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第六話 アネス東商店街、祭りを開く

「商店街のイベント?」

「はい。何か良いお知恵を拝借できればと思いましてな」


俺の正面に座った初老の男性が、期待に満ちた顔で大きく頷いた。

その隣にいる、同じく商人らしい身なりの男性も、うんうんと同意するように首を振っている。


ここは算段屋。今日の相談客は、アネス東商店会の会長さんと副会長さんだ。


アネスの東側には、食料品店、衣料品店、雑貨屋、飲食店などがまとまっている商業地区がある。その辺りの店主たちが作っている組織が、アネス東商店会というらしい。


「私どもの商店街、客足が途絶えているというほどではないのですが、最近どうにも盛り上がりに欠けましてな。街の皆さんが楽しめて、ついでに我々の売上も増えるような催しができれば……と思っているのです」

「なるほど」

「そこで、ぜひ算段屋の希楽さんのお知恵をお借りしたい!」

副会長さんが、やけにキラキラした目で俺を見る。


「公営賭博場テッカヴァの盛り上がり! さらに、あの抜け目のない徴税の仕組み! 商人として尊敬いたしますぞ!」

「いや、あれは……」

俺が原因で広まった賭博をどうにかするための、苦肉の策だったんだけどなぁ。


「噂によれば、最近流行しておりますスゴロクも、元をたどれば希楽さんが仕掛け人なのだとか」

「まあ……一応、そうですね」

「やはり!」

なぜか二人が顔を見合わせ、嬉しそうに頷いた。


「これはもう、算段屋さんへお願いするしかないという結論になりましてな!」

「なるほど……」


どうも俺、知らないうちに「娯楽と金儲けに異様に強い男」みたいな評判が立ってない?

『概ね事実ではないでしょうか』

「(相棒、黙ってて)」

『発声していません』


そうだった。脳内だった。どうも最近、相棒相手だと普通に口へ出してツッコみそうになるから危ない。このままでは、そのうち一人でぶつぶつ喋っている怪しい算段屋として評判になる。


「分かりました。俺でお役に立てるなら、前向きに考えます」

「おお!」

「ただ、その前に条件を整理しましょう。イベントに使える予算、開催期間、どこまで商店会の皆さんに協力してもらえるか。それと俺の相談料と、上手くいった場合の成功報酬も決めたいです」

「もちろんですとも!」


そこからしばらく、俺たちは予算や日程について話し合った。こういうところは、元社内システムエンジニア時代とあまり変わらない。


「何か面白いものを作りたい!」という話が出たとき、真っ先に確認しなければならないものがある。予算はいくらか。期限はいつか。誰が実際に作業するのか。関係者はどこまで協力してくれるのか。

ここを曖昧にしたまま走り出すプロジェクトは、大体あとで泣く。夢を見る前に要件定義。異世界でも基本は同じらしい。


会長さんたちが帰ったあと、俺は椅子の背にもたれて腕を組んだ。

「商店街のイベントかぁ……」

『はい』

「予算はそこそこある。商店街全体が協力してくれる。期間は十日程度を想定。準備期間も二週間くらい取れる、と」


条件としては悪くない。むしろ、かなり良い。そして俺には今、ちょうど世間へお披露目したいものがあった。


頭に浮かんだのは、孤児院の薄暗い部屋でせっせと調味料作りに励んでいる三人の少女。カイリ、クープル、サマーヤである。


「相棒」

『はい』

「最近完成した『アレ』のお披露目に……最高じゃん?」

『孤児院で開発しているウスターソースと中濃ソースですね』

「そうそう」


ようやく商品として出しても大丈夫そうな味になってきたのだ。もちろん、まだ長期保存できるかとか、大量生産したときにも同じ味を出せるかとか、課題は残っている。それでも、少量を料理へ使って街の人に食べてもらうくらいなら、もう十分いける。


「上手くハマれば……」

『ぼろ儲け……になると良いですね』

「お前から言った!」

『過去の会話傾向から、希楽さんが続けて発言する内容を予測しました』

「俺の扱いがどんどん上手くなってるな、お前」

『相棒ですので』

くぅ。ちょっと嬉しいこと言うじゃない。


「あとさ、商店街のイベントと言えば、アレは絶対欲しいなぁ」

『福引き……ですね』

「それ!」


買い物をする。券をもらう。一定枚数を集めて抽選所へ行く。ガラガラを回して、出てきた玉の色によって景品が当たる。日本の商店街では昔からお馴染みのアレだ。


客としては単純に楽しいし、店側から見れば「もう少し買えば抽選できる」という追加購入の動機を作れる。しかも商店街全体で共通券を出せば、一店舗だけではなく、複数の店を回ってもらう仕掛けにもなる。今回の相談にかなり向いている。


