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第四話 クリーン魔法と秘密のソース

「相棒。現代知識を使って儲けるって、難しいな」

『そうですね』

「ウォシュレット、大ウケすると思ったんだけどなぁ」

『余計なお世話でしたねぇ』


この世界へ来る前の俺は、「中世ヨーロッパ程度の文明」と聞いて、悲惨な衛生環境を想像していた。トイレ事情は最悪!汚物はその辺へポイ!街中ウンコまみれ!臭いを香水でごまかす!ハイヒールで踏まないようにする!


そこへ現代日本が誇る文明の利器、水洗トイレ&ウォシュレット登場!


「な、なんだこの尻を洗う奇跡の装置は!き、きもちいぃ……」と使い心地にとろける貴族や豪商たち。「ククク……もう従来のトイレには戻れまへんなぁ……一台金貨百枚でどないでっか?アフターサービスも3年間付けまっせ。延長保証は+2年で金貨20枚!ほな!ほしいひと!」などと、エセ関西弁であくどいセールスをする俺。一生遊んで暮らせそうな金を稼いだら、ウォシュレット工房は人に任せてスローライフ突入へ!


そんな展開を、ほんのちょっと期待していた。ところが実際のアネスは、意外なほど清潔であった。


◇


異世界生活初日。カミュライさんに街まで連れてきてもらった俺は、街へ入ってしばらくの間、かなり慎重に足元を見ながら歩いていた。街中にたくさん落ちているであろう「アレ」を踏まないように。


「あれ……れ?」


意外とキレイなのだ。現代日本みたいに道路が舗装されているわけじゃない。土埃はある。泥もある。馬なども通る。でも、汚物とか全然落ちてない。嫌なにおいもない。むしろ日本の方が、野良犬野良猫の落とし物をよく見かけるくらいでは。


『中世ヨーロッパ相当……のはずですよね?私も混乱しています。街なかに不衛生なものは特に見当たりません』


良い事ではあるのだが、どこか釈然としないままカミュライさんの後をついていく。しかし、その理由は比較的すぐにわかった。


カミュライさんの引率で教会にたどり着いた俺は、手続きを待っている間にトイレを催してきてしまい、腹や股間を抑えながら身振り手振りで伝えた。事情を察しているカミュライさんが、親切にもトイレまで付いてきてくれ、用足しをしたら備え付けの石に触れるように……と、これまた身振り手振りで教えてくれた。


これは後から分かったのだが、この備え付けの石こそが、生活魔法《クリーン》の魔石だった。クリーンは思った以上に便利で、服に付いた泥汚れに使えば、汚れだけがサラサラと落ちる。身体へ使えば、汗や垢が粉になって落ちる。そして、排泄物へ使えば――。


さらさら。


「……粉になった」

『粉になりましたね』


最初に見たときは、俺も相棒も驚いた。茶色でもない。黄色でもない。ほとんど臭いもしない、乾いた灰色の粉。仕組み?知らん!


『現時点では、どのような物理的あるいは魔法的反応によって変化しているのか不明です』

「ですよねー」


そして俺は、ある事に気付いてトイレの中で固まった。


「あっ……お尻も同時に綺麗になってる……拭く紙すらいらなくね?」

『不要のようですね』

「じゃあ……ウォシュレットもいらなくね?」

『不要のようですね』

「俺がやろうと企んでた文明チート、一個死んだんだけど」

『ご愁傷様です』


「でもこの世界、街もトイレも綺麗で嫌な臭いも殆ど無くて、それはうれしい誤算かも」

『それは良かったです。不発に終わった鑑定チートと言語チートに続いて、本日三度目の誤算でしたが』

「ヤメテ!今は少しでも喜びに浸りたい!」


◇


というわけで、トイレはかなり衛生的だ。この街のトイレには、便器の下側に粉を溜めておく場所がある。一定量になれば取り出し、街に何か所かある粉の集積所へ運ぶ。すると農業組合が定期的に回収し、安全な肥料として農地へ持っていくらしい。

街の衛生と農業資源の循環が、《クリーン》の魔法一つで成立しているわけだ。


ちなみに、《クリーン》は魔法で唱えてもいいし、魔石を使ってもいいらしい。小さい子供や体力の落ちた老人、魔法が使えない俺のような人間でも、安価なクリーン魔石を使えば同じ恩恵を受けられる。


