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美しきロザリア

 


 ロザリア・フローレンス。


 彼女はフローレンス公爵家の第三子にして長女。


 第五子、第六子のエリスとクロエにとっては姉に当たる存在だ。


 可憐なエリスとは違った魅力を持つ妖艶な美女で、社交界では毎晩男を虜にして止まない"魔性の女"として名を馳せている。


 そんなロザリアは四年後、クロエの策略によって命を落とす。


 サンドラが裏で手を回し、別の使用人を犯人に仕立て上げたことでクロエ自身は罪を免れたが、貴族間では有名な話だった。


 両親以外で言えば、フローレンス兄弟の中で命を落としたのはロザリアのみ。


 なぜ未来のフローレンス公爵は、彼女を殺さなければならなかったのか。


 ミラーシャは知りたかった。


「ロザリアお嬢様、ミラーシャさんを連れて参りました」


「ご苦労様、ローラ」


 ローラに案内された扉の先、露出の多い真紅のドレスを抜群に着こなす噂通りの美女が、そこにはいた。


 エリスの部屋にあるものより簡素に見える椅子に座っているのに、玉座にでも座っていそうなほどの強いオーラを放っていた。


(食事会の時はクロエの存在が強烈すぎてそちらにばかり目がいっていたけれど、この人も相当だわ。いろんな美女が集まる社交界でも一際目を引く存在だと一目でわかる圧倒的な美貌……!)

 

「はじめまして、ミラーシャ・モンクレールと申します。お呼びでしょうか、ロザリアお嬢様」


「ご機嫌よう。親しみを込めてミラーシャ、とお呼びしてもよろしいかしら?」


「はい……勿論でございます」


 ルビーの瞳を細め、ニコリとこちらに微笑みかけたロザリアはとにかく艶かしくて、どこか妖しかった。


「ふふ、そう緊張なさらないでくださいな。あなたと仲良くなりたいだけなの」


 先ほど同じようなセリフを聞いた気がするが、受ける印象が全くと言っていいほど異なる。


 その口から色香を孕んだ声を紡ぎ、彼女が話した言葉は魔法の呪文のようだ。


 口を閉じたロザリアは立ち上がって、ミラーシャのところまで悠々と歩み寄った。


「そんなに長居をさせるつもりはないの。ただ少し……聞きたいことがありまして」


「聞きたいこと、ですか」


 その時、それまで微笑みを絶やさなかったロザリアの表情がストンと無になった。


「あなたは、クロエのことが好きですか?」


「……はい?」


「クロエのことを、男性として慕っているかという意味で聞いています」


 ロザリアの言葉に、ミラーシャは一瞬思考の海を漂ったが、それでも何のことについて言及されているのか皆目見当もつかなかった。


(もちろんクロエに恋愛感情を抱いているなんてことはないし、周囲にそう思わせるような言動をとった記憶もない。クロエが私個人に近づいてきたのも今日が初めてだし……)


「……何か勘違いをなさっているのかもしれませんが、私はクロエ様に恋愛感情を持ったことはありませんし、クロエ様自身もエリスお嬢様に夢中で私など視界にも入っていないものかと」


 きっぱりと、そう言ってのけた途端、少し険しさすら感じられたロザリアの無表情が、花が咲くようにふんわりと、微笑みに変わった。


 その表情からは安心が垣間見えて、ミラーシャは訳のわからなさに顔を顰める。


「突然こんな質問をしてごめんなさい。貴女を試したかったわけではないんですのよ。ただ、ミラーシャのことが心配でしたの」


「心配、と言いますと?」


「…………クロエは、どなたに対しても人当たりよく、一見聖人のような好青年ですわ。あまり接点のない私たち兄姉に対してだって、いつも気さくで。でも……その反面あの子にはエリス以外の人間に対してはどこまでも冷酷になれる一面もありますの」


「……!それは……」


(冷酷……!前の人生では聞き慣れていたのに、この人生では初めて、クロエに対して使われているのを聞いた。しかも、将来クロエの手によって殺害される実姉の口から!この人は何かを知っている……?)