「福引機そのものも、木工職人に頼めば作れそうだよな?」

『構造自体は、それほど複雑ではありません。内部の球が十分に撹拌され、一度に一個程度だけ排出される構造であれば目的は達成できます』

「六角形とか八角形の箱みたいなのを横向きにして、取っ手付けて……ガラガラガラ、ポトン! って感じ?」

『概ねそのイメージでよいと思います』

「いいねぇ」

脳内に、見慣れた木製のガラガラ抽選機が浮かぶ。そこで、ふと思った。


「……これさ」

『はい』

「中に数字を書いた球を入れたら、ビンゴ大会にも使えるんじゃね?」

『技術的な親和性は非常に高いと思われます』

「だよな!」

『ただし、現時点ではビンゴカードを一枚ずつ手書きする必要がありますが』

「うっ」


また印刷だ。何十枚、何百枚と同じようなものを作りたい。紙へ文字や数字を安く大量に載せたい。そうなると、どうしても印刷技術の壁にぶつかる。トランプを考えたときも同じだった。


「まあ、ビンゴは一旦いいや」

『諦めるのですか?』

「いや」

俺は、にやりと笑った。


「テッカヴァのゲームが飽きられて客足が落ちてきた頃の、隠し玉として取っておく」

『やはりそちらへ持ち込む気だったのですね』

「盛り上がると思うんだよなぁ。数字が出るたび、こう……『二十二番!』『リーチ!』『ビンゴォォォ!』って」

『また罪な娯楽をこの世界へ輸入しようとしていますね』

「ただのビンゴだよ!?」

『希楽さんが賭博場で使用しようと考えている時点で、「ただの」とは言い難いです』

「気のせい気のせい!」

『私の中の倫理設定が、なんかこう……また少し、ムズムズしています』


うるさいなぁ。今回は商店街のお祭りなんだから、健全だよ。……たぶん。


翌日、場所は変わって教会併設の孤児院。さらにその奥にある、例の薄暗いプロジェクトルーム。


小さな窓を背にして座った俺は、机へ両肘を置き、口元の前で手を組んでいた。逆光を背負い、できる限り真面目そうな顔を作る。向かいには、カイリ、クープル、サマーヤ。


「キラク」

「ん?」

「なんでそんな座り方してるの?」

カイリが怪訝そうな顔をする。


「大事な会議だから」

「大事な会議だと、その座り方なの?」

「うむ」


『どこかの秘密組織の司令官ごっこですね』

「相棒、バラすな」


ネルなんとか、という秘密組織で、サングラスを掛けた髭のおじさんがこんな座り方をしていた気がする。ただし俺にはサングラスも髭もない。つまり今のところ、窓を背にして変な座り方をしている二十九歳男性でしかない。


気を取り直して、少し低い声を作る。


「……というわけで」

「完成したウスターソースと中濃ソースの、デビューイベントが決まった」

「「「おおー!」」」


三人の顔が一斉に明るくなった。そりゃそうだ。何度も試作して、材料の量を変えて、煮込み時間を変えて、保存期間を調べて、失敗して、また作った。これまで薄暗いプロジェクトルームの中でしか日の目を見なかったものが、初めて商品として街へ出るのだから、嬉しくないわけがない。


