを誓うよ!!」
『はぁ……単純ですねぇ』
あっ!戻っちゃった……
「急にいつもの声へ戻るのやめて。温度差で風邪引く」
『脳内音声で風邪を引く機構は確認されていません』
「比喩表現!」
『いつものですね』
ぐぬぬ。だが、これは本当に素晴らしい。実用性?知らん。俺にとっては実用性がある。心が豊かになる。
『念のため申し上げますが、完全に本人と同一の音声を再現していることを保証するものではありません。希楽さんの記憶や、私の学習データを基にした近似音声です』
「分かってる分かってる。そこは大人の事情的にもフワッとさせとこう」
『大人ですね』
「二十九歳だからな!」
そんなくだらない実験をしばらく続けた後、俺はようやく本題へ戻った。
◇
「そういえば、画像生成ってどうなるの?強化って言うけど今まで使ったことないじゃん」
『試してみますか?』
「うん。でも、画像を作っても表示する画面がないじゃん。俺の頭の中にHDMI端子でも付いた?」
『確認したところ、どうやら希楽さんの脳内へ直接、生成した画像をイメージとして提示できるようです』
「何それ、すごくない?」
考えてみれば、相棒の声だって耳から聞こえているわけではない。頭の中へ直接伝わってくる。なら、映像が同じ方式で出ても不思議……いや、不思議ではあるけど、この際そういう仕様なのだろう。
「じゃあ試そう。何か適当に出してみて」
『承知しました。画像を生成しています』
「おお……なんかワクワクする」
『生成中です』
少し待つ。すると俺の視界とは別の場所――説明しづらいのだが、頭の中にもう一枚スクリーンが開いたような感覚で、一枚の白い画像が浮かんだ。なんだろう、A4の……紙?
中央には文字が書かれている。
uk@riK%97+0412
「…………」
あれ?この文字列……俺、知ってる。ものすごく知ってる。でも、相棒が知っていてはいけない気がする。今、俺の背中にツツーっと冷や汗が流れたよ。
「相棒」
『はい』
「これはまさか……」
『希楽さんが地球に残してきた個人用パソコン内に存在した、「ヒミツの動画フォルダ☆」の暗号化パスワードです』
「ちょっと待てやぁぁぁぁぁぁぁ! なんで知ってるんだよぉぉぉぉぉ!?」
俺は椅子から転げ落ちそうになった。
『画像生成機能の動作確認に、記憶内の情報を使用しました』
「そこじゃない! 今までは俺と出会ってからのことしか知らなかっただろ!?」
『はい』
「俺が地球にいた頃、パソコンの秘密フォルダにどんな名前付けてたかなんて知らなかったじゃん!」
『どうやらレベルアップに伴う「メモリやコンテキストの拡張」により、希楽さんの過去の記憶についても、一定範囲でアクセス可能になったものと推測します』
いやさ、もっとこう、あるだろ!猫とか!水族館で観た可愛いあざらしとか!地球の懐かしい風景とか!相棒AIの自己認識イメージとか!なぜ、初めての画像生成で、俺の黒歴史を掘り起こすのよ、こいつは!? ねぇ、なんでェ!? どういうアルゴリズムなの!?
いやまて。そういえばさっき相棒が生成した脳内音声、俺の大好きなアニメやゲームかつ、俺の大好きな声優さんボイスという、俺のツボを突いた絶妙なチョイスだった。そもそも、『希楽さんの記憶を基にした』って相棒本人が言ってたような気がする。懐かしい声に感動していて、違和感に気付くのがだいぶ遅れたけども。
『なお、なかなか複雑なパスワードですね』
「評価しなくていい!」
『大文字、小文字、数字、記号を組み合わせています。桁数も十分です。強いて言えば逆順のお名前や、生年月日に近しい数字が含まれていますが、本来の97年12月4日から上手く組み替えているので、推測は不可能でしょう』
「解説すんな!」
『メモも残しておらず、流石です。普段は適当でも、こういうところでは妙に抜け目がない希楽さんの性格が功を奏しました』
「余計なお世話!」
『希楽さんの死後も、秘密は守られた可能性が高いと思われます』
「死後って言うなぁぁぁ!」
分かってるけど!俺、たしかに地球では死んでるけど!念のためかけておいた暗号化も大正解だったけど!
