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求婚




「それじゃあ僕らは、エリスの誕生日までにそれをやっておくだけでいいのかい?」


「はい、よろしくお願いします」


「……ほんとにこんなんで喜ぶのかな、エリス」


「大丈夫ですよ、ね!クロエ様!」


「え、ああ……うん!」


 クロエの曖昧な返事に、その場の全員が首を傾げる。


「クロエ、今日はどうも様子が変だけど、体調が悪いのかい?」


 ダリンゼが心配そうに問いかける。


「いえ……ただ、エリスのことが気になって」


「ああ、そーいえば今父上に呼ばれてるんだったか」


 カインが「うげっ」と顔を顰める。


「父上の説教は面倒臭いからなぁ」


「品行方正なエリスが父さんから説教なんてくらうと思う?十中八九縁談だよ」


「縁談……?」


 ノーベルトのセリフにクロエが反応して、顔を彼の方へ向ける。


(まずい……!)


「今日父さんと母さんがえらくめかし込んでた、ていうか正装だったんだよ。てことは公爵家かそれ以上……王族とかとの縁談かなって思っただけ。エリスが何も知らなそうだったのもなんか、父さんならやりかねないなって」


「……行かなきゃ」


「クロエ様!?」


 突然走り出したクロエ。


 行き先は言うまでもないだろう。


(まずいわ、クロエが見合の席に乱入したら何が起こるかわからない。今日ロザリアと出会わなければ、王子の気は変わらず、そのままエリスに執着し続ける可能性も……!)


 ゾッと顔を青くしたミラーシャも、たまらずクロエの後を追いかけた。


「ミラーシャさんまで……お父様から怒られてしまう前に二人を連れ戻さないと」


「……まあ、ちょうどいいよ。エリスが何処の馬の骨ともわからないおっさんと婚約とかさせられてたら兄として寝つきが悪いしね」


「うげ〜父上にまた怒られるのか、俺」


「連れ戻すんだよ?二人とも」


 こうして三人の兄たちも二人の後を追うのだった。




 ⭐︎




「クロエ様!お待ちください!」


 やっとクロエに追いついた時には、もうエリスたちのいるフローレンス公爵の部屋がすぐそこにあった。


「エリス……止めないで。ミラーシャがもし本意じゃない結婚をさせられようとしてるなら、止めなきゃ!」


「それはそうですが、今乗り込んだところでクロエ様が怒られるだけで……」


 そう言いかけた時、視界の先にあるフローレンス公爵の部屋から豪快な笑い声が聞こえてくる。


 それに思わず、クロエと二人で部屋の前に張り付き、聞き耳を立てた。


「結構結構!純情で従順そうな顔立ちをしておきながら意外と強情なところもいい!」


「何と言われましても、私はリック皇子とは結婚しませんので!」


 普段朗らかなエリスからはあまり聞くことのない、叫びに近い否定の声。


「リック皇子……惚れっぽいと有名なあの第二皇子か」


「クロエ様。皇子が相手なら勝ち目はありません。私たちは一旦出直して……って!!クロエ様!?」


 そう言ってる間にクロエはエリスたちがいる部屋の扉を突き破って、中に突撃していた。


(ああ、もう!若さのせいかしら!未来のフローレンス公爵のくせにブレーキが効かないわ!)


「な、何だお前たちは!!」


 相当驚いたのか、リックは肩をびくりと震わせた後、威嚇するようにそう叫んだ。


 室内にいた護衛たちが瞬時にクロエとミラーシャに刃を向けようとする。


「……!まって!!その二人は私の弟と侍女です!」


 すんでのところでエリスが静止し、こちらに駆け寄ってきた。


(皇子の癖に、部屋の外にも騎士を配置すらしないほど、周りにこの縁談を悟られたくなかったのね。フラれた時、噂を広められたくないからといったところかしら。さっき部屋に突入した時も思ったけど、なんて臆病で、情けない人)