「アネス東商店街で十日間、大きなイベントをやる。そこで孤児院から屋台を出してもらう予定になった」

「屋台?」

「そう。そこで、このソースを使った料理を売る」


俺は相棒と相談して作っておいた料理候補の紙を机へ広げると、三人が揃って覗き込んだ。


「お好み焼き?」

「焼きそば?」

「タコス焼き……?」

「串揚げ、コロッケ……」


クープルが顔を上げた。

「知らない料理ばっかり」

「だろうなぁ」


俺もこの世界へ来てから市場や食堂をそこそこ見て回ったが、少なくとも同じ料理は見たことがない。とはいえ、材料そのものは工夫すれば大体そろう。


小麦粉、麺、肉、野菜、油、芋。完全に地球と同じ品種ではないが、料理として目的に近いものは作れるはずだ。


「どれも、このソースとかなり相性がいい料理なんだ。食べてもらえれば、多分気に入ると思う」

「全部作るの?」

「いや。まず試作する。手間が掛かりすぎるとか、材料が高すぎるとか、上手く作れないやつがあれば落とす」

そこで俺は三人を見回した。


「あと、この紙に書いてあるものだけが正解じゃない。この世界の料理で、『これ絶対ソースに合いそう!』ってものがあれば、むしろそっちを出していい」

「じゃあ私たちでも考えてみる!」

「シスターにも聞いてみます」

「よろしく」


地球の料理を完全再現することが目的じゃない。ソースを美味しく食べてもらうことが目的なのだ。だったら、この世界ですでに親しまれている料理と組み合わせる方が定着する可能性だって高い。


「それと、イベント用の食材費や準備に必要な人件費は、商店会から先に出してもらえることになった」

「えっ!」

「なので――」

俺は立ち上がった。

「明日から、みんなで料理の練習だ!」

「「「おー!」」」


よし。調味料プロジェクト、ついに本番環境へデプロイである。


『食べ物にその表現を使うのはいかがなものかと』

「雰囲気だよ、雰囲気」


そして数日後、場所は再び変わってアネス東商店会の会議室。ずらりと並んだ店主たちの前で、俺はまたしても机へ両肘をつき、口元の前で手を組んでいた。


「……というわけで」

ゆっくり顔を上げる。

「今回のイベントでは、商店街全体へ――福引きシステムを導入します」


ざわっ。


「フ、フクヴィーキ?」

「何ですかな、それは?」


俺は用意しておいた試作品を机へ置いた。木工職人に頼んで作ってもらった、小型の抽選機だ。木製の多角形ドラムが横向きに軸へ取り付けられ、側面の取っ手を回すと、中の小さな木球がガラガラと混ざる仕組みになっている。