「信じられないだろうけれど、実際そうなのです。だから忠告しておきますわ。ミラーシャ、もし今後クロエが貴女に接近してくることがあったとしても、それは貴女を利用しようとしている時か、ただエリスの侍女だからにすぎません。どんなにクロエが甘い言葉で貴女を誘惑しようとも、騙されませんようにね」


「……お言葉ですがロザリア様。私が自分の目で見てきたクロエ様はそのような人物とはとても考えられないのですが……」


「無理もありませんわ。ですが事実、あの子は昔からエリスや自分の罪を私や使用人に被せるという悪癖がありまして……頭の良いあの子が本気で丸め込んだらお父様とお母様は信じこんでしまいますの。困りものですわ」


(こんな初めて顔を合わせた人の言うことを誰が信じるのかと言いたいところだけど。頭が良いという点、そして罪をなすりつけるという行為自体はあの悪名高いフローレンス公爵ならやりかねない。やはり上手く隠してはいるけれど、兄姉から見ればその片鱗はすでに出ているのね)


「……信じられないのも無理はありません。けれど、どうか私を信じて、クロエに肩入れすることなく傍観していてください。貴女が傷つくことのないよう、悪知恵の働くあの子に騙されることのないよう、祈っておりますわ」


 黙っていたので疑っていると思われたのか、ロザリアは頬に手を当てて、少し困ったように笑って見せた。


 そんなロザリアに一礼してから感謝の言葉を述べる。


 彼女は「今日は忙しい中来てくれてありがとうございました。今度はエリスも一緒に、お茶でも飲みながらゆっくりお話ししましょうか」と屈託なく笑っていた。


(ずっと笑顔なのに表情がコロコロと変わるようで印象深い人だわ。美しさだけじゃなくてこの笑顔も、多くの人を虜にする彼女の魅力の一つなのでしょうね)


 さてそれではエリスのところに戻ろうかと、扉を開けて部屋を後にしようとしたその時、ふいに背後から「ああ、そうだわ」とロザリアが何かを思い出したような声が飛んでくる。


 振り返ると、ロザリアは今日一番の楽しそうな表情をしていた。


「これからもエリスとは仲良くしてあげてくださいね。私の可愛い妹ですので」

 

⭐︎


「エリスお嬢様、ただ今戻りました」


「あらミラーシャ、おかえりなさい!」


 エリスは招待した令嬢たちとの茶会を楽しんでいたところだった。


 天真爛漫にはしゃぐエリスを見ていると、心が安らぐようだった。


(クロエは論外、ロザリアも証言的には信頼に値するけれど、どこか引っかかる。やっぱり私にとって唯一背中を任せられる親友は、エリスだけだわ)


「聞いたわよミラーシャ、お姉さまに呼ばれていたんですって?」


「はい……あの、それって」


「クロエから聞いたのよ、ラントを私の部屋に連れて行くからと声をかけに来てくれたの!」


(何と情報の早いこと……)


「お姉様綺麗だったでしょう?初めてお姉様を至近距離で見た男性の中には、あまりの美しさに腰を抜かした人もいるって話よ!」


「……た、確かに、迫力というか、オーラが凄まじかったです」


「わかるわ!!お姉様って華があるからどこに行っても、どんな地味な格好をしていたって一番目立つのよ!本当に素敵!私もいつかお姉様みたいな立派なレディになりたいわ」


 目をキラキラと輝かせながらそう語るエリスと、「同感ですわ」「ロザリア様は社交界では赤薔薇の君として有名ですものね!」と囃し立てる取り巻きの令嬢たち。


 ロザリアがどんな人間かは掴めてはいないものの、幸せそうなエリスを見ていたら、なんだかどうでも良くなるような心地だった。


「ああ、そういえばミラーシャ!私の部屋に医師を呼んであるから、今すぐその手を見てもらって!」


「え……どうして……」


「貴女、私の前では手のひらを隠していたでしょう?今だってほら、スカートに手のひらをピッタリとつけて!クロエが見つけてくれてよかったわ。手荒れがひどくなる前に薬を貰ってね」