 ミラーシャと関わりの深い第一皇子を思い浮かべて、同じ皇子でこうも違うのかとため息が出てくる。


「エリス姉さん!よかったです無事で!こんな皇子との婚約なんて、僕絶対認めませんから!」


「こらクロエ!皇子になんて口の聞き方を!」


 フローレンス公爵がクロエを咎めようとした時、遠くから聞こえるドタバタという足音に、ただでさえ皺だらけな顔を顰めた。


「はあ……見合いっていうくらいだから、応接間とかかと思ったら……父上の部屋かよ!」


「ほんっと!クロエもミラーシャも、行き先くらい言い残して行けっての!追いかけるこっちの身にもなって!」


「お父様……突然申し訳ありません」


 息も絶え絶えな上の兄弟三人の登場に、フローレンス公爵はワナワナと震え出した。


「お前たちまで……!妹の幸せすら願えんのか、この愚息共!」


「なぁにが幸せだ!無理やり皇子と結婚させることが幸せか!」


 ノーベルトがすかさず声を上げる。


「黙れ!……リック皇子、失礼いたしました。この愚息たちには後でしっかり言い聞かせておきますので……」


「必要ない」


 見合いを台無しにされたはずなのに、何故かリックは毅然としていた。


(フィリオから聞いていた感じからして、そんな感じは全くしないのに。意外と落ち着いてるわね)


 そんなことを考えていた時に、件の人物がこちらに向き直るものだからギョッとする。


(え、まって、こっちを見てる……?そんなことはないはずだけれど)


 どんなに逃れようとしたところで、クロエが皇子の視線の先に気づいてこちらを見た時には、悪寒が止まらなかった。


「エリス嬢の侍女よ、名は」


「は……あ、えっと、お初にお目にかかります。ミラーシャ・モンクレールと申します」


「ミラーシャというのか。モンクレールと言ったらあれだな。今当主とその妻が裁判にかけられている家紋じゃないか。元だが公爵令嬢か!申し分ない!」


 何が、などとは聞かなくてもわかってしまうのが怖い。


 頼むからその続きを言う前にその口を閉じてくれとミラーシャは願ったが、届くこともなく、無慈悲にもリックの口からそれは言葉として世に放たれた。


「お前の美しさと主人のために皇子の前へも乗り込んでくる度胸に惚れた!ミラーシャ、私の妻にならないか!」


「…………」


 本当に、何とも噂に違わず惚れっぽいことだ。


 フローレンス公爵夫妻は口をあんぐりとさせている。


 兄弟たちも、あまりの突飛な話に数秒思考の海を彷徨っていた。


 そんな中で、皇子の側にいた男のうちの一人は皇子に何かを耳打ちして許しを得た後、そそくさと部屋を出ていった。


 おおかた、ミラーシャとの結婚の許可のための謁見の申請に向かったのだろう。


 前の人生でも、ロザリアに惚れたリックは上手く手を回し、その日のうちに皇帝へと謁見して、許しを得たらしかった。

 


「えっと……リック皇子、それでは私の愛娘であるエリスとの婚約のお話は……」

 

「ああ、無しだ無し!私はこのミラーシャを嫁として貰い受ける!!見ろ、このルビーのように鮮やかな瞳、絹のように艶やかな黒髪、ほっそりとした指……エリス嬢よりも美しく、私好みだ。あと少し気の強そうな顔立ちなのに使用人として謙虚に振る舞う様子が何ともいじらしい……」


 公爵夫人の恐る恐るの問いかけを一刀両断したリックは、ミラーシャの方へ歩み寄った後、手の甲にキスをした。


 その言動があまりにも気持ち悪くて、ミラーシャは目眩を起こすがすんでのところで倒れた体をクロエに支えられた。


「ミラーシャ!」


 エリスがミラーシャに駆け寄る。


 ミラーシャをエリスに任せたクロエが、皇子を睨みつける。


「皇族として倫理的な貞操観念くらいは身につけておくべきでは?」


「お前、誰に向かって口を聞いている?」


「我が国を背負って立つ皇族の方へ、国を支える公爵家の人間として申し上げています。ついこの間別の女性に求婚したのに僕の姉へ求婚したこともそうですが、さっきの今でミラーシャへ求婚するなんて……」


