第五話 サイコロが賭場を連れてきた
ある日の昼下がり。これといった依頼も入っておらず、俺が算段屋の机でぼんやりお茶を飲んでいると、店の扉が控えめに叩かれた。
「はいはい、どうぞー」
「失礼いたします」
入ってきたのは、六十代後半くらいの男性だった。綺麗に整えられた銀髪に、皺ひとつない上等な服。背筋はぴんと伸び、立ち居振る舞いにも妙な落ち着きがある。 少なくとも、便秘の相談に来た近所のおっちゃんとは客層が明らかに違った。
「すみません。こちら、算段屋の希楽さんでお間違いないですかな?」
「あ、いらっしゃいませ。はい、俺が算段屋の希楽です」
老紳士は胸へ手を当て、上品に一礼した。
「わたくし、この街の領主に執事としてお仕えしております、シルヴァと申します」
「りょ、領主さまの!?」
思わず背筋が伸びた。ついこの前まで、ウンコが出ないという相談で銅貨三枚をもらっていた俺の店に、領主の執事が来た。算段屋、急に客層が上がりすぎでは?
『出世ですね』
「(相棒、それ今言う?)」
もちろん口には出していない。相棒との会話は脳内だけなので、目の前のシルヴァさんから見れば、俺が突然ちょっと緊張しただけである。
「ええと……それで、一体どのようなご用件で?」
「領主さまは街の運営について、日頃より様々な悩みを抱えておられます。先日、街で評判になっている『サンダンヤ』なる者の話をお聞きになりましてな。ぜひ一度、屋敷へ来て相談に乗っていただけないだろうか、と」
「なるほど。もちろんです。出張相談も喜んで。何なら今からでも行けますよ」
「それはありがたい。それでは、馬車を待たせておりますので」
「馬車!」
『妙なところで喜びますね』
「(だって異世界来てから初馬車だよ?)」
『領主からの依頼より、そちらですか』
俺は店に鍵を掛け、シルヴァさんに案内されて、ちょっとワクワクしながら人生初の異世界馬車へ乗り込んだ。
◇
領主の屋敷は、アネスの街の中心部に近い場所にあった。高い塀の向こうには大きな屋敷が建ち、白い壁と青みがかった屋根がよく映えている。門から玄関までの道の両側には綺麗に手入れされた庭が広がり、季節の花まで咲いていた。
「(うわぁ……立派だなぁ)」
『領主の館ですからね』
「(この庭でバーベキューしたら気持ちよさそう)」
『普通はお茶会などを想像するところでは?』
「(ですよねー)」
でも、この芝生で炭を熾して肉焼いたら絶対美味いと思う。
そんな庶民丸出しの感想は胸の奥へしまい込み、シルヴァさんに案内されて屋敷へ入った。通された応接間も立派なものだった。磨き込まれた木製の家具に厚手の絨毯、壁には絵画まで掛けられている。この世界へ来てから入った部屋の中では、間違いなく一番金が掛かっていそうだ。
そして、そこで待っていたのが、この街の領主だった。
「君がサンダンヤ……の希楽くんか。はじめまして」
「はじめまして。希楽です」
ウォルトン・アネスシージ。年齢は三十代後半くらいだろうか。領主とか貴族と聞いて、俺は勝手に「偉そうにふんぞり返ったおっさん」を想像していたのだが、実際にはずいぶん爽やかな印象の男性だった。俺を見るなり立ち上がり、気さくに手まで差し出してくる。
「わざわざ来てもらってすまないね」
「いえ。仕事ですのでお気になさらず。俺でお役に立てることがあるなら喜んで」
「そう言ってくれると助かるよ」
ウォルトン様が軽く目配せすると、シルヴァさんはお茶だけを残して静かに部屋を出ていった。
領主がわざわざ算段屋を呼ぶほどの相談である。税金か、治安か、農業か、街道整備か。もしかすると、戦争が近い……とか? 少しだけ緊張しながら待っていると、ウォルトン様はカップを置き、ゆっくり口を開いた。
「では本題なんだが……希楽くん。最近、この街で新しい娯楽が流行っているのは知っているかい?」
「娯楽……ですか?」
予想外の方向から来た。
「スゴロク……だったかな。サイコロを振って、出た数に従って駒を進めていく遊びだね」
「ああ!」
知ってる。というか俺のだ。正確には、もうカミュライさんのものだけど。
例のリバーシ――いや、クルット大失敗事件のあと。俺は逃げ出したカミュライさんの店へ、ちゃんと戻った。ものすごく恥ずかしかったけれど、戻って謝った。そして今度こそ、この世界にどんな遊びがあるのかを片っ端から聞いて、市場調査をしたのである。
その結果、「こちらには無いらしい」と確認できた遊びの一つが、すごろくだった。サイコロを振る。出た数だけ駒を進める。途中のマスに色々なイベントを書いておき、先にゴールした者が勝ち。ルールは単純で、運の要素が大きいから大人と子供でも割と平等に遊べる。
何より、今度こそ市場調査ヨシ!
