第6話 初の刺客が本性を現したので仕方なく無双したけど
その夜、村は静かだった。
俺は部屋の窓から外を見ながら、微かな魔族の気配を追い続けていた。
ガルド。あの行商人風の青年の気配は、村の外れの森の方へ移動していた。
(……来るな)
セシリアの笑顔が脳裏に浮かぶ。 彼女が怖がる顔、悲しむ顔を想像しただけで、胸の奥がざわついた。
「めんどくせえ……本当にめんどくせえな」
俺は小さく舌打ちし、静かに部屋を抜け出した。
家族が寝静まった頃を見計らって、村の外れにある古い廃屋を目指す。
人目につかない場所を選んだのは、常識外の魔力を誰にも見られたくないからだ。
廃屋に着くと、すでにガルドが待っていた。
「遅かったな、レイン・ヴァルディス」
ガルドの声が低く響く。 その目はすでに人間のものではなく、薄い赤い光を帯び始めていた。
俺は壁に寄りかかり、面倒くさそうに言った。
「用があるなら早く済ませろ。 俺は今夜、セシリアと約束したわけじゃないが……早く寝たいんだよ」
ガルドが嘲るように笑った。
「セシリア、か。 お前は本当に堕ちたものだな。魔王様から人類滅亡の魔力を与えられたというのに、村娘一人のために使命をサボるとは。 俺と同じように魔王に拾われた魂のくせに……情けない」
その言葉に、俺の眉が少し動いた。
「……お前もか。前世で死んで、魔王に拾われた人間の魂ってわけだ」
「そうだ。俺は絶望して首を吊った。 お前と同じように、クソみたいな人生にうんざりしてな。 だが俺は使命を忠実に果たそうとしている。お前とは違う」
ガルドの体が黒い霧に包まれ始めた。 皮膚が少し硬質化し、背中に小さな黒い角が生える。半魔形態だ。
「魔王様はまだ完全には復活できない。 氷漬けの肉体から精神だけを干渉している状態だ。 だから俺たちのような刺客を送り込んでいる。 お前が期待を裏切っていると知れば、次はもっと強いのが来るぞ」
俺は深くため息をついた。
「めんどくせえ…… 世界とか人類とかどうでもいい。魔王の期待も知ったことじゃない。 ただ……セシリアを悲しませるような真似は、絶対にさせねえ」
ガルドの目が細くなった。
「とことん腑抜けたヤツだな」
次の瞬間、ガルドが影に溶け込み、俺に向かって襲いかかってきた。
俺は廃屋の奥に飛び込み、誰も見ていないことを確認した。
「……仕方ねえな」
魔力の使い方が瞬時に頭を駆け巡る。
使い方がわかる。
体内のアシェルの残留魔力が一気に目覚めた。
黒い魔力が全身を包み、姿が変化した。
肌が黒く染まり、背中に大きな黒い、マントのような翼が生える。 目が紅く輝き、頭に湾曲した角が現れる。
溢れた魔力が、血を揺るがす音と共に廃屋を吹き飛ばした。
これがアシェルの姿か?
体の内から闘争本能や破壊衝動、そういったもんが爆発しそうに膨らむ。
「すげえ……これが超魔力か」
ガルドの影が俺に迫る。 俺は片手でその攻撃を軽く受け止め、逆に魔力を爆発させた。
黒い奔流が龍の如くガルドを襲う。 ガルドは半魔形態で耐えようとしたが、明らかに力の差が大きすぎた。
「ぐあっ……! この力が……アシェルの残留魔力だと……!?」
「どうやら、役者不足だったようだな!地獄へ帰りな!!」
続けて魔力の塊を叩き込んだ。
ガルドの体が吹き飛び、残骸と化した壁に激しく激突する。
「くそ……お前は……本当に刃向かう気か……!」
俺は一歩踏み出し、ガルドの胸倉を掴み上げた。
「セシリアを守るためなら、お前みたいな中途半端な刺客など、何体でも相手してやる。地獄の魔王に伝えろ」
黒い魔力の奔流がガルドを包み込んだ。 ガルドは苦悶の声を上げながら、徐々に体が霧のように消えていく。
「……魔王様が……許さないぞ……」
最後にそう言い残し、ガルドは完全に消滅した。
俺は悪魔形態を即座に解除し、人間の姿に戻った。
廃屋は半壊。 周囲に黒い魔力の残滓が漂っているが、誰にも見られていない……はずだ。
「……ぶっ壊れたもんは仕方ない。凄い音はしたが、大丈夫だろ……」
俺は夜の森を振り返り、小さく呟いた。
セシリアを思い浮かべる。 彼女が怖がる顔、悲しむ顔は絶対に見たくない。
人類とか、魔王の期待とか、そんなものはどうでもいい。
俺が魔力を使う理由は、ただ一つ。
セシリアを守るためだけだ。
俺は静かに廃屋を後にした。 村はまだ静かに眠っていた。 誰も、俺が何をしたのかを知らない。