「そうです!第一ミラーシャは私の大切な侍女で友人です。大金を積まれたって渡しませんわ!」


 双子が皇子へ毅然と言い返す姿を兄たちは物珍しそうに眺めていた。


「お人好しのエリスはともかく、あのクロエが、エリス以外のためにあんなに必死になって……」


「あいつは人当たりはいいけど、同時に頭もいいから皇子に喧嘩売ってまでリスクを背負う、なんてことはしないしね」


「ミラーシャさんには、それほどの魅力があるということだろう。……それこそ、先ほどまで妹に求婚していたであろう男を自分に向けさせるほどのね」


 皇子に無礼を働く妹と弟を咎める様子もない兄たちの様子に、公爵が怒りで顔を歪める。


「お前たちいい加減にしろ!!皇子との婚約をダメにしたんだ!どのみちその侍女はクビにする!これ以上皇族からの印象を下げるな!!」


 公爵が怒鳴りつけたことによってその場は一気に静まり返る。


 そしてその沈黙を突き破った者こそ、この可笑しな事態を作り出している張本人だった。


「ではミラーシャ、行こうぞ王城へ!我らが愛の巣へ!お前がその気なら、お前の両親も釈放させてやっても良いぞ!」


 語尾に音符でもつきそうなほど上機嫌なリックに、ミラーシャはやっとの思いで声を絞り出した。


「……です」


「ん?なんだ?」


「嫌です!!リック皇子との婚約、謹んで!お断りいたします!!」


 それを聞いたリックは、何が起きたかわからないといった顔をした後、ミラーシャの腕を掴んで自分の方へ引き寄せた。


「身分を弁えろ。今やただの平民のお前に、断る権利があるとでも思うか!!」


「皇族の意見を容易に無碍にはできない平民を思い遣るのが、私たちの仕事だろう。リック」


 その場にいるはずのない声に、ミラーシャはギョッとした。


 否、全員が何事かと驚いて声の方に顔を向けていた。


 いつのまにか入り口は開いており、その先の廊下から悠々と歩いてくるのは、肩上で切り揃えられたブロンドを揺らし、アクアマリンの瞳を憂鬱そうに細める美青年だった。


(ああ、手紙の返事結局出し忘れてたから心配で、何かあったらすぐ動けるような距離にいてくれたのね。となるとタイミング的に、あの側近の男は彼の回し者かしら)


 この国では有名すぎるその人物の登場に一同は固まったが、そのあと遅れて使用人の一人が廊下から走って来た。


「だ、旦那様!報告が遅れて申し訳ありません!第一皇子のフィリオ・オルディナート皇太子殿下がおいでです!」


「急ぎだったため、私が皇子の権限で公爵に許可を取るのを待たずに通せと無理を言ったのだ。くれぐれもこの方を叱らないでくれ」


「と、とんでもございません皇太子殿下!本日はいったいどのような……」


 急にヘコヘコとし出す公爵をクロエは虫を見るような目で見ていた。


「うちの愚弟……リックがまた皇族らしからぬ言動を取っていると聞いてな。リックから言い始めた婚約の話を本人がいる目の前で別の女性に乗り換えるという形で終わらせたとか。本当に、同じ皇子として恥ずかしい……」


「そんな兄上!私はこのエリス嬢より美しい侍女と結婚しようと思っただけです!侍女なんて、皇子に言われたら拒否権などないのだから。大人しくいうことを聞く人形になっておけば良い!」


 その言葉を聞いたフィリオは露骨に顔を顰めた。


 可愛がっている妹分を拒否権のない人形なんて言われては、流石のフィリオも黙っていないらしい。


「そういうところがお前は皇子に相応しくないと言われる所以だぞリック。お前には人への感謝というものがまるでない。そもそも、私たちが皇族として大きな顔をしていられるのも、全ては平民と貴族が私たちを立ててくれているからだということを忘れるな!」


 皇族としての威厳は、全てここにあると思った。


 その凛とした佇まいは次期皇帝に相応しい。


 それは間違っても知り合いとしての贔屓目などではない。


 この人が統治する国を見てみたいと強く思ったのだ。


「フィリオ、殿下……」


 エリスが王太子を見つめるその瞳は蕩けそうなほど甘い色をしており、頬がほんのりと紅潮している。


(そういえば、エリスは前の人生でもフィリオに惹かれていたわね。フィリオと二人でお茶するときは侍女でさえも人払いをしていたから、そんなに接点はなかったけれど。その美しい顔と挨拶程度でもわかる人柄の良さに、今思えば淡く恋心を抱いていたんじゃないかしら)


「ではリック、お前はもう帰りなさい。今回の件、世間に知れたらまた皇族の品位が落ちると父上は大変お怒りだ。これ以上罪を重ねるな」


「な、お父様にまで話がいってるのですか!!」


「当然だろう、たまたま近くにいた私にまで話が入って来たのだから」


 それを聞いたリックは逃げるようにその場を後にした。


 最後までフィリオとは対照的に情けない皇子だったと、ミラーシャはため息をつく。


 そのとき、廊下から「うわああああ!!」とリックの叫び声が聞こえて来た。


 何事かとその場の全員が部屋を飛び出してみれば、腰を抜かしたのか床に尻餅をつくリック皇子と、その先で胸元の開いたドレスを抜群に着こなす妖艶なロザリアが佇んでいた。


「リ、リック皇子?なぜここに……お怪我はありませんか?」


 駆け寄って皇子に合わせてしゃがむロザリアの暴力的なほど美しい顔と豊満な胸元に顔ごと目線を行き来させている様が何とも情けない。


(情けない……けど!これは!)


