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マスコミとの遭遇

 それから二日後、シャンプーラバーズの三人は死亡した。リハーサル中の彼女らの上に、特設した星型の照明が落下したのだ。

 事故の異様性も相まって、マスコミは死を予言した健二の行方を一斉に追った。警察に捕まり、ネット上に画像が広がっている健二を見つけ出すのは、泣く子も東南アジアに売り飛ばすマスコミにとっては赤子の手をキムラロックでへし折るようなものだった。

 シャンプー☆ラバーズの三人が死亡した翌日の朝、健二は連打される呼び鈴の音にビクリと反応した。

 遂に来たか。三人の訃報を聞いてから一睡もしていない。本来なら悲しくて大粒の涙で枕を濡らしているところだろうが、それを凌駕するアドレナリンが健二を突き動かしていた。

 マスコミの襲来を予期した健二は、まず始めに聞かれるであろうことを書き起こし、そして質問に呼応する答えをその下に書き込んだ。そしてそれを丸暗記するべく暗唱。間違ったら髪の毛をかきむしって、また最初からはじめる。そんなことを一晩中ずっとやっていた。

 やれることはやった。

 健二は手首に書いたカンニングリストを見て深くうなずいた。

「なんですか一体。朝っぱらから騒がしい」

 困惑した健三の声が聞こえた。昨夜も遅く帰ってきたので、シャンプー☆ラバーズの事故を知らないのだろう。

「おはようございます。朝里テレビの者です。健二くんはいらっしゃいますか」

「こら、抜けがけすんじゃねえよ。あっ、おはようございます。私、高尾テレビの齊藤と申します。ぜひ、今回のコスメティック照明落下事件についてですね、健二君になにかコメントをいただければと思いまして。いや、ただでとは申しません。これはとりあえずのお近づきの記念としまして」

「あっ、ずるい。そんなもの渡して。倫理規定に反しますよ」」

「なにをぬかす。どの口から倫理なんて言葉が出てくるんだ。おまえらは韓国のドラマでも紹介してればいいんだよ」

「言ったな。この軽薄淫乱テレビ局が。変態アナウンサーと一緒と地獄へ落ちてしまえ」

「なんだその手は。暴力を振るうのか。おまえらの大好きな人権派弁護士を呼ぶぞ」

 下の騒がしさをよそに、健二は自分の姿を姿見に映して、様々な角度から確認していた。髪型よし。肌つやよし。鼻毛よし。横顔よし。後頭部よし。ズボンの食い込みよし。これで準備万端だ。

 大きく息を吐き、意を決して部屋から出る。

 階段から降りてくる健二にマスコミは素早く反応した。

「あなたが新井健二君ですか」

「すいません。シャンプー☆ラバーズの事故について一言。出来れば独占インタビューをお願いします」

「独占!?なにをふざけたことを言ってやがる」

「そうだ。いい加減にしろ」「あんまり舐めた口を利いてると、後ろから三脚で殴りたおすぞ」

 玄関に入っていたのは二社だったが、その扉の後ろに、とっさに数え切れないほどの人間が待機していた。健二は悠然と階段を降りきり、コホンと小さな咳をしてから話し始めた。

「この度は私のためにお集まりいただき、まことに感謝しております。弊社としましてはシャンプー☆ラバーズの事故に関して、以下の感想を述べさせていただきたいと存じております」

健二の堅苦しく不自然な言葉遣いにマスコミ勢は呆気にとられた。

「なぜに皆様方がお忙しいなか、私などのために集まってくださったのか、分からないほど私は愚鈍ではありません。理由は一つ。シャンプー☆ラバーズの事故。私がシャンプー☆ラバーズの死を五日前に予言したことに端を発していることは想像に難くないでしょう。あの予言は決して、適当に述べたものではありません。私はあのシャンプー☆ラバーズゲリラライブを観覧している最中に分かってしまったのです。シャンプー☆ラバーズの三人が遠くない未来に夭折するであろうことを」

 辞書とスピーチ入門を駆使して作った文章を一音一句間違えずに言い切った。

おおおおおおお。マスコミ勢にどよめきが起こる。両親がそれを引きつった表情で見ていた。健二の発言を信じていないのだろう。

「私はシャンプー☆ラバーズの三人の死を悟り、なんとか三人を救えないかと思案したのです。ひょっとしたら彼女達にそれを伝えることで、運命を変えれるのではないかと思ったのですが……」

