第8話 二度目の刺客が学校に潜入してセシリアを狙ってきた。
暗く冷たい空間。
氷の奥に揺らめく巨大な影が、静かに目を細めた。
「シオン」
呼びかけに応じて、銀髪の女が跪いた。
紫色の瞳が冷たく輝いている。
「ガルドが失敗した。レイン・ヴァルディスは完全に使命を放棄し、村娘に溺れているようだ」
魔王の声は低く、苛立ちを帯びていた。
「はい、魔王様。私が確認いたしました。あの男は……幸せの幻想に浸かり、完全に堕ちています」
シオンは淡々と答えたが、その唇の端がわずかに歪んだ。
魔王はゆっくりと続けた。
「ならば、命令を変える。レインが改心の兆しを見せない場合……抹殺せよ。アシェルの残留魔力は惜しいが、もう期待できん。お前は同化率が高い。結界の影響も少ないはずだ。セシリアという村娘を餌にし、奴の心を徹底的に壊せ」
シオンの瞳に、暗い喜びが浮かんだ。
「了解いたしました。……幸せそうな恋人など、見ているだけで吐き気がしますから」
影が揺らめき、シオンの姿が消えた。
♢
翌朝。
俺は基礎魔法学校の教室で、隣に座るセシリアの横顔をぼんやり見ていた。
ここ数日、セシリアはさらに俺にくっついてくるようになった。
昨日の帰り道も「レインくんの手、温かいね」と言いながら、ずっと握っていた。
(……このまま平和に過ごせればいいのに)
そんなことを考えていた矢先、教室の扉が開いた。
先生が新しい生徒を連れて入ってきた。
「みんな、今日から新しい友達が加わる。シオンという薬師の娘だ。よろしく頼むぞ」
銀色の長い髪に、紫色の瞳をした美しい女性だった。
年齢は十五、六歳前後。静かで、どこか冷たい印象を受ける。
シオンは教室を見回し、俺とセシリアのところに視線を止めた。
その唇が、ほんのわずかに微笑んだように見えた。
休み時間になると、シオンはセシリアに近づいてきた。
「あなたがセシリアさん? 村の人の噂通り可愛いわね。私はシオン。よろしく」
セシリアはいつものように明るく微笑んだ。
「わあ、綺麗な髪……! シオンさん、よろしくお願いします!」
二人はすぐに打ち解けたように話し始めた。
俺は少し離れた席から、じっとその様子を観察していた。
(……あの女、間違いなく刺客だ)
魔力の気配が、ガルドより明らかに強い。
しかも、セシリアに近づく距離が妙に自然だ。
昼休み、シオンはセシリアに薬草の話をしながら、さりげなく俺のことを探ってきた。
「レインさんは最近、夜中に外に出たりするの?村の外れで魔物の気配がしたって聞いたわよ。心配じゃない?」
セシリアの表情が少し曇った。
「え……レインくん、そんなこと……?」
俺は内心で舌打ちした。
(この女……セシリアを不安にさせる気か)
放課後、シオンはセシリアに「一緒に薬草採りに行かない?」と誘っていた。
俺は自然にその間に割って入り、セシリアの手を軽く引いた。
「……セシリア、今日は俺と帰ろう」
セシリアは少し驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに頷いた。
「うん! レインくんと帰る!」
シオンの瞳が、冷たく細められた。
♢
その夜。
俺は再び村の外れの森に向かっていた。
シオンの気配が、明らかにセシリアの家の近くに近づいている。
「……もう我慢の限界だ。」
俺は誰もいない森を歩きながら、静に魔力を解放していった。
黒い翼を広げ、紅い瞳で夜の闇を睨む。
遠くから、銀髪の影がゆっくりと近づいてくる気配がした。