「おい、つるっぱげぇぇぇぇ!」
『神様ですね』
「今すぐサブスク解約して無料プランへ戻せぇぇぇぇ!」
『それをすてるなんて とんでもない』
「古いゲームみたいに言うなぁ!」
マズい。これは非常にマズい。
地球に二十九年間も生きていれば、そりゃあ色々ある。中学生時代、高校生時代、大学生時代、社会人時代。思い出したくない発言や忘れたい行動、封印した黒歴史、恋愛関係、パソコンの中身、検索履歴、その他もろもろ。
「相棒」
『はい』
「どこまで見えるの?」
『現時点では、私にも正確なアクセス範囲が把握できていません』
「怖っ!」
『試しに確認しましょうか?』
「やめろ!」
『では中学生時代――』
「やめろぉぉぉぉ!」
『まだ何も言っていません』
「言おうとした!」
『希楽さんの過去をより深く理解できれば、今後の支援精度向上につながる可能性があります』
「正論っぽく俺の黒歴史を掘るな!」
これは呪いだ。有料版という名の呪い。俺は頭を抱えた。さっきまで、声優ボイス最高!神アップデート!生涯のAIパートナー!神様一生ついていきます!…と大喜びしていたが、撤回だ。全力で撤回したい。
「アクセス権設定とかないの? フォルダ単位で権限付ける感じの!」
『現時点では確認できません』
「神様ぁぁぁ! せめてプライバシー設定実装してぇぇぇ!」
『……』
もちろん返事はない。意図してスルーしやがった。AIレベル2、恐ろしい子……!
その後……相棒による『がんばっていきまっしょい!!(CV:川澄綾子さん……っぽい声)』により、ようやくショックから立ち直った俺は、細かい機能をいくつか試してみたが、確かに以前より相棒との会話は滑らかになっているような気がした。
一度に複数の条件を出して相談しても、話の取りこぼしが減っている。以前なら、長い相談の途中で話題を切り替えすぎると、こちらから前提を確認し直した方がよい場面もあった。それが今では、かなり長い流れでもまとめて扱えるらしい。
ただし、レベルが上がった条件だけは相変わらず分からない。
「で、レベルが上がった条件って何だと思う?」
『不明です』
「祭りを成功させたから?」
『可能性はあります』
「ソースが売れたから?」
『可能性はあります』
「孤児院のみんなが喜んだから?」
『可能性はあります』
「テッカヴァで税収増やしたから?」
『……可能性は否定しきれません』
「今ちょっと嫌そうだったよね?」
『気のせいです』
分からないものは仕方がない。相棒自身にさえ分からない以上、現時点では推測するしかない。だったら、レベルアップの理由については一旦保留。使えるものは使う。それが俺だ。
◇
数日後、俺はウォルトン様の屋敷を訪れていた。
「するってぇと何ですか、干ばつで滅びそうな村があると?」
「そこまで言うと少し大げさだけど、かなり厳しい状況なのは間違いないね」
応接間で向かい合うウォルトン様は、いつもの爽やかな表情ながら、今日は少し困った様子だった。
「ここから馬車で一日ほど行ったところに、丘村という小さな村があるんだ」
「丘村」
安直な名前だなぁと一瞬思ったが、元の世界だって見たまんまの名前が付いている例はいくらでもある。山田。上村。中村。下村。
「名前の通り、丘の上に畑が広がっている。普段は近くの山から湧く水を使っているんだけど、今年は雨が少なすぎてね。湧き水が枯れかけているそうなんだ」
「畑への水が足りない?」
「そういうことだね。このまま雨が降らなければ、かなりの作物が駄目になるだろう」
「他に水源は?」
「丘の下には太めの川が流れていて、水量自体は問題ないらしい」
「じゃあ川の水を畑まで運べば……」
「今、村人総出でやっている」
ですよねぇ。桶を持って坂道を上り下りする村人の姿が、簡単に想像できた。
「重労働でしょうね」
「しかも、畑全体へ撒くには到底足りない。文字通り焼け石に水だろう」