「美しい!!今まで見たどの女性より美しい!全てにおいて優れている‼︎どうか私と結婚してくれ!!」


 結局は元のルートに収まったことに、ミラーシャは安堵のため息をついた。


 ⭐︎


「エリス嬢、そしてその侍女の君、本当にすまなかった。愚弟の言動は君たちの女性としての尊厳を踏み躙るものばかり……何とお詫びしたら良いか」


 第一皇子に頭を下げられて、エリスはギョッとする。



「いえそんな!皇族のお方が公爵家に頭を下げるなどあってはなりません!!第一、フィリオ殿下が謝ることでは……!!」


「いやその通りです!我が娘を傷物にしてくれて、第一皇子が婚約くらいしてくれなくては割に合いませんぞ」


 ここぞとばかりに、下品な笑みを浮かべて第一皇子にエリスを娶らせようとするフローレンス公爵。


 そんな父親にクロエが信じられないというような目を向けていたが、そんなことはお構いなしに、フィリオは宣う。


「…………ああ。被害者であるエリス嬢がそれを望むなら、そうしよう」


「な…………!!」


 エリスは驚きのあまり言葉を詰まらせていたが、ミラーシャは声を出すことすらできなかった。


(嘘でしょう!フィリオとエリスが婚約!?)


 フィリオの返事を聞いた公爵は口角を釣り上げて、今にも踊り出しそうなほど浮き足立っていた。


「それなら心配ありません。麗しい皇太子殿下を拒むものなど誰もおりません!そうだろうエリス!」


「……条件があります。それが約束されなければ、このお話は無かったことに」


 破格の待遇である第一皇子との婚約に条件をつけるとは夢にも思わなかったのだろう、公爵の目が飛び出そうなほど見開かれた。


「な、何を馬鹿なことを」


「お父様、おっしゃいましたよね。ミラーシャはクビ、解雇すると。それを取り消してください。さもなくば私は、皇太子殿下のありがたいお誘いも、残念ながらお断りさせていただきます」


 その時、フィリオがふとミラーシャの方を見た。


 その場の全員がエリスに注目していたその時、初めて二人は目が合った。


 フィリオはミラーシャにこう言いたかったのだろう。


 "お前はどうしたい?"と。


「……エリスお嬢様」


「なぁに、ミラーシャ」


「私も、お嬢様のお側にいたいです……!」


 その答えを聞いたエリスは感激のあまり目を潤ませ、フィリオは慈愛に満ちた目をしていた。


「エリス嬢同様、今回の被害者である侍女殿が職を無くしてしまうなんてあってはならない。そういうことならその条件、私の方からも提示しよう。断った場合、彼女との婚約はなかったことに」


 そう言われては公爵に断る理由はなかった。


 そもそもミラーシャが解雇されかけたの自体、第二皇子との縁談を台無しにしたことへの腹いせだったのだから、最終的に第二皇子は自分の上の娘にゾッコン、さらに皇太子の第一皇子は下の娘と婚約が決まるというなら解雇に固執する必要もないわけだ。


 力一杯首を縦に振った公爵を見て、フィリオはエリスに向き直る。


「では、これからよろしくお願いいたします、エリス嬢」


「よ、よろしくお願いいたします、フィリオ殿下……!!」


 ほんのりと頬を紅潮させたエリスを見て、少し泣きそうになってしまった。


 それは、前の人生でなんとなく、そうなればいいなとミラーシャが心に描いていた光景だった。


(大好きな二人が一緒になるなんて……こんな奇跡が起こるなら、あんなカオスな事件だって、起きてよかったって思えるわ)


「ありがとうございます、お嬢様。そして……おめでとうございます!」


「ありがとう、ミラーシャ。またよろしくね!」


 そう言って手を取り合う二人、そしてそれを微笑ましいといった様子で眺める第一皇子。


 祝福の拍手を送る兄弟たち。


 そんな幸せそうな光景の中、クロエが声を発することはなかった。


 じっとただ、右手をグッと握って、喜びを噛み締めていた。



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