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気づき




「今日はどこへ行くつもりなの?ミラーシャ」


「ふふふ、実は麓の街で"あるもの"が今日から出回るという話を聞いたので、そこへ」


「あるもの?」


 この日ミラーシャとクロエは二人で街へと繰り出していた。


 目的はエリスのバースデープレゼントを買いに行くことだ。


 この日のためにミラーシャはあらかじめエリスに暇をもらい、こっそり屋敷から出てきたクロエと落ち合って、エリスに見つからないようにしてここまできたのだ。


「それにしても嬉しいな。エリスのためとはいえ、ミラーシャの方から二人での外出に誘ってくれるなんて」


「……エリスお嬢様をよく知るクロエ様に着いてきて頂ければ心強いなと」


「もちろん、君の誘いならいつでも大歓迎さ」


 そして、今回のこの買い物には、もう一つ裏の目的がある。


(私がクロエに惚れるきっかけ作り……!クロエも、最近私との距離感が少しずつ近づいているのは気づいてるはず。そして、こうしてご丁寧にもっと親密になるチャンスをつくれば、クロエは必ず食いついてくる。私を落とすためにいろんな行動をとるはず、それを利用するのよ!)


「クロエ様は何をお渡しになるか決めましたか?」


「うん。僕はブレスレットと本にしようかと」


「本……!」


「エリスはおしゃれより、三度の飯より本が大好きだから。これは毎年恒例で僕がおすすめの小説をプレゼントするんだ。そしてその影に忍ばせてこっそりおしゃれに関するものもプレゼントしていく算段で……!」


 ミラーシャは知っていた。


 エリスは前の人生から暇さえあれば本を読んでいるほどの本の虫。


 それに、弟が毎年プレゼントしてくれる小説が楽しみだったとも聞いている。


 そして、幼少期はおしゃれに全くと言っていいほど興味がなかったという話も。


 エリスのことをよく知っているからこそ、クロエがどれほどエリスのことを想っていたかが伺える。


 そう考えれば、多少の情は湧いてくるものだ。


(……いけない!この人がエリスのことを第一に考えているのは間違いないかもしれないけれど、結果として彼の行動がエリスの人生を狂わせ、終わらせた。それに、この年で策略のために私を自分に惚れさせようなんて思いつくくらいには、この時すでに残酷なフローレンス公爵の片鱗があるのだから!)


「うわぁ!麓の街って初めて来たのですが、思っていたより栄えているんですね!」


「そうだね、僕も初めて来たけれど、見てるだけで楽しいや」


 様々な種類の出店が立ち並ぶメインストリートには、珍しい食べ物から宝石までなんでも揃っているようだった。


 その中でも、ミラーシャにはお目当てがあった。


 前の人生で得た経験から、このタイミングでそれを手に入れておくのがちょうど良いと判断したのだ。


「……ありました、クロエ様!」


「これは……なんだい?」


 立ち並ぶ出店の一角、長机に謎の小瓶が大量に並べられたそこは他に客もおらず少し異質だ。


「マニキュアです!北の方の国で流行っているもので、爪に塗る化粧品のようなものですわ」


「初めて聞いたよ。ミラーシャは物知りだね」


 そう、これは今でこそこの程度の知名度だ。


 だがこのマニキュアは一年後からこの国で爆発的なムーブメントを巻き起こす。


 爪に色をつけるのが美しいと気づいた貴族たちがこぞって買い占めていくのだ。

 

 流行りにもおしゃれにも興味がなかったエリスが、唯一興味を示したものこそ、マニキュアだった。


 だがその時にはもう入手困難なほど品薄になっており、値段も高騰していたため使用人のエリスや、貴族だが甘やかされている妹とは違い、好き勝手に物を買うことは許されなかったミラーシャに手に入れる術はなかったのだ。


 今の人生でクロエの策略を逃れることが出来れば、公爵令嬢のエリスは買えるかもしれないが、エリスが興味を持った時必ずしも在庫が世に溢れている状態とも限らない。


 だから、今のうちに買っておくのが得策なのだ。


「爪に色を塗るなんて考えたこともなかったけれど……確かに、似合う色をつければ指先が彩って美しく見えるのかも!」


「クロエ様はどちらの色がお嬢様にお似合いになると思いますか?私は、こちらの桃色がぴったりかなと思ったのですが」


「うん!桃色はエリスがドレスでもよく着ている色だ、きっと似合うよ!けれどこっちもいいな!」


「シルバー!素敵です!エリスお嬢様の儚げな雰囲気にマッチしてて、きっとお似合いになりますわ!」


 結局その二色をエリスへの誕生日プレゼントに選ぶことにした。


 前の人生でエリスが最期まで手にできなかった憧れの品をようやく渡せることへの達成感で満たされている反面、少しだけ申し訳なくもあった。


 今後価値がついていくとはいえ、これらは、前の人生でエリスに渡していたどのプレゼントよりリーズナブルなものだからだ。

 

