バースデー
今日はエリスの誕生日だ。
朝早くに起きてダリンゼ、カイン、ノーベルト、そして他の使用人たちと、使われていなかった空き部屋の装飾を始める。
そしてクロエが買って来たお菓子をテーブルに並べ、ロザリアが手配した花を配置すれば、準備は完了だ。
「ミラーシャ、今日は素敵な会にお招きいただきありがとうございます。エリスもきっと、喜びますわ」
ロザリアが顔の横で手を合わせて、それはそれは嬉しそうに笑っていた。
(私の前の人生の経験も全てフル活用した、エリスにとっての最高のバースデーパーティ!どうか、成功しますように……‼︎)
「ところで、エリスは今どこにいるんだ?出かけたって聞いたけどよ」
「はあ、主役の予定くらい把握しといてよ。皇帝陛下に、第一皇子との婚約を認めてもらいに謁見しに行ったんだよ」
そう、今日エリスはフローレンス公爵と共に皇帝の元を訪れている。
婚約を認めてもらい、晴れて皇太子妃となることも含め、盛大にお祝いをしようとミラーシャは張り切っていた。
「嘘!!嘘だと言ってちょうだい!!」
そう、フローレンス公爵夫人の悲鳴を聞くまでは。
「婚約の許可が降りないですって!?」
ミラーシャたちが慌てて駆けつければ、ちょうど城から戻って来た従者が夫人に謁見の報告をしているところだったらしい。
「許可が降りないとは?」
「ダリンゼ様、皆様も……どうも皇帝陛下は第一皇子の婚約者として隣国の姫を迎え入れようとお考えだったようで……愛人を娶れるのも皇位を継承してからですし、いずれにせよ許可できないと」
「フィリオ皇太子殿下は、なんとおっしゃっていますか?」
「ミラーシャさん……フィリオ皇子は、皇妃にはエリスお嬢様しか考えていないと主張を曲げずにいてくださっております。そもそも、第二皇子の不始末が原因の事態なのだから、皇室側が拒否するのはおかしいと」
その場は通夜もいいところの鎮まり具合だったが、ミラーシャはむしろその事実を聞いて確信する。
(フィリオにその意思があるなら、絶対大丈夫ね)
「行きましょう、クロエ様」
「え、ええ……」
何かいいたげなクロエだったが、その場は黙ってミラーシャの後をついてきた。
だが、ミラーシャの行き先がパーティーの会場であると察したクロエは、ミラーシャに静止の声をかける。
「ミラーシャ!エリスは皇太子殿下に少し惹かれてると思うんだ。それなのにこの縁談が破談になってしまったら、多分誕生日どころじゃないよ。別日にやり直した方が……」
「いいえ、パーティーは予定通り決行します。婚約の件も大丈夫です。必ず許可はおります」
「けど……」
「では万が一破談になったらその時は取りやめましょう。一緒にエリスお嬢様に寄り添って、たくさん慰めましょう。けれど、もしエリス様が正式に未来の皇妃殿下となった時、それはもう盛大にお祝いしてさしあげたいから。手は抜きたくありません!」
ミラーシャの強気の姿勢を見たクロエは目を見開いた後、小さくため息をつき、観念したように笑って見せた。
「……そうだね。準備だけは抜かりなくしておこうか」
⭐︎
それからニ時間ほどが経った頃、部屋の装飾の最終調整を終わらせたミラーシャはクロエの部屋でティータイムの給仕をしていた。
「ところで、ミラーシャはどうしてこの縁談は成功すると思ったの?そういえば第一皇子はなんとおっしゃっているのかと使いに聞いていたけれど……」
ティーカップ片手にそう訊ねるクロエに、ミラーシャは頭の中でどう話そうかと思考を巡らせた。
「……フィリオ皇太子殿下のお母様は、皇帝からの寵愛を一身に受ける第六夫人ですので。フィリオ殿下が意見を曲げない限りは、最終的に第六夫人が皇帝陛下に口添えをなさるのではないかと」