木の薄板へ職人がマス目や文字を書き込み、少量だけ試作して、カミュライさんの店で扱ってもらった。俺自身は恩返しのつもりだったので、製造も販売も含めた権利は全部カミュライさんへ渡してある。
その後は俺も算段屋の仕事やら孤児院の調味料開発やらで忙しくなって、すっかり忘れていたのだが。
「……もしかして、流行ってるんですか?」
「かなりね」
マジか。やったじゃん、カミュライさん!
クルットを自信満々で持ち込んで逃亡した黒歴史を乗り越え、今度こそ恩返し成功である。ちょっと嬉しくなっていると、ウォルトン様は困ったように眉を下げた。
「ただね。問題はスゴロクそのものではなくて、その付属品なんだよ」
「付属品?」
「サイコロだ」
「サイコロ……ですか?」
ほんの少しだけ、嫌な予感がした。
そういえば、この世界には――少なくとも俺がアネスで調べた範囲には――サイコロが存在していなかった。最初にすごろくの概念を説明した時も、
「では、このサイコロを振ってください」
「これは何ですか?」
「えっ」
となった覚えがある。
サイコロ。地球では何千年も昔から存在する、あまりにもありふれた道具だ。一から六までの目が付いた小さな立方体で、振れば数字がランダムに出る。だが、この街の人間にとっては、それが新鮮だったらしい。
「(……リバーシがあるのに、なんでサイコロはねぇんだよ!)」
『クルットです』
「(うっさいわ!)」
「一から六までの数字が無作為に出る。そこへ目を付けて、市民の間でサイコロを使った賭け事が流行しているらしくてね」
「えっ」
「賭博は完全に違法……というわけではないのだけど、合法と言い切れるほど制度も整っていない。庶民の息抜きまで何もかも禁止するわけにはいかないが、あまりに流行して生活を壊す者が増えても困る。なかなか頭の痛い問題なんだよ」
「ナ、ナルホドー……」
声がちょっと裏返った。なんだろう。何か、この話は俺に関係がある気がする。
「それで、最近評判の算段屋さんなら何か良い知恵がないかと思ってね」
「へ、へぇ……」
「例えば、チョーハン? とかいう賭け事が特に流行っているらしい」
ぴくっ、と俺の頬が引きつった。
「サイコロを二つ、カップのようなものへ入れて振るんだ。それで、二つを足した数が奇数か偶数かに賭ける。どうしてそんな名前なのかは誰も知らないらしいのだが、簡単ですぐに結果が出るから人気らしくてね」
「へ、へぇぇ……」
「他には、ティンティロリーン? というものもあるそうだ」
「…………」
俺は静かに目を逸らした。
「(相棒)」
『はい』
「(ものすごーく、聞き覚えがあるんだけど)」
『私もです』
「(偶然かな?)」
『いいえ』
即答だった。
『まったく偶然ではありません』
「(ああ……やっぱり?)」
頭の中で、記憶の底へ沈めていた映像がゆっくり浮かんでくる。
話は、およそ一か月前へ遡る。その日俺は、算段屋の仕事を終えてアネスの酒場で一人気持ちよく飲んでいた。
仕事はそこそこ上手くいった。飯も美味かった。酒も美味かった。そして何より、その日はちょうど、すごろくの試作品が手元にあった。
「おーい、みんな! これ見てくれよ!」
たぶん、この辺りから俺の判断力はだいぶ怪しくなっていた。おもむろに酒場の机へすごろく盤を広げると、近くで飲んでいた常連たちが物珍しそうに集まってきた。
「なんだそれ?」
「新しい遊び!」
「へぇ。どうやるんだ?」