「へ、クロエ様が……」


「ラントを捕まえていた貴女を見てたまたま気づいたそうよ。水仕事もさせているのだから、荒れて当然よね。その怪我はラントを追う時に負ったものね……早く気づけなくてごめんなさい」


 周りの令嬢たちも、これにはポカンとしている。


 客相手ならまだしも、使用人に向けてなのだから、彼女たちの反応も仕方がない。


(たかが使用人の手荒れごときに医者を連れてきたエリスも驚きだけれど、そもそも使用人の手荒れをエリスに報告したクロエにも驚かされる……!そんなこと普通、わかってても見て見ぬ振りするものよ!)


 ロザリアもおそらくはミラーシャの手の傷に気づいていた。


 目線を一度だけミラーシャの手元に集中させていたからだ。


 だが、彼女は何も言わなかったし、しなかった。


 それが、貴族と使用人間では正しい距離感だ。


 前の人生でエリスが同じ目に遭っていたら、間違いなく両親の、特に使用人差別主義の継母の目を盗んで同じことをしていただろう。


 前の人生のエリスとミラーシャほどの関係値があるならまだしも、ミラーシャのよく知る聖人のように慈悲深いエリスならやりかねないにしても、この件において真っ先に行動を起こしたのが未来のフローレンス公爵だったという事実がなんとも衝撃的だった。




 

 ⭐︎

 



 

(ロザリアが言っていたことに、嘘はないと思う。でもそれはロザリアを信用しているわけじゃなくて、将来フローレンス公爵が起こす事件を思えば想像に容易いというだけにすぎない。でももし、違ったら……?)


 医者に診てもらい、付き添っていた薬剤師に薬を塗ってもらう間、考える。


(自分を陥れた真犯人がクロエだとわかってもなお、エリスが弟の悪口を言ったことはただの一度もなかった。私がどんなに怒ってもエリスは頑なに"何か訳があったんだ"と信じていた。大好きな姉が殺されたのに、それよりもエリスはクロエの肩を持っていた。クロエに全幅の信頼を寄せていた証拠だわ)


 医師と薬剤師に礼を言って、エリスの部屋を出る。


「……あ、そういえば手紙。この家に来てからまだ返してない……この間来た手紙に、いい加減返せって催促が来てたわね。遠いけど郵便室に行かなきゃ……」


 貴族は頻繁に手紙を書く。


 ティーパーティ一つでも大量の手紙を一度に送ることがあるのだ。


 だが、それが使用人になると連絡手段として手紙を利用する人口は途端に減少する。


 使用人のほとんどが平民ばかり、10歳以上の貴族の識字率は高いが、平民は極めて低いこのアストリオン帝国で、手紙を書くことの出来る使用人はほぼいないわけだ。


 そこで、たまに発生するミラーシャのような元貴族の使用人たちは、邸宅の中にある郵便室に手紙を持ち込むことで、宛先まで届くという仕組みになっている。


 だが、郵便室は屋敷に住まう多くの人物が頻繁に使用しないため、屋敷の最も奥にある場合が多い。


 そしてこのフローレンス邸の場合は最悪で、元貴族の使用人がミラーシャと、サンドラしかいないためか地下三階にある隠し部屋が郵便室として使われているのだ。


 早く返事を返さなくてはうるさい皇子の存在を思い出したからには、手紙を取りに行くべく自室に足を進めるしかない。


 その間も、思考は巡る。


(エリスを陥れたことは変わらないし、警戒はし続けるけれど……クロエはもしかしたら、ロザリアや前の人生の人々が言うように冷酷無慈悲な人間じゃないのかもしれない。本当は何か、並々ならない理由があって、事件を起こしたのだとしたら……)


 そんなことを考えながら、気づけば郵便室の前に着いてしまっていた。


 扉の隙間から灯りが溢れているので、おそらく留守ではないことにほっとしたのも束の間、ミラーシャは扉に手をかけようとして瞬時にそれを引っ込めた。


「それにしてもよろしいのですか坊ちゃん」


 いつもは中で管理人のサンドラが一人黙々と郵便物仕分けをしていると本人から聞いていたが、今は何故か控えめな話し声が聞こえてくる。


(サンドラの声……って!坊ちゃんってまさか!)


