第2話 熱病の後遺症で記憶が曖昧になり性格が変わったらしいが、セシリアは「レインくんはレインくんだよ」と笑ってくれた
熱病から目覚めて二日目。
俺——レイン・ヴァルディスは、ベッドの上に座ったままため息をついた。
(記憶が……かなり曖昧だな)
転生前の黒崎零としての記憶は鮮明だが、この体——レインとしての過去の記憶はぼんやりとしか残っていない。
幼馴染だというセシリアのことも、昨日初めて会ったような感覚だ。 準男爵家の三男としての生活や、村の人間関係もほとんど白紙に近い。
しかも——!
「レインくん、おはよう! 今日は熱が完全に下がってるよね?」
部屋に入ってきたセシリアが、明るい笑顔で近づいてくる。 両手には、摘んできたばかりらしい野花の小さな束と、温かいお粥のようなものが載ったトレイを持っていた。
「はい、これ。お母さんが作ってくれたお粥。まだ胃が弱ってると思うから、消化のいいものにしてもらったよ」
セシリアは自然にベッドの横に腰を下ろし、俺の顔をのぞき込んでくる。 その距離の近さに、内心で少し動揺した。
(……近い。めちゃくちゃ近いぞ、この子)
昨日の一目惚れは本物だったらしい。 セシリアの笑顔を見るだけで、胸の奥がざわつく。 使命とか人類滅亡とか、そんな馬鹿げたことはもう完全に頭の外だ。
「レインくん? どうしたの? まだ頭痛い?」
セシリアが心配そうに眉を寄せる。
その表情が可愛すぎて、思わず目を逸らした。
「……ああ、大丈夫だ。 ただ……ちょっと記憶が曖昧でな。熱病のせいかな」
正直に言ってみた。
するとセシリアは、にっこりと笑って首を振った。
「うん、聞いたよ。お医者様が言ってた。 高熱が長く続いたから、記憶の一部がぼやけたり、性格が変わったりすることもあるって。 でもね、レインくんはレインくんだよ。 昔から少し無口で、病弱だったけど……今はなんだか明るくなったみたいで、嬉しいな」
セシリアはそう言いながら、俺の額にそっと手を当てて熱を確かめる。 その仕草が自然すぎて、俺はますます動揺した。
(この子……俺のことを本気で心配してくれてる。 しかも、性格が変わっても「嬉しい」って言ってくれるなんて……)
転生前の俺なら、絶対に信じられなかった。
誰かにここまで素直に優しくされることなんて。
「セシリア……お前、昔から俺の看病をしてくれていたんだよな?」
「うん! よく花を摘んで持ってきてたよ。 レインくんが喜んでくれるかなって思って……」
セシリアは少し照れくさそうに笑いながら、髪を指でくるくる巻いた。 その仕草に俺は思わず目を細めた。
その後、母親のエレナと弟のルーク、妹のミアも部屋に顔を出した。
エレナは優しい笑顔で言った。
「レイン様、本当に良かったわ。セシリアが毎日心配して通ってくれていたのよ。 これからはセシリアに、もっと家事の手伝いをさせてもいいかしら?」
ルークはベッドの端に座りながら、生意気そうに笑う。
「お兄ちゃん、熱病で人が変わったって本当? なんか今までより話しやすくなった気がするよ!」
ミアはセシリアの後ろから顔をのぞかせて、小さな声で言った。
「おにいちゃん……元気になって、よかった……」
家族全員が温かい視線を向けてくる。
俺は内心で苦笑した。
(熱病の後遺症で性格が変わった……か。 まあ、それで誤魔化せるならラッキーだな)
実際、俺の性格はかなり変わっていた。 転生前の捻くれた陰キャの部分はまだ残っているが、セシリアの笑顔を見ていると、どうしても柔らかくなってしまう。
♢
午後になると、セシリアは本当に家事手伝いに来てくれた。
「レインくん、座ってて。今日は私が部屋の掃除するね。」
彼女はエプロン姿で部屋を動き回りながら、時々こちらに笑顔を向けてくる。 そのたびに俺の胸がざわついた。
慣れる気配がない。
( こんな可愛い子にこんなに優しくされたら、使命とか完全に忘れちまうだろ)
♢
夜になり、セシリアが帰った後、俺は一人で窓の外を見た。
村は静かで、星空がきれいだった。
だが。
(……微かに、魔族の気配がする)
魔王から与えられた感知能力が、遠くの森の方から何かを感じ取っていた。 まだ弱い。刺客というほどではないが、確かに「何か」が近づいてきている気配だ。
俺は小さく舌打ちした。
「めんどくせえな…… セシリアが笑ってる今は、それで十分だと思ってたのに」
でも、もしその「何か」がセシリアに近づくようなら。
禍をもたらすなら。
「セシリアを悲しませるような真似は、絶対にさせねえよ」
俺は静かに拳を握った。
まだ、自分でもどんな魔力があるのかわからない。 でも、もし必要になったら。
そのときはーー