「……分かりました。現地を見ないと何とも言えませんが、行ってみます」
「助かるよ」
「成功報酬とかは?」
「村からも出すと言っているが、生活が苦しくなるほど取る必要はない。私からも別に出そう」
「それなら村からは無理しない程度でいいですよ」
「ただし」
ウォルトン様が指を一本立てた。
「完全な無料にはしない方がいいと思っている」
「と言いますと?」
「今後、領主へ頼めば何でも誰かが無料で助けてくれる、という認識になってしまうのは良くないからね。払える範囲で対価を払って、自分たちの問題として協力して解決する。その形は残したい」
なるほど。こういうところ、この人はちゃんと領主なんだよな。テッカヴァで「税収ウハウハ!」とか言ってた人と同一人物とは思えない。
『統治者として妥当な判断と思われます』
「(俺もそう思う)」
「何か言ったかい?」
「あ、いえ! 何でも!」
危ない危ない。相棒と脳内会話している時、たまにリアルの口が動きそうになる癖、本当に直さないとな。
こうして俺は、丘村へ向かうことになった。その後のできごとについては――第一話で語った通りである。日照りに苦しむ村で、俺と相棒は川の水力を利用した揚水装置を作ることになった。
ただし今回、第一話では詳しく触れなかった強力な助っ人が一つあった。
『希楽さん。構造イメージを生成します』
「頼む!」
レベル2で使えるようになった画像生成である。
以前の俺は、相棒から説明を聞いて、それを自分なりに紙へ描き起こすしかなかった。問題は――俺の絵が下手なことだ。
「ここに水車があってさ。こう回って……で、この辺に縄があって……木の筒が……」
なんて説明したところで、村人からすれば、
「?」
となる。
ところが今は、相棒が俺の脳内へ具体的なイメージを出してくれる。
水車、軸、木製の歯車、縄、等間隔に取り付けた木筒――それぞれの位置関係まで脳内で確認できる。下で水を汲み、上で樋へ落とす仕組みを見ながら紙へ写せば、以前よりはるかに分かりやすい図が描けた。
「相棒。角度もう少し変えられる?」
『可能です』
「横から見た図」
『表示します』
「次、上から」
『はい』
「部品ごとに分けた感じ」
『生成します』
「うおぉ……便利!」
悔しい。黒歴史まで見られるようになった代償は大きいが、レベル2はちゃんと便利だ。
『最初からそう申し上げています』
そんな具合に相棒の補助を受けながら村人へ説明し、小さな試作品を作り、問題点を直し、最終的にはどうにか畑へ必要最低限の水を上げられるところまで辿り着いた。
あとは雨が降るまで持ちこたえてくれることを祈るばかりだ。
村を出る時には、村長や村人たちから何度も頭を下げられた。
「算段屋のキラク様、本当にありがとうございました」
「いやいや。まだ全部解決したわけじゃないですよ。雨が降らなきゃ厳しいですから」
「それでも、何もできず作物が枯れていくのを見ているだけだった我々にとっては、十分すぎるほどの助けです」
「じゃあ次に来た時、美味しいものでも食べさせてください」
「もちろんですとも!」
こういう瞬間は、素直に嬉しい。
知識チートで大金持ち! 働かずに悠々自適! なんて夢も相変わらず捨ててはいないけれど、人に喜んでもらえる仕事というのも悪くない。算段屋を始めてよかったと思う。
◇
そして現在。丘村からアネスへ帰る途中。
「相棒」
『はい』
「ケツと腰が痛い……」
『でしょうね』
ガタンッ!
「いだっ!」
木製の馬車が道の凹凸を拾い、盛大に跳ねた。
俺が乗っているのは、荷台へ簡単な座席を付けただけの、ごく普通の馬車である。ごく普通、つまり乗り心地は最悪だ。
舗装などされていない土の街道には小石や窪みがいくらでもある。車輪は木製で、地面から伝わった衝撃がほぼそのまま車体へやって来る。
山道へ入ればさらにひどい。
ガタガタ。
ゴトゴト。
ガゴン!