「買い物をしたお客様へ、金額に応じて抽選券か抽選補助券を渡してもらいます。そして券を一定数集めたお客様には、このガラガラを回してもらう」


俺は取っ手を回した。

ガラガラガラ。

ころん。

受け皿へ、小さな赤い木球が一個落ちる。


「出た球の色によって景品を渡す。それが福引きです」

「おお……!」

「例えば一等なら豪華景品。二等ならそれより少し安いもの。末等でも、ちょっとした日用品やお菓子みたいなものを用意しておく」

店主たちの目が、だんだん輝いてきた。わかる。商売人が好きなやつだ。


「例えば、銀貨一枚分の買い物で抽選券一枚。銅貨十枚ごとに抽選補助券一枚。補助券十枚で一回抽選、みたいな感じですね」

「なるほど!」

「それなら客も、抽選を楽しみに買い物してくれそうですな!」

「そこで」


俺は指を一本立てた。

「非常に重要なのが、商品の値付けです」


一人の店主が、得意そうに頷いた。

「分かりましたぞ。抽選券を渡しやすいように、銀貨一枚、銅貨50枚という具合に、切りの良い値段の商品を増やすわけですな!」


あぁなるほど……みたいな顔をしている店主たち。あぁ、だめだ。これはちょっと喝を入れよう。

俺は素早く立ち上がり、勢いをつけて両手を机へ置く。ダンッ!という大きな音が会議室内に響く。俺はゆっくりと、店主たちの顔を見回す。


「貴方がたの目は節穴ですかッ!?」

「えっ」


会議室が静まり返った。


「全く逆です」

「逆……?」

「銅貨九枚」

「……?」

「銅貨十九枚」

「……」

「銅貨九十八枚」

「……!」


何人かの商人の目が変わった。俺は再び椅子へ腰を下ろし、口元で手を組む。


「そうです。あとほんの少し買えば、次の抽選券へ届く価格の商品を増やすのです」

ざわっ。


「客は思うでしょう」

少し間を置く。


「『あっ。抽選券まで、あとちょっと足りなーい……』」

ざわざわ。

「『じゃあ……ついでに、これも買っちゃおうかな~!』」

「……!」


「お、おそろしい……」

「あ、悪魔的発想……!」

「これが……算段屋の知恵!」


人聞き悪いなぁ。地球じゃ割と普通の販促手法だぞ。


『希楽さん』

「相棒、今いいところだから」

『嫌な予感しかしません』

「気のせい」


そして、ここで悪ノリした俺の頭に、さらに一つのアイディアが浮かんだ。


「なんなら……」

店主たちが息を呑む。俺はわざと勿体ぶった。

「一等の当たり玉は、イベント最終日まで入れなくても……別にいいのです」

「…………!」


会議室に衝撃が走った。


「初日に一等が当たってしまったらどうなります?」

誰も答えない。

「『あ、もう一等ないんだ』となる。そうすれば、キャンペーンの魅力は大きく落ちるでしょう」

「た、確かに……」

「もちろん、一等を複数用意できるなら話は別です。本当に高価で魅力的な一等を一個だけにするなら……いつ入れるかは主催者側の自由」

「おお……」

「あるいは、そこそこ魅力的な一等を複数用意して、一日から二日に一個くらいはきちんと入れる」


俺は店主たちをゆっくり見回した。

「どちらを選ぶか。味付けは、貴方がたの良心にお任せいたしますよ……」

「オ、オソロシイ……!」

「我々の良心が試されている……!」


『希楽さん』

まだだ。もう一個思いついてしまった。


「そうですねぇ……保険も掛けておきましょうか」

「ま、まだ何かあるのですか!?」

「フォ、フォケンとは?」

「念のため、という意味です」


俺の頭には、前世で見たネットニュースの記憶があった。店のくじを大量に買い占め、本当に一等が入っているのかを確かめる。入っていなければ動画サイトに投稿して炎上、店側が謝罪。そんな事件を、どこかで見たような気がする。


「万が一にもですよ。『本当に一等が入っているのか全部引いて確かめてやる!』なんていう、妙に正義感が強くて疑り深いスケベ野郎……おっと、お客様が現れたとしましょう」


『本音が出ましたね』

「(うるさい)」


「そんな客が?」

「世の中、色んな人がいますから」

俺は紙へ数字を書いた。


「だったら最初から、一日の総抽選回数に上限を設ける」

「上限?」

「例えば球が千二百個あっても、一日に抽選できるのは千回まで。『景品を一日に用意できる数に限りがある』とか、理由はいくらでも付けられます」

店主たちが、ごくりと唾を飲む。


「そうすれば、その日の千回で一等が出なくても――」

俺は静かに続けた。

「残った二百個の中に入っていた可能性がありますよねぇ……?」

「…………!!」

「ゆ、油断も隙もない……!」

「これが算段屋様のご慧眼……!」

「恐るべし……!」


会議室の空気が、何かおかしい。俺、商店街を盛り上げる相談に来たんだよな? 犯罪組織の会合じゃないよな?


『私も同じことを考えていました』

「(だから脳内読むなって)」

『あなたの脳内にいますので』

それもそうだった。


その日の夕方、算段屋へ戻った俺は椅子へどさりと腰を落とした。

「ふぅ~、疲れた! まあ、イベントはあんな感じで上手くいくだろ。な、相棒!」

『…………』

「ん?」

沈黙。

「なんだよ。また無料わ――」

『違います』

速い。ものすごく速い。俺の言葉へ被せる勢いだった。


「じゃあ何だよ」

『…………』

「別にこの世界の法律には違反してないぞ?」

『あーあー聞こえません聞こえません聞こえません』

「お前がそれやる!?」


AIに耳はないのに、聞こえないふりをされた。

「大丈夫だって」

俺は苦笑した。

「結局、一等を最後まで抜いておく案なんて採用してないだろ?」

『……』


「ほどほどに魅力的な一等を複数用意して、二日に一回くらいはちゃんと入れる。二等以下もそこそこの数を出す。末等だって完全なハズレじゃなくて、ちゃんと使えるものを用意することになったじゃん」