「確かにそうだけど……皇帝の意見もごもっともだ。外交にも関わる。流石に政治的なものにまで側室の意見を反映させるとは思えないよ」
(まあ普通側室はそういう立ち位置。だけど、私はフィリオと交流を持つ中で、第六夫人とも何度か会っている。だからこそ、第六夫人が実際、どんな扱いを受けているのかもわかっているわ。その上で言っているの)
ティーカップを口に運ぶペースがやたらと早い。
何かしておかないと落ち着かないといった様子のクロエを見て、ミラーシャはこっそりと微笑んだ。
「許可がおりるか、心配ですか?」
「わかってるくせに。エリスが心配だよ。許可が降りようと降りまいと、エリスが幸せならどうだっていい」
「……ごもっともです」
その時、扉をノックする音が聞こえてきた。
扉の先から聞こえる声は、クロエの使用人だった。
「クロエ様!旦那様とエリスお嬢様がお戻りになりました!!」
「……!ミラーシャ、行きましょう!!」
二人で部屋を飛び出して、エリスの元まで駆けつけた時、兄姉や母親から祝福されて幸せそうに笑っている彼女を目にしたクロエは、その瞬間ふっと呼吸が深くなったように見えた。
"よかった、笑ってる"なんて心の声が聞こえてきそうなほど安心しきった表情。
自分のいないところで悲しんでいないか、泣いていないか、不安でたまらなかったのだろう。
(わかってはいたけれど、本当にエリスのことを大切に思っているのね。まあ私も、何も知らない立場ならこうなっていたのかしら)
その時、二人の存在に気づいたエリスが駆け寄ってきた。
「無事、フィリオ殿下と正式に婚約することができました!」
「……おめでとう、エリス」
「おめでとうございます、エリスお嬢様」
「本当にめでたいことだ!我が家から皇太子妃が誕生した!!これも全ては、なかなか首を縦に振らない皇帝陛下にお口添えをしてくださったという第六夫人のおかげだ!!」
その話を聞いた時、クロエはミラーシャの方を見た。
それはもう、信じられないといったような顔で。
ミラーシャは思わず吹き出してしまった。
(なんて愚かな皇帝だと思っているのでしょうね。けどねクロエ、世間一般で見たら愚かな皇帝でも、私は皇帝のことを人として愚かだと思ったことは一度もないの。だからどうか、そんな顔をしないで……なんて、言えないけれど)
笑いをなんとか抑えて、改めてクロエの方を見てみると、こちらを凝視しながら固まっていた。
かと思えば次の瞬間、恥ずかしそうに顔を赤らめてはにかむ。
「ミラーシャはすごいですね。全部お見通しだ」
青い瞳を細めて、恋をしたような表情をするクロエに、ミラーシャも恥ずかしそうに視線を逸らして見せた。
(演技が上手いわね。彼の本性を知らなかったら絶対騙されてたわ、相変わらず末恐ろしい子。けどごめんね、今日だけはあなたに絆されたフリばかりもしていられないの)
「エ、エリスお嬢様!それはそうと、この後少しお付き合いいただいてもよろしいですか?」
「この後?構わないけれど」
その言葉を合図に、両親以外の視線が一気にミラーシャに集中する。
「ありがとうございます。それでは早速、エリスお嬢様のお部屋へ」
⭐︎
エリスが持つ、銀色の長い髪がはらりと肩から落ちるその光景は、いつもどこか儚げで美しい。
だが今日は、そんな銀髪が映える青色で、フリルがふんだんにあしらわれた豪華なドレスを身に纏っており、皇太子妃に相応しい気品のようなものが漂っていた。
「このドレスは?」
「…………では、お着替えも終わりましたので。参りましょうか」
「どこに!?」
エリスはすごく困惑していた。
当たり前だろう。
突然買った覚えのない服を着せられ、目的地も告げず侍女が部屋を出て行こうとしているのだから。