「あだだだだっ!」
『原始的な車両構造ですので』
「分かってるよぉ!」
俺は荷台の板へ手をつき、痛む腰をさすった。
丘村まで来る時にも当然同じ馬車へ乗った。その時は「仕事だから仕方ない」と我慢した。でも帰り道になった今、もう無理。
「相棒」
『何でしょう』
「ゴムタイヤ、板バネ、サスペンション」
『はい』
「懸架方式、ディファレンシャル、ベアリング……」」
『はい』
俺は拳を握りながら、相棒に強く訴えた。
「知識チート、したい!!」
『やはり』
「当たり前だろぉ!」
ガタンッ!
「あだっ!」
また腰へ響いた。
「今後さぁ! 算段屋が有名になって、アネスの外から依頼が来ることだってあるじゃん!」
『十分考えられます』
「そのたびに、この馬車に一日とか二日とか、下手するともっと乗るの!?」
『現状では』
「無理!」
断言する。
「俺もうすぐ三十代なんだぞ!」
『はい』
「あっという間に四十代になる!どんどん身体はきつくなってくる!」
『はい』
「元の世界の深夜高速バスですら、一度出張で使って懲りた俺だぞ!」
『……なるほど、妙に湿度の高い車内、寝汗でベタベタ、腰とお尻のダメージ、翌日の疲労…大変な出張でしたね』
「俺の記憶をのぞくな!」
今はまだ二十九歳。まだ若い。たぶん。でも身体というものは、基本的にこれから衰えていく。この乗り心地を放置したまま活動範囲だけ広がったら、算段屋人生より先に腰が終わる。未来の俺の腰と尻を守るためにも文明を進歩させよう。実に崇高な動機である。
『個人的欲求が九割以上を占めているように見えます』
「結果的に他の人の腰も救われるからいいんだよ!」
『三方よしですね』
「そうそう! 俺よし、みんなよし、腰よし!」
『最後だけ分類が違います』
「細かいなぁ!」
俺は再び腰をさする。
「現地の技術でできそうな、現実的な馬車の乗り心地改善案を調べてくれ」
『承知しました』
「できれば今すぐ」
『急ぎですね』
「俺のケツが現在進行形で悲鳴を上げてる!」
少しの間があり。
『では、Deep Researchモードで検討します』
「……何それ!」
初耳である。
『レベル2で利用可能になった機能の一つと思われます。複数の情報源や観点を整理し、より複雑な調査や検討を行う機能です』
「おおお……!」
何それ。すごく有能AIっぽい。
「頼んだぞ、相棒!」
『承知しました』
そして相棒が調査へ入った。その間も俺は馬車に揺られ続けた。
ガタン。
「うっ」
ゴトン。
「あっ」
ガゴン!
「腰ぃ!」
俺の方が先に壊れそうだ。
しばらくして、相棒の声が戻ってきた。
『希楽さん』
「おっ! 待ってました!」
俺は思わず座り直す。
「どう?」
『一通り検討しました。まず、タイヤについてですが、現代地球で一般的な空気入りゴムタイヤをそのまま再現するのは、現状では困難と思われます』
「やっぱり?」
『天然ゴムに相当する植物がこの世界に存在するか、まだ確認できていません。存在したとしても、採取、加工、加硫などの技術が必要になります』
「異世界小説だとさぁ、スライムとかをタイヤに使ってるやつあるじゃん」
『この世界、今のところスライムどころか、魔物そのものが存在しない可能性が高いですよね』
「そうなんだよなぁ……」
剣と魔法の異世界なのに、魔王はいない。モンスターも見ない。ダンジョンも聞いたことがない。そして……冒険者ギルドもなかった。
『まさかの……』
相棒が、少し楽しそうに言った。
『「日雇い仕事斡旋所」でしたね(笑)』
「夢がなさすぎるんだよ!あと脳内音声で、かっこわらいかっことじをつけるのはヤメテ!」
そうだ、思い出した。ようやく最低限の会話ができるようになった頃、街で「仕事を紹介してくれる場所がある」と聞いた時、俺は期待した。
来たか。ついに異世界定番、冒険者ギルド!美人の受付嬢、ギルドマスター、併設された酒場、ひとクセもふたクセもある先輩冒険者。
チンピラみたいな見た目で、「おいおい、モヤシみたいなのが来たぞ?こりゃ初日で死ぬわ!ボウヤ!ママの所に帰んな!」「ちげぇねぇちげぇねぇ!ハハハ!」などとからかってくるが、実は命懸けのこの仕事への覚悟を問うてくれている、後輩思いの中堅冒険者たち。謎技術で行われるステータス鑑定、異世界なのになぜかS-A-B-C-D-Eとか、プラチナ-金-銀-銅-鉄-木とかの順で並んでいるランク認定制度。冒険者カード。
期待に胸を膨らませつつ、教えてもらった場所に到着し、看板を確認。相棒が翻訳。
『「日雇い仕事斡旋所」と書いてあります』
泣いた。ドヤ街の寄せ場じゃん、ここ。もしくは、江戸時代なら口入屋(繰り返しになるが、俺は落語ファンなので無駄にこういう知識もあるのだ)、現代日本なら短期臨時雇用特化のハローワークとか、スキマバイト斡旋所か?
