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クロエという男

 ミラーシャがまず行ったのは、エリスとクロエの関係調査だった。


 二人が一緒にいる際はお互いの言動、表情の機微に注意しながら観察した。


 今までミラーシャがクロエと接触しなかったのが嘘のように、二人はよく一緒にいた。


 それもこれまた不思議なことに、そのほとんどがクロエからアクションを起こしてエリスとの時間を意図的に作っているように見受けられたのだ。


 現に今も、クロエがエリスの部屋を訪れる形で、二人は会話に花を咲かせている。


(将来のクロエが取る行動的に、てっきりエリスが一方的に弟として信頼しているのかと思ってたけれど。これじゃあまるで……)


「わんちゃん……」


「え?」


 エリスに満面の笑みを向けるその少年に対して、思わず漏れてしまった言葉におどろいて両手で口を塞ぐ。


 二人とも会話を辞め、ぽかんとした表情でミラーシャを見つめている。


(仕えてる家の人間に犬だなんて……!)


「も、申し訳ございません!!その……エリス様とお話ししているクロエ様のご様子が、あまりにも嬉しそうで思わず……不適切な発言でした」


「……ふ、ふふふ、あははは!!」


 使用人に犬と呼ばれるなんて、即クビ宣言が通用するほどの侮辱だというのに、クロエは耐えられないと言わんばかりに吹き出して、腹を抱えて笑い出した。


 エリスもクロエほどではないが、口元を手で隠してクスクスと笑っている。


「……?あの……」


「ミラーシャ……貴女は正直な方なんですね!気にしないで、僕は正直な人が大好きなんです。それにその表現も、あながち間違ってはいないし」


「そうそう、クロエは私のことになると本当に過保護なの!昔はどこにいっても私の後ろをついて来ていたわ」


 エリスならきっと、こんな失態でも笑って許してくれるとわかっていた。


 だがまさか、未来のフローレンス公爵がこれを許すとは思わず、今度はミラーシャがポカンと口を開ける番だった。


「そういえば僕、まだミラーシャのことよく知らないんですよね。この短期間で姉さんに気に入られて侍女になれるほど能力も人間性も優れているとは聞いていますが」


「そうよ!ミラーシャは公爵家の出身なのに、新人とは思えないクオリティで使用人としての仕事をこなしてくれているわ。私のことをよくわかってくれていて、何より気が合うのよね!なんだか初めて会った気がしないわ」


 親友の発言にドキリとしつつ、笑って「私もエリスお嬢様とお話しする時間がとても好きです」と返しておいた。


 クロエはその様子を見て「僕の姉さんにお友達ができたみたいだ」と嬉しそうに笑っていた。


 

 ⭐︎


 

「いけませんクロエ坊ちゃん!そんな顔の高さまで重ねられた本をご自分で運ぶなど!!それは私どもがやりますので!」


 数日後、ミラーシャがエリスの付き添いで書庫に向かっていたところ、廊下で女性の切羽詰まった声が響いていた。


 その使用人のセリフが全てを物語っているが、大量の本を持ったクロエが、使用人に止められているところだった。


 クロエはにっこり笑って「大丈夫ですよ」と使用人を宥めている。


「確かにあなたたちは僕の身の回りの世話をするのが仕事かもしれませんが、これは僕の趣味なので、部屋に運ぶまで僕がやります。それに、女性にこんな重いものを持たせるわけにはいきませんしね」


 その爽やかな笑顔に、使用人の顔がポッと赤くなったのが遠目からもわかる。


(大人が14歳の子供ときめくなんて……)


 この時すでに前の人生の自分ほどの歳を重ねているであろうその使用人の反応には理解に苦しむものの、美人で人たらしな親友に似て未来のフローレンス公爵もやはり幼いながらに魔性なのだと納得する部分もあった。


「……クロエが優しい人で本当に良かった」


 隣にいるエリスがしみじみと呟く。


「貴族だからって身分が下の人に威張り散らすような格好悪い人、私大嫌いなの。双子の弟がそうならなくて……むしろ彼らを尊重できるような素敵な人に育ってくれて、嬉しいわ」


(知ってる……エリスは私専属の侍女になってからも、新人の使用人たちに優しく接してたし、使用人をゴミ同然に扱うアリーさんには相当腹を立てていたのか、アリーさんを見かけるたび愚痴をこぼしていたわね)