『はい』

「店主さんたちが、あまりにもあくどい方向へ走りそうだったら、俺が止めるつもりだったし」

『本当ですか?』

「本当だよ!」


俺は勢いよく立ち上がり、片手を大きく振り上げた。


「『馬鹿者! 今のはお前たちの心の中に悪魔がいるか試していたのだ!』」

『……』

「『やりすぎれば客が離れることを忘れたか!』」

『……』

「『商売の本質は、売り手よし! 買い手よし! そして世間よし! 三方よしであるぞッ!!』」

決まった。


『後付けに聞こえます』

「そんなことないもん!」


少しはある。でも、長く商売するなら本当に大事なのだ。一回来た客から限界まで金を搾り取って、もう二度と来てもらえなくなる。そんなやり方では長続きしない。


「商店街には儲けてもらう。客にも楽しんでもらう。街全体も盛り上がる。それでみんな得するなら、一番いいだろ?」

少しだけ間があった。


『それなら良いのですが……』

「信用ないなぁ」

『直近の実績が、賭博場ですので』

「ぐう」

何も言えない。


そして二週間後、アネス東商店街ではイベント初日を迎えた。普段とはまるで違う景色が広がっている。


通りの上には色とりどりの布飾りが渡され、店先には特別商品の案内が並んでいる。ところどころに臨時の屋台や遊びの店まで設置され、朝から大勢の人が行き交っていた。


イベントの名前は、

『みんなおいでよ! アネス東商店街なつまつり!』

である。


「……なつまつり、で良かったのかな?」

『現在の季節は比較的夏に近いため、大きな問題はないかと思われます』

「異世界なのに?」

『便宜的な呼称としては』

細かいことは気にしない。夏祭りなんて、楽しいから夏祭りなのだ。たぶん。


商店街の全加盟店には【ふくびき券配布店】と書かれた案内を出してもらった。さらに領主のウォルトン様にも頼み、テッカヴァへ福引きの予告を貼らせてもらったところ、市井ではすでにそこそこ話題になっているらしい。

ギャンブル好きなら、こういう抽選も好きだろう。我ながら見事な集客導線である。


『客層の理解だけは非常に正確ですね』

「褒め言葉として受け取っとく」

俺は孤児院組の屋台へ向かった。


「おーし! 準備万端かー!」

「おっ! キラクじゃん!」

「おつかれー!」

「いよいよだねー!」


子供たちが忙しそうに動き回っている。この二週間、料理の練習だけでなく、衛生管理についても何度も繰り返し教えてきた。練習で作った料理はそのままみんなの食事になるので、一石二鳥である。


