早すぎた陽春
校内はざわついていた。二年生はもちろん、一年生も三年生も健二の話題でもちきりだった。
単純に顔見知りがテレビで出たことで興奮する者。健二の能力に否定的な者、肯定的な者。今までの健二に対する扱いを反省する者。これからどうやって取り入ろうか画策する者。話題に乗るタイミングを逃し、自分は一切興味がないというポーズを必死に取り繕う者。
とにかく校内は健二一色に咲き乱れていた。
その中に健二が日常を身にまとってふらっと学校へやってきた。
健二の心中はHIV即日検査の結果を待合室で待っている風俗嬢のように不安だったが、必死でそれを押し殺し、平素を装っていた。
一瞬静まり返った後に、生徒たちが大挙して健二のもとに押し寄せた。
「健二君かっこいい」「サインください」「アイドル紹介しろよ」「サインください」「なんで今まで黙ってたんだよ」「サインください」「俺がむかしかわいがってやったの覚えてるよな」「サインください」「健二せんぱ~い、付き合ってくださ~い」「サインください」
予想してはいたがあまりの反響に、健二はどう対処してよいか分からなかった。
健二はまとわりついてくる者を蝿を払うように押し退け、自分の教室へ向かった。教室に足を踏み入れた瞬間、静寂ボタンでも押したように、話し声が止んだ。嫌な空気だった。クラスメートは健二にどう接してよいのか分からないようだった。
やっぱり自分のことをよく知っているクラスメート達はテレビに少し出たくらいでは認めてくれないのか。
落ち込みかけたその時、クラス一の巨漢兼ひょうきん者として知られる相馬が健二の肩に手を置いて言った。
「みんなおまえのこと待ってたぞ」
ドッとクラスが沸いた。「調子良すぎるだろ!」とみんな心の中で突っ込みを入れていた。それは健二も同様だった。
「嘘つけよ。みんな朝のテレビ見たからそんなこと言うんだろ」
「まあまあそんなつれないこと言うなよ」
相馬の軽口を契機にして、みんな健二に寄ってきた。
過去のことは・・・まあいいや。大物は小さなことにこだわらない。大事なのは未来だ。
健二は相馬の肩に腕を回して言った。
「仲良くやろうぜ」
マスコミが得意とするモノの一つに祭り上げというものがある。一個人や団体を会社の垣根を越えて団結し、無理矢理にでもスターダムにのせてしまうのだ。健二はマスコミにとってもってこいのターゲットだった。若くて才能があり、ほどよく頭のネジが緩んだ、マスコミに好意的な男。
新聞、雑誌のインタビューに著名人との対談、テレビレギュラー出演。次々にオファーが舞い込み、健二はそれらをスケジュールがかぶらないかぎり全て受けた。
たいがいの人間は健二を褒め称えたたので、それらは仕事というより、接待を受けにいくようなものだった。
中には健二の能力に疑問を呈する者もいないではなかった。
毒舌を売りにしている上方芸人、芸能界のご意見番を自称している在日朝鮮人のベテランシンガー、科学を信憑し、オカルトを嫌悪している大学教授等だ。
「ただ偶然が重なっただけだ」
「なんの科学的裏づけもない」
「そもそもあいつが殺したんじゃないの」
「頭がバーニングしてるんちゃいますか」
そんなひねくれた口たちも風間恭平事件によって、おのずとつぐまざる得ない状況になる。
{超能力は今 2009}と題された特別番組にコメンテーターとして出演した健二が、司会進行していた風間恭平の死を番組中に予言したのだ。番組は生放送。風間は動揺して、司会進行どころではなくなり、健二に助けてくれとすがりつき、黙って首を横に振る健二に向かってゲロを吐いた。そして死にたくない死にたくないと錯乱したあげくに、特技であるブレークダンスを踊りながら観客にゲロを撒き散らしたのだ。
当然番組はストップ。その後二十分間にわたって富良野のラベンダー映像が流れるという異例の事態に陥ったが、視聴率は33%を叩き出し、その数字はその年の高尾テレビ視聴率トップになった。
番組には、健二に対する批判、賞賛、風間への憐憫を綴った投書が山のように寄せられた。そして家に引きこもっていた風間は、トイレで糞を捻り出していた折に、急性脳溢血によって糞を尻穴から垂れ下げたまま急死した。
この一件で健二の能力を疑う者はいなくなり、健二を崇拝する者は増え続けた。崇拝者がyoutubeに動画を英語字幕付きでアップしたことにより、その人気は大海を跨いで瞬く間に広がっていった。
ユリゲラー以来の超能力ムーブメントが巻き起こった。
自らの生い立ちを綴った自伝を発表すれば即ベストセラー。様々な国で翻訳され、二百万三百万と増刷し、気付けば一ヶ月も経たずに世界中で一千万部を売り上げていた。
一生かかっても使い切れないほどのお金を手に入れた健二は、世田谷に豪邸を購入した。ドラッグに女、北京ダック。健二は世間の十四歳とかけ離れた豪遊を毎晩続けた。
健三はそんなふしだらな行為を好ましく思っていなかったが、分厚い札束の前に、いつもの剛腹はいとも簡単に平伏し、今では健二からもらった金で六本木のクラブにいくのを生きがいしていた。
母親も母親で、そんな健二健三の姿に触発され、歌舞伎町のホストクラブに毎夜毎夜繰り出すようになった。健三も自分が遊びまわっている負い目があるからなにも言えない。以前の新井家の面影は鼻毛一本残っていなかった。
本は売れ続け、黙っていてもお金が入ってくる状況が続いた。それでも健二はメディアに露出し続けた。
新井健二主演第一作「スーパーナチュラルボーイ」
新井健二デビュー曲「この星に生まれて」
新井健二初ディナーショウ「新井健二と語らう日本、そして地球の未来」
新井健二初教則DVD「あなたも一週間で超能力者になれる!」
新井健二初監督作品「次元を超えよう 共に歩もう」
出せば出すだけ、全ての商品が売れた。健二の真似をしようとした輩もごまんといたが、一人としてブレークした人間はいなかった。当然の話である。健二の能力を真似出来る者などいない。
放蕩に安全ブレーキはついていない。健二の贅沢は止まることがなかった。
一流の人間は周りも一流で固めなければいけない。どこぞのペテン師に吹き込まれたことを健二は鵜呑みにし、実行した。
横浜の中華街でスカウトした料理人。髪の毛をセットするために表参道のカリスマヘアーデザイナー。爪を切るためにNYのネイルアーティスト。体を洗うために吉原のソープ嬢。ボディーガードにスティーブンセガール。尻拭きに曙の元付き人。
今の暮らしに健二はそこそこ満足していたが、欲望は果てしなかった。特に性欲に関しては貪欲に求め続けた。




