第9話 二体目の刺客をチートでサクッと片付けたが、魔王の封印が少しずつ緩んでいる気配を感じ始めた
夜の森は静かだった。
俺は廃屋の影で完全に変身を終え、黒い翼をわずかに広げていた。
紅く輝く瞳で周囲を警戒する。
アシェルの魔力が、体中を熱く駆け巡っていた。
(来るな)
遠くから、銀色の髪が月明かりに浮かび上がる。
シオンだった。人間の姿のまま、ゆっくりと近づいてくる。
「ふふ……出てきたわね、レイン・ヴァルディス。それとも、魔王様に拾われた哀れな魂と呼んだ方がいいかしら?」
彼女の声は甘く、しかし底冷えがした。
俺は低く答えた。
「セシリアに近づくな。お前みたいな女が、彼女の笑顔を汚すのは許さねえ」
シオンの唇が歪んだ。
「笑顔?幸せ?そんな幻想に浸っているあなたが、本当に滑稽だわ。私も……かつては誰かを信じて、幸せを夢見たことがある。でも全部、裏切られた。だから私は知っているのよ。幸せなど、脆い幻に過ぎないことを!」
シオンの体が黒い霧に包まれた。
銀髪が逆立ち、背中に紫黒の翼が生え、指先が鋭い爪へと変わる。
同化率55%——ガルドより明らかに強い半魔形態だった。
「さあ、始めるわ。あなたの大切な村娘……セシリアの影に、私の意識を潜ませてあげたの。今頃、彼女は悪夢を見ているはずよ?」
その言葉に、俺の胸に苛立ちが爆発した。
「てめえ……よくもセシリアを。」
シオンが影に溶け込み、俺の死角から攻撃を仕掛けてきた。
幻影毒を帯びた黒い霧が、俺の精神を直接削ろうとする。
「くっ……!」
一瞬、頭の中にセシリアが泣いている幻覚が浮かんだ。
俺は歯を食いしばり、魔力を爆発させて霧を吹き飛ばした。
「そんな安い幻覚で俺を動揺させる気か?」
俺は翼をはためかせて急接近。
右手に黒い魔力を集中させ、強烈な一撃を放つ。
シオンは翼で防御したが、衝撃で後方へ大きく吹き飛ばされた。
地面に激突した彼女は、しかし笑っていた。
「強いわね……でも、まだ本気じゃないんでしょう?あなたはセシリアを守るためだけに戦っている。その程度の覚悟で、私に勝てると思っているの?」
シオンが両手を広げた。
周囲の影が一斉に動き、数十の黒い触手が俺を襲う。
俺は空中で身を翻し、連続で魔力弾を撃ち込んだ。
触手が次々と爆散するが、シオンは器用に影を移動しながら距離を取る。
「私の幻影毒は、精神を蝕むのよ。あなたがどれだけ強かろうと、心が折れれば終わり」
彼女の言葉と同時に、俺の視界にセシリアが倒れている幻覚が何度も浮かぶ。
胸が締め付けられるような痛み。
瞬間、奥底から怒りが爆発した。
漆黒の奔流が俺の中を駆け巡る。
魔力の桁が上がった。
「なんだ!?」
俺の中の変化を感じ取ったシオンから焦りを感じる。
逆に、俺の中には自分とは思えないほどの落ち着きがあった。
俺の意思に関わらずに、どす黒い力が外を求めて噴出する。
黒い奔流が周囲を飲み込み、影の触手を一掃する。
そのまま一直線にシオンへ迫った。
シオンが初めて焦りの色を見せた。
「この力……本当にアシェルの魔力……!どうしてあなたのような人間が……!」
「茶番は終わりだ」
内から湧き上がる力に流されるように、シオンの翼を掴み、地面に叩きつけた。
続けて魔力の拳を連打。
シオンの半魔形態が、見る見るうちに崩れ始める。
「ぐっ……あ……!あなたは……幸せを捨てたはずなのに……なぜ……」
「消えうせろ!黒き王の力の前になぁ!!」
最後の魔力の奔流が、シオンを完全に包み込んだ。
「……魔王様……私は……」
銀髪の刺客は、苦悶の表情のまま霧のように消えていった。
廃屋の周囲は静かになった。
俺はすぐに人間の姿に戻った。
異様な昂りと、冷酷なまでの落ち着きが消えていた。
息が少し荒い。
二体目の刺客は、ガルドより明らかに強かった。
「……封印が、緩んできてるのか?次はもっと強いのが来るかもしれないな」
だが、強敵に呼応するように、俺の魔力も上がり、奥底から何かが湧き上がった。
なんだったんだあれ?
まあいい。俺は勝ったんだ。
「めんどくせえことは後回しだ」
俺は夜空を見上げて小さく呟いた。
セシリアとの日常を守れるなら。
村に戻る道中、セシリアの家の方を遠くから見つめた。
灯りの消えた窓。
今頃は怖い夢から解放されているだろう。
「……おやすみ、セシリア」
頬を緩めてつぶやいた。