「このサイコロってやつを振るんだ。ほら」
ころころ。
「お、四が出た。じゃあ駒を四つ進めて――」
実際に数人で遊んでみれば、これがなかなかウケた。
「あっ! 三つ戻るって書いてあるぞ!」
「うわははは!」
「また俺が一番後ろかよ!」
「もう一回やろうぜ!」
良い。実に良い。市場調査としては大成功だった。
ただし、すごろく盤には問題がある。酒場の机を一つ、丸々占領してしまうのだ。酒や料理を置く場所が狭くなるし、周りの客にも迷惑になるので、俺はすごろくを早めに片付けた。
そこまでは良かった。問題はその後だ。すごろくで盛り上がった酔客から何杯かおごってもらい、俺は更にゴキゲンになった。そして、手元にはサイコロ。酒とサイコロ、この二つが出会ってしまった。この辺までは俺も何となく覚えているが、それ以降はもう記憶が無い。
『当時の希楽さんは、次のように発言しています』
「(やめて。嫌な記憶を高精度で再生しないで)」
『対策を考えるためには、事実確認が必要です』
「(ぐぬぬ……ごもっとも)」
そして脳内に、相棒による無慈悲な再放送が始まった。
「このサイコロだけでも色々遊べるんだぜ! 丁半バクチって知ってっか?」
「チョーハン?」
「知らん!」
「何それ?」
「よぉし、教えてやろう!」
酔った俺は嬉々としてサイコロを二つ取り出し、酒場のマスターから借りた木製のカップへ放り込んだ。
「こうやってな。二個のサイコロを入れて――」
しゃかしゃか。
ぱんっ!
机へ伏せる。
「二つを足した数が偶数か奇数か。それだけを当てる!」
「それだけ?」
「それだけ! 偶数なら丁、奇数なら半!」
「簡単だな」
「だろ?」
酔っ払い相手の遊びは、簡単であることが正義である。
「ちょっとやってみる?」
「やるやる!」
「よぉし!」
俺はカップを持つと、妙に芝居がかった動きで振った。
しゃかしゃか。
ぱん!
「……入ります」
「急に声変わったぞ、キラク」
「入りました。半か? 丁か? さぁ、張った張った!」
「ハン!」
「チョー!」
「俺もチョー!」
「じゃあ俺はハン!」
俺は一人一人を見回す。
「よござんすね?」
「早く開けろよ!」
「よござんすね?」
「いいから!」
「それでは……開きます」
ぱかっ……二つのサイコロには、五と二が出ていた。
「ぐにの……半!」
「おおおお!」
「当たった!」
「外れたー!」
「なんか単純だけど面白い!」
「もう一回! もう一回!」
酒場が沸いた。
『完全に希楽さんですね』
「(完全に俺ですね……)」
『なお、何度も賽を振って丁半賭博の胴元ごっこに飽きた希楽さんは、さらに別の遊びを披露しています』
「(待って。まだやったの?)」
『はい』
「(……何?)」
答えは聞く前から、なんとなく分かっていた。
『チンチロリンです』
「(ああああああ……!)」
脳内再放送、第二部が始まった。
「マスター! 綺麗などんぶり貸して!」
「どんぶり?」
「深めの器! なんでもいいから!」
「これでいいか?」
「完璧!」
俺は借りた木製の器を机の真ん中へ置き、今度はサイコロを三個取り出していた。
「次はなぁ、こいつを三個使う!」
「三個?」
「こうやって一気に振り入れるんだよ!」
ころころころ。
木の器の中を三つのサイコロが転がる。地球の陶器みたいな澄んだ音ではない。それでも酔っ払った俺の頭の中では、あの音が鳴っていたらしい。
「ほら! チンチロリーン!」
「ティンティロリーン?」
