第7話 刺客を倒した翌朝、セシリアがいつもより近くにいて、俺の日常がさらに甘くなった
刺客を倒した翌朝。
村はいつも通りの静かな朝を迎えていた。
誰も昨夜の出来事など知らない。廃屋の残骸は俺が魔力で綺麗に処理しておいたし、村人たちは「夜に魔物の遠吠えがした」程度の噂を交わしているだけだった。
俺はベッドに腰掛けたまま、軽く肩を回した。
「あーあ!よく寝た」
体は疲れていたが、アシェルの魔力のおかげで回復は早い。
「レインくん、おはよう!」
玄関の方から明るい声がした。
セシリアが、いつもの籠を提げて入ってくる。今日はエプロン姿ではなく、少しおめかししたような淡い色のワンピースを着ていた。
「昨日、なんだか顔色が悪かったから……心配で朝早く来ちゃった。これ、温かいミルク粥と蜂蜜パン。食べてね」
彼女は慣れた手つきでテーブルに朝食を並べながら、俺の顔をじっと見つめてくる。
距離がいつもより近く、視線が優しい。
「……ありがとう。悪いな、毎回世話になって」
「ううん。全然。レインくんが元気になってくれるなら、嬉しいから」
セシリアは俺の隣に座り、スプーンを手に取って「はい、あーん」と自然に差し出してきた。
突然の行動に俺は一瞬固まった。
「え……自分で食べられるけど」
「でも、昨日疲れてたでしょ? 今日は私がお世話する番だよ」
彼女の頰が少し赤い。照れながらも目を逸らさないところが、セシリアらしい。
結局、俺は大人しく口を開けた。甘くて優しい味が広がる。
セシリアは満足そうに笑いながら、自分も一口食べてはまた俺に差し出す。
その繰り返しが、妙に落ち着く。
そこへ、弟のルークが寝癖のついた頭で現れた。
「おー、お姉ちゃんまたレインお兄ちゃんの家かよ。毎日来てるじゃん。
なんか怪しいぞ〜」
「ルーク! 変なこと言わないの!」
セシリアが慌てて弟を追いかけ、ミアが後ろから「わー、おねえちゃん赤い!」と笑う。
家族の賑やかな朝の風景に、俺は思わず口元を緩めた。
午前中はセシリアと一緒に庭の手入れをした。
俺が軽く魔力を使って土を肥沃にすると、枯れかけていたハーブがみるみる元気になる。
セシリアは目を輝かせた。
「レインくん、本当に魔法が上手くなったね……。私も頑張らなきゃ。レインくんに追いつけるように」
「無理に頑張らなくていい。セシリアは今のままで十分可愛いよ」
言葉が自然に出て、自分で驚いた。
セシリアは耳まで真っ赤になって、籠を胸に抱きしめた。
「……もう、レインくん。最近そういうこと平気で言うんだもん」
♢
午後、二人で村はずれの丘に登った。
風が気持ちよく、村全体が見渡せる場所だ。
セシリアは俺の隣に座り、膝を抱えてぼんやりと景色を眺めている。
「レインくんが元気になってから……毎日がすごく楽しいよ。昔はレインくんがずっと家にいて、話せる時間も少なかったから……今が夢みたい」
彼女の声が少し震えていた。
俺は無言で、そっと彼女の肩に自分の上着を掛けた。
「……俺もだ。セシリアとこうしている時間が、一番落ち着く」
セシリアが俺の袖を軽く握ってきた。
その小さな仕草に、胸の奥が熱くなる。
でもそこでふと思う。
俺はレインじゃないんだと。
本当は全く違う人間なんだって。
もし。セシリアがそれを知ったらどう思うだろう。
それでも彼女は、この笑顔を、優しい言葉を、温かい思いを、俺に向けてくれるだろうか?
そう考えたとき、自分の足下が真っ暗な底なしになる。
底なしの闇に俺は恐怖した。
♢
夜、部屋に戻った俺は窓の外の暗い森を見つめた。
まだ、遠くに別の気配がする。
ガルドより少し強い。
次はもっと厄介な刺客が来る予感がした。
俺は静かに拳を握った。
この穏やかな日常を、絶対に守り抜く。