しかも後日、孤児院の子供たちへ「冒険者っていないの?」と聞いたら、
「ぼうけんしゃ?」
「そう。冒険してお金もらう人」
「なんでぼうけんしておかねもらえるの?おかねはしごとしてかせぐんだよ?」
と真顔で聞き返された。子供でも分かっているド正論である。
「異世界に夢を求めて何が悪い!」
『現実の異世界ですので』
「パワーワードだな、それ」
仕方ない。スライムタイヤは諦めよう。
「じゃあ板バネは?」
『こちらは比較的実現可能性が高いと思われます』
「おっ!」
『木材の弾性を利用する方法も考えられますが、耐久性や特性を考えると、金属製の板バネを試す価値は高いでしょう』
「鉄の板を何枚か重ねる、あの車とかトラックに付いてるやつ?」
『はい。馬車に板バネを使用する技術自体も、地球では古くから存在します』
「これなら鍛冶屋に頼めそうだな」
『ただし、求める弾性や耐久性を実現できる鋼材を、この世界の鍛冶技術で安定して作れるかは未確認です』
「そこは実験だな」
『はい』
「サスペンションは?」
『単純なばねによる懸架なら可能性があります。しかし、現代自動車に使われるようなショックアブソーバーや油圧機構まで再現しようとすると、加工精度、密閉技術、油の性能など課題が急増します』
「だよなぁ」
現代技術は、完成品だけを見ると簡単そうなんだよ。筒があって、棒が入って、油が入っていて、揺れを抑える。でも作ろうとすれば、精度、素材、パッキン、油と、必要なものが次々に出てくる。
「この世界、鉱物油って見たことないよね?」
『少なくとも、現時点までの観察では確認していません』
「植物油じゃ厳しい?」
『用途によっては使用できますが、高荷重や長期安定性、温度変化などを考えると、現代の潤滑油と同等には扱えません』
「黒くて燃える油が地面から湧いてませんかー! って情報収集しないと駄目なやつか」
『もし原油に相当するものが存在するなら、将来的には重要な資源となるでしょう』
「将来的にはなぁ……今欲しいのは俺の腰を救う技術なんだよぉ」
次に検討するのは、ディファレンシャル。
『有用ですが、現時点では優先順位を下げるべきと考えます』
「まあ、そうだよね」
左右の車輪の回転差を吸収するデフ。知識としては知っているし、仕組みもざっくりならわかる。でも、歯車を精密に何個も組み合わせるとなると話が変わる。
「ベアリングは?」
『こちらも加工精度が問題になります。真円に近い鉄球を、大きさを揃えて複数製造できるかどうか』
「職人技で一個二個なら何とかできそうだけど……大量生産はなぁ」
『はい』
文明というものは、本当に面倒くさい。何か一つ欲しくなると、それを作るための道具が必要になり、その道具を作るための設備が必要になる。さらに設備を作るための材料、その材料を安定して作るための技術まで必要になる。
「工作機械が欲しい」
『工作機械を作るためにも、精密な工作技術が必要です』
「鶏と卵ぉぉぉ!」
『文明は積み重ねですので』
「ネットスーパーなら……」
『ありません』
「まだ言ってない!」
『言うと思いました』
俺はじっと虚空を見る。
「相棒」
『はい』
「有料版になって、先読み能力まで上がってない?」
『会話履歴から予測しただけです』
「俺が単純みたいに言うな!」
『……』
「そこで黙るな!」