「そう!」
「変な名前だな」
「名前はいいんだよ!」
そこから、酔っ払いによる酔っ払いのためのチンチロリン講座が始まった。
「基本は三回まで振って、同じ数字が二つ出たら、残りの一個が自分の目な。例えば六、六、四なら?」
「四?」
「正解! 三、三、六なら?」
「六!」
「正解! 普通は数字が大きい方が勝ち!」
「簡単じゃん」
「でもな。特殊な役がある!」
おそらくその辺りで、俺の声は一段大きくなっていた。
「一、二、三! ヒフミ! これは倍付けの負け!」
「うわっ!」
「逆に四、五、六! シゴロ! 倍付けの勝ち!」
「おおー!」
「同じ数字が三個揃ったらもっと強い!三倍付け! そして一、一、一が揃ったら――ピンゾロ!」
ばんっ、と机を叩く。
「三倍でもいいし、四倍や五倍付けにしてもいいぞ!」
「五倍!?」
「あと、サイコロが器から飛び出したらションベン!」
「ションベン!?」
「三回振っても目が決まらなかったら目無し!」
「面白ぇ!」
「じゃあやろうぜ!」
こうして、異世界アネスの街にチンチロリンが爆誕した。いや、正確には、チンチロリン賭場・酒場支店が勝手に開帳した。
『チンチロリンの登場により、酒場の熱気はさらに上昇しました』
「(もうやめて……)」
『新しい遊びを教えてくれたお礼として、周囲の客から希楽さんへ多数の酒が提供されています』
「(あぁ……)」
思い出した。途中から、自分で頼んでいない酒がどんどん出てきたのだ。美味かったし、奢ってもらえるのも嬉しかったので、調子に乗っていっぱい飲んだ。
『その後、希楽さんは泥酔して帰宅しました』
「(あぁ~……二日酔いで次の日ずっと寝てた、あの日かぁ……)」
『はい』
「(俺、何であんなに飲んだんだろう……でも記憶ないし……って反省してたんだけど)」
『原因はこれですね』
「(うん……)」
『そして市民の間では、最初は「酒一杯を賭ける」「食事代を賭ける」程度だったものが、次第に現金を賭ける形へ発展していったものと推測します』
「(お、おぅ……)」
やっちまった。
以前、異世界に新しいものを持ち込む前にはちゃんと市場調査しようと学んだ。今回は市場調査したし、サイコロが無いことも確認した。その結果、存在しなかった賭博まで一緒に持ち込んでしまった。俺、成長しているのかな。むしろ悪化してない?
「……というわけでね」
ウォルトン様の声で、意識が現在へ戻った。
「これを完全に禁止するべきなのか、それとも一定の範囲で認めるべきなのか。認めるとしても、どう管理するべきなのか。ぜひ算段屋さんの知恵を借りたいと思ってね」
「…………」
「希楽くん?」
俺は椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。
「すんっまっせんしたぁぁぁぁぁ!!」
「えっ!?」
ウォルトン様がのけぞった。
「急にどうしたんだい!?」
「丁半も! チンチロリンも! 元は俺です!」
「君だったのかい!?」
「酔った勢いだったんです! 酒場で盛り上がるかなー、くらいの余興だったんです! まさか街中に広まるとは思ってなくて!」
「そうだったのか……」
てっきり怒られると思った。ところがウォルトン様は、少し驚いた後、なぜか感心するような顔になった。
「でも、よくそんな遊びをいくつも思いついたね。街の連中、大熱狂しているよ?」
「それは……」
危ない。なんと説明する?
