三人の兄たち
「エリス!ミラーシャ!遊びにきたよ」
人好きのする笑みを浮かべて、すこぶる上機嫌でエリスの部屋にやってきたクロエ。
屋敷に来てから半年経った今、もう数え切れないほどその光景を目にしてきた。
ただ三ヶ月ほど前から変わったのは、三人でいるときはクロエが砕けた口調で話すようになったこと。
それから、今までエリス一筋だったクロエが、ミラーシャとも積極的にコミュニケーションを取るようになったことだ。
最初はミラーシャも交えて三人で話をすることが多かったが、今ではエリスを放っておいて、ミラーシャと話し込むことも少なくはない。
その時エリスは、二人が話をするのをニコニコしながら眺めているのだが、親友だったミラーシャの目から見ても、本心から傍観を楽しんでいるのが見受けられた。
昨日はこんなことがあった、今日はこんなことをする予定だ、巷ではこんなニュースが流行っているらしいなど、情報通なクロエはいつ話しても全く話題に事欠かなかったので、聞き手に回っていても飽きずに楽しめていたのかもしれない。
(何か企んでいるだろうとは思っていたけれど、友達というのが、自分に惚れさせるきっかけづくりの第一歩だったなんて……14歳の癖して恐ろしいわ!)
⭐︎
その日もクロエはエリスの部屋へやって来た。
エリスを見る目だけでなく、ミラーシャを見る目まで「会えて嬉しい」と言わんばかりのもので、毎度のことその演技力に驚かされる。
だがその日は、いつも通り三人で談笑、とはいかないことをミラーシャは知っていた。
屋敷内が妙に浮き足立っている理由も、この双子が何も知らずに過ごしていることも。
「何だか今日は使用人たちがみんな忙しそうだ」
「そうね、何かあったのかしら。誰かが怪我をしたとかでなければいいのだけれど……」
「……そうですね」
適当に相槌を打って、その時を待つ。
本当に今日があの日なら、そろそろエリスの元へ使いが来るはずだ、などと考えながら、ミラーシャは心優しい親友に少しの同情を向けた。
そしてその時、扉を軽く叩く音がする。
「エリスお嬢様」
「あら、メイド長?先ほどから騒がしいですが、なにかありましたか?」
「旦那様からのご命令です、至急旦那様のお部屋に来るように、と。ミラーシャさんも、クロエ坊ちゃんでさえも、何人たりともご同行はできかねますのでお二人はそのままに」
「お父様が?珍しいわね。しかも侍女も弟も連れていけないなんて」
心配そうにこちらを見つめるエリスに、ミラーシャも心底不思議そうな顔を作って見せる。
「何なのかしら……でもしょうがないから、行ってくるわ。二人ともあとでね……!」
名残惜しそうにメイド長を追って部屋を後にしたエリスをぽかんと見つめるクロエと、呆然としたふりをするミラーシャ。
(やっぱり、今日だったのね!)
ミラーシャは心の中でほくそ笑んだ。
"15の誕生日を迎える一週間くらい前、急にお父様に呼び出されたんです。いつもより人払いが厳重になってたお父様の部屋に入ったら誰がいたと思います?なんと、第二王子のリック様が、15歳になった私と結婚をしたいと屋敷にお見合いをしに来ていたんです!"