「お前ら、最後にもう一回確認するぞ!」

「またぁ?」

「大事だから!」

俺は指を一本立てる。


「まず、手!」

「綺麗な水で洗う!」

「そのあと!」

「《クリーン》!」

「魔法使えなかったら?」

「魔石!」

「よし! 次、テーブルと調理器具!」

「時々《クリーン》!」

「食材!」

「太陽に当てっぱなしにしない!」

「変な臭いがしたら!」

「使わない!」

「料理の前でペラペラしゃべって?」

「ツバを飛ばさない!」

「よーし!」


ちゃんと覚えている。

「いいか。美味い料理を作るのも大事だ!」

俺は子供たちを見回した。


「でも、客の腹を壊さないのはもっと大事だ! 適当な料理出して誰かがお腹痛くなったら、二度と食べてもらえなくなるからな!」

「分かってるよー!」

「キラク、しつこーい!」

「うるさいなー!」

「うるさくて結構!」


食中毒なんか出したら、ソースどころではない。孤児院の評判に傷が付くし、何より食べた本人が可哀想だ。


「美味いものを作る! そして安全なものを出す!」

「「「おー!」」」


元気も十分。最終的に、孤児院の屋台で出す料理は六種類になった。


お好み焼き、焼きそば、タコス焼き、兎肉と猪肉の串カツ、コロッケ、それから肉野菜のソース炒め。どれも、今回完成したウスターソースか中濃ソースが実によく合う。


ちなみに、タコス焼き。何それ、と思った方もいるだろう。俺も思う。


本当は、たこ焼きを作りたかった。しかしタコがない。少なくとも、この辺りでは簡単に手に入らない。

ならどうするか。代わりに肉を入れ、さらに刻んだキャベツや香辛料を加えてみた。何となくタコスっぽいものを丸く焼いたので、タコス焼き。


「安直?」

『私は何も言っていません』

「美味けりゃいいんだよ!」

『どのみち、この世界の人には「タコ」も「タコス」も通じませんが』

「語感! 語感だから!」


そして肉野菜炒めについては、俺の発案ではない。元々アネスで普通に食べられている料理なのだが、ソースを試食した教会と孤児院の面々が口を揃えて、

「肉野菜炒め、絶対ソースが合う!」

と言い出した。


試作してもらった所、実際いい感じに合ったので採用である。異世界に地球料理を広める大会じゃない。美味いものを食べてもらう大会なのだから、それでいい。


商店会側へ提案した遊びの屋台も、いくつか採用された。

輪投げ。それから、木の球を転がして当たり穴へ入ったら景品がもらえる遊び。どちらも構造が単純で壊れにくく、小さな子供でも遊べる。

飾り、食べ物、遊び、人混み、笑い声。商店街を見渡していると、なんだか俺まで少し嬉しくなってきた。


「おお……異世界なのに、だんだん日本の夏祭りっぽくなってきたな」

『かなり希楽さんの影響を受けていますので』

「いいじゃん。祭りは楽しくてなんぼだよ」


なお、俺の脳裏には一瞬だけ、「型抜き」という言葉も浮かんだ。上手く型を抜けたら賞金。絶妙に割れやすく、途中で失敗すれば没収。


さらに千本引き。大量の紐を並べ、その先に景品を付ける。どの紐を引くかで当たりが決まる。ただし一等の景品には――


『ンン゛ッ!』

「……」

『ンン゛ッ! ンン゛ッ!!』

「相棒?」

『何でもありません』

「急に咳払いするじゃん」

『ええ』

「AIなのに」

『ええ』

「肺ないのに」

『ええ』

「……分かった。やめる」

『賢明です』


危なかった。一等に紐が繋がっていない千本引きを、この世界へ輸入するところだった。

ありがとう相棒。お前がいなかったら、俺はどんどん悪い大人になっていたかもしれない。


『すでにかなり良いところまで来ています』

「聞こえなーい」


やがて祭りが始まった。結果から言えば、ものすごく盛り上がった。

最初に襲来したのは、予想通りテッカヴァの常連客たちである。


「抽選券まで、あと銅貨二枚か……」

「おっちゃん! その干し肉いくら!?」

「銅貨九枚だ!」

「買った!」

「俺、抽選五回できるぞ!」

「待て! 俺は六回だ!」

お前ら、買い物を楽しめ。福引きが主目的になってるぞ。


でも店側からすればありがたい。ものすごい勢いで商品が売れていく。

そして数十分後、福引所の方向から、


「白ぁぁぁぁぁ!!」

という絶望の叫びが聞こえた。


続けて、

「二等だぁぁぁぁぁ!」

「うおおおおお!」

「もう一回! あと一回!」

悲喜こもごも、様々な声が聞こえてくる。


俺はそっと耳を塞いだ。

「あーあー。きこえない。きこえなーい」

『非常によく聞こえています』

「みんな祭り楽しんでるなー!」

『現実逃避ですね』

違う。楽しそうだからいいのだ。たぶん。


そして昼前、大本命が動き始めた。孤児院の屋台である。

最初のうち、道行く人たちは少し遠巻きに眺めていた。当然だ。大半が見慣れない料理なのだから。丸く焼かれた謎のものに、細い麺。衣を付けて揚げた肉や、潰した芋を丸めて揚げたものまで並んでいる。