「こんな安物だけど、喜んでくれるといいんですが」


「そんなことないよ!プレゼントは値段じゃない。エリスのことを考えて選んでいたのを僕は見てたから。エリスにだってきっと伝わるさ!」


「……そうだと、嬉しいです」


 クロエに向けて嬉しそうに笑って見せる。


 少しだけ頬を赤らめて、恥ずかしそうに目の前の少年を見つめる。


 それらはなにも、本心から出た物ではない。


 100%計算の上に成り立った、演技だ。


(私がああ言えば、クロエはそう返すってわかってた。そしてこれが、"トリガー")


「……!」


 クロエは微笑むのも忘れて、ミラーシャを見つめている。


 吸い込まれるように、ミラーシャに見入っていた。


(気づいたのね、今までは芽吹いただけだったのに、この瞬間花開いた()()()()に。ならきっと、その恋心をより確かなものにするために、クロエはここぞとばかりに私を口説こうとしてくるはず……)


「……………………いこうか、ミラーシャ。そろそろお昼にしよう」


 それだけ言うとクロエはパッとミラーシャから目を逸らし、ミラーシャの手を引いてそそくさと歩き始めた。


「え、あ、はい……!」


(何も行動を起こさなかった……?そんなことある?今私が"恋に落ちた顔"であんなにわかりやすく誘導したのに。この子本当に私を惚れさせる気あるわけ!?)


 意味のわからなさに内心苛立ちながらも、手を引かれているこの立ち位置では彼の顔色を確認することすら叶わず、悶々としながら彼の後をついて行ったのだった。


 

 ⭐︎



「ここのオムライスは美味しいねぇ」


「……ええ、そうですね」


 彼が手を引いて連れて行かれた先は前の人生では五年後に大繁盛する小洒落たレストランだった。


 この時はまだ、その時ほどの大盛況ではないが、知る人ぞ知る名店といった所だろう、客が途絶えることはなかった。


 迷いなく突き進んで行ったかと思えばこんないい店に連れてこられ、店内に入った途端様子がおかしかったクロエもいつも通りのにこやかな彼に戻っており、ある種の不思議体験を味わった気分だった。


(……前の人生を知っていれば、大体のクロエの行動は手に取るようにわかる……けど)


「ミラーシャこのあと、何か予定は?」


「いえ、特には……お嬢様のバースデーパーティの準備も、残すところは当日の飾り付けと、焼き菓子類の買い出しだけになりますので」


「じゃあこのあとは、僕に付き合ってほしいな」


「……もちろんですクロエ様!」


 もちろん、こう言えばクロエが心に抱いていたその言葉を引き出しやすいだろうという、彼女の計算だった。


 このオムライスの店だって、たまたま入ったら美味しかったわけではあるまい。


 クロエが練ったデートプランの一つであることを気づかないミラーシャではない。


 ここのオムライスがほっぺが落ちそうなほど美味しいのは違いないが、クロエの策略を思えば美味しさも半減、なんともいえない気分だ。


「ミラーシャ、聞いても?」


「はい」


「……今日は、モンクレール元公爵夫妻の裁判の日だよね。君がエリスのことを大事に思ってくれているのは知ってるけど……行かなくて、よかったの?」


「ええ。必要ありませんから」


「……大人、なんだね。僕なら好きでも嫌いでも、親の裁判となると駆けつけてしまうだろうから」


 クロエの言わんとすることはわかる。


 だが、本当に行く意味がないのだ。


 ミラーシャには、あの二人の行く末くらい容易に想像がついていたのだから。

 

「号外!号外!」


 店の外がやけに騒がしいことに気づいて窓越しに目を向ければ、新聞配達員の男が新聞を撒き散らしながら走っていくではないか。


 地面に落ちた新聞に大きく写っていた中年の男女にあまりに見覚えがあったものだから、ミラーシャはそれに釘付けになる。


(あら、タイムリーね)


 


「モンクレール元公爵夫妻、王城の地下牢に永久投獄との判決!!モンクレール元公爵夫妻、王城の地下牢に、永久投獄!!」



 

 声色高々に響く新聞配達員の声に、これほど心躍ったことはなかった。


 あの怪物たちは、やはり永久投獄の刑に処されたのだ。


 当然の報いを、これからしかと受け続けるのだ。


「……今日はもう帰ろうか、ミラーシャ?」


 窓の外を見つめ、動かないミラーシャはショックを受けているのだろうと解釈したクロエが彼女に語りかける。


「……いいえ!食べ終わったら、すぐに行きましょう!」


「え、でも……」


「こんな良い日に、家でしんみりするなんて勿体無いです!クロエ様、お付き合いくださいませんか?」


「……」


 クロエは自身を見つめるミラーシャから目を逸らし、無言で残りのオムライスを口に運び始めた。


 上品さは流石と言うべきか保っているが、妙にスプーンを口に運ぶスピードが速い。


 耳が信じられないほど赤くなっているその少年を見つめ、"なんで演技の上手いことだ"とミラーシャは呆れていた。



 ⭐︎



 いろいろなところへ行った。


 東洋の国の文化にまつわる出店、手芸道具を扱う出店、さまざまな味のクッキーを売る出店。


 全ての店でクロエはたくさんのものを買っていた。


 物珍しいのもあるのかと思っていたが、ミラーシャがなんとなく「クロエ様に似合いそうなデザインですね」と呟いた大粒のアメジスト付きのネックレスを即買いしていたあたり、散財癖でもあるのかもしれない。

 

(この人がどうしてエリスを追い出したのかはわかってないけれど。まさか追い出して、公爵の座について、散財したいからとかじゃないでしょうね!)