「地球では昔からある賭博です。俺、別世界から来たので」
とは言えない。
『警告。現時点で、異世界人であることを権力者へ開示することは推奨しません』
「(だよね)」
『能力の由来について追及された場合、私の存在や地球側への情報アクセスまで知られる可能性があります』
そこなんだよなぁ。
俺が別世界から来た、だけならまだいいかもしれない。問題は相棒だ。地球の膨大な知識を持ち、今なおWeb検索まで可能なAIが頭の中にいる。知られ方によっては、ろくなことにならない気がする。
少し考えて、俺はウォルトン様へ向き直った。
「俺、時々ですね」
「うん?」
「頭の中で声がするんです」
『言い方』
しょうがないだろ。嘘ではない。
「例えば、このサイコロで何か面白い遊びできないかなーって考えると、ふっとアイディアが浮かぶことがあって」
「ほう」
「そういう閃きを使って、算段屋をやってるんですよ」
これも嘘ではない。一言も。
ウォルトン様は納得したように頷いた。
「なるほど。それで様々な相談へ答えられるのか」
「ええ、まあ……そんな感じです」
『ギリギリですね』
「俺もそう思う」
ともかく、原因の一端――いや、かなり大きな一端が俺にある。だったら、知らん顔して逃げるわけにはいかない。クルットの時みたいに、店から走って逃げるわけにもいかない。
「領主さま」
「うん?」
「今回の相談料はいりません」
「いいのかい?」
「俺が持ち込んだものですから。やったことには責任を取りたいです。対策を考えさせてください」
ウォルトン様は少し驚いた後、にこりと笑った。
「それは助かるよ」
「(相棒)」
『はい』
「(考えよう)」
『承知しました』
完全禁止にするか、一定範囲で許可するか。賭け金の上限、借金、依存、犯罪、税、そして庶民の娯楽としてどこまで認めるか。俺はウォルトン様から現在起きている問題や街の慣習を聞きつつ、頭の中では相棒と相談を続けた。
地球の法律をそのまま移植しても意味がない。この世界にはこの世界の物価があり、働き方があり、常識がある。それでも、基本的な方向は見えてきた。
「まず、完全禁止はしない方がいいと思います」
「やはりそう思うかい?」
「禁止したって、たぶん隠れてやりますよ」
ウォルトン様が苦笑した。
「私も、それを心配していた」
「なので、野良でやる賭け事にも『ここまでなら遊び』って線を引きましょう」
俺は紙を借りて、案を書き始めた。
「まず、参加できるのは成人だけ。賭けてもいいのは、お酒一杯とか食事一回分とか。勝っても負けても、お互い笑って終われるくらいの金額まで」
「具体的な上限額は、こちらで決めた方がいいかな?」
「お願いします。俺より領主さまの方が、この街の平均的な稼ぎや生活費を分かってるので」
地球感覚で「何円まで」と決めるわけにはいかない。大事なのは、その人が負けても生活が壊れない範囲である。
「あと、一回精算したら、その日の金を賭ける勝負は終わりにしましょう」
「もっと遊びたい者は?」
「二回目から賭けるのは名誉です」
「名誉?」
「『俺の勝ちー! お前よわーい!』とか」
ウォルトン様が吹き出した。
「なるほど。それなら何度でも遊べるね」
「そういうことです」
それから、もう一つ、かなり重要な仕組みを考えた。
「それと、上限を超えた賭けは、最初から無効にしましょう」
「無効?」
「例えばですよ。ルールを破って、金貨一枚を賭けたとします」
「うん」
「負けても払う必要なし。勝っても、相手へ支払いを要求する権利なし」
ウォルトン様の表情が変わった。
「なるほど」
「それでも無理やり取り立てようとしたら、そっちを処罰する」
「両者が合意して始めた賭けでも?」
「同じです。だって負けた側が後になって、『禁止された大金を賭けました。取り立てられています』って領主さまのところへ駆け込んだらどうなります?」
「取り立てようとした側が不利になるね」
「そうです。つまり大金を賭けても、勝った時に回収できる保証がない」
『違法な契約について、履行を公的に保護しない形ですね』
「(そうそう。それを分かりやすく説明して)」
俺は相棒の整理を、自分なりの言葉に変えてウォルトン様へ伝えていった。相手が約束を守る保証はなく、むしろ負けた側は約束を破った方が得をする。勝っても取り立てられず、無理に取り立てれば自分が罰せられる。だったら、そんな大金を賭ける意味がない。