 数日間クロエを観察してわかったことがある。


 クロエの人柄は、想像していたものとは全く異なる、真っ当な善人そのものだった。


 誰に対しても優しく、礼儀正しい。


 困っている人がいれば手を差し伸べるし、悲しんでいる人には深い共感を示すことができる人だ。


(クロエが人助けをしてるところはかなりの数見てきたけど、流石に恋人と別れて泣いているメイドを慰めているのを見た時は驚いたわ。メイドって身分が上の貴族に言い寄られるとか、そういう特別な事情がない限りは恋愛禁止なのに、そこを当然のように黙認するクロエも、クロエなら絶対他言はしないとわかっているメイドも。まるで侍女時代のエリスと新人使用人を見ている気分)


 エリスの侍女である以上、ミラーシャ自身もクロエと関わる機会は多いわけだが、ミラーシャにも気さくで、会うたび労いの言葉をかけるのだ。


 そんな、聖人のような少年に、ミラーシャは疑念を抱く。


(目の前のクロエがどんなにいい人でも、この人が将来エリスを屋敷から追い出して、他の兄弟も追い出して、姉と両親を殺して、家のトップへとのし上がるという事実は変わらない。現に二年後、エリスはモンクレールに売られてくるのだから)


「あ、姉さん!ミラーシャも一緒ですか!」

 

「クロエ、そんな大量の本を持って走ったら転ぶわよ!」


(でも今のクロエがそんなことを考えるとは思えない……じゃあどうして、クロエは大好きな兄姉を……)


 微笑み合うエリスとクロエに、そんな未来の片鱗は微塵も感じられないというのに。


「ミラーシャさん……失礼、お取り込み中でしたか!」


 眼鏡をかけ、長い黒髪を後ろに束ねた男性の使用人が、ミラーシャの視界に入る。


「サンドラさん!いいえ、今エリスお嬢様はクロエ様とお話し中ですので平気です……が」


 屋敷内では比較的気心の知れた使用人であるサンドラを前にしてミラーシャが顔を曇らせたのは、彼の手に握られている封筒のせいだ。


「ふぅ……またですか、サンドラさん」


「ええ……またでございます、ミラーシャさん」


 フローレンス家に来てから三ヶ月、毎月届く二通の手紙を見て頭を抱える。


 一つはこのアストリオン帝国の隣国、イルナティス王国のシルティアン侯爵家からだ。


 シルティアン家はミラーシャの母であるメリッサの生家で、アストリオンの王族、強いて言えばフィリオと関わりが深い。


 つまり、フィリオが差出人名を偽ってミラーシャに手紙を届けるのにうってつけの家紋なのだ。


(時折、とは言っていたけど月一届くとは聞いてないわ……まあ殿下はいいとして問題は……)


 サンドラは二通のうちシルティアン家の紋章の入った方をミラーシャに手渡し、もう一方を彼の顔と同じ高さに掲げた。


「こちらホーエンベルグ公爵家からのお手紙、今回もこのままお渡ししても?」


「いいえ、そちらで処分して下さると助かりますわ」

 

 フィリオの名ばかりの生存確認と同様の頻度で送られてくるルシアンからの手紙。


 初めて送られてきた時は勿論読まずに捨てた。


 だがその次の月にも送られてきたので、急を争うのかと気になって一応封を開けてみたものの、そこに書かれていた内容がまた吐き気を催すものだった。


 愛してる、恋しい、君以上の女性はいない、会いたい、そばにいてほしいなど、ミラーシャへの愛らしきものを綴った恋文。


 以前のミラーシャなら、何も知らない世の女性たちなら「なんと情熱的なことだ」と頬を赤らめ、心躍ったことだろうが、全てを知っている今のミラーシャの気分を害するには充分すぎる口説き文句だった。


(爵位もないただの庶民の小娘となった私に復縁を求めてくるくらいだから、この時はまだ私を本気で好きだったのかもね……まぁだからって、今更こんな薄っぺらい愛を綴った恋文ごときで絆されてやるつもりは無いわ)


 前の人生で受けた、愛する人からの仕打ちを思い出してつい封筒を睨む目線に熱が入りすぎてしまったらしい。


 封筒を手に持つサンドラは「ええっと」と呟きながら頬をぽりぽりと掻く。


「ミラーシャさん?そんなに気になるのでしたら、処分は中身を確認してからでも遅くは無いですよ?」


「いいえ、お手数ですが、即刻処分でお願いいたします」


「ふふふ。はい、かしこまりました」


 サンドラは誰か特定の人物には仕えず、屋敷の全体的な雑務を担当する使用人で、ミラーシャに手紙が届くたび彼が訪れる。


 一度目は手紙を目にした途端捨ててくれと吐き捨てたのに、二度目に嫌々ながら受け取ったミラーシャに「無理をしていませんか」と心配そうに伺ったサンドラ。

 