 そこで健二は指で目頭を押さえた。泣きの演出である。もちろん練習済みだ。マスコミ勢のテンションが上がっているのを肌身に感じる。健二はシャツの袖をまくり、ばれないように手首に書かれた文字を読んだ。

「しかし、彼女達は、私を、私の発言を一切無視した」

健二の強い口調に緊張が走る。

「私は、彼女達を救いたかっただけなのに、警察へ連れていかれて変質者扱い。この屈辱があなたがたに分かりますか」

最後の方は涙声になって訴えた。熟考したパフォーマンスではあったが、偽りない本音も入っている。 マスコミの中からもすすり泣く声が聞こえる。と思ったら泣いているのは健二の母親だった。

「えーー、朝里テレビの井筒と申します。質問よろしいでしょうか」

 発言したのは朝のワイドショーでよく見かける男だった。自尊心を刺激された健二は鷹揚とうなずき、精一杯の低音で「どうぞ」と言った。

「まずその、予知能力というんですか。それが健二さんに備わったのはいつごろからなのでしょうか?」

 ふっ。健二は余裕の笑みを浮かべた。予想していた通りの質問である。カンニングを見るまでもない。

「それは四年前からです。夢の中に神のような人物が出てきて私に手をかざしました。そうしたら翌日に、その時飼っていた太郎という雑種犬から、ひどい臭いがしたのです。私はすぐにお風呂に入れましたが、臭いは一切取れませんでした。そしてその夜、太郎は急な発作を起こして急逝したのです」

太郎が四年前に死んだのは事実だが、それ以外はまったくのでまかせだった。母親は泣きながらうなずいているが、健三は怪訝な表情で健二を見ている。

「すぐにそれが特殊な能力だと気付いたのですか?」

「はい。すぐにそれが私に授けられた特殊な能力だと気付きました」

「それじゃあ、その犬、太郎君ですか、がお亡くなりになられてから、コスメティックのライブまでに何人くらいからその臭いを嗅ぎましたか?」

「それは正直数えきれません。街中、例えば渋谷なんかを散策すると、一日に一人や二人じゃききませんね」

「ということは一日で何十人とかもあるんですか」

「ですねえ」記者の目を見つめて答えた。本当は渋谷など一回しか行ったことがない。

 マスコミがざわめいている。

「これはすごい」「世紀のスクープじゃないか」「でもまだ本物だと決まったわけじゃない」

 そんな声が外から聞こえてきた。

「すいません。今日はこのくらいで勘弁してもらえませんか」

 健三が健二とカメラの間に割って入った。

「健二はこれから学校なんです。それに私だって仕事に行かなくちゃならない。あんたらに玄関を占拠されてると非常に困るんだ」

 苛立ちを隠そうともせず、健三は言い放った。健三が公権力の次に嫌いなものがマスコミだったことを健二は思い出した。

 健三の勢いに押されてマスコミ各社は「また来ます」「今の放送しますから、今度は独占で」などの言葉と名刺を残して去っていった。

 静まり返った玄関。健三が健二を見つめて仁王立ちしている。

 また殴られる。

 健二は顔を引きつらせながら健三の動向を見守ったが、健三はなにも言わず、書斎に消え、いつものようにスーツを着ると、沈黙のまま家を出て行った。拍子抜けしていると、後ろから母親に肩を叩かれた。まだ目がウルウルしている。

「やっぱり健ちゃんは私の子供よ。ずっと信じてた」

 父親にスポーツ新聞を渡して怒りを煽ったのはどこのどいつだ。喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。普段は良い母親なのだ。

「黙っててごめん。でも、なんか言いづらくて・・・」

「いいのよ。思春期ってそういうものだから。それより健ちゃん、今日学校どうする?」

 母親に言われて、シャンプー☆ラバーズの事件以降一度も学校に行っていないことを思い出した。

「行ってくるよ。休んでばかりもいられないから」

 不安げな母親に澄んだ目で答える。なにも心配することはない。さっきの映像が放送されればみんな自分を認めざるを得ないはずだ。

 スキップで階段を上がった健二は、踊りだす心に身を任せEXILEをほうふつとさせる動きで制服を着た。


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