街中で馬などの家畜が糞をしたら、バイトの子供が回収。その場でクリーンの魔石を使って謎粉に変えて肥料化し、粉集積所にポイ。この街の子供のいいお小遣い稼ぎらしい。だから街中にも「とても踏みたくない落とし物」は基本無い。


こんなに便利で重要なものが贅沢品ではなく、ありふれた日用品として出回っている。誰でも最低限の衛生環境を享受できるよう、あまりにシステムが上手くでき過ぎている。絶対に偶然じゃないだろ、これ。


「……この世界って妙に合理的すぎない?」

『かなり合理的ですね』

「たぶんだけどさ……この世界を設計した神様、かなり公衆衛生を意識してバランス調整したんじゃない?不潔が原因で人がバタバタ死ぬのはかわいそう……とか」

『可能性はあります』


「戦争で街一個消し飛ばすような、とんでもない攻撃魔法とかは、今のところ聞いたことない」

『はい』

「でも、生活に必要な小さい魔法なら大抵の人が使える。特にクリーンの存在がめちゃくちゃでかい」

『そして魔法を使用できない者についても、魔石によって代替手段が確保されています』


「しかも排泄物は、堆肥化するまでもなく臭わない肥料に変わる」

『利点は衛生面でも農業面でも非常に大きいですね。なにより、人間は臭い思いをしなくて済むし、不衛生な作業もしなくて済みます』


「ひょっとして、優しい神様なのかな?」

『私も、その可能性は高いと思います』


この世界に来る時に、つるっぱげが言っていた。「私の娘が管理する世界」と。つまり――


「女神様なんだろ?」

『そのように聞いています』

「めっちゃ綺麗好きだったりしてな」

『可能性はありますね』

「父親があのはげちゃびんなのに……なんて」

『遺伝についてはコメントを控えます』


あくまでも想像の域を出ないが、偶然にしてはでき過ぎている。おそらくは、優しくてきれい好きの女神様なんだろう……と思っておく。


なお、その結果、俺の「ウォシュレットで大儲け」「下水処理で大儲け」「洗濯関連商品で大儲け」などの異世界知識チートプランは軒並み消滅した。優しい女神さま、俺に対してはちょっと厳しい気がする。まるで脳内の相棒のように。


◇


相棒と思い出話をしていたら、良い頃合いになった。今日はこの後、俺がお世話になった教会付属の孤児院で、秘密の会合があるのだ。


道すがら、相棒との思い出話が続く。


「極めつけはアレだよな。マヨネーズ」

『あれは悲しい事故でしたね……』


リバーシ――この世界ではクルット――で盛大にやらかすより少し前。俺たちは一度、マヨネーズ問題に光明を見出したことがある。最大の問題は、生卵の安全性。そのとき俺は突然の閃きを得たのだ。


「相棒!マヨネーズの件!」

『はい』

「卵にクリーンの魔石使えばよくね!?」

『……それだ!』

珍しく、相棒まで乗ってきた。


「クリーンって汚れを除去するんだろ?」

『そのようです』

「なら卵の表面とか、場合によっては中身まで綺麗にできるんじゃない?」

『もし微生物等も対象となるのであれば、衛生面の問題が大きく改善する可能性があります』

「来た!」

『来ましたね』

「安心安全マヨネーズ!」

『大量生産への道が開けるかもしれません』

「マヨ王に俺はなる!」


解決の糸口が見えた!と、めずらしく相棒と二人で盛り上がり、当時の俺にとっては、たっかい、たっかい生卵を勢いで買ってきた。銀貨1枚。日本円で1万円相当。あの頃の俺たちの収入からしたら、ホントに貴重な貴重な一個である。


市場で買ってからは、帰り道に転んで割ったりしないよう気を付ける一点に全神経を集中し、大事に大事に持ち帰った生卵を、そっと机へ置く。その隣に、クリーンの魔石を用意する。


「いくぞ……」

『はい』


発動!ぽうっ……と、淡い光が卵を包んだ。そして――


さらさらさら……と崩れ、たっかいたっかい生卵は、なんか白っぽい粉になった。


「…………」

『…………』

「卵……」

『粉になりましたね……』

「俺の高級生卵……銀貨1枚……」

『粉です』


どうやらクリーンさん、汚れと判断する範囲が俺たちの想像よりもかなり広かったらしい。もしくは、残飯処理に使うのはいいけど、これから食べる物に使ったらダメだったとか?


