第四部「国賓到着」
数日後、ファラオが、正式に王都を訪れた。
城門をくぐって現れた一行を、パットンとグライムは廷臣たちと並んで出迎えた。
その中央を歩く者の姿に、グライムは思わず目を奪われた。
ファラオだった。
乾ききった褐色の皮膚が骨に張りつき、顔の一部には古びた包帯が残っている。
生者ならばとうに朽ち果てているはずの身体だ。
それでも、その身にまとった白い布と砂丘を思わせる黄金の装飾は少しの乱れもなく、長い年月など存在しなかったかのように整えられていた。
首元を飾る幅広の胸飾りには、見たこともない神々や獣の姿が細かく刻まれている。
腰から垂れる布には金糸が織り込まれ、その一歩ごとに、古代の紋様が陽光を受けて淡く輝いた。
そして何より異様だったのは、その瞳だった。
眼窩の奥には、死者にはあるはずのない光が宿っている。
それは燃え盛る炎のようでも、魔石の輝きのようでもない。
まるで、幾千年もの時を経てもなお、王として世界を見下ろしているかのように静かな光だ。
右腕には、黄金の腕輪が幾重にも巻かれていた。一本一本に異なる文様が刻まれ、そのいくつかには淡い魔力の光が滲んでいる。
「よくぞ、お越しくださいました」
パットンは丁重に頭を下げた。
「歓迎に感謝する」
ファラオの声は、乾いた風のように低く響いた。
王宮の広間で行われた歓迎の宴は、滞りなく進んだ。
給仕たちは、事前に打ち合わせた通り、さりげない一言を添えながら、料理を運んでいった。
「こちらは、南の丘陵地帯で採れた瑞々しい野菜でございます」給仕の一人が、皿を差し出しながら言った。「こちらのドレッシングをお使いいただくと、より一層、調理の風味をお楽しみいただけるかと」
ファラオの側近が、その説明にわずかに視線を上げた。
何気ない言葉のようでいて、その意味を正確に汲み取ったようだった。
客室に案内された際も、侍従は自然な口調で、窓の向きについて説明していた。
「こちらのお部屋は東向きでございますので、朝方はこちらのカーテンをお閉めいたします。もしお寒くなければ、夜はお好きなだけ開けていただいて構いません」
その一言に、ファラオの側近たちが目を見合わせる場面もあった。
ファラオはその一つ一つの配慮に静かに目を細めていた。
「随分と、行き届いた対応をしてもらっているようだ」
ファラオは、傍らに控える側近に言った。
「はい、陛下」側近はすぐに答えた。「予想していたよりも、はるかに。他種族国家という評価のままかと」
「この国は、我らをよく理解しているようだな」
その言葉には、隠しきれない安堵の色が滲んでいた。想定していた以上に、自分たちの文化を理解してもらえている。
その事実が、ファラオの中に、確かな安心感を生んでいた。
宴が進むにつれ、ファラオの表情からも当初の硬さが少しずつ抜けていった。
側近たちの間でも緊張した空気が緩み、ぽつぽつと会話が交わされるようになっていった。
やがてそこかしこから談笑が聞こえるようになり、最後には会場全体が歓談で包まれていた。
パットンはその様子を、少し離れた場所から見守っていた。
「上手くいったな」
パットンは、隣に立つグライムに囁いた。
「まだ気は抜けない。歓待が続いている間は、ずっと綱渡りのようなものだ」
「随分と慎重だな」
「一度気を抜いた瞬間に、それまでの積み重ねが崩れることもある。相手が心を開いた時ほど、こっちは気を引き締めなきゃいけない。酒が入ってる時の鉄則だ」
だが、その言葉とは裏腹に、グライムの表情には確かな手応えが浮かんでいた。
グライムが行ったのは、ファラオを油断させるための策略ではなかった。あくまで、国賓として当然の礼を尽くしただけだ。しかし、その自然で行き届いた対応によって、ファラオが王都に対して抱いていた警戒心が、少しずつ薄れていった。
宴が終わり、招待客たちがそれぞれの部屋へと引き上げていくと、城はゆっくりと静寂の緞帳を落としていった。
ファラオにあてがわれた客室では、いつも通りの静けさが保たれていた。
彼が見上げる窓の外には、満ちる少し前の、形の整った月が昇り始めている。
グライムも別の場所からその月を眺めていた。
月明かりが、静かに降り注いでいる。心地よい夜だった。




