第13話 学校に操られた村人が殺到してきた。みんなを守るため、ドラ息子たちに指示を出して本体を探しに行く
朝の基礎魔法学校は、いつもと変わらぬ穏やかな空気に包まれていた。
セシリアが隣の席でノートを取る横顔を、俺はぼんやり見つめていた。
彼女は時々、俺と目が合うと微笑む。
平穏な日常の景色が、胸の奥を落ち着かせる。
だが、その平穏は突然破られた。
校門の方から、激しい物音と悲鳴が響き渡った。
「きゃああああっ!」
「な、なんだ!? 村の人たちが……!?」
教室の窓から見えた光景に、俺は即座に立ち上がった。
校門を越えて、数十人の村人たちが雪崩れ込んできていた。
しかし、その動きは明らかに異常だった。
ぎこちない、引きつったような歩き方。
虚ろに白く濁った目。
口の端から黒い粘液のような糸が垂れ、時折「う……ううう……」という低いうめき声を漏らしている。
うなじに黒い小さな塊が見えた。
微量だが魔力を感じる。
あれは……アラスの子蜘蛛か。
アシェルの記憶にある悪魔の情報――
蜘蛛の悪魔アラスは、自分の子蜘蛛を使い動物や人間を傀儡にする。
間違いない。アラスの子蜘蛛が寄生し、人間をゾンビのように操っている。
「逃げて! みんな教室に!」
先生が叫ぶが、すでに遅かった。
操られた村人たちが校庭を埋め尽くし、ゆっくりと校舎に向かって迫ってくる。
その姿はまるで死体が這いずっているようで、生徒たちは悲鳴を上げて逃げ惑った。
セシリアが俺の袖を強く握りしめた。
彼女の指が震えている。
「レインくん……あの人たち……どうしたの……?」
「……操られてる。近づくな。絶対に触るな」
俺は低く言い、教室の状況を素早く把握した。
超魔力をここで使うわけにはいかない。みんなの前だ。
そのとき、先日俺に絡んできた上級貴族のドラ息子三人——アルフレッドたち——が、恐怖で青ざめながら壁際に縮こまっているのが目に入った。
「おい、お前ら!」
俺は鋭く声を飛ばした。
アルフレッドがびくりと肩を震わせて俺を見た。
「な、なんだよ……お前……」
「恐怖で震えてる場合じゃねえ!今すぐ生徒たちを教室の奥に誘導しろ!出口を死守して、誰も外に出すな!」
「な、なんで俺たちが!?」
「教室をざっと見ても、おまえらが一番魔法が強い。それにお前ら貴族の息子だろ? 将来は民を守るんだ!そのくらいできるはずだ!」
三人とも顔を真っ青にしていたが、俺の強い視線と言葉に押され、震える足で立ち上がった。
「おまえは?」
「俺は外に行って、これを操っている奴を探してくる」
「そ、外に行くのか!?」
「ああ。ここを任せられるのはおまえらしかいない。良いか、あれを見ろ」
俺が村人のうなじを指さす。
「あそこに黒いものがひっついているのがわかるか?」
「ああ」
「あれがみんなを操っている。蜘蛛の化け物だ」
「蜘蛛の化け物!?」
「だから村の人を傷つけないようにして、中に入ってこないようにするんだ」
「じゃあ、あれを引きはがせば戻るのか?」
「ああ。だが近付くのは危ない」
「風で飛ばせば……」
アルフレッドがつぶやいた。
「なるほど。いいじゃねえか」
「風で飛ばして炎で焼く……一度に全部は無理でも、繰り返せば」
「方法は任せる。でも無茶はするなよ」
「ああ」
三人は顔を見合わせてからうなずいた。
その目に怯えはない。あるのは貴族としての使命感だ。
「わ、わかった……!やるよ……!」
「みんな、こっちだ!動くな!」
ドラ息子たちが必死に生徒たちを誘導し始める。
恐怖で泣き叫ぶ生徒たちを押し込み、机を並べて簡易バリケードを作り始めた。
なかなかやるじゃねーか。
さすが貴族の跡取りだ。
その隙に、俺はセシリアの肩を強く掴んだ。
「セシリア、ここにいろ。絶対に動くな。もしものときはあの三人の指示に従うんだ」
「レインくんは!?」
「俺は……みんあを操っている本体を探してくる」
「レインくん……!危ないよ、一人で行かないで!」
「大丈夫だ。俺を信じて」
セシリアの声が震えていたが、俺は軽く肩を叩いて微笑むと、振り返らずに教室の裏口から飛び出した。
校舎の外はすでに地獄絵図だった。
操られた村人たちが、ぎこちない動きで生徒たちを追いかけている。
ある生徒が捕まり、黒い糸が体に絡みついた瞬間、目が虚ろになり、同じように動き始めた。
(……増殖してるのか)
俺は魔力を抑えつつ、校舎の屋根に飛び乗り、周囲を見渡した。
遠くの森の方から、強い魔力の波動が感じられる。
「あそこか……」
アラスの魔力を宿した刺客は、間違いなくこの近くにいる。
そして、俺を待っているはずだ。