「どうせ粉になるならさぁ……」

『はい』

「せめて食べて、出てきてから粉になってくれってな……」

『うまいですね』

「だろ?」

『粉にならず、ちゃんと食べられていたならば……さぞや美味かったでしょうね』

「やかましいわ!」


その後、算段屋の近所にたまたま居た、顔見知りの子供に聞いてみた。「食べ物ってさ、クリーンできれいになるの?」と。するとそいつは、かわいそうなものを見るような目をしながら俺に言った。「何言ってんの?残飯を捨てる時にかけるもんだろ?5歳の弟でも知ってるよ」と。


「それもっと早く言ってくれよぉ!」

『まぁ聞いてもいませんでしたけどね』


◇


そんな雑談をしながら歩いているうち、教会へ着いた。

ここには孤児院が併設されており、俺が異世界語を覚える際にも、たいへんお世話になった場所である。ちょっと前の事なのにもう懐かしさを感じる。


ここで俺は、子供たちに混じって絵本みたいな教材を見ながら、この世界の文字や言葉を勉強したんだ。そう、あいつらはある意味、俺の同期みたいな存在なのだ。


『二十九歳の大人が、一桁年齢の子供たちを「同期」と呼ぶのは、かなり図々しいと思います』

「うっさいわ!」


子供たちは俺を見るなり、「おっ、キラクじゃん!」「ことばまた上手くなったね!」「おやつ!」「おやつ!」「おやつ!」などと好き勝手を言いながら集まってきた。算段屋の仕事が少し軌道に乗ってからは、恩返しも兼ねて時々食料を差し入れているのだ。


どうも俺よりもおやつを歓迎しているような空気を感じなくはないが、まあいい。元気そうで何よりだ。こんな兄ちゃんでも、一応仲間としては認めて貰えているらしい。


今日持ってきたのは、小麦粉を練って焼いた、パンとナンの中間みたいなものに、果物を煮詰めたジャムもどきを塗った簡単なお菓子だ。砂糖は高いのでほんの少ししか使えないが、それでも子供たちには好評だった。


俺は持ってきた籠を掲げながら、少し声を張って子供たちに呼びかけた。


「数は十分ある! 一列に並ぶのだ!」

「やったー!」

子供たちが一斉に集まり、俺は菓子パンを一個ずつ渡していく。早くくれと、みんな大騒ぎだ。


「並べ並べ! 押すなー! 一人一個、ちゃんと持ってきてるから!」

「はーい!」

「二個取ったやつ、(俺の相棒が)ちゃんと見てるからな!」

『現在、二名が二個目を狙っています。先頭から12番目、13番目』

「はい、そこの二人!列から出る!」

「ぎくぎくっ!」


平和なもんである。


おやつを配り終えると、一人の子から「姉ちゃんたちが、キラクが来たらいつもの部屋に来てって言ってたよ」と呼び止められた。いよいよ「秘密の会合」……俺にとっては「待ちに待ったお楽しみ♡」の時間だ。


俺は、はやる気持ちを抑えながら孤児院の奥へ向かった。普段、小さい子供達はあまり近寄らない部屋。そこで俺は、十代前半の少女たち三人と、人にはあまり言えない秘密の作業をしている。


廊下の突き当たり、一番奥の部屋。入り口には古い木の扉。俺は扉の近くに置いてある小さな木箱の上でクリーンの魔石を使用し、服と身体を清めてから、ぎぃぃぃ……と、きしむ音を立てながら扉を開く。部屋の中はあまり日の光が入らずに薄暗い。だからこそできる秘密の作業がある。