 そんなこんなで日も暮れてきて、どこからどう見ても良い子はお家に帰る時間だ。


 そんな時間になってから最後にと連れてこられたその出店が、クロエのお目当てだという。


「占い?」


「そう、僕こういうの興味あるんだ!未来を知れるなんて夢みたいじゃないか!ミラーシャは興味はないのかい?」


「興味というか……やったことないから、挑戦してみるのも楽しそうです!」


 そう言って二人並んで席に腰掛ける。


 すると、長机を挟んで奥に座っていたいかにもな中年の女性がにっこりと微笑む。


「こんばんは。今日はお客さんがきた」


「ここは、なぜか日没間近から営業を始めるからなかなかお客さんがこないんだって。常連には当たるってもっぱらの腕利き占い師なのに」


(そんなのどうやって見つけたのよ……)


「それで、今日は何を聞きたいの?」


「…………僕は、将来どうなってる?」


「そうねぇ……あなたは、今何か成し遂げようとしてる目標、目的を明確に持っているわね。おそらく、それを成し遂げるための明確な方法も、手順も、貴方の中には既にビジョンがある」


「……!はい、その通りです」


 占い師が顔色ひとつ変えずに語るのその内容は、真実だった。


 訪れ得る未来を知っているミラーシャにはそう言い切れた。

 

(やっぱり、クロエの中でこの頃には、フローレンス家でおこる事件は描かれていた……なんて恐ろしいの!けど……)


 隣に座って、目を輝かせるクロエを見つめながら、バレないようにため息をつく。


(エリスの不幸の元凶だったこの男のこと、少なくともこの頃の少年のことは、悪人と思いたくない自分がいる。実際、クロエはエリスのためにあの事件を起こしたようだし、私を利用しようとしているのだって、元を正せば私の親友のため。同じエリスの幸せを願うものとして、感情移入しちゃってるのかな)


「貴方の思惑は、全てうまくいく」


「ほんとうですか!」


「けれど……その代わり、貴方が一番訪れてほしくないと願っていた未来が訪れるわ」


「え……」


(……本当に、この占い師は腕利きなのね)


 ここで言う一番訪れてほしくない未来とは、十中八九エリスの死だろうとミラーシャの中で見当はついていた。


 先ほどとは打って変わって絶望の表情を浮かべるクロエを横目に、ミラーシャもある違和感に顔を歪めた。


(ちょっとまって。お父様とアリーさんは永久投獄が決まったのよ。ルシアンやダイアナとも縁を切ったから、略奪とか、お母様の因縁とか、そんなのはもうない。だから仮に私が止められなくてエリスがフローレンス家を追い出されたって、最悪の未来は訪れないはず……まってそもそも)


「どうしてエリスは私と一緒に……」


 処刑されたのか。


「ミラーシャ?何か言ったかい?」


「あ……いえ、ごめんなさい。なんでもありません」


(そうよ、考えてみれば不自然だわ!エリスまで殺す必要はなかったはずよ。それにエリスは元公爵令嬢とはいえ、その時はただの使用人、わざわざ偽装を施す手間を使って私と共犯に仕立て上げなくても、折檻と称して使用人を殺害したって世間は何も言わないわ。それがもし、クロエが……フローレンス公爵が目を光らせていたからだとしたら。フローレンス公爵からの報復を恐れて、罪を着せることで正当に見せてエリスを殺したのだとしたら。尚且つ、占いが本当で、このままだと()()()()()を迎えてしまうのだとしたら……)


「……その未来を防ぐには、どうすれば」


「同じ志を持ってくれる人物が近くにいるはずよ。貴方も見当がついている、その人。その人と協調し、協力しなさい。」


 クロエは涙目になりながら、ミラーシャの方に目を遣る。


「クロエ、様……?」


(わかってる。私なのでしょう?)


「……ううん、何でもない。一緒に聞いてくれていたのがミラーシャで良かった」


 ミラーシャの手を握り、儚げに笑うその少年は少しだけ安心した様子だった。


(自分がやってきたことは間違えてなかったと確信した、と言ったところかしら)


「貴女も何か知りたいことが?」


「……いいえ、私は結構です」


「そう……それでは、本日はこのマダム・カミラの元へお越しいただき、ありがとうございました。またのご来店、お待ちしておりますわ」


(マダム・カミラ……なるほどね。当たると評判で、十年後の世界では予約が一年先まで埋まってしまうほどの人気占い師の名前だわ。通りで)


 席を立って、占い師に一礼してから出店を出て、帰路に立つ。


 その間も、クロエはミラーシャの手を離そうとはせず、ミラーシャも、今だけは理由をつけて振り払う気にもなれなかった。


(ここに来てよかった……大事なことに気付けたもの)


 エリスの命を狙う人物が、まだこの世に野放しにされていることに。


 

 

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