それは前の人生で聞いていた、エリスの昔話。
だが、約一週間後に15歳の誕生日を迎える今のエリスにとってみれば、それは今後起こる出来事。
それを思い出したのは一ヶ月前、毎月飽きもせず届く二通の手紙の内の一通、フィリオからの手紙に目を通した時のことだった。
"近頃、第二皇子のリックがフローレンス公爵と接触を図っているらしい。
やつは美人に目がないので、ミラーシャやミラーシャの主人であるエリス嬢に接近してこないかと案じているところだ。
もし婚約を迫られでもしたら、迷わず、僕の名前を出すように。"
その時フラッシュバックしたかのように、前の人生でエリスから聞いた内容が頭に流れ込んできたのだ。
「僕や侍女のミラーシャすら同行できないなんて……どうしたんだろう」
クロエは珍しく、困惑を上手く隠せておらず、眉間に皺が寄っていた。
当然だ、いくら天才児でも、予知ができるわけではないのだから。
ところで、なぜミラーシャはクロエの様子を呑気に観察できるほど落ち着いているのか。
それはこの見合いが破談になることを彼女は知っていたからである。
(エリスの話によれば、エリスは毅然とした態度で見合いの話を断る。もちろん、相手は王子なのでそう簡単には行かないけれど、最終的にたまたま見かけたロザリア嬢に心を奪われ、この縁談はリック王子自らの手で破談になる)
そう、この件はミラーシャが手を下すまでもなく、前の人生ですでに解決された問題なのだ。
だからこそ、侍女の職につくミラーシャにとっては格好のタイミングだった。
体よく主人と離れて、クロエに接近するための。
「クロエ様……そんなにご心配なさらなくとも、エリスお嬢様なら大丈夫でしょう。お呼び出ししているのも旦那様だそうですし」
クロエが腰掛けていたソファにミラーシャも腰掛ける。
「ううん、そうなんだけれど……」
「……あの、クロエ様」
そう言ってクロエの手に、自身の手をかざす。
「……エリス様を除けば、この屋敷でたった一人の友人であるクロエ様にしかできないお願い、聞いてくださいますか……?」
「…………どうしたんだい、ミラーシャ」
友人という言葉を使えば、今この時クロエは断れないことをわかっていた。
何をしているかは不明瞭だが手の打ちどころがなく、仮にも父親の元に向かった姉への追求と、姉の幸せのためには欠かせない使用人との関係性向上。
クロエなら、合理的に考えて後者を選ぶと確信していたのだ。
「ずっと考えていたことなのですが、エリス様がいない今、少しご相談が……」
⭐︎
「兄さんたち、紹介します。彼女はエリスの侍女にして僕の友人、ミラーシャ・モンクレールです」
「ご紹介に預かりました。ミラーシャ・モンクレールでございます。以後お見知り置きを」
ぺこりとお辞儀をしたミラーシャに対して、正面のソファ付きテーブルに腰掛けている三人の男たちの反応は様々だった。
一人は朗らかな笑みを浮かべながら、ミラーシャに倣うように軽く頭を下げ、一人は大袈裟にパチパチと拍手をし、後一人はそっぽ向いて「ふん」と鼻を鳴らし、興味がないのを隠そうともしていなかった。
「ミラーシャ、紹介します。まずこのニコニコしている方が長男にして第一子、ダリンゼ兄さん」
「はじめまして、よろしくね」
ダリンゼは相変わらず微笑みを絶やさず、ミラーシャに握手を求めた。
(エリスやクロエがいつもニコニコしてるのは、もしかしてこの人の影響だったり……?)
ダリンゼ・フローレンス、彼に会ったことはなかったが、前の人生で、彼の名前を知らない人間はいなかった。
彼は24歳の時クロエの策略で子爵家に売られたが、医者を多く輩出するその家の人間に才能を見出され、そこから勉強を始め26歳で医師免許を取得、さらに翌年には最年少の宮廷医師になるという異例の快挙で登り詰めた英雄のような存在だ。
「次にこの声が大きい人が次男にして第二子、カイン兄さん」
「おいクロエ!お前はもう少し兄を敬った物言いをだな!」
「やめないかカイン、ミラーシャさんの前で」
ダリンゼの静止の声に悔しそうに舌打ちをするこの男のことも、ミラーシャは知っていた。
(この人は騎士団長のカイン・フローレンス……22歳で騎士団養成学校に入ってから、強靭な肉体と見事な剣捌きで彼も兄同様、若くして騎士団長の地位を授かった。こちらも英雄)
「そしてこの根暗そうなのが、三男で第四子……ロザリア姉さんの一歳下、ノーベルト兄さん」
「クロエ、いい加減にしておきなさい。カインもノーベルトもお前の大切な兄弟なのだから」
そして、いまだこちらと目も合わせようとしないこの男の名前に、ミラーシャは頭で警鐘を鳴らしていた。
(この男はフローレンス家ではクロエに次ぐ要注意人物……エリスの死に関わっているわけじゃないけれど、この男は、前の人生では次期国王だったのだから……)
ノーベルト・フローレンスは将来、世界最強の魔術師として名を馳せる存在だ。
その圧倒的な名誉で第一皇女であるエミリーと婚約し、第一皇子のフィリオが暗殺された後、次期国王の座に座るのだ。