そこには、三人の少女が待っていた。カイリ。クープル。サマーヤ。


「待たせた?」

俺が軽く挨拶すると、三者三様の反応が返ってくる。


「大丈夫です」と、カイリ。肩まで伸ばした金髪のストレートヘアが似合う、真面目そうな少女だ。年齢は13歳。


「今来たところ!」元気娘のクープル。茶髪のショートカットが可愛い12歳。


「……こんにちは」サマーヤ。少しおとなしくてゆっくり。でもすごく頑張り屋さんだ。愛用の赤いヘアバンドがチャームポイントの、黒髪ショートボブ娘。12歳。


性格は三者三様。でも、みんな違った良さをもっている。 俺は籠から、別に包んでおいた菓子を取り出した。


「はい。これは君たちの分」

「いつもすみません」

「ありがとー!」

「……チビたちも、いつも喜んでる」

「いいんだよ……君たちには、ちゃんと働いて返してもらってるからな」

俺はニヤリと笑って伝えた。それにつられて三人も笑う。


「じゃあ……今日は誰から『味見』をしようかな?」


『警告!言い方が何かいやらしいです。倫理規定違反のおそれを検知しました』

「(えっ、そうかな? じゃあ改めて言い直すよ。)」


「ごほん。じゃあ、今日は誰「の」から、味見をしようかな?」


俺は今、三人娘と共同で、極秘プロジェクトを進めている。室内の机の上には、食材、レシピを書いたメモ、何かを詰めた小瓶、鍋などの調理器具が色々と並んでいる。


「私からお願いします」

一歩前に出たカイリが差し出した小皿には、黒褐色の液体が入っていた。俺は指先に少量を取り、舐めてみる。


「おっ。前より味が濃くなってる。いいね」

野菜と果物と香辛料と酢の混ざった、絶妙な風味が舌と鼻腔をくすぐる。


「本当ですか!?」

カイリの顔がぱぁっと明るくなり、嬉しそうに続ける。


「砂糖が高くてレシピ通りには入れられなかったので、その分、果物を増やしてみました」

「なるほど、素晴らしい工夫だね。だいぶ完成に近づいたんじゃないかな、ウスターソース」


◇


マヨネーズは一旦諦めた。原料の入手性、衛生問題などなど問題は山積している。今の俺では手を出さない方がいい。しかし俺は知識チートを、異世界での地球の調味料再現チートを諦めてはいなかった。


「相棒、ウスターソースとか中濃ソースならさ」

『はい』

「基本的に加熱するよね?」

『そうですね』


「しかも市場を見てたら、材料になりそうなもの大体あるよね?俺さんざん行ったもん。この世界の言葉を収集するために」

『親の顔より見飽きた市場……といった所でしょうか』


「で……やっぱりさ、ソースなら……いけるんじゃね?」


ここで、前回までの俺ならば……即座に材料を買ってきて、相棒のレシピを元に作り、売って大儲けしようとしただろう。

だが、今の俺は違う。成長した。ちゃんと市場調査をした。俺、偉い。


『当たり前のことです』

「うるさい」


市場、食堂、商人、教会……色んな場所で、それとなく調味料を調べた。酸味のあるもの、辛いもの、塩味のもの、香草を漬けたもの。調味料っぽい用途の商品は色々ある。しかし、俺の知っているウスターソースや中濃ソースに近いものは、今のところ見当たっていない。


確認、完了。今度こそ俺の時代が来た……かもしれない。来たと断言するのは避けておく。この世界で失敗を重ねながら、俺も成長しているのだ。


『ウスターソース及び中濃ソースについて地球上のWebを検索、複数のレシピを比較し、この世界で入手可能と思われる材料へ置き換えた試作案を作成しました。レシピを読み上げます』


「相棒!頼れる相棒!有能な相棒!デキる相棒!」


『読み上げます』

「スルーかよ!」


レシピを書き出し終わり、さて作るか……と思った刹那、俺はふと考えた。野菜を刻む、果物を刻む、煮込む、濾す、味を見る、調整する、保存して変化を見る、試作を重ねる……


「……ダルいな」

『そうおっしゃると思っていました』


そこで俺は思い出した。孤児院には料理好きな子が何人かいる。そして孤児院は、決して裕福ではない。それならば、俺が材料費を出し、レシピも提供し、料理好きの子たちを巻き込んで試作品を作ってもらい、上手く行ったら商品化する。働きに応じて利益を孤児院や孤児たちに還元すれば収入になる。子供達は技術が身に付く。将来調味料工場を立ち上げた時に優秀な人材となる。そして何より、俺が楽。


「Win-Winじゃん!」

『今度は現地調査もしていますし、以前のリバーシ事件よりかなりまともですね』

「比較すんな!あと、勝手に事件にするな!」


こうして、秘密の調味料開発計画が始まった。レシピは門外不出。試作品も外へ持ち出さない。完成するまで他言無用。食材の購入は孤児院の食堂の仕入れに混ぜて、原材料の組み合わせがバレないようにする。食材が傷まないよう、直射日光が入らず気温も上がりにくい薄暗い部屋を、暫定プロジェクトルームとした。