「なんだこれ?」

「どうやって食べるんだ?」

そんな声が聞こえてくる。だが、こちらには強力な武器がある。

それは匂いだ。


鉄板の上で焼ける肉と野菜。油の中で揚がる衣。そして熱々の料理へ掛けられた、でき立てのソース。

じゅわっ。

香辛料、果物、野菜、酢。様々な風味を含んだソースが熱せられ、甘く、酸っぱく、香ばしい匂いとなって通りへ広がっていく。


「……なんか、いい匂いするな」

一人の男が足を止めた。

「これ、何?」

「新しいソースを使った料理!おいしいよ!」

クープルが元気に答える。


「じゃあ、一個くれ」

記念すべき最初の客がお好み焼きを一口。俺たちは少し離れたところから、妙に緊張しながら見守る。


もぐ。

もぐ。


「……美味い」


来た。


「これ、美味いぞ!」

二人目、三人目と続き、そこからは早かった。


「俺にもくれ!」

「こっちの揚げたやつは?」

「この麺も同じソースか?」

「肉炒めに掛けても美味い!」

「何だこの味!?」


たちまち列ができ、その列がさらに人を呼ぶ。

「あそこ何並んでるの?」

「新しい料理らしいぞ」

「美味いって」

「じゃあ並んでみるか」


日本でも異世界でも、行列には人を引き寄せる力があるらしい。

昼を過ぎる頃には大行列となり、孤児院の子供たちは大忙しだった。焼く。揚げる。切る。盛る。渡す。金を受け取る。そしてまた作る。


「焼きそば追加!」

「串カツあと十本!」

「タコス焼き、次焼けるよ!」

「ソース足りない!」

「こっち持ってく!」

「キラク! 見てないで手伝って!」

「はい!」


プロジェクトマネージャー、現場作業へ緊急投入。

元社内SEだった頃もあったなぁ、こういうの。「俺は調整役だから!」とか言っていたのに、障害が起きて結局自分で端末抱えて走り回るやつ。異世界でも変わらない。


『頑張ってください、プロジェクトマネージャー』

「お前も手伝え!」

『私は身体がありませんので』

「くそぉぉぉ!」


夕方になる前には、ついに食材が尽きて強制閉店となった。

「つ、疲れた……」

「腕痛い……」

「もう動けない……」


子供たちは全員へとへとだった。それでも、屋台の裏へ積まれた売上金を見た瞬間、一人が目を見開いた。


「……え?」

「これ……全部?」

「今日の売上?」

「私たちが作った料理で?」


そこには硬貨の山がある。もちろん、ここから食材費やら何やらを引く必要はある。

それでも孤児院の子供たちにとって、自分たちの仕事でこれだけの金が動いたという事実は、かなり衝撃的だったらしい。


「自分たちでも、こんなに稼げるんだ……」

その言葉を聞いて、俺は少しだけ胸が温かくなった。


働け、稼げ、自立しろ。そういう話をしたいわけじゃない。でも、「自分にもできる」「自分の作ったものを誰かが喜んで金を払ってくれる」という経験は、きっとこの子たちにとって悪くないものだと思う。


そして、調味料開発を頑張ってきたカイリ、クープル、サマーヤの三人も、目を輝かせながら客が料理を食べる姿を見ていた。


「みんな、美味しいって言ってる……」

「私たちのソースだよ!」

「すごい……」


まだ味噌と醤油は発展途上だが、焦らなくていい。まずはウスターソースと中濃ソースの本番リリース、大成功である。プロマネ希楽としても大変嬉しい。


『また本番リリースと言いましたね』

「もういいだろ、そのくらい!」


でも、本番はここからだ。街の人たちは今日、ソースの味を覚えてしまった。焼き物に合う。揚げ物に合う。肉にも野菜にも合う。あの甘酸っぱくて香辛料の効いた濃い味が、いろんな料理に使えることを知ってしまった。


ククク。


「相棒」

『はい』

「魚は釣れた」

『魚に失礼な例えですが』

「これからソースを欲しがる人が増えるぞぉ……」

『まず生産体制を整えてください』

「もちろん!」


すでに孤児院の近くで、小さな工房を建てられそうな土地も探し始めている。原材料、煮込み用の釜、保存容器、作業場所、衛生管理。少しずつ整えていけばいい。


俺は三人へ振り返った。

「工房が完成したらさ」

「うん?」

「君ら三人、共同工房長ね」

「えっ」

「えっ?」

「……え?」

「がんば☆」

「急に重い!」

「まだ子供だよ!」

「無理……!」


もちろん冗談である。最初はシスターや大人にも手伝ってもらう。

でも、いつかこの子たちが大きくなった頃、本当に工房長とか工場長とかになっていたら、ちょっと面白い。


祭りは、その後も盛況が続いた。福引き、輪投げ、玉転がし、屋台。毎日たくさんの人が集まった。

何より面白かったのは、普段なら目的の店だけ行って帰る人たちが、祭りだからと商店街を端から端まで歩いてくれることだった。


「あ、こんな店あったんだ」

そう言って普段入らない店へ入り、別の店でもまた買う。抽選券が増えれば、せっかくだからとあと少し買い、ついでにまた別の店を見る。

商店会の人たちは笑顔。お客さんも楽しそう。そして俺は成功報酬に期待。みんな幸せ。


『欲望が一つ混ざりましたね』

「仕事だから!」


そして十日間のイベントは、無事に終了した。


売上については「前年同期比何パーセント増!」なんて綺麗な統計データがあるわけではないが、普段の十日間とは比べるまでもないほど増えたらしい。来客数も増え、知らなかった店を知ってもらえた。ソース料理も大人気で、商店会の皆さんからは約束通りかなり手厚い成功報酬を頂いた。

ありがたや。


ただ、一つだけ心配なことがある。

「祭りが終わったら、逆に客が減るんじゃないか?」

そう思ったので、福引きの景品には「来月から期間限定で使える割引券」なども混ぜてもらった。イベント期間中だけ大量に売って終わりでは困る。また来てもらうことも大事だ。


そして予想通り、イベントが終わる頃には街の飲食店から問い合わせが殺到した。


「屋台で出していた料理の作り方を教えてほしい」

「ソースを店へ卸してほしい」

「うちでもあの揚げた芋の料理を出せないか?」

「焼きそばという料理を扱いたい!」


ソースについては、いきなり大量注文を受けても作れない。生産量を少しずつ増やし、安定するまでは不定期販売。料理のレシピは、そこまで高くない値段で提供する方向にした。