 サンドラが未来で何者だったか、今一度思い出したミラーシャはすぐに扉の前で聞き耳を立てる。


 中から聞こえて来るのはやはりサンドラと、先ほどから嫌というほど思い浮かべていた人物、クロエの声だった。


(前の人生通り……やっぱりこの二人は繋がっていた!!しかも、こんなわざわざ人通りのない場所でコソコソ話してるなんて、怪しいわ!)


「何がだい?サンドラ」


「さっきお話ししていたでしょう、ミラーシャさんのことです」


(私!?何なの、もしかしてロザリアの言う通り、何かの企みに私を引き込もうと……?)


「ご命令どおり、今までつけていたミラーシャ様への監視を全て外しましたが……本当によろしかったのですか?」


 監視、という言葉にミラーシャはゾッと体を震わせる。


「ああ、言ったろう?必要ない。見てきたけれど、彼女がエリスに危害を加える可能性はまずないし、一方通行の手紙は届くけれど、ホーエンベルグ家と繋がってる感じもしないからね。スパイである可能性も極めて低い」


(なるほど、スパイの可能性を疑ってたのね……ていうかこの歳ですでに私に監視をつけるっていう頭があるなんて、この人やっぱり将来のフローレンス公爵だわ……!)


「では、このまま野放しに?」


「いや、僕のものにする」


「……はい?」


(いやほんとよサンドラその反応に尽きるわ!なに僕のものって!!?)


「エリスは彼女に家族以外では珍しいくらいの信頼を置いている。ミラーシャもまた、エリスのことを慕い、信頼しているのが伝わる。だから、彼女はずっとエリスの側に置いておきたい」


「それはわかりますが……そこでなぜミラーシャさんを私物化する必要が?」


「恋心というのは何とも不思議なもので、恋慕う相手には幸せになってほしいし、その相手のためなら死んでもいいとすら思えるほどだ」


「ミラーシャさんを惚れさせると」


「惚れさせるどころか、最終的には、僕がいなきゃ生きていけないと思えるほど骨抜きにしてしまいたい。そうすれば、ミラーシャは僕に忠誠を誓う。僕に忠誠を誓うってことは、僕が一番大切にしているエリスに絶対的な忠誠を誓うってことだ。有事の時、ミラーシャがエリスの側にいてくれれば、きっとエリスの支えになる」


 この時、何となく思った。


 近い将来エリスをこの屋敷から追い出すというシナリオは、もうこの時すでにクロエの中に存在するのだと。


 モンクレール邸にやってきたばかりのエリスは、とにかく正気を失った人形のようで、喜怒哀楽がすっぽりと抜け落ちていた。


 ミラーシャと友人になり、交流を通して、だんだんと明るい本来の性格を取り戻していったのだ。


 その様子を間近で見てきたミラーシャからすれば、クロエの言わんとすることも何となく理解ができた。


 そして、エリスがクロエを一切責めなかった理由もわかった。


 どんなに酷いことをされてもなお信じられるほどのエリスへの深い愛がそこにはあったのだ。

 

 ミラーシャはそっとその場を離れた。


 それなら、思惑通りになってやろうと考えながら。


(いいわクロエ、貴方がエリスへの愛ゆえに動くというのなら、私は貴方に惚れ込んであげましょう。貴方の信念だけは絶対に裏切らないわ。けれど、私は私のやり方でエリスの幸せのために動く。もう二度と、エリスを家族と離れ離れにはさせない!)

 

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