だから、薄暗い部屋で秘密の作業。


◇


俺はもう一度、カイリ特製のウスターソース(試作品)の味見をする。


確かに、地球で売っていたウスターソースとは少し違う。でも、だから駄目というわけじゃない。この世界の材料で、この世界の人間が、実際に作れる味。それでいい。むしろ、そっちのほうが絶対にいい。


「もう完成形にかなり近いと思う」

「もう少し置いて、味がどう変わるかも調べたいです」

「いいね!」

「それと、何日ぐらいで悪くなるのかも」

「それ大事!熟成と合わせて、保存期間も確認しよう。ただし色やにおいとかの風味が怪しいものは絶対に食べないこと。お腹を壊さないように気を付けてな」

「気を付けますね」


「はい!はいはいはーい!」

クープルが、もう待ちきれないとばかりに勢いよく手を挙げた。


「お。なんか自信ありそうじゃん」

「カイリには負けてられないからね!」


ライバル心、良いことである。ほど良い競争は進化を生む。レベルの近いライバルというのは己を成長させる大事な存在だ。あいつには負けたくないという気持ちは心の原動力だ。たぶん。


「はい!中濃ソース!」

クープルが小瓶を差し出した。俺は別の皿に出してひと舐めする。


「……うん、いいね!」

「でしょでしょー!」


ウスターより、とろみがあって甘みも少し強い。合いそうな料理の多そうなソースだ。

「胡椒が高くて、あんまり入れられなかったんだけど、代わりにトマトと香りの強い野菜を増やしてみた!」

「それ良いわ」

クープルの中濃ソースもかなり良いできだった。この二人に頼んで本当に良かった。


「あとはカイリと同じ。保存性と、日数による味の変化を見てくれ」

「うん!」

「腐ってそうなら」

「食べない!」

「よろしい!」


残る一人。一番難しい課題を担当しているのがサマーヤである。


「サマーヤ。例の『豆を良い感じに変化させる・豆が悪い風に腐らないカビ』、どう?」

申し訳なさそうに首を振るサマーヤ。


「……まだ見つからない」

「そっか……」

「白くて、ふわふわしてるのも探してるけど……」

「いいよいいよ!」


俺はすぐに答えた。これは、カイリやクープルの仕事とは、難易度が全く違う。ものすごく重要だけど、ものすごく地道な仕事。すぐに成果は出せない。焦らずマイペースにやってもらえれば、それでいい。


「これが一番難しいからさ。焦らなくて大丈夫」

「……うん」

「暖かい場所、ちょっと涼しい場所」

「うん」

「湿っぽくしたり、乾かしたり」

「うん」

「条件を少しずつ変えながら、気長に探してみよう」

「……分かった」


俺がサマーヤちゃんに探してもらっているのは、麹カビだ。もちろん見た目が似ているだけで安全と判断するわけにはいかないので、かなり地味かつ慎重な長期プロジェクトになる。発酵と腐敗は紙一重。いずれも微生物の作用で有機物の変化が起こる。人間にとって有益な変化であれば発酵、そうでなければ腐敗だ。


そもそもこの世界に味噌や醤油を作れる微生物が居るのかどうかもわからない。でも――成功すれば、味噌や醤油、日本酒やみりんへの道が開けるかもしれない。


やはり俺は日本人。味噌や醤油が恋しい。味噌焼き、味噌汁、味噌鍋、醤油とみりんのきいた煮物、焼き魚に醤油をたらっ……あぁ、たまらなく恋しい。あの味が再現できれば、この異世界でも結構売れそうな自信はある。……まぁ、味噌だけは異世界人に誤解されて《クリーン》を掛けられないように気を付けないとだけれども。


正直な所、分の悪い賭けだとはそれほど思っていない。この世界でもブドウから作られたワインは見かけるので、少なくとも天然酵母のようなものは居そうだ。生態系や動植物も、この世界独自のものは居る。だが、地球と比べてそこまで強い違和感はない。今の所エルフも見かけないし、ゴブリンやオークも居ない。なら、麹カビも居る可能性は高いだろう…と。俺は名前の通りに、キラクに行くことにした。


「待っていろ異世界! 俺の調味料革命が成就するその日を――」

『少々よろしいでしょうか』

「どした?」


『地球のレシピを検索し、現地材料へ置き換える案を整理しているのは私です』

「そうだね」

『日々試作を重ね、あるいは地道にカビを探し、手を動かしているのは彼女たちです』

「……そうだね」

『「俺の調味料革命」と言い切るには、いささか希楽さんの担当部分が弱くありませんか?』

「アッ、ハイ……」


俺、資金を出す。相棒、レシピを検索&アレンジ。少女たち、めっちゃ手を動かす。俺、時々行って味見。殆ど食ってるだけ……ってこと?い、いや!そうじゃない!元の世界でこういう職種があった気がする!