そしてパーティー会場の部屋の前に着いた時、エリスは不思議そうに部屋の扉をまじまじと見つめる。
「なあにミラーシャ、ここは今は使われていないはずの部屋よ……?」
「ええ、その通りです」
そしてミラーシャは扉に四回ノックをする。
すると、ガチャリと内側から鍵が開く音が聞こえてくる。
「ひっ!!心霊現象……?」
「エリスお嬢様、扉を開けてください」
「え!?ええ…………何もいませんように」
心霊が苦手なエリスが、祈るようにして扉を開けたその時だった。
「ハッピーバースデー!!!!!!」
クラッカーの音と共に、中にいる五名が叫ぶ。
「え……?」
「エリス、おめでとう。はいこれ、誕生日のプレゼントだ」
「エリスおめでとう。もうすっかりお姉さんね。私からはこれを」
「え?え……?」
駆け寄ってきた兄弟たちに動揺を隠せないエリス。
「エリスお嬢様、今日はお嬢様の誕生日と婚約の決定を祝うために、ご兄弟の皆様がこうして集まってくださっているのです」
ミラーシャの言葉にエリスは周りを見渡す。
部屋に施された装飾、綺麗な花、並べられたエリスの好きなお菓子、一つ一つ確認するように視線でなぞる。
「お兄様やお姉様が、私のために……?」
「ええ」
その瞬間、エリスの瞳が潤んで、やがて大粒の涙がこぼれ出した。
予想外の光景に、ミラーシャ以外の全員がポカンとした表情を浮かべていた。
「エ、エリス!?」
そんな中、顔を真っ青にして真っ先に声を上げたのはノーベルトだった。
「……嬉しいです、嬉しいです!!」
「え」
「まさか、こんなふうにお兄様お姉様からお祝い頂ける日が来るなんて、嬉しいですわ!ありがとうございますぅ」
泣きながら必死にそう話すものだから、ノーベルトも真っ青な顔から一転、吹き出した後けらけらと笑い出した。
「ふ、あはは!なんだよそれ、まさかそんなに喜ぶなんて、僕らは思わなかったよ」
ノーベルトはエリスの前を通り過ぎて、その傍らにいたミラーシャの横に立つ。
そして、彼女の背中をとんと優しく叩いた。
「ミラーシャが、僕らに声をかけてくれたんだ。君に喜んでもらえるかと臆病になってた僕らをここに連れ出してくれたんだ」
「ノーベルト様……!」
まさか自分の名前を出されるとは思わず、ミラーシャはギョッとする。
だがその一方で、初対面では自分に噛み付いてきたノーベルトに、少し認められたような気がして、心のどこかで喜びを覚えていた。
「そう……本当にありがとう、ミラーシャ!私今、すっごく嬉しいわ!」
だが、心底幸せなエリスの顔を見ていると、なぜかミラーシャまで泣きそうな心地だった。
瞳の潤みを誤魔化すように、部屋の中央にまとめられていたプレゼントの山を指差して開封を促す。
ダリンゼはエリスによく似合いそうなダイヤのあしらわれたピアスを。
カインは動物好きなエリスが好みそうな大きなテディベアを。
ロザリアはエリスの儚げで美しい顔立ちに映えそうな桃色の口紅を。
ノーベルトは、エリスが好きなシャボンの香りがするハンドクリームを。
そしてクロエは銀基調のブレスレットと、一冊の本を渡していた。
エリスはどれをもらった時も泣きそうになりながら受け取っていた。
そんなエリスを見ていると、兄弟に声をかけて良かったと心の底から思える。
「エリスお嬢様、私からはこれを」
エリスにラッピングされた箱を手渡せば、エリスはパッと驚いた顔を見せた。
「ミラーシャまで……本当にありがとう。開けてもいいかしら?」
頷くミラーシャを確認してから、丁寧にラッピングを解いていくエリスだったが、箱の中身を見て不思議そうに首を傾げた。
「これは……?」
「マニキュアと言って、爪に着色する用品です。他国で流行しているものでして、お嬢様にもきっとお似合いになります」