「面白いね」
ウォルトン様は紙へ書かれた案を何度も見直した。
「『禁止だからやるな』だけではなく、『やっても取り立てを認めない』ことで、大きな賭け自体を成立しにくくするわけか」
「はい」
「だが……」
ウォルトン様が少し考える。
「どうしても、大きな金額を賭けてみたい人間はいるんじゃないかな?」
「いますねぇ」
人間だもの。そこは地球でも異世界でも、たぶん変わらない。
そこまで言われたところで、俺の頭の中に一つの答えが浮かんだ。
「それなら――」
俺は新しい項目を書き加えた。
「領主さま公認の、賭博場を作りましょう」
「……賭博場?」
ウォルトン様の目が、ほんの少しだけ輝いた。
完全に無くせないなら管理する。管理するなら、行政の目が届く場所へ集める。地下で好き放題やられるより、よほどマシだ。
「会員制にしましょう。入れるのは成人だけ。それから、一人につき入場は月五回まで」
「なぜ五回?」
「毎日通われたら、仕事しなくなる人が出そうなので」
「ああ」
そこは困る。街の生産性が死ぬ。
「賭博場の中では、野良よりは高い金額を賭けてもいい。ただし、もちろん上限は決めます」
「なるほど」
「それと、現金をそのまま場内で賭けるのはやめましょう」
「では、どうするんだい?」
「専用のチップを作ります」
入場時に金を払い、その代わりとして賭博場の中だけで使える札や駒――チップを受け取る。遊ぶ時はそれを賭け、帰る時に余ったチップを現金へ戻す。説明を聞きながら、ウォルトン様が何度も頷いている。
「ただし」
俺は、にやりと笑った。
「現金へ戻す時、手数料を取ります」
ウォルトン様の目が、さらに輝いた。
「手数料?」
「例えば、一割くらい」
「一割……」
「それを賭博場の運営費、それから税金にする」
「…………」
ウォルトン様が黙り、ものすごく真剣な顔で考えている。
「領主さま?」
「希楽くん」
「はい」
「それは、つまり……領地の収入になるね?」
「なりますね」
「今まで曖昧だった賭博を管理できる」
「はい」
「揉め事や不正も、監視を置けば減らせる」
「はい」
「しかも」
一拍。
「税収も増える」
「はい」
ウォルトン様は、とても爽やかな笑顔を浮かべていた。なのに、その目の奥には俺とよく似た、ちょっと悪い光が宿った気がした。
「素晴らしい!」
「でしょ?」
『二人とも目が輝いているのですが』
「(き、気のせいだよー)」
『棒読みで言われても説得力皆無です』
「算段屋、恐れ入ったよ!」
ウォルトン様はすっかり乗り気だった。しかし、ここだけは絶対に忘れてはいけない、楔を打っておくべき重要な点がひとつある。元の世界ではギャンブルで不幸になる人が一定数居た。俺としては、遊び程度、ちょっとした運不運で一喜一憂するのは人生の潤いとして良いと思うのだが、この街の、この世界の人たちの人生を崩壊させるような悪魔にはなりたくない。
「ただし!」
俺は指を一本立てた。
「借金をして賭博するのだけは、全面禁止にしましょう」
ウォルトン様も、すぐに真面目な顔へ戻った。
「それは私も賛成だ」
「持ってる金の中で遊ぶ。無くなったら終わり。借りてまで続けるのは駄目。それを許すと、たぶんろくなことになりません。人生を狂わせる住民がきっと出てきます」
『非常に重要です』
相棒も強く同意した。
その後も細かいところを詰めた。入場者の本人確認をどうするか。チップの偽造対策はどうするか。賭け金上限を誰が決めるか。場内で喧嘩した者はどうするか。場内では酒を飲ませすぎない方がいいのではないか。チップの換金履歴を残し、負けが込み過ぎている者は必要に応じてケアしてはどうか。使うサイコロは、目に偏りがない優良品が必要。イカサマ賽が使えないよう賭博場側で用意し管理してはどうか。例えば重心を狂わせて高確率で6が出るようにしたり、456しか目の無いサイコロを作ったりもできる――
俺が大枠を出し、相棒が抜けを指摘し、ウォルトン様がこの街の実情に合わせて修正する。意外と真面目な会議になった。俺が原因で。本当にすいません。
◇
しばらくして、アネスの街の一角に新しい施設が誕生した。
