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第3話 セシリアがぐいぐい寄り添ってきて、村の日常が急に輝き始めた。俺はもう使命なんてどうでもよくなっていた

熱病から目覚めて三日目。


俺は準男爵家の庭のベンチに座り、ぼんやりと空を見上げていた。


(……本当に、のんびりした村だな)


ミストフォレスト村は、森と畑に囲まれた小さな集落だ。 朝は鳥のさえずりが聞こえ、昼は風に揺れる木々の音、夜は静かな星空。


ブラック企業で毎日終電だった前の世界とは、まるで別世界だった。


そこへ、軽やかな足音が近づいてきた。


「レインくん! お待たせ!」


セシリアが両手に小さな籠を持って駆け寄ってくる。 籠の中には、摘みたての野花と、手作りのサンドイッチのようなものが入っていた。


「今日は一緒に村を散歩しようと思って! お母さんにも許可をもらってきたよ。レインくん、歩いても大丈夫?」


彼女はいつものように自然に俺の隣に座り、笑顔を向けてくる。 その距離の近さと、屈託のない笑顔に、俺はまだ慣れない。


「……ああ、大丈夫だ。 お前が誘ってくれるなら、どこへでも行くよ」


言葉に出してみて、自分で少し驚いた。 転生前の俺なら、絶対にこんな素直なセリフは出なかった。


セシリアは目を丸くした後、頰を少し赤らめて笑った。


「えへへ……レインくん、最近本当に変わったよね。 熱病の後遺症で性格が変わったって本当みたいだね。でも、私、すごく嬉しいよ」


彼女はそう言いながら、俺の手をそっと取って立ち上がらせた。 その仕草があまりに自然で、俺は抵抗できなかった。



村のメインストリートを、セシリアと並んで歩く。

道行く村人たちが、俺たちを見て微笑む。


「おや、レイン様、セシリアと一緒か。元気そうで何よりだ!」


「セシリア、今日もレイン様のお世話かい? えらいねえ」


セシリアは照れくさそうに笑いながら、軽く会釈を返す。 その横顔が可愛すぎて、俺はつい目を逸らした。


(……くそ。心臓がうるさい)


セシリアは俺の反応など気にせず、ぐいぐいと話しかけてくる。



「ねえ、レインくん。覚えてる? 昔は体が弱くて、ほとんど外に出られなかったよね。 だから私が花を摘んで持って行ってたの。レインくんが少しでも笑ってくれるといいなって思って……」


そのときレインはなにを感じたのだろう。

ふと、そんなことが頭を過ぎった。


「今はこうして一緒に歩けてる。なんだか夢みたいだよ」


彼女の言葉に、俺は胸が少し苦しくなった。


(この子……俺のことを本当に心配して、ずっと側にいてくれたんだな。いや、俺じゃないか)


転生前の俺は、誰かにここまで想われることなんて一度もなかった。


だからこそ、セシリアの優しさが痛いほど胸に刺さる。


村の小さな市場に着くと、セシリアは目を輝かせた。


「わあ、今日は新鮮な果物がいっぱい! レインくん、どれが好き? 私が買ってあげるね!」


「いや、俺が……」


「だめ! 今日は私がごちそうするって決めたの!」


セシリアは頑なに俺の言葉を遮り、赤い実の詰まった籠を指差した。 結局、彼女の勢いに負けて、二人でベンチに座ってその実を分け合って食べた。


甘酸っぱい味が口の中に広がる。


セシリアは幸せそうに目を細めながら言った。



「美味しいね、レインくん。 こうして一緒にいるの、すごく楽しいよ。 これからも、毎日こうしていたいな……」


その言葉に、俺は思わず本音が漏れた。


「……俺もだ。 セシリアとこうしているだけで、十分だよ」


セシリアは少し驚いた顔をした後、頰を赤くして微笑んだ。


「レインくん……なんか、照れるよ。そんなこと言われたら。」



その瞬間、俺は確信した。


もう、魔王の使命なんて完全にどうでもいい。 人類を滅ぼす? 

ふざけるな。

滅ぼしたらこんな穏やかで、温かくて、可愛い日常の方が無くなってしまう。

冗談じゃない。



午後遅く、セシリアの家まで送っていくことになった。


道中、弟のルークが庭で遊んでいて、俺たちを見つけると駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん! お姉ちゃん! また一緒にいるのかよ〜!」


ルークはからかうような笑顔で俺の腕を軽く叩く。 後ろからミアも小さな足で走ってきて、セシリアのスカートを掴んだ。


「おねえちゃん……レインおにいちゃんも遊ぼう!」


セシリアは笑いながら弟妹の頭を撫でた。


「ふふ、今日はレインくんも疲れてるから、また今度ね。」


家族の温かいやり取りを見ていると、俺の胸の奥が少し熱くなった。



(守りたい……この笑顔を)



セシリアとその家族。 今はまだ、この狭い世界だけが俺の守るべきものだ。


夜、部屋に戻った後、俺は窓の外の暗い森を見つめた。



また、微かな魔族の気配を感じる。 まだ遠いが、確実に近づいてきている。




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