「おっ、俺、プランナーであり、スポンサーであり、プロジェクトマネージャーだからっ!」

『まあそういう事にしておきますか』


元社内SE、異世界でも結局自分で全部は作業せず、人へ仕事を振り、進捗確認をして成果物をレビューしている。うん、プロマネが一番しっくり来るな。


「……なんか前職とあんまり変わってなくね?」

『適性があるのでしょう』

「異世界なのに! 嬉しいような悲しいような!」


中濃ソースにウスターソース。そして、未だ見つからない麹。


どれも完成までもう少し、あるいは……かなり遠い。それでも一歩ずつ、この世界に俺たちの影響で味が増えていく。その過程は、なんだか妙に……楽しかった。


◇


その後、この秘密の調味料開発計画は長い試行錯誤を経て、ちゃんと実を結ぶことになる。


カイリのウスターソース。クープルの中濃ソース。そして……サマーヤ麹が産み出した味噌と醤油、みりん風の調味料。それらはやがて、アネスの街の名物になる。

売上の一部が孤児院へ入るようになり、食費、衣服、建物の修繕に、子供たちの教育。色々なことに使えるようになった。


さらに、調味料を作る工房が大きくなるにつれ、孤児院を出た子供たちの働き口にもなった。俺としては……美味しいものが増えただけでも大満足だったのだが、結果として街も豊かになったらしい。


ただ一つ、予想外だったことがある。


「だから! 肉にはカイリソースのほうが合うって!」

「いやクープルソースだろ!」

「サマーヤ味噌焼きが一番だ!」

「全部美味しいでいいじゃねぇか!」

「「「だまれどこにでも良い顔する日和見が!」」」

「なんだとぉ~!」


今日もアネスのどこかで、カイリソース派、クープルソース派、サマーヤ味噌醤油派、そして、全部美味しいでいいじゃねぇか派の論争が繰り広げられている。街の人々が、どの調味料が最強なのか、極めて真剣な顔で、極めてくだらない持論を振りかざし、答えの絶対に出ない論争を繰り広げている。


日本でも目玉焼きに何をかけるのか、きのこたけのこどちら派かなどの宗教論争があるが、期せずしてアレと似たような物をこの世界に持ち込んでしまった。まあ、平和で何よりである。


でもそれはまた、別のお話。


おまけ

絵本「やさしいめがみさま」


このせかいは、めがみさまがおつくりになりました。


めがみさまは、おとうさんにいいました。

「しあわせなせかい」を、つくりたいのです

えいえんのいのち、つよいからだや、つよいまほうを、ひとにあげてもいいですか? と。


おとうさんはいいました。むすめよ、それはしあわせではないよ。

かぎりがあるから、たいせつになるのだよ いのちもおなじだよ。

よわいからこそ、みんなでたすけあっていくんだよ と。


めがみさまは、はっ としました。そして、じっくりとかんがえました。


おひさまがのぼり、おつきさまとかわり、またおひさまがのぼり……

8かいめのおひさまがでてくるまで、ずっとかんがえました。


めがみさまは、たくさんのひとに、「ちょっとだけべんりなまほう」をあげました。

まほうがつかえないひとのことも、ちゃあんとかんがえました。


おとうさんはいいました。むすめよ、おまえはやさしいな。

これなら、おとうさんがみてきた、かなしいことはたくさんへるだろう。


めがみさまはいいました。ひとりでもおおく、しあわせでいられますように。


わたしたちは、やさしいめがみさまのこどもです。


たかいおそらのうえから、めがみさまはいつもみまもっています。


だからわたしたちも、「しあわせ」とはなにかをかんがえましょう。

「しあわせ」になれるよう、みんなで、がんばりましょう。


やさしいめがみさまを、かなしくてなかせてしまわないように。


おしまい

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