「爪に色を?何それ面白そう!ミラーシャ、早速つけてくれる?」
「もちろんです」
エリスがねだるのを兄弟たちは物珍しそうな目で眺めていた。
「いくら目新しいとはいえ、流行りにも美容にも全く興味がないと有名だったエリスが飛びつくなんて……」
「ミラーシャは本当に、エリスの趣味趣向を理解してくださっているのね。いい使用人に恵まれて、姉としてこんなに嬉しいことはありませんわ」
カインとロザリアがそんな話をしている横で、クロエはじっと、ただ二人を眺めていた。
エリスの爪が彼女の髪と同じ色に染まっていくその光景が、なんと美しいことか。
未知の美しさにエリスの瞳が輝く、そしてそんな彼女に「お似合いです」と微笑みかけるミラーシャ。
この光景を来年も、再来年も、願わくば永遠に見ていたいとクロエは思った。
そしてそんなことを本心から願っていた自分は今、幸せを感じていたんだと自覚したクロエの顔からは、自然と笑みを溢れていた。
「わあ、綺麗……爪に色をつけるとこんなに美しくなるなんて、知らなかったわ!」
「お嬢様、もう一つサプライズが」
ミラーシャはそれだけ言うと、ドアの方へ歩みを進める。
そしてゆっくり扉を開けると、扉の奥の光景に、そこにいた全員が目を見開く。
「フィリオ殿下!?」
そう、フィリオがそこにいたのだ。
それも、大きな花束を抱えて。
「エリス嬢、誕生日おめでとう。そして、今日は父上がすまなかった」
頭を下げるフィリオにエリスは驚きのあまり「顔をあげてください!」と叫ぶ。
「これから私たちは人生を共に歩んでいく。どうぞ、末長くよろしく頼む」
そういって花束を渡すフィリオに、受け取ったエリスはまた泣きそうな顔をしていた。
「ミラーシャ、貴女ね……こんなことに殿下を呼び出して」
「こんなことだなんて……お嬢様のお誕生日だと伝えたら、殿下は快く承諾してくださいましたよ?」
「もう!」
エリスは拗ねたような、嬉しそうな顔でミラーシャを睨む。
そんなエリスが可愛くて、ミラーシャは思わず笑ってしまった。
(エリス、幸せそう。大好きな人に囲まれて……こんな日々がずっと続けばいいのにな)
その夜、ミラーシャが兄弟たちに頼んでおいたエリスへの手紙が机の上に置かれているのを彼女が見つけた時、またぼろぼろと泣いていた。
七通全てを何度も何度も読み返して、泣き疲れて机で寝落ちたところ、部屋を訪れたクロエに運んでもらう。
「申し訳ありません、クロエ様に運んでいただいて」
「いいんだ。それより、今日はありがとう。あんなに幸せそうなエリスは初めて見たよ」
心の底から嬉しそうにはにかむクロエに、ミラーシャは「クロエ様のご協力があってこそです」と笑って見せた。
「……ねえ、ミラーシャ」
「なんでしょう」
「一つだけ、お願いがあるんだ」
「……私にできることなら、なんなりと」
「どんな時でも、ミラーシャの友人として、側にいてあげて」
(おそらく、自分への忠誠心を試してるのね。ここは……)
「はい、もとよりそのつもりです。私にとってエリスお嬢様は何より大切なお方なので。それに……他でもない、クロエ様のお願いですものね」
にっこりと微笑んだミラーシャをクロエは黙ったまま、じっと見つめる。
吸い込まれそうなほど澄んだそのエメラルドの瞳に、自分の姿が焼き付いているように見えて、不思議な気分だった。
「うん、ありがとう。それから……」
「それから?」
「………………それから、僕とも一緒にいて欲しいな。今日みたいに」
クロエ自身の口から出た言葉なのに、クロエが一番驚いているようにも見えた。
そんなクロエを不思議に思いながらも、頷いておく。
そうすればクロエの顔が、今みたいに幸せそうな笑顔になるとわかっていたのは認めざるを得ないのかもしれない。