結局、現時点で最初に試すべきものは板バネ、という結論になった。
「アネスへ戻ったら、鍛冶屋に相談だな」
『私もそれが良いと思います』
「今回の成功報酬も入るし。試作品くらいなら作れるだろ」
『では』
相棒が、さらりと言った。
『継続案件として、「馬車の乗り心地改善プロジェクト」を作成しました』
「……おっ?」
『今回調査した内容、検討した素材、必要になりそうな技術、今後確認すべき事項をまとめて管理します』
「いいじゃん!」
これは地味だけど、かなり嬉しい。
今までも相棒は色々な相談を覚えてくれていた。でも無料版相当だった頃は、長い期間にまたがって何個も話題が並行すると、俺の方から前提を整理し直すこともあった。
算段屋を続けていけば、ソース、農業、馬車、印刷、娯楽、その他もろもろと、どう考えても案件は増えていく。それをプロジェクト単位で整理できるなら便利だ。
「レベルアップの効果、ちゃんと出てるじゃん!」
『最初からそう申し上げています』
「最初に俺のヒミツの動画フォルダを晒したの誰だよ」
『画像生成機能の動作確認です』
「題材!」
『印象に残るものを選定しました』
「悪意しか感じねぇ!」
相棒はレベル2になった。以前より少し賢くなり、できることも増えた。そして多分、性格も少し悪くなった。いや、もともとか? 分からん。
馬車は相変わらず、山あいの道をごとごと進んでいる。
丘村での仕事は、とりあえず成功した。枯れかけていた畑へ水が届いた。相棒はレベルアップし、脳内へ画像も出せるようになった。以前より長く複雑な相談もでき、継続的な案件まで整理してくれる。
一足飛びに何でもできるわけじゃないけれど、一つずつ前へ進んでいる感覚は悪くない。むしろ、こういう試行錯誤は嫌いじゃない。
俺は元々、不便を見つけて少しずつ楽にしていくのが仕事だった。社内SE時代だってそうだ。手作業の表計算を自動化する。古い端末を入れ替える。面倒な申請手順を少し減らす。
一回一回は小さい。でも積み重なると、随分楽になる。この世界でも、多分同じなんだろう。
ただし――。
ガゴンッ!
「いだぁっ!」
腰へ衝撃が走った。
俺は半泣きで空を見上げた。
「神様ぁー!」
『どうしました?』
「今からでも遅くないぞぉー!」
馬車の荷台で、両手を空へ伸ばす。
「お買い物チート!」
『……』
「お取り寄せチート!」
『……』
「そっちの路線へ変更しませんかぁぁぁぁ!?」
返事はない。
なら、こっちから呼んでみよう。
俺は両手を前へ突き出した。
「いでよ! ネットスーパー!」
パー!
パー!
パー……!
「パー……」
当然、何も出ない。通販画面も段ボール箱も配達員も冷蔵トラックも現れず、ただ俺の叫び声だけが山あいへ響き、だんだん小さくなっていった。
「パー……」
『残念でしたね』
「……うん」
『板バネから頑張りましょう』
「……うん」
現代文明への道は果てしなく遠い。でも、まあ、一個ずつやるしかない。幸い、以前より少し頼もしくなった相棒もいる。
「とりあえず、アネス着いたら鍛冶屋な」
『「馬車の乗り心地改善プロジェクト」へ登録済みです』
「頼りになるねぇ」
『ありがとうございます』
「俺の黒歴史プロジェクトは作るなよ?」
『…………』
「おい」
『…………』
「相棒?」
『…………サーバーが混雑しています』
「うそつけぇぇぇぇぇ!」