 そこからミラーシャとは、エリスが眠りについた後の散歩の時間に、顔を合わせれば世間話をする程度の仲になっていた。


 勿論ミラーシャは肝心なことは何も語らないし、サンドラも詮索はしないが、そこに心地よさを覚えていた。

 

「そういえばミラーシャさん、ご存知ですか?ミラーシャさんの生家であるモンクレール家を復興させようという動きが、近頃一部の貴族間で起こっているようで」


「へぇ……それはホーエンベルグ家が?」


「筆頭は彼らだと聞いています。それから、以前よりモンクレール家と繋がりが深かったアイスバーン侯爵家、フラムノヴァ子爵家、デートル子爵家あたりもこの手の話題でよく名前を聞きますね」


「ふふ、そうなの」


「ご実家が無事再建するといいですね」


 何も知らずにそう言って微笑むサンドラに、ミラーシャは鼻で笑って見せた。


「そうですねぇ……多分成し得ませんけれど」


「おや、なぜ決めつけるんです?」


(モンクレール夫妻の裁判は数日後、まだ始まってはいないけれど……たぶん、どんなに刑が軽くても永久投獄は免れない。だって彼らは私ごときの私怨では収まりきらない、大罪を犯したのだから……!!)


「ただの勘です。だけど今度の裁判で無実が証明されて、解放されるかもしれませんしね」

 

「え、ええ……だといいんですが」


 ミラーシャが微塵もそれも望んでいないことが伝わったのか、サンドラは探り探りに共感を示した。


「……サンドラさんのご家族は?」


「私ですか?私は今は没落した下級貴族の出身でして、父と母はすでに他界しており、歳の離れた妹も中級貴族の家へ奉公に出ています」


(なるほどね。実家が没落して、両親が他界しているサンドラには再建の手立てがなかった。だから、両親がまだ生きていて、再建の可能性があるのに喜ばない私をそんな不思議そうな目で見るのね)

 

「……まあ、仮にモンクレールの家紋が再建したとして。私はこのままエリスお嬢様にお仕えし続けますけどね。ここでの生活は、モンクレールの令嬢だったころより性に合っていますので。サンドラさんとも、せっかくこうして仲良くなれたんですもの。もっと貴方のことをよく知りたいですわ」


(エリスを守るために、ここに居続けたいと思っているのは事実)


 キョトンとした後、はにかんで笑ってみせたサンドラを眺めながら思う。


(一方で、目の前の道化師が、この先どんなふうに立ち回るのか、興味があるのもまた事実……ねぇ、サンドラ・ファースリー)


 ミラーシャの脳裏に、ある光景が浮かび上がる。


 前の人生で一度だけ見た親友の弟、クロエ・フローレンスの姿。


 その傍らに、物腰柔らかな笑みを浮かべ佇むのは、クロエの腹心。


 社交界では"フローレンス公爵の右腕"と名高いその男は、名をサンドラといい、没落貴族であるファースリー元子爵家の長男だった。


 クロエがフローレンス公爵になったのは、紛れもなく彼の天才的な頭脳が織りなす知略によるものだ。


 だが、クロエは表立っては何もしていない。


 クロエが表で指を動かしては、裏で彼を支持する一人の男が実行に移す。


 もちろん主人は愚か、自分がやったという証拠さえ一切残さない周到ぶりだ。


 その人物こそ、このフローレンス公爵家の使用人、サンドラだった。


(私が今まで見てきたサンドラは、温和で物腰の柔らかな"善人"そのもの……けれど、前の人生では有名な話だった。フローレンス公爵の言うことならどんな残酷な言いつけでも守る、公爵同様冷酷無慈悲な男だと。噂が本当なら、エリスを屋敷から追い出す際も、アクションはこの男から来るはず……油断ならないわ)


「ミラーシャさん?どうなさいましたか」


「いいえ、少しボーッとしてましたわ……あらいけない。もうすぐエリスお嬢様の器楽のお時間ですので、私はこの辺りで。お手紙、ご苦労様です」


「ああ、はい。どうも……」


互いにぺこりと一礼して、ミラーシャとサンドラは別れた。


 そうしてる間もずっと双子の弟との会話に花を咲かせている主人に、声をかけて良いものかと少し躊躇ったミラーシャだった。

 

 

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