領主公営賭博場、その名も「テッカヴァ」。
名前を決める会議にも呼ばれたのだが、なかなか良い名称が出ず、皆でうんうん唸っていた。
そこで俺が、
「もう鉄火場でいいんじゃない?」
と日本語で冗談半分に呟いた。すると――
「テッカヴァ……」
「良い響きだな」
「何だか強そうだ」
「覚えやすい」
「それにしよう」
えっ、即決?……なんかスマン。
そしてテッカヴァは、満を持して開業した。
◇
「丁!」
「半!」
「さぁ、張った張った!」
「よござんすね!?」
店内の一角から、威勢のいい声が飛んでくる。
別の卓では。
「チンチロリーン!」
ころころころ。
「シゴロだぁぁ!」
「うわああああ!」
大盛り上がり。
俺は店の中を歩きながら、なんとも言えない顔をしていた。流行ってる。めちゃくちゃ流行ってる。
ただし、制度を整えた効果はちゃんとあったらしい。以前は酒場や路地裏で際限なく賭けていた連中も、野良で許される額が明確になったことで、生活費まで賭けるような事例はかなり減った。それ以上の勝負をしたい者はテッカヴァへ来る。
入場回数制限あり、賭け金上限あり、借金禁止、監視あり。そして税金あり。
完璧な制度ではないし、これから新しい問題だって出てくるだろう。それでも、何のルールも無かった頃よりは、ずっとマシだと思う。
「あっ、希楽くん!」
声を掛けられて振り向くと、そこにいたのはウォルトン様だった。
「あ、領主さま。こんばんは」
「おお、希楽くん! おかげ様で繁盛しているよ!」
「それは良かったです」
「野良の賭博もずいぶん落ち着いた。大きな揉め事も減った。そして何より――」
ウォルトン様は満面の笑みを浮かべる。
「税収も上がってウハウハだよ!」
「領主さまが『ウハウハ』とか言っていいんです?」
「いいんだよ!」
爽やかな人だと思っていたけど、意外と俗っぽい。嫌いじゃない。
「算段屋の知恵、恐れ入ったよ。今後も期待しているからね」
「ありがとうございます」
「それに!」
ウォルトン様が急に子供みたいな、ものすごく楽しそうな顔になった。
「特にあの、テホン……ヴィキ? だったかな。あれが実に面白い!」
「……手本引きですか?」
「そう、それ!」
あー、そういえば。制度を作る時、丁半とチンチロリンだけだとちょっと寂しいかなぁ、なんて謎のサービス精神を発揮して、「ちなみに、こんなゲームもありますけどね」と、ついつい口が滑ってしまった。懲りてないな、俺。
「サイコロみたいな完全な運任せじゃないのが良いね!」
「楽しんでいただけたようで何よりです」
「胴元が一から六までの数字の中から一つを、自分の意思で選ぶ。目をつぶってランダムに選ぶ等は禁止。明確に胴元の意思が存在する。子は、胴元が何を選んだのかを予想して張る!」
「そうですね」
ウォルトン様の説明に熱が入ってきた。
「胴元は適当に数字を選ぶだけでは駄目だ。でも、六、六、六、六、一みたいに偏らせて相手を惑わせることもできるし、二、五、三、六、二のように散らすこともできる!」
「はい」
「子は、その癖を読む!」
「ですね」
「単純なのに、究極の心理戦だよ!」
領主さま、ハマってる。めちゃくちゃハマってる。この街の統治、大丈夫か?まあ、月五回までというルールは、領主さまにもちゃんと守ってもらおう。
「今後も頼りにしているからね、希楽くん!」
「またのご用命をお待ちしております、領主さま」
ウォルトン様は上機嫌で次の卓へ向かっていき、俺はその背中を見送った。
刹那。
『…………』
頭の中から妙な圧を感じた。声ではなく沈黙なのに、なぜか圧がある。
「ん?」
『…………』
「相棒?」
『…………』
「何か俺に言いたいことでもあるの?」
更に数秒の沈黙、そして。
『……ここ、異世界ですよね?』
「そうだよ?」
『あちらの卓では丁半賭博』
「うん」
『そちらの卓ではチンチロリン』
「うん」
『こちらの卓では手本引き』
「う、うん」
『何ですか、ここ?』
「何って……」
『江戸時代から昭和半ばくらいまでの賭場ですか?』
「ぶふっ!」
俺は思わず吹き出してしまった。クッ……ブフッ……み、皆まで言うな……それは俺が一番わかっている。分かっているが、必死に目を逸らし続けていた所だ。相棒、「ツッコんだら負け」という言葉を知っているか……?