(フィリオ殿下から第一皇女の性悪さは前の人生でも今でも飽きるほど聞かされてきた。前の人生で殿下がノーベルトまで疎ましく思っているような様子はなかったけれど、王座欲しさに皇太子を暗殺するなんてよくある話、全然あり得るわ)
「皆様よろしくお願いいたします。それでは早速ですが、クロエ様に皆様を紹介して頂いた理由をお話しいたします」
(エリスももちろんだけど、フィリオも、私の大切な人をこれ以上誰も死なせない。そのために、これは必要なこと)
相変わらずの様子でこちらを見つめる三人の兄たちと、不思議そうな顔を向けるクロエを見据えて、ミラーシャは口を開く。
「実は……エリスお嬢様のバースデーパーティ計画を内密に進めていきたいのです!!」
「…………はぁ?」
今まで唯一一言も話さなかった三男が、ここに来て声を上げる。
「本当はロザリアお嬢様にもお話ししたかったのですが、今はご友人の家でティーパーティをお楽しみのようでしたので……」
「気になったのはそこじゃないよ!なんなのそれ、まさかこのために僕らを集めたんじゃないよね?そんなことしてエリスが喜ぶと思ってるの!!」
「え……」
急に大きな声を出すノーベルトにギョッとして、思わず口ごもってしまう。
それをいいことに、ノーベルトは続けた。
「僕らがそんな仲良しこよしな兄妹に見える?そうだとしたら目が腐っているからすぐに医者を寄越してやるよ!僕らは割とバラバラに育てられたし、兄妹として何かあったら喜びも悲しみも分かち合おうなんて習慣は生憎ないんだよ!ちょっとエリスと仲がいいからって、調子に乗らないでくれる?」
何をムキになっているのか、ハアハアと息を荒げるほどミラーシャを怒鳴りつけたノーベルト。
その後すぐに冷静さを取り戻したのか、また「ふん」と目を逸らした。
「やるなら、エリスと仲のいいクロエとお前の二人でやれよ、僕らまで巻き込むな!」
「ノーベルト、僕らの妹のために、考えを尽くしてくれたミラーシャさんにその口の聞き方はなってないよ。……けれどミラーシャさん、ノーベルトの言うことももっともで、エリスが兄妹とはいえ大して関わりを持つことなく育った私たちに祝われて喜ぶかどうか……」
困ったように眉を下げたダリンゼを見てミラーシャは確信した。
この人たちは、結局兄弟なのだと。
「喜びますよ、エリスお嬢様は」
前の人生で、エリスは言っていた。
"ミラーシャお嬢様に出会ったことに後悔はありません。むしろ感謝しています。けれど、どうせあの家を去ることになるなら……もっとの兄姉たちと話をすればよかった。この世のどこを探しても、兄弟はあの五人だけなのだから。喜びも悲しみも分かち合いたかったし、欲を言えば……"
「喜んでくれるか不安だろうけど、この世にたった五人の兄弟の誕生日くらい祝ってあげたいし、祝って欲しいと思いますよ」
エリスの兄たちも、弟も、目をまんまるくしてミラーシャを見つめていた。
その中で最初に声を上げたのは、次男のカインだった。
「いいじゃねーか。確かに俺たち兄弟はそんなことするような仲良しこよしじゃねーけど、俺だって祝うのも、祝われるのも悪い気はしねーよな」
「……それもそうだね。やったこともないのに決めつけるのも良くない。エリスの趣味嗜好をよく理解しているクロエもいるんだ、エリスも喜んでくれるかもしれない」
自分の名前が出たクロエはビクッと肩を振るわせ、曖昧に返事を返す。
その様子が、乗り気なようには見えなくて、ミラーシャは少々違和感を覚える。
(エリスを一番に考えるクロエなら食いついてくると思ったけれど。エリスを独占したいから他の兄弟が仲良くなるのが嫌なのかしら)
「……そ、そんなにうまくいくわけないだろう!やるだけやって、エリスに拒絶されたら僕は……!!」
「……!」
(なんだ、やけに突っかかるなと思ったら)
ミラーシャはノーベルトに向き直って、ニコリと微笑みかける。
「大丈夫ですよ、ノーベルト様。こう見えても私、エリスお嬢様の侍女ですので。あの方が自分に対する好意をいたずらに無下にするような人かどうかくらいわかります」
「そ、そんなことは僕だって……」
「ええだから、やってみませんか!」
ミラーシャはノーベルトの手を両手で包み、ぐっと握る。
キラキラとしたミラーシャの瞳に、ノーベルトは呆気に取られた。
「私はエリスお嬢様に会えたことを感謝している。それをお嬢様が生まれた日に、お嬢様が大好きな兄弟の皆様と一緒にお祝いし、お伝えしたいのです!協力してくださいませんか?」
「…………………………くそ、わかったよ」
悔しそうに、だがどこか納得したようにそう呟いたノーベルト。
ミラーシャは嬉しそうに彼の手をブンブンと上下に振った。
「ありがとうございます!パーティ、絶対に成功させましょう!!」
「自信満々だけど、具体的に何をするかとかは考えてるの?」
「ええ、もちろん!あのですね……」
十年の時を共に過ごした親友の喜びそうなことなど、ミラーシャにはお見通しだったのだ。
いつになく楽しそうに、生き生きと兄たちに説明するミラーシャをクロエは複雑そうな顔で見つめていた。