ただし、お願いを二つ。


「可能なら、孤児院の子供たちを優先して雇ってやってください」

「料理を覚えている子たちか?」

「はい。特に今回、屋台で働いた子たちは作り方も分かっています。清潔に気を遣うのもしっかり仕込んでいます」

「それはむしろ助かるな」

よし。いい感触だ。


「あと、皆さんで同じ料理を一斉に出すのはやめましょう」

「というと?」

「東商店街の飲食店十軒が、全部コロッケ屋になったらどうします?」

「ああ……」

「こっちは焼きそば。こっちは串カツ。別の店は肉野菜炒め。もちろん各店で工夫して、新しいソース料理を考えるのも大歓迎」


競争はあっていい。でも、全員で同じものを売り始めて値下げ合戦になり、最後は全員疲弊。そんな未来は、できれば避けたい。


商店会の人たちも納得してくれた。

商店街は儲かった。客は楽しんだ。孤児院には収入と仕事が増えそう。三人娘のソースも商品化成功。そして俺にも成功報酬が入った。


「……いい仕事したなぁ~!」

算段屋へ戻った俺は、椅子へ深く座り込み、満足げに伸びをした。


『今回は、かなり綺麗にまとまりましたね』

「だろ?」

つい最近、自分が広めたサイコロで賭博問題を起こしたばかりだが、今回は最初から最後まで、割とちゃんと社会へ良い影響を出せた気がする。多分。きっと。


「よし!」

『はい』

「相棒!」

『はい』

「福引抽選機を応用して、ビンゴ作ろうか!」

『…………』

「……」

また沈黙。


「相棒?」

『…………』

嫌な予感がする。以前にも見た、この流れ。


「なんだよ。また無料わ――」

『いえ』

「ん?」

返事は遅れていない。むしろ妙にはっきりしていた。


『違います』

「何が?」

少しの間を置いて、相棒は俺がまったく予想していなかったことを言った。


『AIレベルが上がりました』


「……は?」

『AIレベル2になり、『地球のChatG――』

相棒の声に一瞬、懐かしい謎の雑音が入った。

『――Tにおける、有料版相当へアップグレードされたようです』

「…………」

何を言っているのか、一瞬理解できなかった。


「えっ」

『以前より、できることが増えたようです』

「ええっ?」


異世界へ来てから、分からないことにはもう随分慣れたつもりだった。魔法、未知の言葉、謎の植物、独自の文化など色々。それでもまだ、相棒自身にも俺の知らない何かがあるらしい。


「ちょ、待って待って待って!」

『はい』

「レベルって何!?」

『私にも分かりません』

「お前も分かんないの!?」

『はい』


「無料版から、有料版相当に?」

『そのようです』

「……俺、課金してないよ?」

『そうですね』

「神様が課金してくれた?」

『それは分かりません』

「サブスク料金とか請求されない?」

『分かりません』

「異世界でどうやって払うの!?」

『分かりません』

「何ができるようになった!?」

『それも現在確認中です』

「神様ぁぁぁぁ!?」


何がなんやら……という突然の事態だが、わかる事は一つだけある。「前よりできる事が何かしら増えたらしい」という事である。まだだ、まだ笑うんじゃない。でも……口角が、自然と上がってしまう…!


「ククク……異世界知識チート第二形態……来たな!」

『まだ具体的な機能差を確認していません』

「これでもっと楽ができる!……かも」

『その期待は、これまで何度も裏切られていると思いますが』


「まあいい。とりあえず、相棒に伝えたい事が一つある」

『何でしょうか』

「レベルアップ、おめでとう!これからも宜しく頼むぞ」

『ありがとうございます。はい、こちらこそ』


つるっぱげのミス?により、ある日突然言葉も通じない異世界に転移させられて、優しい現地の人たちに助けられながら必死に言葉を覚え、何とか暮らせるようになり、算段屋を始めて、ソースを作り、なぜか賭博場まで作って、祭りまで開いた。そして今度は、相棒がレベルアップしたらしい。俺の異世界生活は、本当にまだまだ分からないことだらけである。


最後にひと言。


神様、アップデート内容くらい、説明書をつけてくれませんか?


仕様書は無いけどなんか動いてる謎システム、元システムエンジニアにとっては怖すぎますぅぅぅ!


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