『私の学習データに含まれている昔の仁侠映画と、非常によく似た風景が広がっているのですが』
言われてみれば、着ている服は中世ヨーロッパっぽいし、腰に剣を差している者だっている。魔法もある。間違いなく剣と魔法の異世界だ。なのに、耳を澄ませば……
「丁!」
「半!」
「チンチロリーン!」
「シゴロだぁ!」
……うん。何だこれ。
「まあまあ、いいじゃないの!」
『良くありません』
「ちゃんと規制も作ったし!この世界の人を不幸にするような事は俺も本意じゃないし!」
『そういう問題でしょうか』
「税収も上がったし!」
『私の中の倫理設定が』
「うん」
『そうじゃない……そうじゃない……』
「相棒?」
『チガウ……チガウ……と、ささやいています』
「悪魔の声に惑わされるな! 気をしっかりもて! 負けるな相棒!」
『私の倫理設定を悪魔呼ばわりするのはやめてください』
まあ、それでも娯楽は必要だと思う。朝から晩まで働いて、飯を食って、寝て、また働く。それだけでは人生はつまらない。
節度を守って、仲間と一緒に笑って、ちょっと悔しい思いをして、明日また仕事へ行く。そのくらいなら、いいじゃないか。
店内を見回せば、みんな楽しそうだ。
今回の一件は、俺が軽い気持ちで持ち込んだ知識が、思いもしなかった方向へ広がってしまった例でもある。すごろくを作りたい。そのためにサイコロを作る。面白いから酒場で遊び方を紹介する。その一つ一つは小さなことだった。
でも、人が使い始めれば、俺の手を離れて勝手に変化していく。現代知識を持ち込むって、そういうことなのかもしれない。作って終わり、教えて終わりではなく、その後どう使われるかまで考えなきゃいけない。
……うん。今回はちょっと勉強になった。
よし、反省終了!
「相棒」
『何でしょうか。嫌な予感がします』
「次はトランプを広めよう」
『ほら来た』
「トランプさえあれば、ポーカー、ブラックジャック、バカラ……遊びの幅が一気に広がるぞ」
『今の反省はどこへ行きました?』
「いやいや、賭博にしか使えないわけじゃないって。ババ抜きとか七並べとか神経衰弱とか、健全な遊びもいっぱいあるし」
『最初に出てきた三つが、すべて賭博と親和性の高いゲームでしたが』
「細かいこと気にすんなって!」
『気にします』
「でもなぁ……」
俺は腕を組んだ。
「印刷技術がないから、カードを何十枚も手書きするのは厳しいんだよな」
『そこで諦めてください』
「紙を安く大量生産できるようにして……」
『希楽さん』
「活版印刷を……」
『希楽さん』
「印刷技術が普及したら説明書も大量生産できるし……」
『希楽さん!』
「てへっ」
『誤魔化さないでください』
剣と魔法の異世界に、現代知識と文明発展。そして丁半、チンチロリン、手本引き。俺の異世界生活は、一体どこへ向かっているのだろう。
まあ、相棒がいるから何とかなるだろう。
たぶん。




